オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第14話_わたしのゆめ

 

 

 奇跡なんてものは、偶然にすぎない。

 たまたま助かった者達が、それを口にしているだけ。

 死人に口なし。死者は、奇跡を語ることすらできない。

 

 だから私は、奇跡なんかにすがりつきたくはないと思っていた。

 そんなものにすがった所で、振り落とされるだけ。

 

 

 でも、すがるものが無ければ、やはり掴もうとしてしまうものらしい。

 

 

 

 私は、周囲を見回した。

 狭い船内は、悲鳴と怒号が行きかうばかり。

 隣にいた人が、異形へと変わった。

 その向こうにいた人が飛行船の外に身を投げ出し、一足先に奈落の底へと旅立つ。

 

 

 奇跡だと、誰かが言った。昨日の出来事だ。

 二層の乱気流に襲われ、絶体絶命だったところを持ち直した。

 確かに、奇跡的と言っていいだろう。

 

 ありえないと、誰かが言った。つい数時間前の出来事だ。

 たしかに、想定外の事態ではある。

 だが、繋がっている事は確かなのだ。風に翻弄されてただ落ちていった私たちが、そこに辿り着く可能性は、ゼロでは無かったのだろう。

 

 どうしてこんな事にと、誰かが嘆いた。つい数分前の出来事だ。

 奇跡は、誰も望まぬ悲劇へと変わった。

 それは確かに奇跡的で、ありえない事で、誰も望んでいない結末だった。

 ぼろぼろになり、制御を失い流された結果とはいえ、この船は到達してしまったのだ。

 

 深界六層。

 帰還不能の、極限点。

 無謀な挑戦の結末は、探窟隊の全滅という悲劇を生んだ。

 

 

 落下を続けた飛行船は、六層の地熱が生み出す上昇気流に巻き込まれ、進路を上方へと転じる。

 その結果が、この地獄だ。

 別に上昇せずとも、全滅という結果は変わらなかったろう。が、なにもすぐに殺しにかかることなどないだろうに。

 世界は理不尽に満ちている。いつだって自由を奪いに来るし、嘆く時間すら満足には与えてくれない。

 

 

「支え水が見える。五層だ! やった、戻れる。戻ってきたぞ。これで助かるんだっ」

 

 操舵輪にしがみついていた船長が、口から手を生やしながら叫んだ。

 直後、次々と生えてきた手に頭を引き裂かれ、赤い花へと変貌する。

 

 深界六層の上昇負荷だ。

 死。あるいは、人間性の喪失。

 つまるところ、人としての死を迎えることに変わりは無い。

 もうすぐ自分も、ああなってしまうのだろう。

 

 

 ──ああ、なんてこと。

 苦しみぬいて必死に生きて来たというのに、この終わりはあんまりじゃないか?

 

 国の言う事なんて、聞くべきではなかった。

 私はただ、空を目指したかっただけだ。そのために組織に所属し、昇進し、力を得たにすぎない。

 力そのものが、欲しかったわけではない。

 だから、力ある物の責務だなどと踊らされるべきではなかった。

 逃げてしまえばよかったのだ。この状況で、私の力などが何の役に立つ?

 

 遺物(変化する鈴)を使えようが使えまいが、何も変わらない。

 人の身で、暴れる飛行船をどうにかできるわけでもないし。

 上昇負荷に至っては、人間であるからこそどうにもならない。

 

 

 必死に祈ってはいるが、祈り方など知らない。祈る先の宛てもない。

 ただ、思いつく限りの言葉を、たまたま手に持っていた日誌につづるだけ。何かせずにはいられない。ぐちゃぐちゃになった感情を、私の願いを、ただひたすらに書き殴る。自分でもなにを書いているのかわからない。ただ、神への祈りでないことは確かだ。小さいころから教会に通わされてはいたが、神に祈ったことなどなかった。

 

 人は生まれながらに平等、などと抜かす国教の連中が嫌いだ。

 人の生き方を縛ろうとする連中が嫌いだ。

 猛威を振るう自然が嫌いだ。人より強い獣が嫌いだ。

 自由に生きる力を持てない、自分が嫌いだ。

 

 人は、生まれで将来を決められるし。

 そこから逃げ出そうとしたら、生き延びるための力を得るため、無茶をするしかないのだ。

 生き延びて、生き延びて、生き延びて。

 空を目指して、でも届かなくて。諦めて。諦めても、生きるためには上の命令を聞くしか無くて。

 

 なんだ、私の人生は?

 これで終わりなのか?

 こんな結末のために、私は血反吐を吐いてきたというのか?

 

 

「──もう少しで、生まれたのに」

 

 自然と、言葉が漏れる。

 子供。子供だ。

 私の、唯一の心残り。

 あと半年ほどで生まれたはずなのだ。

 

 私にただ一つだけ許されたはずの、人としての生き方。

 この世界は、それすら許してはくれないのか。

 

 

 今までの自分であれば、ただ死を受け入れるだけだっただろう。

 でも私は、この数か月で随分と変わってしまった。

 

 ふとした拍子に、カレンダーを見るようになった。

 将来の事を考えるのが、楽しくなった。

 空を諦めた私に、新たな目標が生まれた。

 その日を迎えるのが、不安になった。

 生きるということの意味を思い出す事ができた。

 私の人生が、再び始まったのだ。 

 

 

 お腹に手を当てる。

 まだ、ふくらみがわかるようになった程度。

 とうとう生まれてくることはなかった赤子。

 

 祈った所で、何も変わらない。

 けれども、祈らずにはいられない。

 

 自分に与えられるものなら、なんでも与えよう。

 代償が必要であれば、たとえどんなものでも捧げよう。

 この肉体も、命も、魂も、全て。全てだ。

 

 

 私は、変化する鈴(メイナスタ・アレイ)を起動させた。

 少々体を造り替え、補強できる程度の弱い効果しか持たない遺物。

 だが、それは自身の安全を保障するのであれば、という但し書きが付く。

 

 

「もう、元に戻らなくたっていい」

 

 私はここで終わりなのだから。

 

「化け物になったっていい」

 

 人としての私は、もう死んでしまったのだから。

 

「私の全てを、捧げたっていい」

 

 それより大切なものを守るためなのだから。

 

「奇跡にすがりついたっていい」

 

 奇跡でも起きない限り、願いは叶わないのだから。

 

「だから、どうか」

 

 どうかこの子に、祝福を──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇。

 何もない。

 何も感じない。

 何もわからない。

 

 私は、泣こうとした。

 でも、泣き方がわからない。

 

 私は、暴れまわろうとした。

 けれど、私には体が無い。

 

 ずっと誰かに抱かれていた気がするのだけれど、今は感じない。

 何をすればいいのかもわからないので、私はずっとその場に留まり続けた。

 不快感のようなものを感じるが、これが何なのかはわからない。なにかをしないと、いずれ死んでしまうような気がするのだけれど。しかし、死というものもわからない。継ぎはぎだらけの、断片的な情報しかない。

 

 

 と、懐かしい感触を感じて私はそちらに注意を向けた。

 これは、ずっと私と一緒に居た何かだ。随分と弱々しくなっているので気づかなかった。

 私を抱いてはくれなくなったが、まだ一緒に居てくれるらしい。

 

 私は、その温もりに体を預ける。体がどこにあるかはわからないが、どうすればいいのかはわかった。

 私は目を覚ますたび、ずっとこの行為を繰り返してきた気がする。

 

 隣接した温もりから、私の方へと魂が流れてくる。

 私を侵食しようとしているのではない。弱々しい私の魂を、支えてくれようとしているのだ。

 

 体を襲っていた不快感の正体。その原因を理解した。

 きっと、この暖かい人が教えてくれたのだろう。これは、空腹というらしい。何かを食べないと、満たされない。

 

 しかし、困った。

 食べるものなんて、どこにもないのだ。

 耐えがたい空腹感。でもどうにもならず、私はたひたすらに、睡眠と覚醒を繰り返す。

 

 

 

 十度ほど、覚醒を繰り返しただろうか。

 たまに現れる暖かい何かは、随分と弱々しくなっていた。

 私の魂を補強するたび、どんどん力を失っているのだと思う。

 だから、私は「もうやめてくれ」と頼んだ。でも、断られた。今の自分にできるのはこれしかないのだと、そう言われた。

 

 そうして更に、その何かは私に力をくれて。

 すっかり力を失った彼女は、私に「自分を食べてくれ」と頼み込んだ。

 

 私は断った。

 私は泣いた。

 だって、私には彼女しかいないのだ。

 だから、その彼女がいなくなってしまうなんて、とても耐えられなかった。

 嬉しいという感情も、悲しいと言う感情も。すべてを教えてくれたのは、彼女だ。

 その彼女が、私を絶望に叩きこもうというのか。

 

 しばらく、私はふてくされていた。

 が、その間にも彼女はどんどん弱々しくなっていく。

 このままでは消えてしまうから、その前に食べてくれと頼まれた。

 消えるぐらいなら、あなたに取り込まれたっていいじゃないかと説得された。

 

 そうして、幾度も説得されて。

 ついに彼女が消えてしまうという、その瞬間。

 

 私は彼女を、食べた。

 

 

 どうにもならなかったというのは、言い訳だろうか。

 もしかすると、私は彼女を独占したかったのかもしれない。

 もう、わからない。何もわからない。

 

 わからないが、彼女を食べてしまった以上、私は行動しなければならない。

 このままでは、私も彼女と同様、消えてしまうだろう。私が消えていないのは、彼女が私を支えてくれたからにすぎない。彼女に生かしてもらった私が、このまま消えるなど、あってはならない。

 

 

 だから私は、周囲に意識を向けた。

 周りに何があるかはわからない。が、何かの力が満ちているのは感じる。

 これをどうにかして、取り込めないだろうか?

 

 

 

 初めは、どうにもならなかった。

 もう駄目なのかと思った。

 なんども自分の魂をこねくり回し、構造を変えて、周囲から力を取り込めるようにする。

 

 努力は、無駄ではなかったようだ。

 ずっと他者から魂をすすって生きてきた自分だ。周囲に漏れ出た魂を浚う方法は、誰よりも熟知している。

 ゆっくりとだが、力場の周囲を漂う──力場? 何のことかはわからないが、自意識を失った弱い魂の一部を吸収することに成功した。

 彼女のおかげだ。彼女は、自分という存在を造り変える力を持っていた。彼女を完全に吸収したことで、私もその力を使えるようになったのだ。だから、自分の魂を最適な形に作り変える事ができた。衰弱していくだけの生物から、捕食者としての私へと。

 

 得た力を使い、力場との接続をより強固にしていく。

 元々が微弱な繋がりだ。それはすぐ漏れてしまうが、そのたびに弱い箇所を補強していけば、やがて安定して力を受けられるようになった。

 そうして私は、もう大丈夫だと安心した。

  

 

 だが、私は気づかなかった。

 他者の魂を吸収して生きるなんてのが、まっとうな生き方のはずがない。

 

 意識の混濁。吸えば吸うほど、意識が不鮮明になる。混ざり合って、消えてしまいそうになる。

 だが、吸わないわけにもいかない。それを止めれば、死んでしまう。

 

 私は、どうすればいいか考えた。

 方針としては、吸わずに済むようにするか、吸っても大丈夫なようにするかのニ択しかない。取り得る手段なんて、ほとんどなかった。前者に至っては、とっかかりすら無い。他に糧を得る方法があるのなら、とっくに実行している。

 

 

 

 悩んだ結果、唯一できることは「強い自我を持つこと」ではないかと思えた。他者の意識に左右されてしまうような、弱い自分しか持たないのがいけないのだ。

 

 強い自分。

 はたして、どうすれば強くなれるのか。

 正直言って、私はポンコツに弱いという自覚がある。

 比較対照は、私が食べてしまった彼女しかいない。が、私が彼女より圧倒的に弱いのは間違いない。

 彼女に比べれば、私など──?

 

 

 と、私の脳裏に引っかかるものがあった。

 指先にわずかに掛かる程度のもの。しかし、これは重要な閃きであると思えた。

 私は、必死になって自分の考えをまとめていく。

 

 

 ──彼女の方が、強い?

 私よりも、強い。

 間違いなく強い。

 で、あるならば。

 

 

 私は、意識を切り替えた。

 もとより、自分がどんな存在かなんて意識していなかったし、意識したところで大した存在でもないのは明白だ。

 なら、強い存在に成り変わればいいのでは?

 

 模擬。

 模倣。

 人格の擬態。

 

 私が弱いのは仕方がない。

 でも、私が強いと思える存在。

 彼女ならば、自意識のない魂などいくら吸った所で、意識を汚染されたりしない。

 そう、信じることができた。

 

 

 だから。

 私は、彼女になる。

 

 

 そう意識した瞬間、世界の色が変わった。

 ぼんやりとした薄暗いものから、白と黒の二色へと。

 

 今までの自分が、急速に失われていく感覚。

 今までの自分は、黒いイメージだった。それが、白に塗りつぶされていく。

 消えてしまったわけではない。だが、今までの私は、上から塗りつぶした白が消えない限り、二度と出てこないのだろう。もう、記憶もおぼろげだ。覚えているのは、彼女(わたし)のことだけ。

 

 でも、それでいい。

 少しの間だけでいい。

 どうか私に、あなたの強さを貸して欲しい。

 

 

 

 体に熱が入る。

 暴風のように吹き荒れていた力場だが、今となってはそよ風程度にしか感じない。翻弄される小枝のようだった私は、大地に根ざした巨木のごとく強靱な彼女(わたし)となる。

 

 これだ。

 やはり、彼女は私よりも強かった。

 上から(彼女)で塗りつぶした私であれば、他の色に侵食されたりはしない。

 

 

 いつまで持つかは分からない。

 いずれ磨耗し、劣化し、腐り落ちるのかもしれない。

 だが、間違いなく私は強くなった。

 いつか来る破滅に恐怖するより、今日を生き抜く事を考えるべきだ。

 いずれ崩壊の日が来るとしても、それまでは生きていられるのだから。

 

 

 

 こうして私は、この世に生を受けた。

 

 

 

 

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