オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第15話_本来のわたし

 

 

 なんだか懐かしい夢を見た気がする。

 でも、思い出したらいけない気もするのだ。

 記憶に蓋をしていないと、全部こぼれて無くなってしまうような。

 本当はもう全部思い出していて、箱の中身はすっかり腐り落ちているのかもしれないけれど。

 でも、もう少しだけ。夢の続きを見たって、いいじゃないか?

 

 

 目を開ける。

 暗い。まだ夜か?

 背中の感触は柔らかい。地面ではなく、ベッドの上だ。

 

 はて、展望台の上でぶっ倒れた気がするのだが?

 寂れた展望台。椅子と望遠鏡ぐらいしかない場所。周辺に建物などなかった。とすると、結構な距離を移動したことになる。

 ジルオが一人で私を運んだとは考え辛いので、きっとオーゼンが運んでくれたのだろう。

 たぶん、どこかから私の事を監視してたのだろうし。私は、人の視線には敏感なのだ。

 

 

 とても静かだ。町の喧騒も聞こえない。

 落ち着くような、寂しいような。

 一人には慣れていると思っていたけれど、どうやらそんな事も無かったようだぜ。

 

 体がだるい。

 歩き回るのも面倒だ、寝たまま状況確認させてもらおう。

 

 

 私が寝ていたのは、ごちゃごちゃした部屋。ベッドを除き、足の踏み場もない程に遺物が散乱している。いくつかある籠の中にも、山盛りで遺物が突っ込まれていた。このスタイルは、オーゼンの拠点で間違いない。散らかり具合だけで誰の家か分かるなんて、オーゼンは自分を省みた方がいいのでは。

 

 周囲は真っ暗であるため、本来なら人の目で部屋を見渡すなんて出来やしない。が、目の見え方を調整できる私にとっては、明るさなど大した障害にはならない。やろうと思えば昼間のように見通す事も可能だ。さすがに色までは分からないが、輪郭を捉えるぐらいは朝飯前。

 同様に、聴覚をワンコレベルにまで強化する事だってできる。

 

 

「──だろう。君はどう見る?」

「どうもこうも、あなたと同じ見解ですよ」

 

 声が聞こえてきた。

 声の主は、オーゼンとジルオ。別の部屋で会話している。

 なんとなく、私の事について話をしているよう気もしたので聞くのもどうかと思ったが、聞こえるのだから仕方がない。

 聞こえるように調節しているのは私だが、まぁそれを言うのは野暮というものだ。

 

「原因不明の衰弱。奈落の生物を地上に出した時と同じ症状だ。あの子は何ですか。どこで拾って来たんです?」

「なに。巨人の盃で、ちょっとね」

「深界四層? 冗談ですか?」

「本気さァ。私が嘘を言うとでも?」

 

 衰弱?

 よくわからんが、私は弱っているらしい。

 や、それぐらいわかるけど。わかってたけど、見て見ぬふりをしていたというか。

 ううむ、倒れてしまうレベルなら、流石にそろそろ直視せねばならぬやもしれぬ。

 飯を食っていれば平気かと思っていたが、どうやら飯を食うだけでは駄目らしい。

 

 

 

 話題は、やがて別のことに移っていった。

 とはいえ、私に関するものには変わりない。

 私の体のことから、私の記憶のことへ。

 

「衰弱だけじゃないさ。記憶の方も、徐々に失われているらしい。どうやってかは知らないが、あの子は他者から知識を吸収している……が、余所から持ってきた知識は保持しきれないんだろう。穴の開いたバケツに、無理やり水を注ぎ続けているようなものさ」

「……知識が抜け落ちるだけなら、あの子自身の記憶は失われないのでは?」

「いいや、失われる。ふむ、どう説明したものか」

 

 しばしの沈黙。

 少し考えた所でオーゼンの口下手が治るはずも無く、下手な考え休むに似たりな結果になるとしか思えないが、真面目に考えているらしい。なんと無謀な。

 

「そうさね。あそこに、トコシエコウの鉢植えがあるだろう? 間違いなく、君は見た……ここで問題だ。十秒後の君は、果たしてそれを覚えていられるかな?」

「十秒ぐらいなら、覚えていられると思うが」

「なら、目を閉じな。さて……トコシエコウだが、花はいくつ咲いていた?」

「それは」

 

 ジルオは答えられない。

 当然だ、いちいち花の数まで数えるような真似はしないだろう。

 

「正解は、八つだよ。君が覚えていたのは、『トコシエコウを見た』という……言語にすれば、たかが十文字足らずの情報に過ぎない。だから、そこに含まれていない情報なんて、実はまったく覚えていないのさ」

 

 オーゼンが、子供相手になんだかよくわからない事を説いている。

 や、言いたい事はわからんでもないが。つまり、人間の記憶力なんて、意外と大したことがないと言いたいのだろう。たぶん。

 

 

「自身の知っている概念を使い、物事を簡略化して記憶する。人間は言語を操り、様々な概念を簡略化できるからこそ、他の動物より記憶力がいい──ように、見える」

 

 目で見た光景。それ自体を覚えていられるやつなんて、そうはいない。

 短期記憶としては覚えていられる人もいるが、持ってせいぜい数分。たしか、そうだったはず。

 人の脳は、目で見たものをそのまま覚えられるような仕組みをしていない。目で見たものなんて、覚えていないのだ。

 

「さて、次の問題だ。もし君がトコシエコウの事を忘れてしまったとしたら『トコシエコウを見た』という記憶は、果たしてどうなってしまうと思う?」

「……! そうか、トコシエコウ自体を知らなければ、それを覚えていたとしても意味が無い」

 

 ふむ、なるほど。オーゼンの言わんとしている事がわかってきた。

 人は、自身の持つ知識を前提として、物事を記憶しようとする。

 それ故に、その大前提部分が崩れてしまえば、どうしようもないということか。

 

 まぁ、うん。私の記憶力に問題があることなど、わかっていたさ。大天才の私が、気付かないはずが無いだろう? ただ、目を逸らしていただけである。聡明な私であるからこそ、どうにもならんのでガン無視していたのだ。ふへへ、褒めてくれて良いぞ!

 オーゼンのやつ、あんなハニワみたいな顔をしておきながら、私自身よりも私の状態について理解していたらしい。ちょっと悔しい。

 

 なんて、ふざけてみたが。そろそろガチでヤバそうだ。

 頭が重い。衰弱しているからか。それとも、頭がオーバーヒートでもしているのか。

 色々と思い出そうとしてみるが、記憶の欠損が激しい。どうでもいい知識は思い浮かぶのに。

 

 ……あ。たぶんこれ、オーゼンの知識だ。

 オーゼンの野郎、どうでもいい知識ばっかり溜め込みやがって。

 万死に値する。

 

 

 

 

「ちょっと出てくるよ。四番倉庫に、売り物にならない遺物が山のように保管されていただろう? あれを持ってこよう。力場の力を溜め込んだものが傍にあれば、少しは楽になる。あとは、まぁ……早く手続きが進むよう、ケツでも叩いてくるかね」

 

 ドアが開く音。オーゼンが出ていったようだ。

 私が頭を冷却している間に、話は終わっていたらしい。

 どれほどの時間がたったかはわからない。

 今の私は、起きているのか寝ているのかすら曖昧な状態だ。

 

 

 オーゼンが去ると同時に、足音が近づいてくる。

 これは、ジルオか。恐る恐るという足取りで部屋に入ってきたジルオは、物音をできるだけ立てない様にしてこちらの様子を伺っている。

 だが、私が目を覚ましているのに気づいたのか。今度は普通に歩いてきて、ベッドに寝そべる私の横に腰をかけた。

 

 

「すまない、起こしてしまったか。何か食べるか? 水でも飲むか?」

 

 感情を押し殺したような声。

 ジルオの雰囲気は、さきほどオーゼンと話していた時とずいぶん違う。

 平静を保とうとしているのか。気を使わせてしまったか。

 

「……水、を。喉が渇いた」

「わかった。慌てずゆっくり飲むといい」

 

 なんと声を掛けたらいいか分からなかったので、別段欲しくも無かったが水を貰うことにする。

 いつもはすぐお腹が減るのに、今は何を食べても消化できる気がしない。

 もしかすると、水を飲むだけでも辛いかもしれない。

 

 ジルオが水差しを口元に差し出してくれる。

 喉に冷たい感触。やや急ぎ過ぎたのか、少し咳きこんでしまった。やべぇ、本格的に衰弱しているっぽい。

 

 

 喉の具合が落ち着いてから。

 気を紛らわせるために、ジルオと話をすることにした。

 せっかくだし、最後になるかもしれないし、思い出せる限りの事を話しておく。いままでのこと。奈落を登ってきた旅路。誰にも知られないままというのは、少し勿体ない気がしたのだ。ジルオぐらいには、覚えていてもらいたい。

 オーゼン? や、オーゼンに覚えられてもなぁ……あいつ絶対、人に話さないだろうし。

 

「聞くだけで、過酷な旅だな……その体で四層を登るとは。それに、あの人と一緒だと別の意味で大変だっただろう」

「いや、とても楽しかった。オーゼンは言い方がキツく大人げなかったが、それでも優しかったと思う」

「正気か?」

 

 おい。おい。

 ガチで正気を疑われたのだが。

 オーゼン、おまえはこの子にどんな態度で接しているのだ?

 や、気持ちはわかるけど。私だって、オーゼンの人間性を褒める奴が現れたとしたら、同じ対応をしてしまうかも。

 デジャヴを感じるので、むしろ既にやってしまった後かもしれない。全然覚えていないけれど。

 

「あ、いや。たしかに、言い得て妙とも言える品評ではあるが……」

「あなたも、オーゼンと一緒に穴に潜ったことがあるの?」

「ああ。といっても、一回だけ。一層を少し周っただけだ。それでも、不動卿に付いて行くのは厳しかった。あの人は、人を限界まで酷使しようとするから」

「確かに」

 

 そういって笑う。

 オーゼンあの野郎、こっちの限界を見極めて、限界ギリギリまで攻めて来やがるからな。

 あのドSが。

 

「俺はまず最初に、砂モグラの巣穴に放り込まれた。お前は体が小さいんだから行けるだろう、とさ。探索せずに戻ろうとするともう一度穴に放り込まれるから、モグラに全身を噛まれながら、必死に巣穴を掘り返したよ。おかげで、狭いところは未だに苦手だ」

「ああ、私もされた。狭いところにいるネリタンタンをとってこいって放り投げられた」

「君もか? やはりあの人は度し難い」

 

 ジルオが眉間に皺を寄せながら、溜息をついた。

 それを見て、私は笑った。会話の弾み方がオーゼンとは段違いである。ジルオとオーゼンを比較するなんて、ジルオに失礼だろうか。

 ふへへ、楽しい。楽しいけれど、少し悲しくて。そして怖い。

 この記憶が、消えてなくなってしまうのが怖い。

 

 

「ま、待て。泣いているのか? どこか痛むか? もしかして俺が、なにか酷いことを言ったのか?」

「ちが、う。酷いことなんて、言ってない」

 

 むしろ、逆だ。

 こうして笑っていることが、とても楽しくて嬉しいから。

 だから、怖い。

 

「苦しいなら、薬を飲むといい。眠れば、少しはマシになる」

「……や」

 

 拒絶。

 寝るのが、怖い。

 起きたら、何もかも忘れているのではないかと。

 また誰もいなくなって、一人だけ取り残されてしまうのではないかと。

 そう考えると、怖くて仕方がない。 

 

 

 体が震える。

 いつもみたいに、ふざけてなんかいられない。

 強い自分になったはずなのに。継ぎはぎだらけになってしまった結果、本来の自分が顔を見せてしまっている。

 私は、とても弱いから。だからずっと、強い自分(彼女)を演じて来たのだ。

 

 寒いのかと問われて、違うと返す。

 怖いのかと問われて 無言を返す。

 

 沈黙する私の手を、ジルオが握った。

 新鮮な感覚。考えてみれば、直接人に手を握られるのなんて初めてかもしれない。

 奈落では、ずっと手袋を付けていたし。

 

「安心しろ、ここは安全だ。何も怖いことはない。俺が見ていてやる」

 

 握った手の平が暖かい。体温が伝わってくる。

 ジルオの野郎、なかなかカッコいい事を言うではないか。不安がちょっぴりマシになった。本来の弱い私が、顔を引っ込めてしまいそう。

 だが、足りない。足りないぞジルオよ。私の不安と緊張、もっと取り除いてみるがよい。私の心を解きほぐすのだ。そうすれば、寝てやらんこともない。

 

「……ああ、そうだ。不動卿が戻ってきたら、少し怖いかもしれないが。それは仕方ないことだよな?」

 

 私が固まっているのを見たジルオは、思い出したかのように付け加えた。

 それを聞いた私は、思わず笑ってしまう。

 強張った体が、ほぐれていく。

 うむ、笑うというのはいいものだ。無駄な力を入れることで、無駄な緊張が溶けていくとは哲学的である。

 

「ああ、仕方がない。オーゼンだし」

 

 

 

 その後もジルオは、色々と面白い話をしてくれた。

 基本的にジルオが酷い目に合っているのが少し気になったが、大体はオーゼンのせいである。オーゼンあの野郎。

 

 しばらく話をすると、体の震えが止まっているのに気づいた。

 ジルオは、子供の相手をするのが得意なのかもしれない。

 将来、ハチャメチャな子供達の相手を押し付けられて苦労しそうな気がする。

 天才である私の未来予知だ。きっと当たるであろう。

 

 

 呼吸が落ちついてきた。

 血が、体を淀みなく流れている。

 今なら気分良く眠れそうだ。

 時間が経つと、また不安に襲われそうだし。正直なところ、目も開けていられないほどの疲労感に襲われてもいるし。だから、このまま大人しく寝てやってもいい。

 そう、思えた。

 

「……少し眠る。ありがとう、ジルオ。ずいぶんと迷惑をかけてしまった」

 

 感謝の言葉。

 私は、それだけ言って。

 

 笑いながら、眠りについた。

 

 

 


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