オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第16話_おやすみなさい

 

 

 体が上下するのを感じる。

 ぼんやりと目を開けると、白と黒の頭が見えた。

 どうやら、オーゼンに背負われているらしい。

 

「おや、目が覚めたかい?」

「……オーゼンか。相変わらず、同じようなセリフばかり吐く奴だ」

「悪いね。雄弁にものを語るのに、価値を感じないタイプなのさ」

「そうか? 面倒がっているだけでは」

 

 周囲を見渡す。

 力場が見えたので、ここは奈落の中か。

 明るく草木が豊富なことを考えると、深界一層?

 なぜ、奈落に潜っているのだろうか。眠る前は、たしか……例によって、眠りこけてしまったのだったか?

 

「すまんな、オーゼン。突然気を失ったり眠ってしまったりと、まるで物語のヒロインのような事をしてしまった。ヒロインムーブというやつだ。可愛い私だから、許されるだろう? 許せ」

「そうすると、その物語の主人公は私ということになるのかい?」

「えっ、それは……自意識が過剰なんじゃないか、オーゼン」

「話を合わせてやったのに、ハシゴを外されるとは」

 

 腕を回してみる。

 動きにくい状態というのを差し引いても、動きが鈍い。

 自力で歩くのは、難しそうだ。

 

「身体は動くかい?」

「あー、いや。無理だな。動けん」

 

 指の感覚を確かめつつ答える。

 まるで夢の中にいるかのように、感覚が鈍い。

 

「まぁ、そうだろうね。奈落の生物は、地上に出ると衰弱していくから」

「衰弱ねぇ……あれ。これってもしかして、私の知識が欠けていくのとは別件? おいおい、知っていたなら教えてくれたまえよオーゼン君。私は、そういった知識が全然ないんだから。あと奈落の生物って、もしかして私ってば人間ではない?」

「人間さァ。私と同じく、極々平凡な人間だよ」

「嘘臭すぎて涙が出てくるな」

 

 オーゼンが平凡な人間だというのなら、私は人間でなくていい。 

 あと、自分の知識が抜け落ちていく件について話をしたのだが、軽くスルーされてしまった。

 私が現状を把握していることぐらい、お見通しというわけか。

 

 もっとこう、気まずい感じとか、口に出しにくい雰囲気を醸し出したほうがいいのではないかオーゼン。

 や、オーゼンにそんな雰囲気を出されたら、気持ち悪くて仕方がないかもしれないが。

 しかし、私が若干気まずさを感じているのだ。オーゼンの方も感じてくれないと、不公平ではないか?

 

 

 しばしの沈黙。

 オーゼンと二人っきりだ。無言で歩くのなんて珍しくも無いが、気まずい感覚が抜けない。

 これは、私の心の在り様の問題だろうけど。色々と話したい事があるのに、口をつぐんでいるから気まずく感じるのだ。

 今までの私なら、ズバっと切り込んでいたはず。

 うむ、そうだ。ゆけ、ゆくのだ私。

 

「オーゼンは」

 

 重苦しく、口を開く。

 少なくとも、これだけは聞いておかねばなるまい。

 たぶん、これが最後になるから。

 

「どうして私を拾ったんだ? 面倒事は避けるタイプに思えるのだが」

「頼まれたからねぇ」

「頼まれた? 誰に?」

「君の母親にさ」

 

 そういって、オーゼンは懐から一冊の本を取り出した。

 なんだか見覚えがあるような気がする。

 これは……日誌か。そういえば、たまに読んでいたな、オーゼン。

 ふむ。よく覚えていないが、私の母が必死に書きなぐっているのを夢で見た気がする。

 なるほど、あれには私のことが書いてあったのか。

 

「泣き言が沢山書いてあったよ。自分の全てを捧げてでも、子供を生かしたいんだと。まさか、文字通りそれを成し遂げるとは思っていなかったが……奇跡を引き起こしたんだ。少しぐらい手助けしてやってもいいか、と思った」

「そうか。意外と優しいんだな、オーゼンは」

「そうさ。私は優しいんだ」

「ナイスジョーク……おい待て。病人だぞ私は」

「別に、殴ろうだなんてしていないだろうに」

「いや、条件反射的にな? 日頃の行いを反省しろ」

 

 崖を滑り降りる。

 子供とはいえ、人ひとりを背負ってのアクロバティックな動き。

 オーゼン、お前。私の事を荷物かなにかと思っていないか。

 ま、抗議なんてしても無駄だろうから、言わないけど。

 というか。

 

「これって、どこに向かってるんだ?」

「シーカーキャンプだよ。奈落で生活できる場所なんて、あそこぐらいさ」

「なるほど。あそこなら私も、悠々自適に生活できそうだ」

「言っておくが、君はお客さんではなく管理する側の人間だよ。そう申請しておいた。無駄飯喰らいを置いとく余裕なんてないからね」

「まじか。働くのか、私は」

 

 働きたくないでござる。

 ぜったいに、働きたくないでござる!

 

「おい待て。私って、これから記憶が無くなるのでは? 記憶喪失の可哀そうな子供を働かせるというのか、オーゼンは」

「そうだよ。当然だろう? 働かざるもの食うべからず、さ」

 

 即答かよ。血も涙もない。

 オーゼンに情というものを期待した私が馬鹿だった。

 

 

 

 

 その後も、私はオーゼンと他愛無い話を続けた。

 話していないと、眠ってしまいそうなのだ。

 断片的とはいえ、それなりには記憶が残っている。強く印象に残っていることであれば、なおさらだ。

 だから、話のネタぐらいはある。

 

「今日は、ずいぶんと口数が多いね」

「多くもなるさ。これが、オーゼンとの最後の会話になるかもしれないしな」

「記憶を失ったって、君は君だろうに」

「そうか? 気休めで適当なこと言っていないか、オーゼン」

「それで気が休まるのなら、適当だろうが問題なかろ」

「オーゼンは、もう少し言葉を着飾った方がいいと思うぞ」

「面倒だね」

「この野郎が」

 

 

 

「ああ、背負われてるだけで良いなんて、とても楽ちんだ……もっと早くこうしていれば、楽に登れただろうに」

「言ってくれれば、別に背負うぐらいはしたけどねぇ」

「まじか。もっと図々しく要望するべきだったか」

「君を背負って移動したら、半分の時間で地上まで上がれたよ」

「残念……あれ? それって上昇負荷も二倍きついってことでは? 死ぬのでは?」

「そうだろうね」

「この野郎が」

 

 

 

「オーゼン、オーゼン。地上で食べた魚介スープなんだが、最高に旨かったぞ? 名前は忘れたが、熊みたいな人の家付近にある屋台だ。面倒くさがらずに、お前も食べてみるといい」

「気が向いたらね」

「おう。気が向いたら、ついでに私の所まで届けてくれ」

「流石に冷めるだろう」

「なら、オーゼンが作って……いや、やっぱりいい」

「どうした? 遠慮する必要はない。作ってやろうじゃないか」

「お前、ぜったい失敗するだろう」

「間違いないね」

「この野郎が」

 

 

 

「……眠ってしまったか?」

「や、起きてるよ。少し疲れただけだ」

「この程度で疲れるなんて、鍛え方が足りないね。まったく、手間が掛かる」

「すまんな。だが、子供は手が掛かるものだろう?」

「ふてぶてしい答えだ」

 

 

 

「オーゼン」

「なんだい」

「短い間だったが、楽しかったよ。すまないな、世話を焼かせてしまって」

「まったくだ。私にこんな苦労を掛けさせるなんて」

「まぁ、これからもいろいろ迷惑をかけると思うが。どうか私のことを、よろしく頼む」

「面倒は嫌いだよ……だが、まぁ。一人で生きていけるようになるぐらいまでなら、手助けしてやるさ」

「面倒見がいいことで」

「そんなこと言われたのは、初めてだねぇ」

「それは、ほかの連中の目が節穴なだけだろう。こんなお節介焼きなのに」

 

 

 

「オーゼン……」

「なんだい」

「……」

「おや、寝言か」

 

 

 

「……忘れてしまうのだって、悪い事ばかりじゃないさ。こんな世の中だ、良い事より嫌な事ばかり起こる」

「だけど、その記憶が君にとって、本当に必要なものなのだとしたら」

「きっと、どこかに残っている。いずれ思い出すかもしれない」

「だって、人は貪欲だからねぇ。自分が欲しい物には、命を掛けてでも手を伸ばすものだ」

「きっと、また思い出せるさ。だから」

「今は、ゆっくりと眠りな」

 

 

 

 

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