オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第17話_名前をあげる

 

 

 大ポルタの木をくり貫いて作った、シーカーキャンプ。

 こじんまりとした住居だ。それも仕方がないだろう、ここは奈落の二層。人の領域ではないため、大規模な工事など望むべくもない。日々成長する木々を削り取るだけで精一杯だ。

 

 とはいえ、その状況も今日までだ。

 不動卿オーゼン。文字通り、単独で千人力を誇る彼女ならば、硬い大ポルタの木を堀り進める程度は造作もない。オーゼンからその提案をすると、探窟家組合は諸手を上げて歓迎した。ろくな精査もないまま、防人(さきもり)赴任の承認が通った程である。奈落の防人をやりたがるのなんて、一部の変人しかいない。元々いた防人達も、後任が決まれば大歓迎だった。

 オーゼンの城は、たった二日で外堀まで埋まったのだ。

 

「流石に狭いねぇ。荷物も足りないし、おまけにウチの探窟隊はまだ四層にいるときたもんだ。急ぎすぎたか?」

 

 申請すれば人手ぐらいは寄こしてくれるだろうが、わざわざ地上まで登るのは面倒だ。それに、どうやら他国の探掘隊とろくでなし(ボンドルド)の衝突があったらしく、地上では大きな騒ぎが起きている。

 更に付け加えると、いまだ眠り姫を決め込んでいるあの子の子守も必要なのだ。

 ゆえに、しばらくは現状のままやり過ごすしかない。

 

 

 オーゼンは、ベッドで眠る子供に目を向けた。

 薄い青色の髪。華奢な体。しかし、その体躯からは信じられないほどの膂力(りょりょく)を誇る。その力は、受けたオーゼンの腕を痺れさせるほど。単純な戦闘能力においては、並みの黒笛を上回る。

 とはいえ、経験が浅すぎる。彼女が黒笛や五層より先の化け物と戦ったなら、罠にはまってあっさりとやられるであろう。なんともバランスが悪い。

 頻繁に眠ってしまうのは、おそらく能力のコントロールができていないからか。無駄な力を消耗するから、疲労ですぐ眠ってしまうのだ。

 

 鍛えるとしたら、まずは能力を抑える修行からになる。

 この子は間違いなく、無意識に能力を発動している。この子が過去に語った話から考えると、おそらくは他者の夢を読み取る能力。ベルチェロの笛を掘り起こした時も、確か寝起きだった。

 そんな能力など、成長過程においては邪魔でしかない。それで知った事は、すぐ忘れてしまうのだ。文字通り、夢の泡沫である。そんな能力を使わず、自力で知識を得ていった方がいい。

 

 それ以外に遺物(変化する鈴)の力もあるが、意識しなければ発動しない力だ。そちらは後回しでいいだろう。ある程度コントロールできるようになったら、年齢に合わせた姿を取らせてもいいが……しかし、本来は自由に外見を変えられるような遺物ではなかったはず。生まれた時から遺物と一体化していたせいだろうか? 使用には、若干の不安が残る。

 

「ン……よくない思考だ。優先順位がずれている」

 

 首をゴキリと鳴らして、目を覚ます。

 能力の運用など、どうでもいい。いまだ不明点の多い力。実際に使ってみながら詳細を把握し、見通しを立てていけばいいだけの話だ。だから、今考えるべきことではない。

 

 今考えるべきは、今後の生活のこと。

 衣食住をどうするか。

 とくに一番重要なのは食であろう。

 

「そういえば、この子は大喰らいだったね。カバでも狩れば、しばらくは持つか?」

 

 オーゼンと同じく、人を大きく超えた怪力を誇るこの子は燃費が悪かった。こんなナリで、体重は二百キロを越える。そして、体重にふさわしい量の食事を必要とする。

 そんな量の食事を深界二層で調達するのは、骨だった。

 

「やはり、一人だけでも呼び戻すか……む」

 

 耳に届く呼吸のリズムが変わった。

 次いで、身じろぎする気配。

 あの子が目を覚ますのだろう。

 

 

 ベッドの脇まで移動する。

 まだ眠っている。が、時間の問題だ。

 オーゼンがしばらく寝顔を眺めていると、その子の目がゆっくりと開いていく。ぼんやりと空中を見つめるその瞳に、徐々に意識が宿っていくのが見えた。

 

「おや、目が覚めたかい」

 

 いつものように、声を掛ける。

 いつもと違って、返答は返ってこなかったけれど。

 

 

「何か、覚えていることはあるかい?」

 

 数秒の沈黙を挟み、オーゼンは言葉を続けた。 

 だが、その子はまた無言を貫く。

 何も覚えていないのか。それとも、言葉が通じていないのか。

 

 もう一度問いかけると、今度は首を横に振って応答した。

 どうやら、言葉は通じているらしい。

 

「……だ、れ?」

 

 今度は、その子からの問いかけだ。

 舌足らずな声。

 体の動かし方すら忘れてしまったのか。

 予想していた事ではあるが、これを育てるのは難儀しそうだと、オーゼンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

「オーゼンだよ。君との関係性は……ふむ。師匠と弟子、ということになるかなァ」

「……オー、じぇん?」

 

 オーゼンとしては、親になるつもりは無い。

 であれば、弟子という関係が相応しいかと思った。

 どうせ、奈落の外では生きていけない体だ。生きるためには、探窟家になるほかない。

 

「そうだ、師匠だ。だから師匠と呼びな。お師匠様でもいい」

「おち、ちょーさま……おし、ちょー」

 

 そうして、舌足らずな口で師匠と声に出す。

 だが、何度繰り返しても"しょう"と発音できないらしい。

 

「おち、し、しゃま……おし、さ、ま」

 

 やがて発音を諦め、言葉を短縮し始める。

 何度かその言葉を繰り返した後、納得したのだろう。その子はオーゼンの顔を見て、自慢げにこう言った。

 

「おしさま!」

 

 その後、何度もその言葉を繰り返す。

 言葉を覚えたのが嬉しいのか、言葉を言えたのが嬉しいのか。

 それはわからないのが面倒だが、ライザよりは聞き分けがよさそうだとオーゼンは安堵した。

 

 

 と、急に静かになった。

 見ると、その子は目を閉じて安らかな寝息を立てている。

 完全に、眠ってしまっているようだ。

 

「あれほど騒いでいたのに、一瞬で眠るのか。相変わらず、よく寝る子だね」

 

 とはいえ、下手に起きていられるよりは、寝ていてもらった方が楽だ。少なくとも、生活の準備が整うまでは。

 ここで過ごすのに必要なのは、水と食糧。地上と連絡を取るための電報船の補充。子供用の服も必要であろう。ここには、そんなもの置いていない。あと、考えられるのは……

 

「そういえば、名前が欲しいと言っていたね」

 

 出会って間もない頃。四層でそんな事を言っていたはずだ。

 あの時は地上に放り出して終わりにするつもりだったが、弟子にする以上は、名前ぐらい無いと困る。

 

 オーゼンは考え込んだ。

 彼女は、名前をつけるのが苦手だった。

 発掘者には遺物の命名権があるが、彼女はその権利を行使したことなど無い。

 名前など、分かりやすければ何でもいいではないか?

 使う奴が、勝手に決めればいいというのが彼女の信条だ。

 

 となると今回の場合、一番名前を呼ぶ羽目になるであろうオーゼンが命名すべき、となる。

 面倒だが、しょうがない。

 

 まず、どんな類のものから名前を取るかを考える。

 たしか、この子は空が好きだった。

 二層で夜空についてのウンチクを聞いた時、淀みなく星の名前を読み上げていたし、星も好きなのだろう。

 ならば、その関係の名前がよさそうだ。地上に出られない子に空の名前を付けるなんて皮肉を感じなくもないが、奈落にちなんだ名前を付けるよりはマシだろう。

 

 この子の特徴。それと一致する、空や星の名前。

 怪力。腹ペコ。ふてぶてしい。すぐ眠る。

 

「……すぐ眠る、か」

 

 顎に手をやり、考える。

 思考に引っかかるものがあった。

 そんな呼ばれ方をしていた星があったと記憶している。

 夜明けと夕暮れ、その一瞬しか見ることのできない星。

 滅多に姿を現さない上に、光ったと思ったらすぐ消えてしまう。そんな星の名前。

 たしか──

 

 

「マルルク」

 

 

 明けの明星。夜明けの星。

 数年に一度、日の出前と日没後にしか見ることのできない、黎明の星の名だ。

 宵の明星の名前でもあるし、本来はもっと長ったらしい名前だったような気がするが、まぁどうでもいい。ようは、それっぽい名前を付けられたらいいのだ。

 

 

 もう一度、ベッドに目を向ける。

 健やかな寝顔に少しイラっとするが、まぁ子供はそんなものだろう。そんなことを思いながら、オーゼンはマルルクの頬を引っ張った。タマウガチの針すら噛み砕くくせに、よく伸びる頬だ。ジルオ並によく伸びる。オーゼンがこうして頬を引っ張っても、起きる気配は無い。

 

 引っ張るのも飽きたので手を離し、もう一度顔を見る。

 負の感情が見えぬその顔は、どことなくライザに似ているような気がした。

 

 ライザは今も四層だ。

 いまいましい、芋みたいな顔をしたあいつと一緒に。

 ライザを取られてしまったようで不快ではあったが、彼女が選んだ道も、理解できないわけではない。

 

「……何かを残したいという気持ちは、私にもわかるよ。そうだろう、ライザ?」

 

 オーゼンは呟く。

 誰に聞かせたいわけでもない。ただ、喋りたいだけだ。

 しいて言うならライザ(あのバカ)に聞かせたいが、流石のオーゼンも、四層まで届くほどの大声は出せない。

 だから、いまだ眠るマルルクに対し、オーゼンは語り掛ける。

 

「二千年の揺り籠。終わりは見えている。脆弱な人間に出来る事なんて、ただ祈る事ぐらいのものだろうさ」

 

 祈りなんて、ろくなもんじゃない。自分に期待できないから、他者に請う。オーゼンには、そう思えてならなかった。だが、こうして奇跡を引き当てた事例を見るに、まったくの無駄というわけでもないらしい。

 ならば、少しぐらいは祈ってみるのもいいかもしれない。そう、オーゼンは思った。

 

 強い呪いを引き受けた分だけ、誰かに祝福を与えることができる。古い言い伝えだ。

 オーゼンの解釈では、食われた奴の不幸の分だけ、食った奴に幸福を与えることができる程度の意味合いでしかなかった。夢も希望もない。が、存外この世界には、夢も希望もあるのかもしれない。

 

 オーゼンは、強い呪いを受け続けてきた。存命する白笛の中では一番だろう。

 であるならば。誰かに祝福を与えることだって、できるのかもしれない。

 

「似合わない。似合わないねぇ」

 

 かぶりを振って、余計な考えを頭から追い出す。

 やはり自分にその生き方はできない。

 余計なことをして失敗するのは、もう御免だ。

 だから、見守ってやる程度に留めるのが、一番良い。

 

「見守るぐらいなら、まぁ、やってやるのもいいさ」

 

 どうせ、やることも無い。

 ライザは自分の手から離れつつあるし。この子の行く末に、興味が無いわけでもない。

 この時代の人間なんて、きっと良くない結末を迎えるに違いないが。

 それでもきっと。何かを得ることだって、できるだろうから。

 

「──滅びの決まったこの世界で。君はいったい、何を手にするのかなァ」

 

 願わくば。

 いつか、酒でも飲み交わしながら昔話に興じられるような、そんな時間ぐらいは残しておいて欲しいと。

 オーゼンは、そう思った。

 

 

 

 

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