■誰かの夢
子供は嫌いだ。
いくら脅しつけても、言う事を聞きやしない。
そして、やたらめったら走り回るのだ。
自分の意思に反して動かされるのは、大嫌いだった。
「子供を、作ろうかと思うんだ」
ライザの一言に、オーゼンは手にしたスプーンを取り落とす。
そして、彫像にでもなったかのように体の動きを止めた。
「あっははは、オーゼン! また面白い顔になっているぞ」
「好きでこんな顔をしているわけじゃないよ、まったく」
スプーンを拾い、汚れも気にせず食事を再開する。
動揺は、まだ収まっていなかったが。
オーゼンは、ライザの言葉を
結婚した以上、いずれそういう事もあるだろうとは思っていた。
が、どうだろう。ライザが母親になるなど、想像もできない。
オーゼンにしてみれば、ライザはある意味『子供』の象徴のような存在だ。
いつのまにか、成長していたのだろうか。
そう思いライザのつま先から頭のてっぺんまでじっくり視線を這わせてみるが、ライザはライザだった。目の光が強い。我が強い。我慢ができない。この子が子育てをする? どんな冗談だ、それは。
「で、どうしてそんな事を思ったんだい? お前の口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった」
「私の口に、出せない言葉は無いつもりだが……まぁいい。聞きたいなら教えてやろう」
ふんぞり返って、無駄に尊大な態度をとるライザ。
「お前が喋りたいだけだろうに」という言葉は、喉の手前で止まった。
変に溜め込まれると、後々面倒な事になる。
ライザは、調子に乗っているぐらいがちょうどいい。
「これも冒険さ。私は、知りたいと思った事を知らずにはいられないんだ。自分の子供を産み、育てる。これって、最高に未知の世界じゃないか?」
「どうかねぇ。この世の多く……いや、生存している全ての人間が経験している事とも言える。育てられる側も含めれば、だけれど」
「私の子供だ。人類史上、最高にコントロールのきかない子になる。絶対だ」
「それは確かに、間違いないかもしれないがね」
こうして会話は続けているが、オーゼンの胸の奥には、もやもやしたものが残った。
なんだか自分が置いて行かれたような気がして、嫌だった。
大人げないと言われようが、嫌なものは嫌なのだ。
自分は、奪う事しかできない人間だ。与える事のできない人間だ。
未知への探求といえば聞こえはいいが、要は墓荒らしのようなもの。
ずっと、死肉をあさって生きてきた。
ライザも、自分と同じ道を歩んでいると思ったのに。
そんな生き方こそ素晴らしいと、思っていたのに。
自分より先に、新しい道を見つけてしまった。
全ての道を踏破しようとするライザと、その道しか見えないから歩き続けている自分。
その道筋が交わり続ける事など、有りないとは理解していた。
ただ、奈落の未知があまりに大きかったため、ずっと同じ道を歩いているような気がしてただけだ。
ただ、こうしてライザの話を聞いていると、そういう道もいいかもしれないと思えてくる。
応援したっていいではないかと、思えてくる。
自分には選べない。が、ライザの選んだ道なのであれば、きっと輝かしい未来がまっているのだろう。
その結末を見届けるのは、悪い事ではない。
ガキは好きじゃない。
けれども。少しだけ、心境に変化はあったのかもしれない。
◇◇◇
「おや、起きたかい」
「……デジャヴ。前回の目覚めと同様の状況。私は、この一日を繰り返している? 可能性として考慮にいれておくべき」
「時間を操作する遺物かい? もし存在すれば、間違いなく特級遺物に指定されるだろうねぇ。残念ながら、そんな物はまだ見つかっていないよ」
身を起こす。
力場からの光が、周囲を薄く照らしている。
水蒸気が多い。息を吸うと、咳き込みそうになった。
息を吐く。
体の緊張が緩まった気がする。
とはいえ、寝心地の悪い板張りの床の上で寝ていたのだ。体の節々が痛い。
腕を回して筋肉をほぐしていると、オーゼンが服と肉(?)を差し出してきた。
おいおい、その二つを同時に差し出すのか?
私にどうして欲しいのだ、こいつは。
私は、無言で服を羽織った。
着方は、なんとなくわかる。
「重い。汚い。かっこ悪い。あと、サイズが合わない」
「我慢しな。それしかないんだ」
無いと言うのなら、仕方があるまい。甘んじて受け入れてやろうではないか。
しかし、ポケットが多すぎるのではないかこの服は。まるで、土木作業員のようだ。邪魔なので、切り裂いてもよいだろうか。
いや、その前に。
「オーゼン、なぜこんなサイズの服を持ち歩いている? 私にとっては大きすぎるが、貴方にとっては小さすぎる。明らかに、貴方の服ではない。他人の服を持ち歩くなんて、通常では考え難い状況。私の推測によると、オーゼンの性癖は……痛い」
「うるさいよ」
デコピンを喰らってしまった。
痛いと軽く言ったが、頭がお星さまになってしまうのではないかと思えるほどの強烈な威力だ。
こいつ、私の頭を吹っ飛ばしたいのだろうか。猟奇的すぎる。
痛む額を抑えながら、私は再びオーゼンの方に手を伸ばした。
先ほど差し出された肉を受け取ったのだ。
小さくカットした肉を串に通し、火であぶっただけの簡単な物。
味付けは……塩だけのようだが。しかし、意外と美味しい。
「うみゃいぞ、もっと寄こすがいい。もぐもぐ」
「食べながら喋るんじゃない、落とすよ。貴重な食料だ、大切にしな」
そう言われたので、私は無言でひたすら肉を食べ続ける。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
もぐもぐ。
「……」
なんだか、もの言いたげな目でこちらを見てくるオーゼン。
なんだ、言いたい事があるなら言えばいい。言わなきゃ伝わらないぞ、オーゼン。
正直に言うと伝わっているが、こちらの都合によりスルーするぞ、オーゼン。今は喋るより、ご飯の気分なのだ。
やがて諦めたのか、オーゼンも肉を食べ始めた。
片手で肉を食い、もう一方の手で日誌のようなものを開いて読み進めている。行儀が悪いぞ、オーゼン。
あと気になったのだが、木の床の上で思いっきり火を起こしているが、大丈夫なのだろうか。
こんな所で盛大なキャンプファイヤーを開く事になったりしないだろうか。
見た感じ、何かの皮を敷いた上で火を起こしているようなので、大丈夫なのかもしれない。
まぁいい。周囲が炎に包まれるまでは、気にしないでおこう。
今は、ひたすら食べるのみだ。
……というか、多いな。肉。
焚火のそばには、火にかける前の生肉が大量に置いてある。
元々持っていた……わけ、無いよなぁ。
保存のきかない生肉を、大量に持ち運ぶはずが無い。
私は、後ろを振り返った。
ぺちゃんこになったタマウガチの死体。
元々半分ほどになっていたその体積だが、さらに減っているような気がする。
「毒は取り除いたよ。もしかすると多少は混じっているかもしれないが、まぁ君なら平気だろう」
「言動が不穏すぎる」
タマウガチの毒は、血液に反応する類の毒だ。
口や胃に傷さえなければ、食べても平気ではあるが。そんな危険なチャレンジを何も知らせずに実施するなんて、人としてどうなのだろうと思う。あと、私はなんで毒の仕組みなんて知ってるんだっけ?
まぁいい。そんな事、この肉の美味しさに比べれば些末な事だ。タマウガチおいしい。もぐもぐ。
ゆうに、十キロ程も食べただろうか。
ようやく満腹になった私は、オーゼンに水をせびってグビグビと飲み干し、ようやく一息ついた。
タマウガチの肉は、大変美味であった。
あっさりとした味で、油も少ない。が、だからこそシンプルな塩味が体に染みる。
なんか変な夢を見たような気もするのだが、全てが肉に上書きされてしまった。
夢とかどうでもいい。
オーゼンの夢とか、本当にどうでもいい。
「さて」
オーゼンが、極端な猫背でこちらを覗き込んできた。
雰囲気が、先ほどまでと違う。
真面目な話をしようというのだろうが、見た目が怖いぞオーゼン。自重しろ。
「君は、これからどうしたい?」
「ええー」
いきなりその質問か。おもわず間抜けな声を漏らしてしまった。
口下手か、オーゼン。唐突すぎる。もうちょっと、こう、何かあるのではないか?
記憶を失った子供に対する心遣いとか、状況の説明とか、自己紹介とかさぁ。
いや、私はオーゼンのことなんて、これっぽっちも興味がないのでどうでもいいのだが。
しばし思案する。
どうするか、と言われても。
選択肢など、一つしかないのでは?
記憶も無く、ここがどこかすらわからない。
なら、ひとまずオーゼンに付いて行くしか無いと思うのだが。
さっき食べた化け物っぽい奴が住んでる場所なんて、危険な地域に違いない。一人でいたら死ぬ。せめて、安全な場所まで行きたい。
……いや、そういう事を聞きたいわけでは無いのか?
わからん。こいつが何を考えているかなんて知らん。
もう、適当に答えてしまおう。
「空を見たい」
「空?」
なんでもいいとばかりに、適当に口を開いてみる。
意識して発言したわけではない。町に行きたいとか、おいしいご飯を食べたいとか。きっとそんな事を言うと思っていたのだが、出てきた言葉は意外なものだった。空? そんなもん見て腹が膨れるの? 危機感が足りないのでは?
そう思ったが、いざ口に出してみると、なんだか無性に空が見たくなってきたような気がする。
すらりと出てきた辺り、私は本当に空が大好きな人間だったのかもしれない。知らんけど。
「うん、空。無性に恋しい」
「空ねぇ」
オーゼンが上を見上げる。
つられて、私も顔を上げた。
ズタズタになった部屋の隙間から、空が見える……いや、これは空ではない。そうでなければ、空を見たいなんて言わない。
私が求めているのとは、なんか違う。青い光が上空を包んでいるが、これは違うのだ。説明はできないが。
「ここからでは、見えないなァ」
「やはり? なにか違うとは思っていた」
「ここは、地の底だからね」
は? こんな広い所が地の底なわけないだろ、いい加減にしろ。
人が記憶を失っているからといって、変な嘘は教えないで欲しい。
……いや、待て。
やっぱり地の底な気がしてきた。
あれだ。奈落だか何だか呼ばれている、でっかい穴。あそこが確か、こんな感じの場所だったのでは?
確か、深界四層──
「巨人の盃? 奈落の深度七千から一万二千メートル付近に広がる、化石と巨大植物で構成された場所。平たく言うと、地獄」
「これより下に比べたら、ここは天国みたいなものさ。地獄の入口、といった方が正確かなァ」
なに言ってんだこいつ。
天国なのか地獄なのか、はっきりして欲しい。
「まぁ、天国も地獄も同じようなもの? とにかく、私は空が見たい。オーゼン、なんとかして」
「となると、地上に出る必要があるが」
「連れて行って欲しい」
「気楽に言ってくれるね」
だが、とオーゼンは続ける。
なんだか、連れて行ってくれるような雰囲気だぞ?
何でも言ってみるものである。
「いいさ。空が見たいと言うのなら、連れて行ってやろうじゃないか。地獄の階段を登りながらね。ここから先で吐き出すのは、弱音じゃなく血反吐だよ」
「いい。それぐらいで済むなら、さっさと行こう」
私の返答を聞いたオーゼンは、ニタァと笑った。
そして、冗談かと思うほどの猫背をやめ、背筋を伸ばす。
ゴキリ、と。なんだか不吉な音が聞こえた。
なんだそれ。こいつの体、どうなってんの。
やはり怪物……そして、笑顔が怖すぎる。
鏡で笑顔を反射してやりたい。
「笑うなオーゼン。顔が怖い……あいたっ!?」
「話が早いのは好きだよ。いいだろう、これから四層で生きていくために必要な知識を教える。既に知っている事もあるかもしれないが、行動を共にするのであれば、認識合わせは大事だからねぇ」
「それはいいのだけれど。今、ナチュラルに殴らなかった?」
「さて、まずこの場所についてだが」
「話を聞いてほしい」
しばし、オーゼンの話を聞く。
奈落のこと。力場のこと。上昇負荷のこと。そして、探窟家のこと。
不思議と、聞き覚えのない言葉はなかった。
聞けば思い出す、という言い方が適切だろうか。何か切っ掛けさえあれば、連想して次々と思い出せる。
自分に関すること以外であれば。
「次は、危険な生物と遭遇を避ける、あるいは遭遇してしまった時の対処法だ。すべて覚える必要はないが、正しい行動をとれなければ死ぬ確率が上がるよ」
「それは、すべて覚えろと言っているのと同義では」
「覚えていたとしても、適切に使えなければ意味がない。下手な知識を沢山増やすより、腹に抱えた槍を突き出す事しか知らない奴が生き残る事だって多いさ。学ぶために使える時間は少ない。君はもう、ここに来てしまったのだから」
「要は、自分の脳味噌と相談して決めろという事? オーゼン、あなたは口下手が過ぎる……あいたっ!?」
「まずはタマウガチだ」
「呼吸をするがごとく自然に殴るのはやめろ」
こうして、私の探窟家としての生活が始まった。