オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第5話_鳥になりたい

 

■誰かの夢

 

 脚を前に出す。

 彼女は、ただそれだけを考えながら歩いていた。

 

 四層まで降りてきたのを、後悔しているわけではない。

 それに相応しい実力はあると自負しているし、入念な準備もしてきた。

 事実、幾度となく深層の探窟を成功させてきたのだ。

 

 ただ、焦り過ぎた。未発掘の遺物を探すために、踏み入れてはならない場所に踏み込んでしまった。

 黒笛などと煽てられて、自身の実力を過剰に見積もっていたのだろう。

 

 人間など、アビス深層の生き物に比べたら、脆弱も良いところだ。

 ゆえに、弱者として振る舞わなければならない。

 弱者として相応しい行動をとらなければ、死ぬ。

 

 出会ってはならない。

 敵対してはならない。

 存在を認識される事、それ自体が致命的だ。

 

 なのに、敵を排除するという行動をとってしまった。

 まるで強者のように、振る舞ってしまった。

 ほんの少しの油断。たった一度の判断ミス。

 その結果が、これだ。

 

「……生き残ったのは、私だけか」

 

 探窟隊の壊滅。

 珍しくも無い。ここは、人の生きていける環境ではないのだ。

 いつ死んでもおかしくは無い。それが奈落の探窟家。

 なのに。

 

「いつの間にか、死を恐れなくなっていた……か。感覚が麻痺していたのかな」

 

 麻痺した感覚で探窟など行えば、失敗して当然だ。

 慣れとは恐ろしい。

 できれば、もう少し早く自覚できているとよかったのだが。

 

 

 彼女は、自身の右脚を見た。

 千切れた筋肉と血管。膝から下は、もはや骨で繋がっているだけと言っていい。もう、まともに動かす事はできないだろう。

 探窟家としてのキャリアは、これで終わりだ。

 

「命があるだけ、感謝すべきかな。それも、いつまで持つか分からないが」

 

 血を失いすぎた。

 おまけに、四層の上昇負荷は「全身からの出血」だ。

 目や耳からの出血は慣れっこだが、脚からの出血に耐えられるとは思えなかった。

 紐で縛って止血する程度では、出血を防ぐことはできまい。

 

「いっそのこと、このまま行けるところまで、降りてみるのもいいかもしれないな……」

 

 それは、生きることを諦めるということだ。

 すべてを捨てて、後ろを振り返らずに、命を散らす。

 

「馬鹿げた話だ」

 

 妄想を頭から振り払う。

 この状態では、五層に辿り着く事すら不可能。

 諦めず、二層のシーカーキャンプを目指すべきだ。

 そこまでいかずとも、移動可能なルートの少ない三層まで行けば、誰かに見つけてもらえるかもしれない。

 そこまでたどり着くためには……

 

「焼くか。そうだな。それがいい」

 

 傷口を焼き、出血を防ぎ、血を補充し。

 体力を回復させながら、ゆっくりと登る。

 彼女が地上に戻るには、それしかなかった。

 

 

 何度も気を失いそうになりながらも、傷口を焼く。

 血の匂いに惹かれたのか、途中で蛇が近づいてきた。

 貴重な食料だ。彼女は蛇を捕まえ、皮を剥ぎ、血を呑み、その肉を喰らった。

 砂を食べているような感触だったが、何も食べないよりはましだろう。

 

 一息つき、上空を見上げる。

 視界が悪い。水蒸気が邪魔をして、現在地の把握すら難しい。

 だが、登れば確実に目的地まで近づく。

 体力を温存し、回復と消耗を繰り返しながら、少しずつ登る。

 毎日毎日、それを繰り返す。

 そうすれば、いつかは帰れる。

 

 気が遠くなる話だ。心が折れそうになる──いや。彼女自身は、折れてもいいとさえ思っていた。

 彼女は横になって、息を吐く。そうして、これまでの事に思いを馳せる。

 

 自分は、穴蔵の底でゴミあさりをするしか能のない人間だ。

 生まれてからずっと、それだけをして生きてきた。

 ほかの仲間のように、夢とか希望だとか、そんなものを持ち合わせてはいなかった。

 惰性で生きるだけ。昨日やったように、今日も。そして明日も、地獄の釜の底でゴミを漁るだけ。

 こんな自分だけが生き残るなんて、なんて皮肉な話だろう。

 

「もし、無事に帰れたら」

 

 思い出されるのは、仲間の言葉。

 夢を継いで欲しいという、その一言。

 

「そうだな……それも、いいかもしれないな」

 

 仲間の夢を継ぐ。

 自分には似合わなすぎて笑ってしまうほどだが、今まで人生の全てだった穴蔵を捨てるのだ。それぐらい新しい生活の方が、刺激があっていいかもしれない。

 惰性で生きてきたと自負しているが、それでも奈落には沢山の未知があった。退屈しない程度には、刺激で溢れていた。

 これからも生きるのであれば、新しい世界に飛び込むぐらいでないと、退屈で死んでしまう。

 退屈とは、ある意味で奈落よりも恐ろしい。

 

 

 彼女は、首にかけている笛を外した。

 今までの自分の人生、その象徴。

 この黒笛を得るために、何度奈落に潜ったことか。

 

 だが、もういらない。

 

「埋めちまおう。お前はここで死んだ」

 

 穴を掘り、笛を埋める。

 もう、誰にも見つからないだろう。

 自分の人生は、ここで終わったのだ。

 

 そうして、鞄から別の笛を取り出す。

 亡き仲間の笛。自分と共に、長い時を過ごした友の形見。

 それを、首に掛けた。

 

 

「今日から私は、ベルチェロだ」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 目を覚ます。

 頭が重い。起き上がると、ひどい眩暈がした。

 

 右膝の感触を確かめる。

 夢の中では骨しか残っていなかったが、手に感じるのは柔らかい感触。

 私のぱーふぇくとぼでぃには、傷一つ無い。

 

「おや、起きたかい。なら、出発の準備をしな」

 

 デジャヴ。

 こいつ、いつも同じようなセリフばっかり言ってんな。

 

「おはようオーゼン。いい朝だなオーゼン。ところでオーゼン、言葉のボキャブラリが貧困ではないか? 生きるためには、常に新たな刺激を追い求めなければならないと、夢の中の人も言っていた。つまり、変化の無い者は死にゆく老人……あいたっ!?」

「早くしな」

 

 暴君が怒り心頭・怒髪天を突いているため、おとなしく準備をする。

 といっても、寝袋をリュックに押し込むだけではあるが。

 

 まず、寝袋を二つに折り、付着した土を払い、空気を抜きながらもう一度折って……

 

「おや」

 

 よく見ると、地面の一部だけ色が少し違っている。

 過去に掘り返された事があるのだろうか?

 

 ふへへ、掘り返してやろう。

 もしかすると、お宝が埋まっているかもしれない。

 若干硬いが、私の手にかかればこの程度の土を掘り返す事など容易い。

 なぜなら私は、自分の体を作り変えられるのだ。指先を、石より硬くすることも可能!

 

 

 掘ること三十秒ほど。

 意外とあっさり底まで掘れた。

 埋められていたのは……

 

「……笛?」

 

 黒い笛。

 うっすらと、何かを刻んだ痕跡が残っている。名前か何かだろうか。

 さっき夢の中で見た奴に似ているような。

 

 と、息を呑むような声が聞こえた。

 私が手にした笛を見たオーゼンが、茫然と佇んでいる。

 

「そいつは……」

「知っているのかオーゼン!」

 

 切れのいい問いかけをしてやったが、オーゼンからの応答は無い。

 オーゼンは、茫然自失といった面持ちだ。

 いや、いつも茫然としているか?

 むしろ、普段通りの表情か?

 わからん。私には、オーゼンとハニワの区別すらつかない。

 

 まぁいい。オーゼンが根暗で自分語りが大嫌いな人間だということは、すでにわかっている。

 なにか事情があるようだし、私の言葉をスルーしてしまうのも、許してやろうじゃないか。

 私は大人なのだ。褒めてくれて良いぞ、がはは。

 

 

 やがて再起動を果たしたオーゼンが、私から笛を取り上げる。

 しばし笛を見つめて、カリカリと感触を確かめて……

 

 

 その場に穴を掘って、笛を埋め直した。

 

 

「え、埋めるのか」

「まだ、この笛を還らせるわけにはいかないんだ。色々とあるのさァ」

「そうか。色々か。なら仕方ないな」

 

 何の説明もないが、納得してやろうじゃないか。

 私は大人だからな! 大人げないオーゼンと違って!

 オーゼンに対して「大人げない」と言うのは、もはや私の口癖になっている感がある。

 

 

 上から土をかぶせ、その上からオーゼンが渾身の力で踏み固める。

 おいおいオーゼン、力を籠めすぎではないか? オーゼンの馬鹿力で踏みしめたら、もう二度と掘り起こせなくなってしまうのでは。

 まぁ、掘り起こす気がないのなら、気にする必要など無いのかもしれないが。

 

 やがて満足したのか、オーゼンは地面を踏みつけるのを止めて私に問いかけてきた。

 

「……君は、なぜコイツが埋まっているとわかったんだい?」

「ん? んんー」

 

 しばし悩む。

 偶然といえば偶然だが、そこに何か埋まっているような気がして目を向けたような気もする。

 

 つまりは。

 

「なんとなく……いや待て本当だ。安易に人に噛みつくのは止めろ。大人げないぞオーゼン」

「なんだい、私は狂犬か何かかい。安心したまえ、君のように人間に噛みついたりはしない。ただ殴るだけさ」

 

 殴るのも駄目ではとか、人間以外には噛みついたりするのかとか。それより何より、私は人に噛みついたりしないぞ、とか。色々突っ込みたいところはあったが、スルーする。

 オーゼンは狂犬並みにタチが悪いので、そんな突っ込みを入れたら狂気のデコピンが飛んでくるのは間違いない。

 あれは痛いのだ。

 

 や、オーゼンを犬と同列に扱うなど、犬が可哀そうか?

 オーゼンにはプリティさの欠片も無い。あるのはホラー要素だけである。

 可愛らしい犬に例えるとしたら、私のようにプリティな人であるべきだ。

 そういえば、地面を掘ったら笛を掘り当てたのなんて、凄く犬っぽいのでは?

 

「あれ、これは結構重要なことではないか? 検証の必要があるのでは? 私が掘ったら、何かお宝が出てくるのかもしれない。ほら、そういう童話があっただろう? ここ掘れワンワン的な」

「知らないねぇ」

「そうか……知らないか……」

 

 オーゼンに童話なんて聞いた私が馬鹿だった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「でかい」

 

 そんなこんなで、第三層である。

 空にぽっかりと空いた穴は、直径千メートルほどもあるだろうか。

 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

 

 深界三層、大断層。

 穴の中を見上げるが、先は見通せない。

 確か、四千メートル以上も続く縦穴だったか。

 

 

 力場に目を向け、目を細める。

 水蒸気で和らいでいるとはいえ、直視できないほどの明るさ。四層の薄暗い光とは大違いだ。

 

 続いて、穴の淵を見る。

 四層に近いところは、緑や白っぽいトゲトゲした物体で溢れているが、登るにつれて岩肌が目立つようになっていた。

 おそらく、水がないからだろう。植物の生育には向かない。

 そういえば、四層より呼吸が楽だ。

 四層の空気は湿っぽくていけない。たまに咳き込んでしまうほどの水蒸気なのだ。

 まぁ、代わりに三層では、水の確保が大変なのだろうが。

 水が無いということは、食料の確保も四層より難しいのではなかろうか。

 

 

 食料以外に気になるのは、三層に生息する捕食生物か。

 ここからでは見えないが、いるはずだ。

 

 もう一度、上空を見上げる。

 力場の光が邪魔をして見通せないが、光の中を動き回る()()の影が見えたような気がした。

 

 三層は、空を飛ぶ(すべ)を持たぬ生き物にとって、踏み入ることのできない領域だ。

 空を飛べない人間は、まっとうな手段で生きていくことはできない。

 

「弱者は、弱者なりのやり方ってものがあるのさァ。壁に張り巡らされた穴蔵に潜って、モグラのように進む……とはいえ、どうしたって淵に顔を出さざるをえない場面は出てくる。空飛ぶ化け物に掻っ攫われないよう、注意するんだね。君はたぶん、彼らにとって特上の御馳走だろうから」

「気を付ける」

 

 気を付けはするが、基本的にはオーゼンを盾にするつもりだ。

 浚われそうになったらオーゼンの陰に隠れ、それでも駄目だったらオーゼンにコアラのように抱きつこう。時間さえ稼げば、オーゼンの無慈悲なパンチが敵を撃滅するに違いない。

 私も、何度か撃滅されかかったからな!

 

「君にとって最も注意すべきは、上昇負荷だろうねぇ。三層の上昇負荷は平衡感覚の喪失、幻覚と幻聴だよ。惑わされて落下したり、化け物に襲われたと勘違いして力を暴走させたりしないように」

 

 私は、ふんふんと頷きながらオーゼンの話を聞いた。

 なにしろ、命が掛かっている。何か起こってから考えても遅いのだ。何かが起きたら、どう行動するか。あらかじめイメージしておかなければならない。誰かに教わったような気がする。誰に教わったかは、全然思い出せないけれど。

 

「それと、ここにいる生き物についてはさっき説明した通り。なにしろ見晴らしがいいからねぇ。ここの層には未知の生物は少ないし、他の階層から紛れ込んでくる奴もほとんどいない。化け物が現れたら、まずは幻覚である事を疑いな……何をしている?」

「いや、目の前のとんでも生物が幻覚かどうかを調べている……あいたっ!?」

「傷つくなァ。こんなに親切な私を、化け物だなんて」

「化け物とは言っていないぞ、オーゼン」

 

 思ってはいるが。

 

 

 

 オーゼンのなぜなにレクチャーを受け終えた私は、三層との境目にある洞穴にこもってキャンプをした。

 食事をし(ネリタンタンおいしい)、オーゼンから貰った小さなカバンに緊急時の食糧等を詰め込んで明日の準備をする。

 

 オーゼンと荷物のチェックをして、準備完了したことを確認。

 問題ないと思っていたが、私の荷物を見たオーゼンがリュックから道具を取り出し、私の目の前に差し出した。

 どうやら三層では、四層で使わない道具が必要らしい。はよ言え。

 

「三層で使う道具だ。使い方はわかるかい?」

 

 微妙に探られている感があるのが気になるが(私の何を探ろうというのだ)、とりあえず頭の中をこねこねしてみる。

 微妙に透明感のある石。宝石の原石にも見えなくはないが、この色艶は確か……

 

「石灯。水と反応し、溶ける際に光を発する性質を持つ。電気が使えない際の明かりとしてよく用いられる。注意点として、酸性の液体と接触させないようにすること。一瞬で溶けてしまい、とてももったいない」

「知っているのか。なら、これは?」

「……通称、太陽玉。力場の光を溜め込む性質を持つ。ショックを与えると、溜め込んだ光を放出する。加工して石灯の代わりにする事もあるけれど、労力に見合わないので特殊な場面以外では使われない。おもな使用用途としては、囮。奈落の生物は、なぜか力場の光や遺物に引き寄せられるから」

「上出来だ。やはり、探窟家としての知識は持っているようだね」

 

 そう言いながら、オーゼンは石灯と太陽玉、その他諸々のアイテムを私に手渡した。

 しかし、カバンはすでに一杯なのだが、どうするか。

 ネリタンタンの皮を繋ぎ合わせて、リュックを作るか。脆そうだけれども。

 だが、無いよりはマシだ。

 うん、そうしよう。

 睡眠時間が減るのは嫌でたまらないが、やむをえまい。

 

 

 

 オーゼンの寝息をBGMに、皮を繋ぎ合わせること、しばし。

 やはりネリタンタンの皮を使ったのは間違いでは、と思えてきた。

 小さすぎるので、縫合が必要な箇所が多くて手間が掛かる。

 これは、完成までに時間がかかりそうだ。

 

 面倒になった私は、溜息をついて外を見上げた。

 青白い、力場の光。ゆらゆらと水面のように揺れる空。

 

 やはり、上空を飛び交う影が見える。

 鳥だろうか? それにしては大きいが、奈落なのだから、でっかい鳥がいても不思議ではない。

 

 

 鳥は良い。

 自由に空を飛び回れる所なんかが最高だ。

 あと、逃げ足が早いのも私的にポイントが高い。

 

「鳥になりたい……」

 

 呟く。

 ()()大空の果てまで飛んでいくのは、私の夢だった。

 嬉しい事も、悲しい事も。全部置き去りにして、新しい世界に羽ばたく。

 それができたら、どれだけ気持ちが良い事だろう?

 

「身体の形を大きく変えるのはお勧めしないよ。人は、外見に心が引っ張られるものさ。人以外の姿を取った者は、いずれ化け物に成れ果てる」

「……」

 

 いや。

 そんな真面目な話をしているつもりは、なかったのだが。

 

「というか、起きていたのかオーゼン。起きているぐらいなら、私の睡眠時間を増やすというのはどうだろうオーゼン」

「寝ていたさァ。寝ていたって、周囲の音ぐらいは拾える。それぐらい出来なきゃ、生きてはいけない」

 

 まじか。

 それ、寝てるって言えるのか?

 生きるの基準も間違っていないか?

 そもそも、本当に人間なのかオーゼン。

 疑わしさが天元突破しているぞ、オーゼン。

 あと、顔が怖いぞオーゼ……あいたっ!

 

 

 

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