どうも、私です。名前はまだ無い。
ベニクチナワの口の中からお届けしております。
ただいま、絶賛大ピンチ中というやつです。
現実逃避を試みてみるが、差し迫った現実とやらは、いっこうに私を離してくれそうにない。
暗い、汚い、ぬめぬめしていて気持ち悪い。
喉を動かして私を腹に収めようとしているようだが、そうはいかぬ。私の体には、ロープが括りつけられているのだ。そして、そのロープが繋がった先。そこには、最終兵器オーゼンが待ち構えている。オーゼンに掛かれば、ベニクチナワなどパンチ一発である。
「まるで釣りだねぇ」
私の超人的な聴覚が、オーゼンの呟きを捕らえた。
なんだこいつ。のんきなものではないか。
はよ助けるがよいぞ。私は待っている。
「お」
私の体に括り付けられたロープが、強く引っ張られた。思わず声が出てしまう。
同時に、強いGが体を襲う。どちらが上で、どちらが下かも分からない。
おそらく、ベニクチナワが振り回されているのだろう。
体を強化しておいてよかった……でなければ、私の体はロープに絞殺されていた。
衝撃。
オーゼンの野郎、ベニクチナワを私ごと壁に叩きつけやがった。
ひどくない?
これは、ストライキを敢行しても許されるのでは?
ベニクチナワが、オーゼンから逃げようと暴れ出した。
暴れるということは、筋肉を動かすという事で。筋肉を動かすということは、体内にいる私がとんでもない目に合うという事だ。
おまけに、オーゼンも私の命綱を思いっきり引っ張ってくるのだ。ぐええ、これは死ぬ!
と、私の体を締め付ける力が、急に弱くなった。
「おや、しまった」
不吉な声が聞こえてくる。
次いで、浮遊感。まるで、ベニクチナワを無理やり押さえつけていた物が無くなってしまったかのような……
あ、ロープ切れてますやん。
私の体をギチギチ締め上げていたロープが、ゆるゆるになっている。
オーゼン、力いれすぎでは? 馬鹿なの? 死ぬの? 万死に値しちゃうの?
しかしそうすると、どうだろう。
ロープが切れてしまったら、ベニクチナワはどうするのだろう。
今度は、体が押し付けられるような重圧。
おそらく、上方向に加速している。
オーゼンから逃げるためだろう。
それはそうだ。あんなのに襲われたら、誰だってそうする。私だってそうする。
うそやん。
これ、マジでヤバイのでは?
自分でどうにかすべきであろうか。
しかし、今この瞬間にベニクチナワがお亡くなりになったら?
当然、私ごと四層に向かって真っ逆さまだ。
少なくとも、飛んでいる間はベニクチナワを始末するのは避けたほうがいい。
だが、このまま飲み込まれてしまうのも困る。
胃酸程度ならどうとでもなるが、胃の中って空気ないのでは?
窒息して死ぬ。
「とりあえず、これ以上奥に入らないようにだけするか……えい」
私は懐からナイフを取り出して、ベニクチナワの喉へと突き刺した。
うおおお、めっちゃ暴れ始めた! いや当たり前だけど!
だが、耐えられる範囲である。
オーゼンのデコピンの方が痛い。
ふへへ、私の耐久力を甘く見るでないぞ。
◇◇◇
待つこと、しばし。
上昇感がなくなった。
私を飲み込んだベニクチナワは無事、安全地帯に逃げ込めたようである。
上昇負荷がなかったのは少し気になるが、いま優先すべきはそんな事ではないだろう。
動きを止めたのなら、行動を開始しなければならないが。
「さて、どうしよう」
このまま喉をよじ登って、外に出れるであろうか。
喉にナイフを突き刺しながら徐々に登っていけば……さすがに暴れられるか。
それに、外に出た所で、怒ったベニクチナワにまた食べられる気がする。
ふむ、平穏無事に済ます方法は無さそうだ。
となると、平穏無事でない手段を取らねばならんのだが。
しかし、不用意に使うな、とオーゼンに言われてもいる。
……や、さすがにこれは非常事態なのでOKか。
何かの拍子に飲み込まれでもしたら窒息してしまうし、思い切ってこいつのケツの穴まで突っ切れば助かるかもしれんが、私は嫌だ。
ならば、仕方がない。
心を研ぎ澄ませる。
意識を向けるのは、血の流れ。
オーゼンによると、私の体には遺物が埋め込まれているらしい。
"
まぁ名前はどうでもいいが、重要なのは、私は自由に体を造り変えられるという事だ。
腕を硬く、鋭く、刃のように。
イメージの具現化。思い描いた、この場に最適な姿。
生物が進化の過程で得てきたものを、一足飛びに獲得できる。
それどころか、生物を超えた物にすら成れる。
イメージするのは、タマウガチの針。
生物を構成する物質というのは、別の生き物だろうが正直そんな大差ない。
私の体からだって、タマちゃんの針を生み出す事は可能だ。
ついでに、手にしたナイフも取り込んでみた。
さすがにナイフの形を変える事はできないが、先端に取り付けて即席の槍にすることぐらいはできる。
いくら硬くしたところで、強い衝撃を与えれば痛い事に変わり無い。だから、ナイフを付けた方がいい。
さて、完成だ。
ベニクチナワよ、私の作ったタマちゃんウエポンとお前の体、どっちが強いか試してみようではないか。
「ていっ」
無造作に、腕を突き出した。
私の腕は、拍子抜けするほどあっさりと、ベニクチナワの喉を突き抜ける。
次いで、腕を再構成する。
先端のナイフを放り出し、腕を四分割。
上下左右に喉を切り裂き、穴を広げるように。
ベニクチナワが物凄い暴れ始めたが、最後のあがきである。
諦めろ、お前はもう死んでいる。
さらばだ。次はもっと食うものを選ぶと良いぞ。
私は、ベニクチナワの喉から飛び出した。
浮遊感。ベニクチナワの死体を除き、周囲に障害物なし。上下左右、すべてにおいてだ。私の体は、空高くに放り出された。
とはいえ、心配ない。体を変化させて良いなら、滑空するぐらいの事は朝飯前である。
私は余裕をもって、周囲を見下ろした。
薄暗い。視界に映るのは、まるで絵本から飛び出してきたかのような、毒々しい森。
私はその森へと落ちてい……落ち……
「あれ」
森がどんどん遠ざかっていく。
はて、まるで私の体が空高く飛び上がっていっているようようだが。
これは、あれか。
ピンチに陥った私が覚醒し、新たな力を得てしまったという奴だろうか。
ふへへ、やはり私は天才のようだ。まさか、体を変化させなくとも空を飛べるとは。
このまま地上に上がってしまっても、かまわんのだろう?
私は振り返り、上空を見上げた。
目に映るのは、天井……いや、地面。
地面が、ものすごい勢いで迫ってきている。
「どおおおお!?」
私は腕を細く伸ばし、地面に突き刺した。
地上までは約三十メートル。
強い衝撃に腕がへし折れそうだったが、落下に合わせて腕を短くしていくことで、なんとか落下の勢いを殺していく。
べちゃり、と地面に激突した。
顔面からの激突である。痛い。死ぬ。お星さまが見えた。
心臓がばっくんばっくん鼓動している。ちょっと涙目になってしまった。
が、なんとか生きているようである。
私は口の中に入った砂を吐き出しながら寝転がり、上を向いた。
遥か高くにうっすら見えるのは、暗い雰囲気の森。それを見ていると、このまま空に落下していってしまうような不安感に襲われる。
なぜなら、天井から逆さまに木々が生えているからだ。
「逆さ森だ」
空を覆う、不気味な森。
薄暗い、紫色の光。
体を起こして周囲を見渡すと、岩と砂利の大地が広がっていた。
その中に、ぽっかりと大きな穴が開いている。深界三層、大断層だ。
上昇気流が激しいのか、穴の淵からは水や霧が遥か上空まで巻き上げられ、逆さ森に雨のように降り注いでいる。
周辺にぽつぽつと見える影は、何かの植物か? 形は植物だが、なんだか砂で作ったオブジェのようにも見える。おそらく、水が上空に巻き上げられているため、ほとんど水分が無いのであろう。
広い大地。周囲の光景。逆さまになった森。
明らかに、三層の風景ではない。
つまり、ここは。
「二層じゃん」
深界二層の最下層、天上瀑布。
私は、その場で茫然と佇んでいた。