オーゼンの拾いモノ   作:ぽぽりんご

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第9話_なんかヤベー奴に遭遇した

 

■だれかの夢 

 

 

「やはり奈落は、非常に興味深い」

 

 黒い外套に黒い仮面という、イカレた恰好をした野郎が呟く。

 自分は護衛という名目で同行させられたが、こいつに護衛の必要があるかは疑問だ。この男は、底が知れない。

 

 科学者、ボンドルド。

 アビスを訪れてたった二ヶ月で月笛を取得し、早くも三層に足を掛けようとしている男。

 色々と黒い噂の絶えない奴だ。頻繁に危険な連中と衝突しているはずだが、まるでそんな事なかったかのように、こいつの周囲はひっそりとしている。それが何より恐ろしい。消えた連中がどうなったかなど、考えたくも無い。

 

「研究熱心なのはいいが、仕事のほうもちゃんとやってくれよ? 頼まれているのは、生態系の調査だろう」

「奈落の環境について知ることは、生態系の調査にも繋がると、私は考えておりますが」

「そうなのか? ずいぶんと遠回りしている気がするんだが、説明してくれるか?」

 

 自分の言葉に、ボンドルドは少し考え込んだ。どう説明するか、迷っているのか。

 説明してくれと言い出したのは自分だが、本当に話を聞きたかったというわけではない。ただ、何か喋らずにはいられないのだ。

 こいつに黙って隣に立たれると、冷や汗が出てくる。ベラベラとどうでもいい事について語ってくれた方が、気が楽だった。

 

「そうですね……奈落の生物は、奈落以外では生きられない。つまり、奈落にしかない()()に適応した結果そうなった、と考えられます。その正体を掴むことができれば、奈落の生態系の謎も解けるでしょう」

「奈落にしかない何か、ねぇ」

 

 ふむ、と一声漏らし、ボンドルドは前方を指さした。

 自分も、そちらの方に目を向ける。

 

「あれを見てください。滝が、上に向かって流れています」

「……たしかに、地上じゃ見られない風景かもしれないが。慣れちまえば、面白味もない。逆立ちして普通の滝を見るのと、何が違う?」

 

 深界二層の逆さ森。

 ここで逆さまになっているのは、何も森だけではない。

 滝も、空に向かって流れている。

 

「滝が上に向かって流れる……そうなる原因が、必ずあるはずです。地上には無い、奈落特有の現象が」

「単に、上昇気流のせいじゃねぇのか?」

「上昇気流も滝と同じで、結果でしかありません。私が思うに」

 

 徐々に、その声色に熱が籠ってくる。

 わかりにくいが、興奮しているのか。先ほどまでより、やや早口だ。

 

「力場の周囲は、重力に乱れがあるのではないでしょうか? その結果として気圧差が発生し、周囲の空気が流れ込むことで、強い上昇気流を引き起こしている……これは簡単に実証できますね。風の影響を除外すればいいだけですから。密閉した容器の中で、物が落下する時間を測ればいい」

「重力が乱れているなんてのは、突拍子もない話だと思うが」

「そうでもありません。むしろ、諸々の事象を考えると、最初に実験しなければならない事柄です」

 

 ボンドルドの指が、横にスライドする。

 逆さまの滝から、アビスの中央へ。直視できないほどの、まばゆい光。

 奴が指を向けた先にあるのは、奈落の象徴。アビスの力場だ。

 地上から差し込む光を、奈落へと導いている。

 

「見ての通り、力場は光を歪めています。水蒸気等で光が屈折することもありますが、この現象はその範疇を逸脱している」

 

 指を下ろす。

 いや、今度は下を指さしているのか。

 

「次に、時間です。深層の時の流れは、緩やかに過ぎ去ります。原理は解明できずとも、過去の白笛達の証言から、これはおそらく事実なのでしょう……最近では、正確で長時間稼働する時計も作られ始めました。深層を往復しなければならないため時間は掛かりますが、こちらも客観的事実確認は可能です」

 

 その話は、自分も聞いたことがある。

 深界五層。その最深部で数週間滞在したはずが、地上に戻ってくると、数か月の時が流れていたというのだ。

 極限状態に陥り、時間の感覚が狂っただけだろうと皆は言っていたが。

 

「さて、光と時間を歪める……この現象が発生している例ですが、奈落以外にも一つあります」

 

 話が大詰めに入ったのか、声のトーンがやや落ちる。

 そして奴は、両手を広げてこちらに語り掛けてきた。

 

「ブラックホールです。強い重力は、光や時間にも影響を及ぼします。現段階では推測の域を出ませんが、大質量による重力が空間を歪ませた結果、光や時間にも影響が出たと考えられています。つまり、光と時間、重力。これらは空間を経由することで、相互干渉しうる関係性を持っており……ふむ。つまり空間も歪んでいる可能性が? アビスの深度は二万メートル以上ということですが……穴そのものは、案外そこまで深くは無いのかもしれません」

 

 自分には、正直理解の及ばない話だ。どうでもいい。

 が、ボンドルドの興味が自分以外に向いたのは確実のようなので、その点で言えば実りのある会話だった。

 

 

「おっと、申し訳ありません。話が逸れました。奈落にしかない何か……様々な不思議を作り出すもの。現段階では、何もわかっていないに等しい。わからないからこそ、我々の目には不思議として映るという話です。謎の解明さえできれば、奈落の生態系についての説明もつくでしょう」

「言いたいことは分かった。やりすぎな気はするがな。何でもかんでも手を伸ばしていたら、体がいくつあっても足りん」

 

 自分の言葉を聞いた奴は、再び考え込み始めた。

 相変わらず、頭の中が忙しい野郎だ。

 

「面白いことを言いますね……体がいくつあっても、ですか。なるほど、素晴らしい発想です」

 

 話は終わったのか。

 ボンドルドは、歩き始めた。

 自分もその後ろをついていく。

 ひとまずは、こいつについていくことが自分の仕事だ。

 護衛? 知らん。護衛しろと上から言われたが、今になって思うと、監視しておけという意味だったのではないか。

 

 

 

 その後の三日間。

 自分は、ボンドルドの後をついて回った。

 それで分かった事は、やはりこいつに護衛なんて必要ないという事。

 あと、こいつの頭のネジは、何本もぶっ飛んでいやがるという事ぐらいだった。

 

「まだまだ、謎はいくらでもあります。その謎を解明する道は、まだ整備されてはいませんが、たしかに存在している」

 

 まだ何事かブツブツと呟いているのは、独り言か。

 そのほとんどは聞き取れないし、聞き取れた所で意味は分からない。

 

「次なる二千年への手掛かりを残してくれた、偉大なる先人たちに。感謝の言葉を贈りたい」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 相変わらず、よくわからない夢を見る。

 あまり面白い話でもないし、さっさと起きよう。

 

 意識を浮上させる。

 視界がぼやける。夢の中の男性、そこから私の意識が分離し、夢の世界から現実の世界へと。私の意識が──

 

 

 

 と。

 仮面の男と、目が合った。

 

 

 思わず、ビクリと体を震わせる。

 仮面の先には、私の意識。夢の中から、私を見ている。

 

「おやおや。精神隷属機(ゾアホリック)に干渉できるとは、もしや貴方もご同類で?」

 

 男が、こちらに歩いてくる。

 私は体を強張らせて、ただそれを見つめることしかできなかった。

 

「大変興味深い。今日という出会いの日に感謝を……少し、お話をしませんか?」

「いえ、結構です」

 

 私は男の言葉を無視して、目を覚まそうとする。

 ゾワリとした感触。これが、鳥肌が立つという奴か。初めての経験だ。

 

 駄目だ、理由は説明できないが怖い。なんだあいつは。さっさと立ち去る事にしよう。

 大丈夫。あと数秒もすれば、目が覚め──

 

 

「いけません」

 

 後ろから、肩をつかまれた。

 触れられた場所が、まるで氷漬けになったかのように動かなくなる。

 いつのまに後ろに回ったのか、まったくわからなかった。

 

「強引な意識の覚醒は、頭痛を引き起こします。健康に悪いですよ」

 

 ああ、こいつはヤバい奴だ。

 体が動かない。

 心臓の鼓動が激しい。

 汗が噴き出る。にもかかわらず、体が冷え切っている。震えが止まらないのは、血の流れが悪いからか。

 

 

 仮面の男が私の正面に回る。そして、私の顔をじっと見つめている。私は動けない。

 先程と同様、まったく動きがつかめなかった。気が付いたら、そこにいるのだ。

 

 仮面の男が、私の頭に手を伸ばしてきた。

 なぜだか、触れられてはいけない気がした。

 私は必死に後ろへと下がる。が、遅い。まるで水の中にいるように、緩慢な動き。

 相手の手が伸びる方が早い。

 

「なるほど、あなたの事がわかってきました。自己と他者の境界が曖昧なのですね。他者の過去を読み取り、自身へ取り込む……私は他者を支配することはできますが、いまだ過去を暴くには至っていません。自己の保存に問題があるのです。他者の記憶、それを保持し続けた場合の侵食が止められない。あなたは、どのようにして自我を確立しているのでしょう? 興味が尽きません」

 

 頭がぼーっとする。何を言われているのか、まったく入ってこない。

 私は、ただ男の手を眺め続けた。

 ゆっくりと迫ってくる。

 そして、私の頭の中に、仮面の男の手が──

 

 

 

「おや、邪魔が入りましたね。今回はここまでですか。残念です」

 

 男の腕は、私の頭をすり抜けていた。

 触れられている感触は無い。夢から覚めるのだろう。

 

「ぜひとも、また会いたいですね……そちらから来て頂くばかりでは失礼ですし」

 

 先ほどまで恐怖を覚えていたのが、急に苛立ちに変わる。

 なんだこいつ。私に恐怖を感じさせるとは、神をも恐れぬ不遜な行為ではないか?

 万死に値する。

 私は、男に対して罵詈雑言を浴びせた。心の中で。

 

 やがて、男の姿が掻き消える。

 夢の世界との繋がりは断たれた。もう安心だ。

 あとは、瞼を開けるだけ……

 

「次は、私の方から会いに行きますので」

 

 目が覚めた瞬間。

 耳元で、そんな声が聞こえた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「おや、起きたかい?」

「……オーゼン。私に何かした?」

「なに。寝坊が酷いから、デコピンを喰らわせてやっただけさ。感謝してもらってもいい」

「ああ、感謝する。本当に」

「……?」

 

 オーゼンに変な顔をされてしまった。

 や、オーゼンの顔が変なのはいつものことか。

 

 体を起こす。

 体に風が当たると、ひどく冷たい感触がした。汗がびっしょりだ。

 私は深呼吸をして、心を落ち着けさせた。

 

 あれが、悪夢というやつだろうか?

 初めて見たが、意外と怖いものだな。

 やはり、寝ている時は脳が正常に働いていないのだろう。

 冷静になれば、なにも怖い事なんて無かったはずだ。

 だって。あんなヤベー奴、実在するはずないだろう?

 

 

 しかし、本当に怖かった。

 いまだに鳥肌が立っている。

 あいつに触れられた箇所が、まるで呪われてしまったかのように重い。

 

「呪い……呪いか」

 

 そういえば、聞いたことがある。

 どこで聞いたかはまったく思い出せないが、とある部族が災いを避けるために作った呪い返し。

 そいつを試してみようか?

 

 気休めにもならないかもしれないが、やらないよりはマシだ。

 ほら、何事も試してみないと。もしかしたら、効果があるかもしれないし。

 何もしないと、不安でたまらないし。

 よし、レッツチャレンジ。

 

 

 私は物陰に隠れ、不思議な踊りを踊った。

 両手をかぎ爪のような形で構え、上下左右に振り回しながらグルグルと回る。

 ぐーるぐーる、ぐーるぐーる。

 

 なるほど、これはいいかもしれない。

 踊っているだけで、不安感が無くなっていくような気がする。

 呪いも、こんな踊りを踊っている奴に付き纏いたくはないだろう。

 効果はばつぐんだ!

 

 

「……」

「あっ」

 

 ふと視線を感じてそちらに目をやると、オーゼンがじっとこちらを見つめていた。

 見られていたらしい。

 なんたること。

 

「これはこれは、お恥ずかしい所を見せてしまったな。これには深い事情が……おい待てオーゼン、なぜ目を逸らす? 人と話す時は、相手の目を見ろと教わらなかったかオーゼン。こっちを見ろオーゼン。おい、オーゼン。こっちを見ろって。見ろ」

「何も話す事はないよ」

 

 ドン引きされてしまった。

 解せぬ。

 

 

 

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