───カツン、カツン。
塗装も壁紙もない、無機質なコンクリートの壁の向こうからブーツの音が響いてくる。
───カツン、カツン。
恐らくここにいる誰のものとも、ここにくるまでに聞いた誰のものとも違う。 落ち着き払っていて、冷淡で、ブレることなく一定のリズムを刻んでいる。
───カツン、カツン。
ガラクタだらけの部屋、ならず者たちの喧騒の中、その足音は妙に響いた。
───カツン………
その足音は部屋の前で止まる。
数秒あき、ボロボロの扉が蹴破られる。
足音の主はその先にいた。
テンガロンハットを被り、黄土色の装飾の入った赤いマントに身を包み、色褪せたジーンズを金色の派手なバックルのベルトで止めている。
カウボーイじみた格好の男だ。
『何者だ!!』
ならず者中の一人が叫ぶ。 簡単な英語なのでなんとなく意味は理解できる。
カウボーイは受け答えず、口元を歪めた(帽子を目深に被り、少し下を向いているため鼻より上の表情はわからない)。 ならず者たちに6つの小火器の銃口を向けられているというのにだ。
『おい! 聞こえねえのか!』
ならず者が先ほどよりも声を荒げて叫ぶ。
カウボーイは表情を崩さず、ブーツの音と共に数歩前へ出る。
『それ以上近づいてみろ! 蜂の巣にしてやる!』
ここにきて初めて、カウボーイは俯いている顔を少し上げて声を発してみせた。
『なんだ……… やるのかい………?』
想像してたよりも数倍若々しく、おどけた声であった。
しかしそれ以上に…… 俺はその声に親近感のようなものを感じていた。
彼はそのまま右手を腰へと持っていき、右足を半歩引く構えをとる。
『動くな!!』
彼は余裕の表情を一切崩さず、もう一度口を開く。
───俺は速いぜ?
耳をつんざくような暴力的な銃声が1つ。
そしてならず者たち全員の小火器が地面へ叩き落とされる。
よく見れば、それらの小火器は銃弾に貫かれていた。
彼の右手はリボルバーをしかと握り、左手はハンマーに添えられている。 余裕の表情を浮かべたまま、彼はリボルバーの弾倉を横にずらして6発分の空薬莢を排出した。
そこで俺はようやく理解できた。 彼は一瞬にして、6発の銃声が1つに聞こえるほど速く、そして正確にならずの者たちの小火器を撃ち抜いたのだ。
ゆっくりと弾を装填しながら歩く彼と、一瞬にして武器を失い怯むならず者たち。 彼らは皆『信じられない』と言った表情をしている。
「よう、初めましてだな? 我が弟よ」
ニヤリと笑い、テンガロンハットのつばを上げながら彼が語りかけてくる。
「あ、あんたは………」
知らない顔だ。 しかしよく知っている顔だ。
初対面の彼が俺のことを弟と呼んだ。 それですら納得できてしまうほどに、その顔は俺と似ていた。
違う点といえば俺よりも少し大人びている点、髪や眉毛の色が黒でなく銀に近い灰色である点だ。
「ここを出るぞ、付いて来な」
彼は左の腰のホルダーから取り出したナイフで、俺の腕を縛っていた縄を切断した。
差し伸べられた手を取り、立ち上がる。
彼は満足げに笑うと、携帯を取り出しどこかへと電話かけた。
「よう、俺だ。 一夏を確保したぜ」
織斑一夏、中1の夏。
俺は初めてドイツに来て、初めて誘拐され、初めてカウボーイというものを見た。