俺妹のいわおがこんなにロックなわけがない 作:nasigorenn
高坂家の近所にある公園にて只今二人の男が向かい合っていた。
一人は高校三年生の男である高坂 京介………今回の目玉であり目標である。それに対するのは五厘刈から若干髪が伸び始めた学ランの少年………田村 いわおことロックだ。
何故この二人がこうして会っているのかといえば、そんなことは説明するまでもない。ロックの作戦が次のフェーズに移行したからある。最終フェーズの一歩手前であり、ある意味もっとも重要な部分でもある。此所を失敗すれば今までのものが全て無駄になるのだ。だからこそ、失敗は許されない。
だが、別にロックはそのことに緊張などしていなかった。
何故なら彼はこの会談が絶対に成功すると確信しているからだ。その為の材料は既にこの手にある。その使いどころも既に考えてあるのだ。想定する全ての可能性を丹念に潰していき、その結果が絶対に成功すると確信に至る。故にロックは緊張しない。
唯一の不安要素があるのだとすれば、この場にロックと京介以外の第三者が現れることだろう。それも警戒しているあの3人だった場合は最悪だが、それは『ありえない』だろう。
何故ならこれまでの京介の行動を観察してきた解析結果に基づけば、この男がそういう相手と会うのは決まって一人の時か、もしくは『その手の問題に巻き込まれているとき』だ。
つまり今はその時ではない。だからそういう相手が現れる可能性は極めて低いのだ。
故にロックは緊張しない。この先の話し合いにおいて相手に緊張していると見抜かれるのは宜しくない。会話のイニシアチブを握る事に於いて弱みや虚勢はバレてはいけないのである。
そんなわけでロックは緊張する様子もなく普通に京介に会おうと連絡を入れてこうして公園で合流した。その心臓に姉という槍を突き刺すために………。
「急に呼び出して悪かったね、京介さん。最近は色々と忙しいと聞いていたけど」
「別にたいしたことはしてないさ。それよりもロックから呼び出すなんて珍しいじゃないか?」
「何、我らが兄貴分は随分と女性にモテるようだからね。たまにはこうして男同士の友情を確かめたくなるものさ」
「何がモテるだ何が。モテるんだったらこんな風に独り身なわけないだろ」
「相変わらずの謙遜だね、京介さん。嫌みにしか聞こえないよ、本当に」
互いに苦笑し合いながらそんな会話を始めるのは社交辞令だろう。久しぶりに会ったというほどには時間は経っていない。ロックがこうなってから直ぐに会ったのだから、そんなに時間は経っていないのだ。だから久しぶりという言葉を使うほどではない。
ロックは苦笑しながら鞄にしまっていたものを二つ取り出すと京介に一つ差し出した。
「自分で呼び出したんだからこれぐらいはしないとね。はい、京介さん、コーヒー」
「お、気が利いてるじゃないか。ありがたくもらうぜ」
渡されたコーヒーを受け取ると京介は早速開けて飲み始めた。それを見届けたロックも自身が買ったブラックコーヒーの缶を開けると軽く呷る。口の中にアイスコーヒー特有の風味が広がり濃い苦みが冷たく口の中に広がる。
それをそれなりに味わいながら飲んでいると、何故だかロックは京介から視線を向けられていることに気付き声をかけた。
「どうかしたかい?」
ロックの普通な対応に京介は若干戦きつつ答えた。
「いや、ブラックコーヒーを飲む姿が随分と堂に入ってるというべきか、やけに自然体に飲むもんだからな。昔のロックからは考えられねぇ」
その言葉にロックは苦笑する。最近も身内から言われた台詞なだけにそれほど意外に思われているんだろうと思ったからだ。
「そう言われても俺は困るんだけどね。昔の記憶はあっても今の俺からしたらどうしてああいう性格になったのかわからないくらいだし。こいつに関してはただ性に合ってるからとしか言い様ないよ」
そう答えながら更にコーヒーを呷るロックだが、その姿は誰が見ても歳と合わない。京介はそのためロックがロックだと思えなくなりそうな気分になった。
「そ、それでだな……俺に何か用があったんだろ? お前から呼び出しなんて早々無いからな。正直気になる」
知人が自分の知っている人間とは思えない変わりぶりに改めて戦く京介。そんな京介に苦笑を漏らすロックは内心でニヤリと笑う。やっと本題が始まるからだ。
「いや何、いつになったら京介さんは姉さんとくっつくのかな……と思ってね」
「何言ってるんだよロック。いつも言ってるけど、俺と麻奈実はそんな仲じゃないっての。まったく、いくら幼馴染みだからってそういう誤解は良くないって前から言ってるだろ」
ロックの問いかけに京介は呆れ返りながらそう答えた。これが彼がいつも幼馴染みと恋仲じゃないのかと問われたときに答える常套句。本人曰く、
『あいつとは孫とおばあちゃんみたいな関係だからな』
とのことだがその指摘がちゃんと機能していることはあまりない。
そういう関係だからこそ、京介は一緒に来て気が楽らしい。気付かぬが故に残酷だとも言えよう。
ロックは過去の記憶でもその台詞を良く聞いている。その時はそんな事言いつつも本当は気になってるんだろっと兄貴分や姉をいじくるのによく使う程度に思っていた。
だが今のロックは違う。その台詞からくるのは完全な否定。『俺は彼女を異性としてみていません』という証明。これで直情的な人物ならその台詞に怒りがこみ上げていただろう。
だがロックはそんな『素直な』性格じゃない。
自身の想定している通りの『答え』に内心で嗤うロック。指を弾きたくなるのを堪えつつロックは如何にも真剣ですという顔を作り京介に向き合った。
「悪いが冗談じゃないんだよ、京介さん。いいかい、これは『冗談じゃない』んだ。いくらこの年の餓鬼であっても、人の気持ちを辱めるようなことはしないよ」
その瞬間にこの場の空気が変わる。
それまであった穏やかな日常のような暖かな雰囲気は消え去り、代わりに現れたのは奇妙な緊張感が支配する謎な雰囲気。京介は知らないだろうがそれは腹黒い連中が互いの腹を探り合いつつ騙し合いをする時の雰囲気であった。
そんな初めて感じる雰囲気に背筋に氷を入れられたかのような冷たさを感じる京介。その雰囲気の源がロックであるということは鈍感な彼でも分かっている。
そんな雰囲気の中、怪しい光を携えた瞳を持ってロックは京介に問いかける。
「京介さん、逆に聞くけど…………どうして貴方はそう思うんだ?」
「え? アイツは幼馴染みだから……………」
その問いかけに対し、京介は若干言葉に詰まらせつつも自分と麻奈実は幼馴染みだからと答える。
想定通り………まさに最高に想定通りなこの現状にロックは口元を吊り上げる。
「京介さん、貴方のその反論は悪いが無効だ。何故なら………世の中にある幼馴染みなんて呼ばれてる連中はそんなに近しいことはしないからだ」
「いや、そんな事無いだろ。現に俺と麻奈実がいるわけだし」
「ソレがおかしいんだよ、京介さん。いいかい、いくら幼馴染みでもそれ以前に男女だ。性別が違うんだよ。それだけで疎遠になるものさ。それは俺の学校にいる幼馴染みの関係の男女が証明してくれる。幼馴染みなんてものは幼い頃に付き合いがあったというだけのことにしか過ぎない。そんなものはただの履歴にすぎないのさ。当人達は成長すると供に別に動き、やがて全く別の相手を好きになる。幼馴染みというだけでそれ以外はただの知り合いにしか過ぎないのが現状だ。つまりその結果から考えれば京介さん………貴方と姉さんの関係はおかしいのさ。幼馴染みというだけじゃまず成立しない」
如何にもな正論を言うロック。だが京介はそんなことないと答えるだろう。他所は他所、ウチはウチだと。
そこでロックはまず最初の手札を切る。
「京介さん…………少なくても姉さんは貴方が幼馴染みだからというだけで慕ってるわけじゃない」
「え…………」
「正直に言えば姉さんは京介さん………貴方が好きなんだよ。親しい間柄だからじゃない。異性として、一人の男として貴方の事が好きなんだ。likeじゃない、loveなんだよ」
幼馴染みの弟からの驚愕の告白という事実に対し京介は固まってしまう。
今までそんなことはないと否定し続けていた男にとってそんな馬鹿な……と思ったのだろう。
その様子を見てロックは笑う。
「悪いがこれは事実だよ。京介さん、逆に考えてみようか。好きでもない相手に料理や菓子を振る舞い、自宅に泊めるなんてことをする女がいると思うかい?」
「いや、それでも………アイツみたいなお人好しならありうるだろ」
「確かに姉さんみたいなお人好しならそれもあったかもしれない。でもね………『同じ部屋で一緒に寝る』なんてのは善人ってだけじゃあり得ないのさ。善人だったら相手を気にして自分は別の部屋で泊まると言う。それに異性で同じ年頃の男女が同じ部屋にいるんだ、襲われるかも知れないと思ってもおかしくない。そんなことを善人というだけで済ませる事は出来ないよ」
信頼関係があれば云々ではない。年頃の男の前に見知ってる相手とはいえ異性がいるのだ。思春期ならその現実に暴走してもおかしくないのである。そんな危険性を孕んだ状態で普通にいられるわけがない。これが妹とか姉だというのなら別だが、幼馴染みという親しい『異性(たにん)』に対してはそうならない。
そして麻奈実の想いをはっきりと証言するための札をここでロックは切った。
「何よりも俺がその証拠だ。姉さんがいくら言っても京介さんは最悪気付かないかも知れない。だからこその俺だ。貴方と親しい間柄でアリながらの第三者。姉さんや貴方の事を別視点で見ていたからこそ分かる。本人達が気付かなくても端から見たら丸わかり、なんてことが貴方達は多すぎる」
ロックはクスクスと軽く笑うが、その様子が京介には少し気味悪く見えた。
そんなロックから更に言葉が紡がれる。
「それにね京介さん………風呂上がりなんていう無防備な姿を晒すのはいくら信頼できる相手でも女性には無理だ。ちなみに俺の記憶では以前風呂上がりの無防備な姿をした姉さんを見かけたときは顔を真っ赤にして怒られたよ。怒られないのは……見て良いのは好いてる相手だけなんだよ、姉さんは」
ロックの言葉に京介の思考が広がっていく。
幼馴染みだからという言葉では解決できない問題があり、それが出来ているということは幼馴染み以上の存在だということだと。勿論それでも彼は否定するが、ここで家族であるロックの真剣な表情がおふざけや誤魔化しを許さない。ロックが言った通りだと、
『京介は思い込んでしまってきていた』
いくらでも穴を付こうとすれば付ける論理だが、歳若い京介ではそれは考えつかない。そして異性の妹という存在がいる身としては宛がってみれば納得がいく話もチラホラとある。何よりも普段あれだけ『あんちゃん』と元気よく慕っていたロックがこんなにも真面目に話しているということが、ロックの話の信憑性をあげる。
更に悪いのは京介がこの時に妹によくギャルゲーをやらされていたことだろう。ゲームと現実を一緒にするのはおかしいのだが、それでも京介の脳裏には幼馴染みキャラの攻略時の反応が麻奈実と重なったのだ。これは偶然だが、それもまたロックにとって都合良く働いた。
その結果…………………。
「麻奈実は俺の事を、その…………好き………なのか?」
気恥ずかしさと異性として認識し始めたことによる高揚感により京介は顔を赤くしていた。
(よし、上手くハマった!)
ロックは京介の反応を見て口元をつり上げバレない程度に指を鳴らした。
そして更にその抱き始めた感情を後押しする。
「京介さん、よく聞いてくれ。これは身内贔屓にかかわらずの話だ。いいかい、京介さんにお似合いなのは姉さんだと、俺は確信してる。何故なら姉さんだけが『京介さんを助け救い癒やすことが出来る』からだ」
「俺を助ける?」
ロックの言葉に京介は疑問符を浮かべる。
その顔を見ながらロックは笑う(嗤う)。そして最強の切り札を切った。
「姉さんから聞いたんだよ………なんで京介さんが変わったのか………中学の時の話をさ」
「!?」
その言葉に京介は驚きを隠せない。その表情こそがロックにとっての最大の好機だ。
ロックは姉から聞いた話を改めて京介に聞かせていく。京介は自身の失敗を改めて言われ複雑そうな顔をしていた。
「だけどね……それが正解なんだよ、京介さん」
「…………どういうことだ?」
ロックの言葉に京介が反応する。言葉の真意が知りたいという顔をしていた。
「確かに昔の貴方はまさにヒーロー(英雄)だった。餓鬼の俺は貴方に憧れたよ。でもね………今にして思えば最悪だ。ヒーローなんかに憧れるのは、何も知らない無知な馬鹿だけさ。今だからこそ、そう言える。京介さん、姉さんが貴方に告げた通りだ。貴方は『ただの人』でいいんだよ。そうじゃなきゃ貴方は今まで『人を救って来れなかった』からさ」
ロックのその言葉に京介は困惑を隠せず動揺していた。何故ヒーローがいけないのか? 自分がそうなれなかったのは仕方ないにしても、何故そうじゃないほうが良いというのかが分からなかったからだ。
その答えをロックは語る。その時の彼の瞳には薄暗い闇が現れていた。
「ヒーロー(英雄)ってのはさ、単純な物事も劇的なものに変えて大仰しくする。そしてその最後を幸せにするか全て巻き込んで破滅するかの二択しか選ばないのさ。しかもそういう奴らは問題の表面しか解決しない。勇者が魔王を滅ぼせば世界は救われてハッピーエンド。でもそんなものは一時で一時的なものに過ぎない。寧ろその後が問題だというのにああいう奴らはその後はしゃしゃり出ないのさ。渦中の時は図々しく出てくる癖に、自分の出番が終われば後は観客に回ってポップコーンを摘まんでる。彼奴らはその後ことが面倒臭いからって第三者の観客に逃げ込むんだよ。奴らは表面的な部分しか見ないのさだからこそこう言える。変な冒険などせず妥協と調停を持ってより確実な答えを見いだし、責任を持って最後までその問題をアフターケアも込みで解決出来るのは…………ただの人だけなのさ。寧ろこれはただの人にしか出来ない」
その言葉を継げた後、ロックは京介を見て不敵に笑った。
「俺の兄貴分はヒーローなんかじゃない。ヒーローなんかよりも余程格好いい最高の男だ。そして姉さんだけがソレを知ってる。姉さんが京介さんに気付かせてくれたんだ。だからこそ、姉さんだけが京介さんを癒やせる。姉さんだけが京介さんを甘えさせられるのさ。京介さんに必要なのは自分の理解者にして自分を包み込んでくれる人だよ」
その言葉に京介は色々と考える事があるらしい。顔が赤いのはロックが突き刺したロンギヌスの槍の成果だろう。京介の中で田村 麻奈実という女性は幼馴染みから自分を理解してくれる可愛い異性に変わっていた。元から種は蒔いてあったのだ。ロックがやったのが他の種が芽吹く前にその種に肥料を与えたに過ぎない。
この時京介は麻奈実のことを確実に『異性』として意識した。
『そうロックによって誘導されたのだった』
この後二人は別れるのだが、今週の土曜日に麻奈実が京介に田村家に泊まりに来ないかと言っていたことをロックは伝えた。
「さぁ、物語は終了間際だ。他の人達が手を伸ばす前にその手を撃ち払わせてもらうよ。ハッピーエンドを迎えるまで後一手。後は姉さんの頑張り次第だよ。何、安心しなよ、姉さん。貴女の勝ちはもう『確定』済みだからさ」
ロックはそう言いながら夕闇に溶け込むように消えていった。