暗殺教室 ~超マイペースゲーマーの成長(?)譚~   作:黒ハム

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卒業の時間

 二代目(とついでに柳沢)の打倒。

 ラスボスを倒したはずなのに、僕らは誰も歓喜の声をあげない。

 

「茅野……」

「カエデちゃん……!」

 

 腕の中で眠る彼女。彼女を失った悲しみが僕らを襲う。

 

「ししょー……」

「…………とにかく降ろそう。敷くもの持ってくる」

「いいえ。降ろさないでください。あまり雑菌に触れさせたくない」

 

 降ろそうとするのを止める。

 

「せんせー……」

 

 でも、ずっとこのままって訳にもいかない。そう思っていると、殺せんせーが真面目な表情で僕らを向く。

 

「皆さん。過去は変えられない、失ってしまったものは取り戻せません。先生も多くの過ちを犯しました」

 

 そう言うと細かな触手に支えられた紅い球体が目の前に降りてくる。

 

「ですが過去から学び、繰り返さないことは出来ます」

「……え?なにこれ?」

「茅野さんの血液や体細胞です。地面に落ちる前に、無菌の空気で包んでおきました」

 

 あ、だから僕には血とかがかかっていないのか……って、え?あのバトル中にそんなことしてたの?

 

「君たちを守るための触手は、温存していましたからね。……今から、ひとつひとつ、全ての細胞を繋げていきます」

 

 ししょーを生き返らせる手術が始まった。精密かつ速いその手術。空気中にある紅い球体は徐々に小さくなっていた。

 

「血液も少々足りません。AB型の人。協力を」

 

 決して協力を惜しむつもりはないが、気付けば触手が腕に刺さっていて血が吸い上げられていく。イトナ君やカルマも似た感じだ。

 

「中村さん。破壊されたケーキを先生の口に」

「はぁ!?」

 

 その発言には衝撃が走った。

 

「土まみれのグチャグチャ。もうケーキというかごみだよ?」

「エネルギーが必要なんです!」

 

 おーなるほど。

 

「戦闘中もずっと食べたかったし!」

 

 その発言には衝撃が走った。一体、あの戦闘中のどこにケーキを食べたいだなんて考える余裕はあったのだろうか?いや、ないでしょ。あっちゃダメでしょ。

 と、そんなことを考えていると手術も後半。糸を用いず、痕一つ残さず傷口が塞がっていく。

 

「……ふぅ。後は心臓が動けば蘇生完了です。マニュアル通り完璧に行ったはずです」

「へ?マニュアル?」

「生徒が学校でどてっ腹をぶち抜かれた時の対処マニュアルです」

「「「そんな大惨事、フツー想定しねぇよ!」」」

 

 本当だよ。どこまでマメなんだよ。いや、一周回って恐怖だよ。

 

「……今だから言います。たとえ君たちの体がバラバラにされても蘇生できるように備えていました」

 

 無茶苦茶怖いこと言ったよね!?今エグいこと言わなかった!?

 

「先生がその場にいれば。…………先生が生徒のことをしっかり見ていさえすれば」

 

 殺せんせーの触手による電気ショック。

 

「か……はっ……!」

 

 蘇生したししょー。上体を起こし、辺りを見回す。そこで、殺せんせーが助けてくれたとことを察する。

 

「また……助けてもらっちゃった」

 

 いつもの髪型に結ってもらいながらそう答えた。

 

「何度でもそうしますよ。お姉さんもそうしたでしょう」

 

 皆が一斉にししょーに飛びかかる。喜びのあまりってやつだ。

 

「くしゅ!」

 

 するとししょーがくしゃみをする。

 

「ていうか私なんて格好!?」

 

 あぁ、なるほど。体操服の前面が大きく破れているのか。

 

「かわいそう」

「何が!?」

 

 イトナ君がししょーの胸を見てそう呟く。

 

「はい、ししょー。風邪引くよ~」

「ありがと……風人君」

 

 着ていた上着を脱いで貸してあげる。それにしても……

 

「うぅっ……」

「ど、どうしたの!?」

「命と引換に胸が……!胸がゼロに……!……ん?あ、元からか」

「やかましい!」

「へぶっ」

 

 復活したししょーのアッパーによって、僕は殴り飛ばされた。

 

「何でコイツは余分なことを言わないと気が済まないんだ?」

「相変わらずバカだね……コイツ」

「こういうところは成長してないね……」

「……はぁ。何て残念なの……」

 

 ちなみに誰も殴り飛ばされた僕の心配をしてくれませんでした。まる。

 

「いやいや。逆かもしれねぇぞ」

「逆?」

「あの手厚い殺せんせーのことだ。ちょっと位、巨乳に治しているかもしれねーぞ」

「そーなの?殺せんせー」

 

 皆で殺せんせーの方を向く。すると、ゆっくりとせんせーは倒れていった。

 

「疲れました……」

 

 倒れ込んだせんせーは、どこか満足げで……とても弱々しかった。

 

「皆さん。暗殺者が瀕死のターゲットを見逃してどうするんですか?」

「「「……!」」」

「殺し時ですよ。楽しい時間には必ず終わりが来ます。それが、教室というものです」

 

 不意に空を見上げる僕ら。ここに来た時より一層光が膨れ上がっている。

 その光は、レーザー発射がまもなくであることを静かに……されど強く語っている。

 暗殺期限まで30分を切る。レーザーはもう発射されてもおかしくない。

 

「……皆。俺たち自身で決めなければいけない」

 

 磯貝君が静かに語り出す。

 

「このまま手を下さず、天に任せる選択肢もある…………手を上げてくれ。殺したくないやつ……?」

 

 静かに手を上げる僕ら。クラス全員が手を上げていた。

 

「下ろして」

 

 そして、少しの間があった後、

 

「…………殺したいやつ……?」

 

 ……今になって、このクラスで過ごした楽しい思い出が頭を駆け巡る。

 その思い出には銃があって……ナイフがあって……先生がいた。

 

「「「…………」」」

 

 俯きがちに手を上げる。

 三学期が始まった時、僕は殺すのを選んだ。

 そこから僕らは、国の依頼が取り下げられない限り暗殺を続けることを選んだ。

 その時とはほんの少し思いが違うかもしれない。

 

「……分かった」

 

 ……これが僕らの答え。

 静かにせんせーの元へと歩く僕たち。

 僕らは殺し屋で、先生が標的。歪に見えるこの関係。この関係だからこそ生まれた絆。

 この絆を守って卒業するために、恩師に対してすべきこと……

 全員がせんせーを取り押さえる。

 二学期期末テストのご褒美。そこで教えてくれたせんせーの弱点。僕ら全員で押さえれば捕まえられること。

 

「……こうしたら動けないんだよね?」

「えぇ。握る力が弱いのは心配ですけどね」

 

 その言葉に僕らは改めてせんせーの触手を握り直す。

 この1年ずっと、僕らと向き合って、僕らを育て上げてくれた先生の触手を。

 

「ネクタイの下が……心臓。最後は……誰が殺る?」

 

 片岡さんの言葉に、カルマの方を一瞬見るが無言だった。

 

「……お願い皆。僕に……殺らせて」

 

 たった一人だけ、この場で名乗り出た人が居た。

 

「……誰も文句はねぇ。だろ?」

「うん、異議なしだよ」

「この教室じゃ、渚が首席だ」

 

 他の皆も渚が殺ることに否定はない。

 静かに渚は殺せんせーの上へと跨がる。ネクタイをずらそうとしたが……

 

「ネクタイの上から刺せますよ。もらったときに穴を開けてしまったので。これも大事な縁と思い、残しておきました」

 

 その縁が今、こうして……か。

 

「……さて、いよいよです。皆さん一人一人にお別れの言葉を贈っていては、時間がいくらあっても足りません。細かいことは教室に残してありますので、長い会話は不要です。そのかわりに、最後に出欠を取ります。全員が先生の目を見て、大きな声で返事が出来たら、殺してよし!……では、呼びます」

 

 せんせーからの最後の出欠確認。そう思うと少しだけ緊張というか……

 

「……っとその前に。先に先生方に挨拶を」

 

 ……少しだけ緊張が消えた。いや、先にやっておいてよ。気付かなかった僕らもアレだけどさ。

 

「イリーナ先生。参加しなくてもよろしいんですか?」

「……私は充分もらったわ。たくさんの絆と経験を……この暗殺はあんたとガキ共の絆だわ」

 

 その答えに少し笑顔になるせんせー。

 

「烏間先生。あなたこそが生徒たちをここまで成長させてくれた。これからも相談に乗ってあげてください」

「……ああ。おまえには苦労させられたが、この一年。一生忘れはしない。さよならだ……殺せんせー」

 

 烏間先生の言葉に満足するせんせー。そして、僕らの方に向き合った。

 

「……では皆さん。出欠を取ります」

「「「…………」」」

 

 触手を通じて皆の、せんせーの緊張が伝わってくる気がする。僕も、やっぱり緊張を……

 

「ま、まさか!ここで早退した人は居ませんよね!?」

「「「早よ呼べ!」」」

 

 ……したかったなぁ。なんで最後の最後までこんなんだろう……

 

「……では。行きます」

 

 番号順に一人一人呼ばれていく名前。一人一人が、涙を堪え、涙を浮かべながら、せんせーの方を向いて答えていく。

 徐々に近づいていく順番。そして……

 

「風人君」

「はい」

 

 僕は先生の目を見てはっきり答える。

 律、そしてイトナ君も呼ばれ、29人全員の名前が呼ばれた。

 

「本当に楽しい一年でした。皆さんに暗殺されて……先生は幸せです」

 

 もう時間だ。まるで走馬灯のように流れ込んでくるのは、ここで過ごした記憶。

 ……それを僕たちは自分たちの手で終わらせ、卒業する。

 見るとナイフを持つ渚の手が震えている。渚は殺せんせーを標的としてだけでなく、先生として憧れていた。渚から感じる感情は何処か、黒いものに呑み込まれていて、その感情を吐き出すように声をあげながらナイフを突き刺そうと……

 

「そんな気持ちで殺してはいけませんよ」

 

 渚の首筋に細い触手が触れる。

 

「落ち着いて……笑顔で」

 

 その言葉で落ち着いた様子の渚。さっきまでの黒いものは感じなかった。

 ゆっくりと、顔を上げた渚。

 

 

 

 

 

「さようなら。殺せんせー」

 

 

 

 

 

「はい。さようなら」

 

 

 

 

 

 渚は全身で礼をするようにナイフを差し出した。

 

 

 

 

 

 ――――――卒業おめでとう。

 

 

 

 

 

 最後にそう聞こえた気がした。

 そして、殺せんせーの全身が光の粒子となり、僕らの手から離れ……消えていった。

 溜めていた涙が流れていく。溢れて止まることがない……

 

 

 

 

 

 まもなく日付が変わる。卒業の日だ。

 僕らはこの日。一足早く、この暗殺教室を卒業した。

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