暗殺教室 ~超マイペースゲーマーの成長(?)譚~ 作:黒ハム
中学生一年生のある日。それは雨の日だった。
「だから、何ふざけたこと言ってんの~?」
「それはこっちのセリフだよ」
私たちは出会って初めて喧嘩をした。
私たちは頭がいい。私も恐らく風人君も不毛なことをしたくない主義だ。だから喧嘩なんて面倒なことはやらない。体力の消耗だけな無駄な行いはしない。少なくとも私たちはそう思ってた。
「はぁ~?」
「何よ」
風人君のマイペースな口調にも怒気が込められている。間延びした中にも彼なりの怒りを感じる。でもだからどうした。私も怒っているのだ。
「僕は医者になる。それで、千影の眼を治す。僕の自由でしょ~?」
「やめてよ。風人君に治されるくらいだったら自分で治すよ」
きっかけは些細なことだった。
将来の夢。
将来の夢なんて小学校の時にいくらでも考える機会があっただろう。でも私たちは真剣に考えてこなかった。何故か?私たちは……いや、少なくとも私は心のどこかで思っていた。なろうと思えば基本どんな職業にでもなれるだけの能力は身につけているって。さすがに色を扱う仕事は無理だけど、だとしても不要だと判断し考えてこなかった。
でも、今日の総合の時間。考えさせられた。私はそれとなく医者にでもしておいて、自分の眼を治そうかとか心理学者で風人君のような人の心理を突き止めるかと思った。……一言で言えば風人君と被った。
私たちは普段支え合う関係。彼の性格を私が。私の障害を彼が。でも、根はお互いに負けたくない。最初はそんなことなかったけど、小学校六年生くらいからはそうお互いに思い始めた。身近に一番強く、理想的な相手が居たのだ。あらゆる面において自分が本気を出せる相手が。
「はぁ~?千影にできると思ってんの~?」
「はぁ?風人君には無理だよ」
「「…………!」」
睨み合う私たち。背は私の方が大きいから私が見下す形になる。
風人君には負けたくない。例えば彼がプールで50mを24秒台とかで泳げるのなら私も負けじと泳ぎたい。料理が上手いのなら私の方が上手くなりたい。学力が向こうが上なら私はそれに負けたくない。
だから、風人君がこの病気を治す術を、能力を身につけたとしたら私はそれより早くその術を身につけたい。
正直大人じゃないと思う。大人ならそんなことにはこだわる人は少ない。結局私の精神はまだ大人からすれば幼かった。でも、これだけは、譲れない。世界最高の何処ぞに名医に治されるならともかく、風人君だけは嫌だ。負けたようで絶対に。
「僕は千影を……」
「救いたいって、言いたいの?笑わせないでよ。本当にそう思ってるの?」
そして、私はこの時虫の居所が悪かったのだろう。
「やめてよ。同情なんてさ。同情で人生を台無しにするつもり?」
本当は風人君が私の病気を治そうと思ってくれてることが嬉しかった。でも、風人君の人生だ。私なんかのためじゃなくて自分で選んでほしい。
でも、私はその言葉を正しく上手く伝えられなかった。風人君に負けたくないという気持ちが、今まで抱えてきたモノが、私の言葉を邪魔する。
「あーそれとも風人君。風人君も私のこと可哀想とか思ってたの?」
今まで生きていて私は多くの不安や恐怖を抱えていた。私はそれを誰にも言ったことがない。見せたこともない。だって、言っても同情されて終わりだから。弱みを見せても意味ない。何にも解決しない。相手に同情されるくらいならこの眼を治してほしいから。
でも今、これまで押し込んできた不安や恐怖が風人君への怒りと変わり、決壊したダムのように止めどなく流れていってしまう。
「ふざけないでよ。風人君にこの苦しみが分かんないのに」
最初の怒りは些細なものだった。負けたくない気持ちから出たものだった。それが私なんかの為に自分の人生を賭ける愚かなことをしそうな風人君に対してに代わり、いつしか、私に同情している風人君への怒りに変わってしまっていた。……理不尽な怒りに変わってしまった。
「……ねぇ。さっきから黙ってるけどさ。何か言ったらどう?ねぇ。何にも言い返せないの?ほら、何かやり返してみてよ」
私は強めに何度か彼の肩を押す。
もう止まらない。一度私の中にある今までの不安とか諸々を抑えていたものが全て壊れた。
「へぇ。やり返さないの!」
私はやり返さない彼に苛立った。まるで、自分が手を出したら勝てると言っているようで。
…………本当はそんなことないのに。
私は止まらなかった。抵抗しない彼に向かって何度も殴る蹴るの暴行を加え続けた。でも彼は何も言わない。ただ、私の眼をずっと見ているだけ。何を考えているのか分からない目で。
私は一通り暴行を加えた後、その場から逃げるように走り出してしまった。
家に帰り、ずぶ濡れの私を見て母は驚いた。私は風呂場に入ってシャワーを浴び、浴槽に浸かり、落ち着きを取り戻す。そして、
「ああああああぁぁぁぁぁぁっ!」
私は自分のしたことに深い憤りを覚えた。深い罪悪感を感じた。何であんなことをしてしまったのか。何でそんなことで手を出してしまったのか。風人君は何も悪くない。悪いのは私だ。全て私が悪い。
罪悪感と自分に対する嫌悪感に押しつぶされそうになりながら、風呂から出た私は母の用意してくれた衣服に身を包みリビングへ。
「どうしたの?千影。何かあったの」
「…………喧嘩」
「そう。風人君と?」
「…………うん」
でもアレは喧嘩じゃない。私が一方的で理不尽に風人君を殴って暴言を浴びせただけ。
私はそのことを母に伝えた。
「初めてね。千影が誰かに苦しみを伝えたのは」
「…………え?」
母は怒ると思った。でも、怒鳴る様子は一切ない。
「なら、仲直りしないとね」
「……でも」
あんなことをして、風人君は仲直りしてくれるのか。謝ったくらいで許してくれるのか。
「許してくれるか分からない。いや、許してくれないかもしれない」
全くその通りだ。
「でも、謝りなさい。まずは謝る。分かった?」
「…………うん」
明日会ったら謝ろう。絶対に謝るんだ。
次の日になった。昨日と同様の雨の日だった。
昨日はボロボロになりながら家に帰った。家に帰ると母さんが驚いていたが気にせずにいた。今日は一人で学校に来た。何度も躓いたりしたけど、何とか来れた。
そして、放課後。
「ここにいた」
「……涼香か~」
図書室にいた僕に声をかけてきたのは涼香だ。
「千影ちゃんと喧嘩したの?」
「……別に~」
昨日は涼香は用事とかで一緒に帰っていない。
「はぁ。千影ちゃんが謝りたいって言ってたよ。でも、露骨に避けるって言ってた」
「……避けてないし~」
「毎時間男子トイレに逃げてたの何処の誰?」
「……何で他クラスの涼香がそれを知ってるのさ~」
そう。今日一日千影と話さないように逃げていた。今は何というか話す気分じゃない。
「あのね。風人。千影ちゃんは――」
「……僕でも分かってるよ~。千影が眼のことで苦しんでいたくらいは~」
あの時からだ。小五のいじめの時。あの時から千影は自分の眼が完全でないことを気にし始めていた。いや、本当はもっと前からかもしれない。でも、明確に、本格的に意識してしまったのはその時だと少なくとも僕は思う。
千影は弱い。弱いくせに全部心の中に閉じ込める。それが今回、僕からすれば些細なことで爆発した。それだけだ。
「千影は僕に負けたくなかった。僕も千影に負けたくなかった。その思いが思わぬところで衝突してしまった。それだけだよ~」
僕は千影のおかげで今までこれている。きっとこれからもそうだ。
「お兄ちゃんは千影ちゃんと仲直りしたい?」
「……外でお兄ちゃん呼びはやめてって言ったよね~?」
「答えて」
僕の質問を意に介さない様子だ。
「……したいよ~そりゃ~」
「なら、千影ちゃんと向き合って。今回だけはお兄ちゃんはほとんど悪くない。だから、しっかりと向き合ってあげて。千影ちゃんと」
「……はーい」
「なら、急がないとね。さっき教室から出ていくのが見えたからもう帰ってるかも」
「明日じゃダメ~?」
「ダメ。今行くの」
ということで、僕は下駄箱に向かい。走って、千影を追いかけることにした。
今日一日風人君に避けられていた。
「はぁ……」
ため息をつきながら一人帰る。謝まりたいのに風人君の方から避けてくる。やっぱり、単純じゃないよね……でも、早く謝りたいなぁ。
「風人君の家に行こうかな」
そこで彼を待って誠心誠意謝ろう。…………たとえ許されなかったとしても。
私は横断歩道のところで立ち止まる。今は赤信号だ。
私の気持ちはこの雲のように淀んでいる。あー私ってバカだなぁ。大バカだ。何が天才だ。いくら色んなことが出来ても人一人にすら謝れない大バカだ。
「千影~!」
降りしきる雨の中。風人君の声が聞こえた気がした。私は気のせいかもしれないと思いながらも振り向く。
すると、振り向いた先には走ってくる風人君の姿が。
「風人く――」
風人君の名を呼ぼうとした瞬間だった。
私の身体は押し出され道路へと出る。
思わず倒れてしまい、左右を見る。
次の瞬間。
私はトラックという巨大な金属の塊に。
無情にも吹き飛ばされてしまった。
「千影!」
僕は傘を荷物を投げ出し一目散に千影の元へ行く。
「おい!返事をしろ!千影!」
僕は千影に呼びかける。頭や全身から血を流し、腕や足が曲ってしまった彼女に。
「かぜ……と…………くん」
「ちょっと待ってろ!今救急車を呼ぶからな!」
僕はすぐさま携帯電話を出す。
「……ごめん……ね」
今にも消えてしまいそうな声で呟く。
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」
僕は叫んだ。今までに出したことのないような声で。
「さい……ごに…………」
「最後ってなんだよ!まだ生きるんだろ!」
そう彼女の正面を向いて呼びかける。
「…………」
すると、千影は最後の力を出し、彼女の右手を僕の後頭部に持っていき、そのまま――
――僕の唇を自身の唇に合わせた。
「ありがと……だいす……」
そして、彼女の眼は閉じてしまった。
「千影!おい!千影!!」
その目は二度と開くことは無かった。
「あぁぁぁ……あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
僕はこの日初めて哀しみを知った。
初めて声のあらん限り泣き叫んだ。
初めてのキスは…………
血と雨と涙と深い哀しみの味がした……。