「面倒な」
「面倒ですね」
「面倒です~」
「マブラヴ世界なんかと関わりたくないぞ」
アトランティス帝国皇帝カリンが保有する別荘の一室で、カリンを筆頭とした三千世界監察軍・アトランティス支部の面々は口々にそう述べる。
彼らの頭を悩ませているのが、最近日本支部による下位世界での調査の結果『マブラヴ』の世界で発見されたあるトリッパーが出した要請であった。
『BETAの脅威から日本を救済して欲しい』
これが問題だった。UNLIMITEDかオルタネイティブかは未だ不明であるが、その世界の地球がBETAの侵略にさらされているのは間違いなかった。
更にたちが悪いことに現地は西暦1987年で、人類が敗戦を続けてBETAが勢力を拡大して国境を越えてユーラシア大陸のあちこちにハイヴが建設されている。
つまり、何が言いたいかといえば、この状況でBETAを駆逐するとなると、当然ながらユーラシア大陸諸国の国土に存在するハイヴに対して武力行使しなければならないという事だ。
仮にBETAが地球侵攻前であったならば話は早かった。速やかに火星ないしは月のハイヴを爆撃すれば容易に駆逐できただろう。
しかし、こうなると相手国の了承も得ずに他国に武力行使をするという政治的によろしくない行動をするか、それとも該当する各国と交渉して承認を得るかをしなければならない。
前者は戦争中の敵国ではないので当然却下。そうなると後者を選ばざるを得ないが、そこで問題となるのが、マブラヴ世界の人間の性質だ。
エレメント朝アトランティス帝国は、カリンによって導かれたネアンデルタール人という種族によって構成される国家で、開闢以来同族(ネアンデルタール人)同士の戦争などやった事がない(カリンの威光とトリッパー達の優れた統治により、内戦は起きていない)。
それ故に、有史以来同族同士でいがみ合い戦争を繰り返していたホモ・サピエンスは殊更野蛮に見える。
勿論、前世の記憶を持つトリッパーはある程度は理解しているが、そうではない一般的なアトランティス人からみれば地球人は野蛮人にしかみえないだろう。
そしてトリッパーたちにしてもマブラヴ世界の人間性は理解に苦しんだ。
H1ハイヴが降下した時の失態を初めとして、主導権争いや足の引っ張り合いの連続。種の存亡がかかっているのだから仲良くしろとは言わないが、せめてちゃんと協力し合うべきなのにそれすらできない。
ハッキリ言ってマブラヴ世界の人間があそこまで追い詰められたのは人間同士の主導権争いと足の引っ張り合いが原因ではないのか?
この有様はブリタニア帝国や監察軍を呆れさせて、トリッパー達の多くはマブラヴ世界の人間を軽蔑していた。
そんな世界の住民なだけに、「あなた達地球人類が滅亡しそうなので、私たちがハイヴを攻撃してあげましょう」と提案したとしても、「よろしくお願いします」と頭を下げて頼んでくるとは到底思えない。
勿論、そういう風に謙虚にしてくれれば一番楽でいいでしょう。というより、あの状況ではまともな国家であればそうする。
普通に考えれば、自分たちではBETAに勝てず、遠からず人類は滅亡するという状況で、「助けてあげましょうか?」と言われれば、「満足に代価を支払えませんがお願いします」と素直に要請した上で、可能な限り代償を値切ろうとするのが常識的な行動といえた。
しかし、そこはマブラヴ世界の人間、そんな常識など通用するとは思えない。
「こっちが善意でやってあげても、妾たちは怪しまれて、逆恨みされるでしょうね」
カリンが呟いた一言に、幹部たちの表情が強張る。
マブラヴ世界は宇宙人(実際にはただの資源掘削機)の侵攻を受けて多大な被害を受けているだけに、アトランティス帝国を宇宙人(本当は異世界人)と思い込んで敵意を向けてくることが予想される。いや下手をするとBETAの親玉扱いされることさえありえる。こっちが国益を度外視して上げてもそんな扱いを受けると思うと、嫌気が差すのは当然だろう。
いっその事、本部や日本支部にこの厄介事を押し付けようという意見まで出たほどだ。
特にマブラヴ世界には世界が違うとはいえ日本が存在するだけに日本支部に押し付けるという考えが浮かぶのも無理はないだろう。
「……残念だけど、本部も日本支部もこの一件はアトランティス支部に任せるといってきているわ」
「本部はともかく、日本支部までですか?」
幹部の一人が少々驚きの声を上げる。
本部が断るのは分かる。そもそも監察軍はトリッパーの支援組織だ。その為、トリッパーの要請であれば多少の便宜は図られる。しかし、それは勿論限度という物が存在する。
件のトリッパーが「危険な世界にトリップしてしまったので安全な世界に避難したい」と要請していれば問題なかった。元々トリッパーの支援の為にあるのだし、その程度は何とでもなるが、あの要請は許容範囲を逸脱している。
マブラヴ世界なんかで得る物は何もないのに、そんなことはできないと切り捨てるのは当たり前だ。だが日本支部の場合は、マブラヴ世界にも日本があるのにそういう行動に出るということは…。
「なるほど歴史問題にからみますか」
そう、よくよく考えればマブラヴ世界の日本は将軍と武家が健在である。
大日本帝国は、明治維新の際に将軍家や武家を潰して、国を作り直して超大国に伸し上がっていったという歴史がある。それだけにマブラヴ世界の日本とは水と油だろう。
例えるならロマノフ王朝を潰したソ連がかつてのロシア帝国と接触した時に仲良くするぐらい無理な事だといえる。それを考えれば日本支部がマブラヴ世界の日本を倦厭するのは分かる。
「それもあるけど、佐天令子がマブラヴ世界の人間たちを軽蔑していてね。嫌がっているのよ」
日本支部支部長・佐天令子は、幕末の頃より日本を裏から動かし続けている影の実力者である。ある程度事情に詳しい者からは影の宰相とも呼ばれ、彼女が怒れば総理大臣の首が飛ぶとも言われている。「それ、どこの鎌倉の御前だよ」(※1)と突っ込みたくなるぐらいの権力者だ。
そんな彼女に軽蔑されているとなると、その影響は大きい。
(※1)『創竜伝』に登場する日本政財界の黒幕、船津忠厳(ふなづ ただよし)の事。
「つまり我々がやるしかないと…」
「元々、要請されたのは我々ですもの。実行するか、要請を断るかは妾たちが決めるしかないでしょう」
「では、お断りになられるのですか?」
「いえ、いくら無茶な要請でもけんもほろろに断れば角が立つわ。だからマブラヴ世界の国家と交渉するポーズは取りましょう。それで適当な口実をもうけて交渉を打ち切ればいい」
つまり本気で交渉するのではなく、いちゃもんをつけて交渉そのものを打ち切るわけだ。これなら「トリッパーに配慮して交渉はしてやったが、現地勢力の所為で上手くいかなかった」と通す事ができる。
恐らく、件のトリッパーは文句をいってくるだろうが、それでものらりくらりと言い逃れできる。元々、そいつの要請自体が無茶な物だからね。