アトランティス帝国皇帝。その言葉は雷鳴の如き勢いで夕食中の各国代表団の間で伝わった。
カリンは同席していた夕呼が石化したかのように固まっているのを面白そうに眺めていたが、そこに各国代表団の者たちが近づいてきた。
彼らは口々にカリンに自己紹介していくが、カリンは彼らに対して何も言わず視線すら向けなかった。
「き、聞いておられるのですか!」
カリンのあまりのスルーぶりに代表の一人が声を荒立てる。
「貴方たちは勘違いしているようね」
これにカリンは彼らに対して場違いにも高級レストランに入店した浮浪者でも見るかのような表情をした。
「何ですと!」
「滅びゆく者たちの自己紹介など聞くだけ無駄でしょう。妾は無駄なことは嫌いなのよ」
聞く価値もない、と言い放つカリンのあまりに身も蓋もなさに彼らは絶句する。
「大体お前たちホモ・サピエンスとの話し合いは宰相に任せている。宰相ではなく妾に話しかけてくるのは筋違いよ。この無礼者が!」
大体、許しも得ずにアトランティス帝国皇帝に気安く話しかけてくるなど無礼者と言わざるを得ない。少なくとも滅亡寸前の弱小国家風情がやっていいことではない。
「おやおや、困りましたね。皇帝陛下に無礼を働くとは」
そこにガーゴイルがやってきた。
「ガーゴイル、もはや地球人と交渉してやる必要などない。こやつらを追い出して早々にこの世界から引き揚げるぞ!」
「かしこまりました」
ガーゴイルは手筈通りにカリンの命令を了承した。
「ま、待ってください!」
各国代表たちは顔を青ざめた。まさか皇帝の機嫌を損ねていきなり交渉打ち切りになるとは思いもしなかったのだ。
ちなみにこの打ち切りはカリンとガーゴイルが事前に打合せていたものだった。
アトランティス帝国としては交渉を打ち切るのは、地球人が皇帝陛下に無礼を働いた為という形にするつもりだったのだ。ガーゴイルとの会談が上手くいかず焦っていた各国代表たちはカリンの仕掛けた罠に面白いように引っかかってしまった。
「残念だが、もう君たちと話すことはないよ」
ガーゴイルは仮面であるために表情は分からないが、その声からは明らかに楽しんでいる口調だ。こいつは悪役を満喫しているようだね。
まぁいいでしょう。食事も終わったのでカリンはその場で傍観することにした。
夕呼side
夕呼は思わぬことに動揺して暫く固まっていたが、その後皇帝が怒って交渉打ち切りになった。これは拙いと思うが、どうしたらいいのか分からない。
夕呼は内心で皇帝に無礼を働いた彼らを罵倒していた。そもそも超大国の皇帝陛下にむやみに話しかけるのは無礼なことである、というのは身分制度が未だに残っている日本帝国では常識だ。当然、日本帝国では地位の低い者が皇帝や将軍に許しも得ずに話しかけたりはしない。
だが身分制度がない他国ではそうではなかった。これまではそれでも問題にならなかったが、この場合それが悪手となった。
「では食事が終わり次第君たちを地上に下ろすことにするよ」
ガーゴイルは冷徹に言うが、このままでは本当に終わりだ。
「待って、交渉を続けてください」
何としても引き止めなくてはならない。その思いから夕呼はガーゴイルに訴える。
「残念だが、我々もこれ以上時間を無駄にできないのだよ。陛下もそうお考えでしょう?」
「そうね。これ以上この世界にいても仕方ないわね」
ガーゴイルの意見にカリンも合意していた。
宰相だけでなく皇帝までこうでは最早どうしようもない。地球はアトランティスに見捨てられて滅びることになるだろう。
いや、そもそもアトランティスには地球を助けるだけの理由もない。だから無視されても仕方ないと言えるだろう。そして地球側の無礼の数々を考慮すれば相手にされないのは当然だ。
「それにしてもこの世界といいホモ・サピエンスという種族は本当に自滅がお好きなようね」
カリンが呆れたように言う。
「どういうことでしょうか?」
その言葉に引っかかる物があった夕呼は思わずカリンに直接話しかけた。
「ガーゴイル、説明してあげなさい」
「はっ!」
夕呼の質問に対してカリンは直接答えず、代わりにガーゴイルに答えさせる事にしたようだ。
「我々アトランティス帝国が並行世界の国家であることは以前説明しただろう。そしてアトランティス人がネアンデルタール人であることも」
「そうですね」
ガーゴイルの言葉に夕呼が頷く。
「ならば、我々の世界のホモ・サピエンスはどうしているか疑問に思わなかったのかね?」
ガーゴイルのその言葉に夕呼はハッとした。
そうだ。確かに並行世界なら地球人に該当するホモ・サピエンスも存在するはずだ。
「彼らは確かに我々の世界の地球に存在していた。しかし、彼らは我々とは異なり有史以前から愚かにも同族同士で醜い争いを繰り返した挙句数十年前に自滅してしまったのだ。それも地球の全生命体を巻き添えにして」
ガーゴイルは地球人の愚かさを嘲っていた。
夕呼はその言葉に驚いたが、同時に何故アトランティスがこうも地球人を見下しているのかも理解した。
そう、彼らの世界では地球人(ホモ・サピエンス)は愚行の果てに自滅した。そしてこの世界では彼らがわざわざ救いの手を差し伸べてやったのに愚かにも地球人が自滅したことでアトランティス人は地球人というよりもホモ・サピエンスという種族を軽蔑したのだろう。
「ぶっちゃけると、この世界の人間は精神的に未熟なのよ。正直中途半端に文明を築き上げているだけに始末が悪い、これならサルの方が可愛げがあるわ」
カリンが吐き捨てるかのように言うが、その言葉の意味は大きい。
ようするにアトランティス帝国皇帝は、私たち地球人をまっとうな知的生命体ではなくサルにも劣る蛮族という評価をしているということだ。
あまりに屈辱的な言葉に夕呼は手を握りしめた。それは夕呼だけでなく他の代表たちも多かれ少なかれ怒りを思えていたが、それを表に出すほど愚かでもなかった。
こうして彼らは失意のうちにレッドノアを降りた。そして、この交渉の失敗は人類滅亡を決定づけたのだった。