ー曰く、あなたは"罪"であった。
たったそれだけの理由で。
私達は戦う。
今。
何を思えば良いのだろう。
この手に残る確かなその感覚。
脆く崩れ落ちたそれに刃は突き立てた私は、大切なものを落としていくように身体が軽くなった。
あなたは何を思うだろう。
何故私達なのかとその目は問うけれど。それはあなたの目に映る者も変わらぬ問を抱えている。
答えの無い問など忘れてしまうがいい。その方が幸せでいられる。もう何もかも手遅れだが。
お互い、無知のままでいたらこの結末にはならなかったのか。
私の持つこの力は、紛れもなく「呪い」だった。
・
春うらら 風に流るる 蜃気楼
詩が聞こえた。夢と現実の曖昧なこの世界で、少女は声のする方向へと歩みを進めた。
勾配の緩やかな丘を上がる。先には湖が広がっていた。鏡の様に凪ぐ水面には、空に浮かぶ無数の点、そしてこれでもかというくらいに満ちた月を映していた。
ぼつん、と。佇む影を1つ見つけた。人のようだ。ここからでは良く見えないので近づこうとするが、距離は一定のまま縮まらない。どうやらここまでのようだ。
仕方なく人影に目を凝らしてみた。艶めく髪が風になびいている。女性だ。それも遠目から見ても分かるくらいに美しい。
しばらく注視していると、傍らにはもう一つ影が横たわっている事に気付いた。
…美しい毛並みの尾が、九つ。
――次の瞬間、世界は崩れ始めた。薄れゆく意識の中、少女の脳内ではあの詩が反芻されていた。
・・・
――遠い昔、妖怪という存在が人間の身近な脅威だった時代があった。
それは、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的な存在のことだ。
要するに、自分達が証明できない事象に対して、それを架空の化け物の仕業に仕立てあげ、その妥当性を確立していた。そして、その人間の恐怖心、あるいは信仰心が霊力の塊となり、具現化したものが所謂妖怪とされる。
しかし近年、西洋の諸外国による新しい文明の持ち込み、俗に言う文明開化が進み、これまでの怪奇現象とされてきた事象が科学的に証明され、人々の宗教的意識は希薄化、結果妖怪の衰退が加速しているというのが現状だった。
「――っ!」
日が沈み始め、辺りが闇に呑まれていく中、耳障りな叫び声が薄暗い参道に響き渡った。それは、明らかに人のものでは無かった。叫び声の発生源であったはずのひとつは、煌めく炎に包まれ、やがて灯火と化し、跡形もなく消滅した。
「ー終わりっと」
障気蠢く夕闇の中、少女は凛と佇んでいた。手にはその身長を凌ぐ長さの薙刀。刃は煌々と、まるで炎の様に熱と光を放ち、その存在を主張していた。
「…妙だな」
少女は、その凜然で可憐な、それでいてまだ幼さが残る顔立ちに、憂いを含んだ表情でそう呟く。
何か、嫌な予感がする。
少女は、蠢動する不穏な影の気配を、確かに感じていた。
私が政府のとある人物に呼び出されたのは、先日の妖怪退治の依頼の完了報告から1日と経たなかった。
「先の依頼について少し聞きたい事があってな」
そう口を開いたのは、まだ年端もいかぬ容姿の少女。名前は佐東璃咲さとうりさき。
彼女が私を呼び出したのは、政府直轄の超常事件対策機関「零れい」、その本部であった。存在は政府の主要幹部しか知らされておらず、活動は勿論公にされる事はない。
彼女は、この組織の「二科」、主に超常現象に関する研究を行っている部門のトップであり、現在の全指揮権はこの幼女が握っているということになっている。そして何の因果か、どうやら私はこの幼女のお気に召したようで事あるごとにこき使われている。何とも迷惑な話だ。
「今失礼な事考えてたろ」
「あ、いえ、多分気のせいですよ」
歳相応の可愛げなど微塵も持ち合わせていない、無愛想な表情のこの幼女はやたらと察しが良い。私はささやかに噂されている彼女の妖怪説には肯定的だった。
「まぁいい。そんな事よりもだ。以前依頼した件の報告書で少し気がかりなところがあってだな」
「私もその件について、あなたと直接お話がしたかったんです」
「そうか。では聞くが、最近妖怪共の『霊力』が強まってるのは本当か?それも、何の状況の特殊性も無しに。それに、今後何か大きな異変に繋がるという君の推察についても、幾つかきいておきたいのだが」
畳み掛けられた質問に少し戸惑いながらも、私は問に対する答えを思案し、応じた。
「本来、妖あやかしの存在、つまり妖怪や人間が超常現象と感じる事象というのは霊力に依存しています」
「知ってる。その霊力は一定の条件を満たさない限り、よほどの事がないと強まることはないというのも知ってる。つまり何が言いたい?」
「不自然なんです。種毎の個体差を考慮しても、あの力の強まりは異常なんですよ。」
重い沈黙が流れる。妖怪の力に些細な変化が起こっている。この事実は、聞く人によっては気のせいで片付いてしまうかもしれない。だが、先人達の知識と経験から分析し、この現象は後に大きな騒動を起こしかねないと私は判断している。
一方、佐東は満足のいく回答が得られなかったらしく、不審げな表情で訊いてきた。
「本当にそれだけか?君が直接私に話したかった事というのは。
異変と判断するには根拠が少なすぎる気がするが」
そう、この妙な不安の理由はもう一つあった。が、あまりにも判断材料としては弱かったのであえて伏せておいたのだが、まさか見抜かれるとは。恐らくここ最近の妖怪共の異常に勘づいている。さすがに二科のトップという肩書きは伊達ではないということか。
「…予知夢を見たんです」
「ほう」
「具体的にどの様な異変が起こるかまでははっきりと覚えていないんですけど、タイミングが良すぎるというか、今回の妖怪達の異変に関係しているのは間違いないと思います」
「…なるほど。予知夢、か。実に興味深いねえ」
佐東はその小さな腕を組みしばらく考えた後、再び私に質問してきた。
「――燈妙朱里とうみょうあかり。君は「不知火しらぬい」の一族だったね?」
「…まぁ、はい。そうですけど」
あまり触れて欲しくない話題ではあったが、とりあえず素直に答えておく。
「単刀直入に訊こう」
佐東は一呼吸置いて、本題を切り出した。
「――君には、何の妖怪の血が流れているんだい?」
もう少し続く