この街の名前は何ですか?   作:神山甚六

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前回のあらすじ:可愛い水兵さんと出会った。


夢の中では何でも出来るというけれども、目覚めたら大抵は忘れている(その2)

 シストはフランス発祥の参加型ゲームである。

 

 街や森を舞台に、隠された宝を実際に参加者が探しだすというものだ。百聞は一見にしかず。書物から先人達の知識や経験を追体験する机上の学問よりも、実際に体を動かして実社会で学ぶべきだという体験主義を重視する精神が感じられるのが、いかにもフランス式というべきか。

 

 シストに参加したいイベント団体や商店街は、まず公式サイトに登録する。いくつかの審査を経て所定の参加条件を満たしていると判断されれば、主催団体として認可される。

 

 宝物を納めた箱をあらかじめ設定した所定の場所に隠し、ヒントが掲載された地図や文章をホームページに掲載すれば、ゲームの始まりだ。

 

 参加したい人はサイトから情報をダウンロードする。参加する場合には、次の参加者のための宝物をいくつか持参するのがマナーである。

 

 ヒントを基に自ら推理と実証を重ねることで宝物の納められた箱を探し出せば、ひと先ず第一段階は終了だ。参加者は持参した宝物と引き換えに、箱の中の宝物を入手し、元の場所に戻す。

 

 これをサイトに発見報告と共に掲載すれば、状況終了というわけだ。

 

 捜索対象の範囲の設定や、ヒントも児童向けの謎々から推理ゲームのようなものまで、変わり種ではウォーリーを探せのような人探しも可能であるという。各種の条件設定や目的に応じて、対象となる年齢が児童から大人まで幅広く対応出来るのが、このゲームの特徴だ。

 

 そのため現地では多種多様なシストが毎週末に開催され、人気を集めているそうだ。

 

 この「木組みの家と石畳の街」の宝探しゲームは、厳密に言えば本家のシストとは細部がいくつか異なる。

 

 『ラビット・ハウス』のマスター曰く、10数年前から有志によって主催されていたものだそうで、最初はその名前も「宝探しゲーム」というありきたりなものであったという。

 

 おそらく暇な爺様達が、自分の孫達に表で遊ぶ娯楽を提供したかったのだろう。

 

 これをフランスで参加型ゲームが流行していることを聞きつけた商工会が便乗して「シスト」と名称変更を提案したのだそうだ。ひょっとすると最初からフランスのシストをモデルとしていたのかもしれないが、実際にどうだったかはわからない。

 

 耳長の取り扱い規則といい、この街の行政はそうした対応が実に手際が良く、またセンスがあると感心させられる。

 

 名前とは内容がわかればよい時もあれば、わからないほうが興味を集めることもある。その点、宝探しゲームではいかにも安っぽい印象はぬぐえない。それがシストとカタカナ3文字になると、内容は同じであったとしても受け手の印象は大きく異なる。

 

 マスター曰く、この街のシストは主に地元住民の中学生以下を対象としているという。こちらはサイトは使用しない極めてアナログなものだ。町の各所に隠された紙の地図(裏に商工会の認可印が必要)を見つけたものが勝手に始めてもよいという、子供の探検ゲームの延長線上のようなものだという。

 

 中身と交換するための宝物の持参は本家と同じだが、本家のシストが宝箱にプラスチックの容器などを使うことが多いのに対して、この街ではRPGゲームに登場するような、如何にもそれらしい木製の宝箱が使われているという。こちらも海賊版と対処するために、商工会の認可印がついているのだそうだ。

 

 伝聞でしか語れないのは、私がシストに参加したことがないからである。地元民でもなく、ましてや大学入学以降にこの街に引っ越してきたので当たり前ではあるが。

 

「それで、この地図を見つけたんだ!」

 

 てて、ててがわ……いや、ででで?げげげ?……まぁいいか。

 

 とにかく『ラビット・ハウス』のカウンター席に「よいしょ」とよじ登るようにして座った理世ちゃんは、自分が発見したというシストの地図を、香風老人に自慢げに見せびらかしていた。

 

 

 どうやらマスターは店内から私の醜態を見物していたらしく「また子供を泣かせているのか」と私の尻を文字通り引っぱたくと、腰をかがめて理世ちゃんと視線を合わせて、事情聴取を開始した

 

 私はその間、数メートル先の街灯の後ろにいる不審者に注意を向けていたのだが、彼らは香風老人の姿をみると、懐から手を取り出して警戒態勢を解いた。

 

 どういうつもりだ。私はそんなに怪しい風体に見えるのかと大層気分を害したものだが、いつの間にか聴取を終えたマスターから再度尻を叩かれて、私はこの可愛い水兵さんを店内へと御案内した。

 

「ててざ・りぜ、だ!世界の『世』に、理科の『理』でリゼ!」

 

 少女が両手を腰に当てて名乗りを上げた姿は、実に可愛らしく微笑ましいものであった。

 

 またその……て、でで、ててがわ?何とかという苗字は名乗りだけで、漢字を説明しなかったのは、恐らく自分で書けないか、あるいは説明出来ないからだろう。この水兵さんは年相応の幼さと自尊心の持ち主らしい。

 

 少女が同時に入店する際に帽子を取ったのは、いかにも育ちの良さを感じさせる。水兵さんの服も見るからに仕立てのよいオーダーメイド品。どうやらいい所の子らしい。

 

 ともあれ背伸びしたがる年頃の少女を1人のレディーとして接するマスターの眼力はさすがというべきか。理世ちゃんはその扱いに気を良くしたらしく、自分の事情を喜々として説明しているといった具合だ。

 

 ということは外の連中は少女の警護の人間だったのかもしれない。私は『ラビット・ハウス』の窓から外に視線を向け、そして仰け反った。

 

 窓から1人ずつ、等間隔に例のサングラスをかけた黒服の不審者が、店内を覗きこんでいた。

 

 出入口をから最も近い窓には大きな無線機を持った黒服が、その右隣の窓からは馬鹿でかい高級カメラを手にした黒服が写真を撮りまくっている。さらにその横の窓からはハンディタイプのビデオカメラを手にした黒服が……何やら動物園の見世物にでもなった気分だ。

 

 どうやら少女の親は、かなりの親馬鹿と見える。

 

 それは別に構わないのだが、私は営業妨害もはなはだしいと文句をつけに行こうとした。その許可を香風老人に取ろうとしたのだが、マスターは何故か渋い表情で首を横に振った。とはいえ表通りであのようなことをされては、ただでさえ少ないお客様がさらに少なくなる。

 

 私はどうしたものかと、腕を組んだ。

 

「じゃあ、よろしくな、おじさん!」

 

 あん?

 

 

 どうしてこうなった。

 

 時刻は午後の2時。まだ日差しが厳しい時間帯だ。

 

 私は日傘をさす可愛い水兵さんの後ろを連行される捕虜のように、とぼとぼと歩いていた。

 

 理世ちゃんは年配の男性(つまりマスター)にレディー扱いされたのがひどく嬉しかったらしく、鼻歌を歌いながら足早に歩いている。

 

 「日に焼けてはいけないから」という理由で貸し出された、彼女には少々大きな日傘をさしているため、通りすぎる年配のご婦人方が「あらまぁ」と微笑ましい視線を送られてていることに、気が付いていない。

 

 マスターいわく、この少女の実家はこの街でも有名な資産家だという。シストに参加中だというのを聞きだした香風老人は、理世ちゃんがパフェに夢中になっている間、私に「仕事にならないから、あの連中を引き連れて一緒に宝探しに付き合ってやれ」という業務命令を下した。

 

 そもそもこんなことになった原因はあの黒服にあるのではないか。私が苛立たしげに背後を振り返ると、数メートル毎の間隔で、連中が等間隔で尾行していた。

 

 どうしてこれでバレないのかと不思議で仕方がなかったが、かわいい女王様が振り返るたびに忍者の如く姿を消してしまうのだから、呆れるというか感心するというか。

 

「あのお客様?」

 

 意気揚々と歩みを続ける水兵さんに、私は背後から声をかけた。宝探しはいいのだが、果たして目的地がどこなのか。私は聞いていなかったからだ。

 

 しかし私の呼びかけに振り返った水兵さんはぷくーと頬をリスのように膨らませて、不満を露わにした。

 

「おじさん!私の名前はリゼ!お客様じゃないぞ!」

 

 だったら私もおじさんではない。

 

 そう言い返してやりたかったが、あまりにも大人げないふるまいをするのはどうかと考え、また背後の黒服の騎士達からの威圧の視線が恐ろしかったので、私は口をつぐんだ。

 

「失礼しました。リゼ様」

「おじさん、リゼでいいって!」

「ならば私もお兄さんでいいですよ」

 

 どうもこの水兵さんにとっては、私は店員さんではなく宝探しの仲間感覚らしい。

 

 ならば好機を逃してはならない。

 

 私が呼び方を変えさせようとすると、かわいい水兵さんは日傘の柄に頭頂部をつけるように、かくんと首を傾げた。その大きな瞳には単純な疑問の色が浮かんでいる。

 

「おじさんはおじさんだろ?」

 

 ……あーはいはい、もうそれでいいですよ。

 

 私は精いっぱいの抵抗も含めて不貞腐れたように頷く。

 

 水兵さんはそれを見て上機嫌に「よし!」と屈託なく笑った。私をおじさん扱いするのは気に入らないが、どこぞの子供服の雑誌の表紙でもおかしくないぐらい、立ち居振る舞いが絵になる少女だ。

 

 それにしても私はそんなにおじさんに見えるのだろうか。私は再び少女の後ろを従者のように歩きながら考えた。第3者からすればどうでもいいかもしれないが、私にとっては重大な問題である。

 

 確かに私が小学生の時は大学生はとんでもない大人に見えたものだ。それはそれとして、私はそんなに年上に見えるのだろうか?私は釈然としない思いを抱えたまま、水兵さんに尋ねた。

 

「ところでどこに向かっているんですか?」

 

 かわいい水兵さんは再び私のほうを振りかえると、今度は先程と逆の方向に首をこてんと傾げた。

 

「わかんない!」

 

 おい

 

 

「たのもー!」

 

 理世ちゃんは右手に日傘と帽子を、左手にシストの地図を持っているため、私が『甘兎庵』のドアを押した。

 

 店内に満ちる小豆とお茶の香りに負けてなるものかと、子供らしい屈託のない声で、元気よく挨拶する理世ちゃんに、店内にいたほかのお客や店員さんが微笑ましい視線を向ける。

 

「……誘拐じゃないだろうね」

 

 私と可愛い水兵さんをじろじろと見比べた挙句、宇治松夫人の第一声がこれである。

 

 塩かけ婆め、余計なことを言うなと心の中だけで反論してから、私は小さな女王陛下と共に店員に案内された4人掛けの座席に座った。私の対面に理世ちゃんが座る。

 

 店員さんから渡されたメニューを手に、理世ちゃんは上目づかいで私の様子をうかがいながら尋ねる。

 

「本当に、好きなもの頼んでもいいの?」

「いいですよ」

 

 私の言葉に理世ちゃんは「やった!」と両手を打って喜んだ。

 

 私としては領収書を持って帰りさえすれば、マスターに精算してもらえるのだ。自分の腹が痛まないとあっては、いくらでも気風の良い男を演じる事が出来るというものである。

 

 聞けば「パパは外食の時にうるさいんだ」とのこと。

 

 いいとこの娘さんには、それなりの苦労があるらしい。私としても人様の家の躾に関して干渉するつもりもない。しかしメニューを広げて「あれもいいな、これも食べたいな」と足をぶらぶらさせながら一生懸命に考える水兵さんは、見ていてなんとも和むものがある。

 

 理世ちゃんがメニューの写真と睨めっこをしている間に、私は王女様の許可を得てシストの地図を受け取った。

 

 長年使いこまれたか、あるいは敢えてそういう汚しをしているのか。B5サイズ程の地図は、いかにもそれらしい雰囲気がある。確かに宝探しをするというのに、いかにも新しい地図では風情に欠けるというものだ。この町の商工会は浪漫というものを理解している。

 

 そう、浪漫なのである。宝探しは秘密基地探しと並んで、子供の浪漫なのだ。

 

 どれほどTVゲームや携帯機器が発達したとしても、攻略本など存在しない実社会での冒険というものに、子供はどうしようもなく憧れる時期がある。この熱病を解消させるには、シストは確かに良い手法といえる。

 

 程ほどの謎解きと、冒険という非日常性。同じ街でも全く違ったものとして子供たちには見えるはずだ。それは理世ちゃんも同じであろう。

 

 冒険を通じて生まれ育った街への愛郷心を育む。無味乾燥で時系列を並べただけの面白みもない郷土史を学ばせるよりも、よほど良い手だ。

 

 さて、どのようなヒントが描かれているのか。推理が必要とはいえ、所詮は中学生以下を対象としたゲームである。大学生の手にかかれば、赤子の手をひねるようなものであろう。

 

 私は地図を広げて……広げて……

 

「よっし!私は白玉あんみつにするぞ!おじさんはどうする?」

 

 ふん、ふん…なるほど、なるほど……

 

「おじさん?おじさんってば!」

 

 ……やっべ、わかんねぇや




宇治松夫人「ありゃ天々座のお嬢様じゃないか。あの馬鹿、どこで引っかけてきたんだか……」

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