梅雨は、夏の季語である。
私はカビの生えた食パンをゴミ袋に放り込みながら、愚にもつかない考えを巡らせていた。
梅雨になる前に布団を干し損ねた私の部屋は、折からの雨の湿気と滲み出る汗によって、外よりもなお一層じめじめとしている。
そんなじとっとした部屋の中央にあって、私はノートパソコンを前に、途方にくれていた。
大学生ならではの2ヶ月という長期夏季休暇を前に、最後のハードルである各種のレポートの課題は山のようにあるが、まったく手付かずのままだ。大体、こんな部屋では進むものも進まないと責任転嫁をしつつ、私は教科書や図書館から借りた本などをまとめて鞄の中に突っ込み、そして決断を下した。
「そうだ。ラビット・ハウスに行こう」
喫茶店でPCを広げ、コーヒーを飲みながらレポートを書く。いかにも大学生らしい行動であり、大学生のときにしか出来ない行為であると、私は遠足前の児童のようにウキウキとした気持ちで出かける用意を始めた。
それが私が蛇蝎のごとく嫌う、ス○バで仕事をする意識高い系の仕事に類似した行為であることに気がついたのは、「ラビット・ハウス」の店内で座席についた、まさにその時であった。
*
時代劇やSF映画を撮る際、常に問題とされるのは、街の空を縦横無尽に走りめぐらされた電柱の存在だ。その点についても、この「木組みの家と石畳の街」は、すでに一部を除いて電線地中化工事の大半が完了しているというのだから、この街はとにかく徹底している。
文学的な感受性など皆無に等しい私だが、梅雨の雨に濡れる街の景色は、それこそ映画の一場面のように、いつにも増して幻想的な趣がある。
この街に住み始めてからというもの、私は雨が好きになった。
何故なら、あの忌々しい耳長が雨宿りをするために身を潜めなければならないからだ。いつもは我が物顔で街中を闊歩する耳長が、雨宿りのために駆けずり回っているかと思うと、実に清々する。
あれから私は性懲りもなく耳長とのコンタクトを幾度か試みていたが、そのすべてが失敗に終わっていた。こちらから妥協してやろうというのに、貴様がその態度を崩そうとしないのなら、この私にも考えがある。街を大資本の横暴から守る守護者だろうが、神聖にして不可侵な兎様だろうが、この私がそう簡単に屈すると思うなよ。
私は耳長への敵意を募らせつつ、腹の虫との相談を始めた。
家を出る前に見た携帯の時計によると、時刻は午前11時。何か腹に入れてから課題に取り掛かってもよいだろうと考え、私はラビット・ハウスへの道のりを急いだ。
安物のビニール傘に当たる雫を観察する限り、さしてきつい雨でもないが、傘なしで濡れていくのにはためらわれる柔らかな雨であった。
私はとっさにある劇曲の場面が思い浮かび、その台詞が口をついて出ていた。
「春雨じゃ、濡れていこう」
「月形半平太ですか?」
アメコミのように口から心臓が飛び出しそうになったが、私は何とかその動揺を押し殺すことに成功した。
振り返るとそこには女神が、私が一方的に地上に降りた女神と賞賛する青山女史が顕在していた。
青山女史は、いつもの学校指定の制服ではなく、カジュアルな私服姿である。彼女の名前と呼び方が同じ緑色のスプリングコートに、ゆったりとした白色系のカットソーに下はパンツルック。靴はレインシューズというやつか。白い布生地の傘が、彼女の服装に実に映えている。ファッションについては第二外国語のドイツ語並みに怪しい私だが、それでも青山女史のそれは、調和とバランスの取れた実に素晴らしいの一言に尽きた。
そして私が以前に予想していた通り、彼女は着痩せするタイプであったらしい。一瞬だけ視界に入った我侭な胸元に、私は生きててよかったと、自分をこの世に産み落としてくれた両親の存在に、心の底から感謝した。
「ずいぶんと古い作品をご存知なんですね」
「名作はいつ読んでもいいものですからね」
自然と並んで歩くような格好になった青山女史に、そうドヤ顔で応じたものの、真っ赤な嘘である。
その頃、私が履修していた文学史概論のレポートの課題は、明治以降の劇作家の経歴をまとめることであった。私の場合は『国定忠治』や『月形半平太』を著した
青山女史の目的地もラビットハウスであることを聞いた私は、これ幸いと必要以上に歩くスピードを緩めると、似非文学青年を気取りながら、女神との知的な会話を楽しんだ。
「この春からたまにお見かけしますが、お近くにお住まいなのですか?」
「はい。今年からこちらの街の大学に入学したもので。あの店のコーヒーが気に入っているんですよ」
爺はどうでもいいけどな!
マスターと青山女史との関係性を鑑みて、私は心の中だけでそう続けたのだが、距離が距離だけに1分もしないうちに目的地へと到着してしまう。普段から隠れ家的なものにしたいなどとのたまっているくせに、どうしてもっと遠くの、それも人通りの少ない通いにくい路地裏にでも店を作らないのだ。私は和製ショーン・コネリーを罵倒しつつ、店の前に立った。
おっと、いかん。こんなところで立ちすくんでいる場合ではない。女神が雨に濡れてしまうではないか。
「すいません、こんなところで立ち尽くしてしまって。お邪魔でしたか?」
「いえいえ、お先にどうぞ」
青山女史の言葉に私は天にも登る気持ちになった。それにしても今日はなんと幸せな日なのだろう。女神-もとい青山女史から直々にお声掛けを頂き、これほど長い間(2分)話せることが出来たのだ。
ひょっとして私は今日、すべての幸運を使い果たして死んでしまうのではないのだろうか?
私は嬉々として傘立てに傘を差し込み、ドアを開けた。
「……いらっしゃい」
阿呆かお前は。
*
私は頭を抱えていた。
食後に作業をするため「ラビット・ハウス」の右奥隅のテーブル席を選んだ私の前には、注文した2人前のナポリタン・スパゲティの入った大皿と、ペーパーナプキンに包まれたフォーク、そして「レディーファースト!」と書付けされたメモ用紙が置かれている。
注文したスパゲッティと同時に香風老人から手渡されたその書付に、私は意味が分からず首を傾げた。そして老人が咳ばらいをしながら店の玄関に視線をやったことで、私はようやくその意味を理解した。
そういえば、私が入店して傘をたたむまでの間、ドアを支えてくれていたのは青山女史ではなかったか?
なるほど、レディーファーストとはそういう意味だったか。書付の内容に得心すると同時に、私はようやく老人の言わんとするところを察して頭を抱えたという次第である。あぁ、なんということを私はしてしまった……いや、しなかったのだ私は!女神に話しかけられたことに有頂天となり、私は女神に対する忠誠と信仰心をアピールする絶好の機会を、みすみす逃していたとは!
私は自らの愚かさに絶望しつつ、しかしとりあえず腹が減っていたので、いつものように10分ほどで注文したものを平らげた。
「阿呆にはつける薬がないな」
客商売にはあるまじき暴言を披露しながらコーヒーを提供し、同じお盆で空になった皿を回収していった香風老人の背中に、私はあらん限りの罵倒をしようとして、その虚しさに気がついて自発的に止めた。
我ながら精神的に成長したものだと自画自賛しつつ、私は相変わらず客が少ない店内を見渡す。
いつも窓際の席で新聞を読む老人、2時間近く芸能ニュースを話のネタにしてケーキとコーヒーで盛り上がるのが日課のご婦人方。まったく、毎日よくも話題が続くものである……や、あの男はいつぞやのカップルの片割れではないか。ついにふられたか。うけけけ!
私が後ろ暗い笑いを密かに響かせようとすると、ベルの音が店内に響く。そして私の視線の先で男の顔が綻んだ。
後は諸君が予想する通りの展開である。
っけ、面白くない。
私はその苛立ちも一緒に飲み干してやろうとコーヒーを口に運ぼうとして、そしてカウンター席から自分に向けられている視線の存在に、私はようやく気がついた。
「青山、何を見ているのだね」
「あの奥の席の方の顔が面白くて。こう百面相といいますか」
「目が穢れるからやめなさい」
「あの、マスター?それはどういう…?」
「知らなくてもよいことが、この世の中にはあるということだよ」
私は机に顔を突っ伏した。
*
黒歴史更新中の本日の失態を少しでも取り戻そうと、私はようやくPCを広げて課題に取り掛かった。
課題といっても、総論や概論が中心の1年の前半課程では程度が知れている。担当教官から指定された書籍を読み込んでいたこともあり、私は2時間ほどで2本の課題を終了させると、3本目に取り掛かっていた。
内容は先ほど述べた行友李風に関するもの。いわゆる「チャンバラ物」の立役者ともされ、現代にまで続く時代劇への貢献も指摘されることが多い。
広島県尾道市出身の劇作家にして小説家である行友李風は、大正から昭和に掛けて活躍した。新国劇時代に彼の書いた『国定忠治』と『月形半平太』は傑作との評価が高く、ラジオやレコード、新聞小説に浪曲と当時のあらゆるメディアで上映され、戦中戦後を通じて、演劇や映画で幾度となくリバイバルされ続けた。
国定忠治はいわずと知れた江戸時代後期の侠客であり、行友以前から浪曲や演劇の人気主人公だった。それを「赤木の山も今宵限り」という彼の作りだした名台詞の効果もあり、その地位と人気を不動のものとした。
一方で月形半平太は実在した幕末の維新志士の名前を融合させた、いわば友利が作り上げた主人公である。先ほど梅雨空の下で私と青山女史が会話を交わしたのも、この作品が出典である。
それはどのようなものか。
舞妓の雛菊に傘を勧められた主人公が「春雨じゃ、濡れて行こう」。それだけを告げると、傘を差さずに出て行く。
説明してしまえば、ただそれだけなのだが、何故かこの場面は圧倒的に巷間に広く伝えられている。
国定忠治の「赤木の山も今宵限り」は、忠治を慕う子分との別れを告げる場面であるので、色々と解釈がしやすい。だが「春雨じゃ、濡れて行こう」に関していえば、それだけを切り取ると、まったく意味が通じない。男の照れを端的に表した場面だとか、雛菊から向けられた慕情への回答だとか色々な説があるというが、私にはどれも納得しかねるものばかりであった。
この点について私は、作者である行友李風は、この場面がそれほど有名になるとは予想していなかったと考える。何気なく書いた場面が名場面として取り上げられ、後付で解釈されたのではないかというものだ。
ある有名作家の子息が「作者の気持ちを応えなさい」という問題に「締め切りが!」と応えたという逸話があるが、そこから着想を得たものである。大体、作者の気持ちなど他人にわかるはずがないではないか。自分のことすら本当に理解しているとは言いがたいのに。
もっともそれは、私が男女間の間の恋慕や愛情といった細やかな感情表現に疎いために、そう感じるだけなのかもしれない。実際、先ほど青山女史と交わした会話の中に、そのようなものは小指一本ほども含まれていなかった。そして、今時珍しい原稿用紙に自らの思いの丈をぶつける青山女史ならば、どのような解釈をするのであろうか。
私はそのような愚にもつかないことを考えながら3本目のレポートを完成させると、USBメモリーに記録をとり、PCを閉じて大きく背伸びをした。
誤字チェックをしようとしたが、この疲れた頭ではどうせろくなことにはならない。店内中央のアンティークと思わしき置時計を見ると、時刻はすでに5時過ぎ。閉店まで1時間を切っていた。
日が暮れるのが遅くなったとはいえ、道理で薄暗いはずだと再び店内を見渡す。
そして私はカウンター席に青山女史の姿を見つけて、驚きのあまり声を上げそうになった。
青山女史はこちらに背を向けてカウンター越しに香風老人と話しこんでおり、時折、原稿用紙を入れ替えて赤いボールペンで添削をしているのが、背中越しに伺えた。当然ながらその表情はこちら側からは見えないが、香風老人の表情から考えるに、相当真剣に話し込んでいるようだ。
私はコーヒーのお代わりをしようと考えていたが、それを止めた。
持ち込んだ資料の本はあらかた読みつくしていたし、さてどうして暇をつぶしたものか。私は椅子に背をつけて腕を組んで……うん。組んで……
*
「……うん?もうこんな時間か。青山、暗くなる前に早く帰りなさい」
「あら、本当ですね。マスター、いつもお付き合い頂いてありがとうございます」
「なーに、どうせ暇だからな」
「ふふっ、相変わらず素直じゃありませんね」
「当たり前だ。お客様の注文や苦言には素直に耳を傾けるが、自分の作品には自分が誰よりもこだわらなければ、自分が納得するものは決して作れない。コーヒーであろうと、書き物であろうと、それは同じことだよ」
「あら?マスター、あのお客さん寝てますよ?」
「……あぁ、あれはいいんだよ。放っておけ。かなり集中して取り組んでいたようだし、疲れているんだろう。店内の片付けが終わってから、起こしてやるさ」
「そうですか。じゃあ、マスター。今日はありがとうございました。またお願いしてもいいですか?」
「暇な時ならな」
「……忙しい時があるんですか?」
「青山ぁ!!!」
*
その日、私はめでたくバイトを遅刻してクビになった。
青山「だってマスター、よく暇だとおっしゃっているではありませんか」
香風「傷口に塩を塗りこんで楽しいかね?」
青山「???」
香風(……これだから天然は)