ヴィクトル=マリー・ユーゴー(1802-1885)
アンゴラは、アフリカ大陸南西部に位置する共和制国家である。人口は約2億5千万人。面積は南アフリカとほぼ等しく、国土の西岸を大西洋に面している。
その独立はアフリカの春といわれた1960年代よりも遅れた1975年。宗主国たるポルトガルが独立を認めず、独立戦争が長引いたためだ。宗主国が革命により手を引いた後も、豊富な地下資源や複雑な民族背景もあり、南アフリカや周辺諸国に旧ザイール国内の諸勢力も絡んだ複雑な内戦が、なんと2002年まで続いた。
アンゴラウサギは、そのアンゴラ共和国と-まったく関係がない。
トルコ共和国を構成するアナトリア半島(小アジア地域)に、アンゴラ地方(現在のトルコの首都アンカラの周辺地域)がある。どうもこの地方の原産ゆえにアンゴラウサギと呼ばれていたらしい。諸説あるが、このウサギが世界各地に持ち運ばれ、その豊富な毛を効率よく採取するために何世代にもわたって交配させられたものが、現在の長毛種のアンゴラウサギになるのだそうだ。つまり蚕や羊と同じく、家畜として品種改良されたウサギということである。これにも諸説あるらしいので、興味のある方は調べていただきたい。
ちなみに私はまったく興味がない。
では何故、そんな興味もない事を長々と並べ立てたかというと
ふううううう!!!!!!!
威嚇する猫のように毛を逆立てたアンゴラウサギが、私の前に立ちふさがっているからである。
「……君は前世でウサギに対して、よほど恨まれるようなことをしたのではないか?」
香風老人の慰めとも揶揄いともつかぬ言葉を、まったく否定出来ないのが悔しい限りである。
ちくせう
*
ラビット・ハウスのマスターである香風老人は、コーヒーへの拘りが辟易とするほどに強く(だからこそ美味いコーヒーを提供できるのだが)、あれこれと見栄を張りたがり、私に対する対応が氷水のように冷ややかであるという、実に幾多の問題を抱えた人物であるが、そうした両手の指を動員しても数え切れない欠点を上回るだけの、大変に善良な人物である(あと孫馬鹿)。
どれくらい善良かというと、自分にはまったく落ち度がないというのに、居眠りが原因でバイトをクビになった私に「起こさなかった私にも責任がある」「君さえよかったら店を手伝ってくれないか」と持ちかけるぐらいに人がよい。私が老人を嫌いになりきれない理由は、そこに尽きた。
悪いことは重なるものであり、私はクビになったものも含めてバイトをかけ持ちしていたので「片方がクビになっても、もうひとつがあるさ」と気楽に構えていた。そのため香風老人の誘いも、ありがたいとは思いつつも当初は断った。
ところがもうひとつの市場でのバイト-八百屋での商品の積み下ろしの際、よりにもよって最も高いメロンのぎっしり詰まった木箱(そんなものを何個も詰めるなと言いたい)を地面に落下させてしまい、あえなく耳長の餌としてしまった。
明日から来なくていいという解雇通告に、私は頭が真っ白になった。
ただでさえ生活費が割高なこの街において、人並みの学生生活を送るには両親の仕送りだけでは心もとない。これはいけないと、私はその足で履歴書片手にラビット・ハウスのマスターに土下座すると「安くてもいいから使ってください」と頭を下げた。
しゃれっ気の通じるマスターは「いいとも!」と親指を立てて、私の採用を即断した。
いささかネタが古いのもご愛嬌というべきか。エン○の神様における彼らのネタを覚えている人が一体どれだけいるだろうか。いや、スリ○クラブは好きだけど、それは相当初期のネタのはずである。
とにもかくにも、私はこうして糊口を凌ぐことが可能になったわけだが……まさかラビット・ハウスの店名の由来が、この家で飼育されている耳長?だとは、私も想像していなかった。てっきり、この街の有象無象の耳長に便乗しただけだと思っていたのだが。?をつけたのは、一見するとそれが毛玉にしか見えなかったからである。
その毛玉-ティッピー・ゴーなんとかかんとか……、略称ティッピーは、メスのアンゴラウサギであり、香風家の家畜、もとい愛玩動物である。なんでも紅茶の等級だか品種だかにそういうのがあるそうで、それから名前をつけたそうだ。どうしてあれだけコーヒーに拘りがあるのに、紅茶から名前をつけたのかは不明である。大方、幼少期の智乃ちゃんが「これがいい」と主張したからだろうと、私は目算をつけた。
さて智乃ちゃんである。
香風老人の孫である智乃ちゃんは、地元の公立学校に通う小学3年生である。年齢を聞き、私は随分と驚いたものだ。背格好こそ年相応なものの、中身は随分と大人びている。少なくとも私が8歳の時は、もっと阿呆だったはずだ。香風老人が可愛がるはずである。
私がラビット・ハウスでのバイトが決まった当日、たまたま帰宅した智乃ちゃんと2度目の対面を果たした。
「ど、どうも」
彼女は小さく頭を下げると、そそくさと2階の自宅へと上がっていった。出会いがアレだけに嫌われているのかと、私は柄にもなく落ち込んだが、少し困惑気味な智風老人は「家族以外には大体、あのような感じなのだ」と、その理由を教えてくれた。
もっともその直後に「私はお爺ちゃんと呼んで慕ってくれるがね!」と大人気ないドヤ顔をかましてくれたので、その配慮も無意味となったが。
だから一言多いんだよ……
ともあれ、この店のマスコット的な存在として有名なアンゴラウサギは、初対面から親の敵のように私を嫌っており、私がホールに出れば奥に引っ込み、私が奥にはいればホールに出るという有様。
実は智乃ちゃんと私には、動物に好かれにくいという意外な共通点があった。長所よりも欠点のほうが、時には共通性を通じた関係構築に役立つと考えていた私は密かに喜んだが、智乃ちゃんは私とは異なり、ティッピーには大変懐かれていた。
自分に唯一懐くペットが嫌う人間、それも年齢がかなり離れた人物と積極的に交流を持つ理由が、人見知りの智乃ちゃんにあるわけもない。たまに店の中や通用路ですれ違っても、智乃ちゃんの頭の上に陣取るアンゴラウサギが、海栗か毬栗のように毛を逆立てて威嚇するものだから、挨拶以外の会話を交わすことすら出来ない。その度に智乃ちゃんが申し訳なさそうな顔をするのも、私にはいたたまれなかった。
私としては耳長に嫌われるのはいつものことだとあきらめていたが、小動物のような智乃ちゃんに避けられているというのは、精神的につらいものがあった。
*
さて、肝心の「ラビット・ハウス」における私の仕事についてである。
香風老人と同じバーのマスターのような制服を提供してもらい、子供のようにはしゃいだのもつかの間、私は早速、裏の倉庫整理を命じられた。素人にいきなりカウンターは務まらないし、メニューもまだ覚えていない段階でホール業務も無理だろうと考えながら、私は通用路を抜けて、店の裏へとに向かった。
「……なんだこれ」
そこは倉庫とは名ばかりの、物置小屋と化していた。
香風老人の拘りのあるコーヒー豆の置き場こそ、整然とネームプレートによる場所が決められて順番通りに並んでいたが、逆に言うとそれ以外はほとんど手付かずである。
昔に仕入れてそのまま放置されたと思わしき袋詰めの小豆(喫茶店だよな?)、20kgの業務用上白糖(1kg×20袋入り)は、業者が乱暴に積んだためか、その横にある小麦粉の袋の上に覆い被さるように崩れ落ちている。中双糖や黒糖(規格は上白と同じ)に至っては、元の場所とはかけ離れたところに置かれていた。
受領書を入れる箱はなぜか3つもあり、何か種別や業者ごとに分けて入れているのかと思いきや規則性は見当たらない。受領印のスタンプにいたっては4つも転がっている。
これは、一体どこから手をつけたらいいものか……
「すいませーん!」
途方にくれていた私に、裏口から声が掛けられた。
はいはいどちら様ですかと顔を出せば、そこには明らかに肉体労働に従事すると思しき日焼けした男性が1人。彼は砂糖関係を納品する業者だと名乗った。内線電話でマスターに確認を取ってからOKを出すが……上白糖って、まだあるよな?うん?中双糖ってそれも……って、あの奥の山って、まるまるそうじゃないか!……げっ!これも?!
「あのー」
「あ、はいはい、ちょっと待ってください。えーと、そこに置いて……いいの?」
「いや、私に聞かれましても……」
それはそうだけど、いやでもこれどうするんだ。元の場所に置いたら古いのが下に、新しいのが上になるぞ。でもこれ、受け取らないと。
じゃあとりあえず台車に仮置きで……って、なんで台車に既に商品が乗っているんだ?!ってかこれ、今日の日付じゃないか!こんなの受け取った記憶ないよ私!?
「すいませーん。脱兎運輸なんですが、受領書にサインか受領印を願いします」
え?次の業者って、いや、なんで受領印押さなきゃいけないの?私は貴方から商品受け取ってないんですけど……え?表の冷凍庫?なにそれ、鍵は?え?置いている場所を聞いてて、いつも勝手に入れてる?そんなの確認しようがないんですけど。だって私、今日からですよ。なにか間違いあっても、私は責任取れませんよ。バイトだし……いや、冗談じゃなくで、これが本当だから困るんで……
「ラビット電力です」
え?電気屋さん?
「はい、ラビット電力です。来月の定期検査について確認したいことがありまして、お時間をいただけないかと」
「一兎宅配便です!ラビット・ハウスさんあての商品があります!冷蔵3つに常温2つなんですが、いつもの場所に置いてもいいですか!」
「宇佐商会です。昨日お電話差し上げたように、新人の紹介も兼ねて営業のご挨拶と新商品の紹介に伺いました!香風店長はどちらに?」
「すいません、私こちらの配送じゃないんですけど、この甘兎庵ってどういけば……」
ちょ、ちょっ!!ちょ!!!
あと最後!!!
*
「つ、疲れた……」
時刻は既に午後の4時。私は服が汚れるのも構わず、倉庫の床に大の字で寝そべっていた。
あれから私は別口で6件の運送業者から商品を受け取り、それに関する商品のチェックをしてから受領印を押し、倉庫を片付けて古いものと新しいものを日付をチェックして入れ替え、4件の飛び込み営業についてマスターの判断を仰いだ上でお引取りを願い、さらに倉庫を片付けと、コマネズミのように駆けずり回った。
せっかく着たばかりの制服もホコリと粉にまみれて、ホール作業どころではない。
内線でその事情を事細かに説明して許可を得てから、せめて荷崩れた山だけでもなんとかしようと再び倉庫を上から下へ下を上へ、右を左へ左を右へと動いて走って、跳んで、運んで、運んで、また運んで……少なくとも大学生活が始まってから従事したどのアルバイトよりも労働したと断言出来る。
「おおぃ、生きてるか……おお!綺麗になってる!」
倉庫の入口から香風老人の声が聞こえ、私の労働の成果を見て、弾んだ声を上げた。喜んでもらえたのなら幸いであるが、私としてはどうしても経営者たる老人に、言ってやりたいことがあった。
「おお、ここもここも、おお!床が見え……うおっ!!な、ど、どうして床に寝ているのだ?!」
「マスター、今日の商品の受領書はそこにあるんですが、中双糖はまだ奥に3体ありましたよ」
「……え?本当?」
「あと丸兎印のキャノーラ油の一斗缶も3缶ありました」
「嘘、どこにある?てっきり無いと思って、今日来た営業さんに言って丸兎の取扱店に注文しちゃったよ。取り消さないと」
冷や汗をかく店主に「あれですよ」と場所を指さす。
「1×15入りのダンボール入りの薄力粉の下に置いてありました。それと、この上白糖は賞味期限は来年の12月までありますけど、来年の11月までのものと逆さまに置いてありましたので、場所を入れ替えておきました」
「え?上白糖は明日来るはずなんだけど、まさか注文ダブった?」
安易にアルバイトなんか引き受けるんじゃなかった。私は蘇ったゾンビのように上半身を起こすと、冷や汗を流すマスターを見据えながら告げた。
「マスター、夏になる前に倉庫を一度、整理しましょう」
*原作開始時点で計算しやすくするためにココア世代が16、チマメ隊が14で計算する。これが基本です。
*青山さんと真手さんは1学年違うと仮定
*リゼ世代(原作開始で17で計算)にも、ミス・エメラルド伝説が伝わっている。少なくとも10年以上前ということはないだろう。
*真手さんは大学卒業でないと編集にはなれないだろうし、いくら学生時代の関係があるからといって、入社して直ぐにというのも…
*ということで本策では原作開始当時の年齢を下記のように設定(誕生日による年齢の差異については考慮に入れずあくまで計算として)
・青山:23歳
・真手:22歳(大学卒業した翌年に担当に)
・リゼ:高校2年の17歳(青山さんと6歳差で、これならリゼ3年当時に伝説伝わっていてもおかしくないと判断)
・ココア世代:高校1年の16歳
・チマメ隊:中学2年の14歳
*作中はここから逆算した年齢となります。