ツクバネ荘の日常~異世界留学生と管理人代行~   作:藤龍

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自己紹介

 

 

 

 耳元で鳴り響くやかましい電子音が、俺の意識を現実に引きずり出す。

 すっぽり頭まで被った布団(若干カビ臭い)から右手を出し、スマホのアラームを止める。ついでに、液晶に映る時間を確認する。現在午前五時。

 

「……あぁ……そうだった……」

 

 どうしてこんな早い時間に目覚ましをセットしたのかを、寝起きで朦朧とする脳が答えを見つけた瞬間、俺は枕(若干カビ臭い)に顔を突っ伏し、大きく溜め息を吐いた。

 

 そう、今日から俺はここ、ツクバネ荘の管理人代行。つまり俺はこれから、管理人としての仕事をあの自堕落管理人の代わりにこなさなくてはならないのだ。

 最初の仕事は、住民全員分の朝食作り。昨日あの後、仕事の説明などをド腐れ管理人からざっくりと受けた後、「じゃ、明日から早速よろしくー」と無理矢理押し付けられたのだ。

 

 普通初日は「私がお手本見せるから、しっかり覚えなさいよ」とレクチャーとかしてくれるもんだろう……いきなり全仕事を押し付けるとか、なんなんだあのクソ外道駄管理人は。

 と愚痴を吐いても、多分何も変わりはしない。もう現実を受け止めて、やる事やろう。まだ学校も始まらないし、ゆっくり慣れて行こう。

 

 我ながら順応するのが早いなと、呆れた笑いを零しながら、布団から起き上がり着替えを始めた。

 

 俺に自室として用意されたのは寮の一階にある第二管理人室。ちなみに第二といっても、ここは特に使い道の無かった余りの部屋で、昨日足を踏み入れた時は酷い有り様だった。

 埃まみれで蜘蛛の巣が張っていて、カビ臭い。用意された寝具も倉庫に眠っていたものを適当に引っ張り出したらしい。正直屋根裏みたいだった。

 一応衝羽根さんに、別の部屋にしてくれと頼んだが、返って来たのは「えー、面倒だからヤダ。掃除すれば行ける行ける!」という他人事全開のお気楽返事だった。ぶん殴りたいと思った。

 

 結局、部屋移動は叶わなかった。昨日一日掛けて掃除を行ったお陰で住める環境にはなったが……快適からは程遠い。

 模様替えをしたいが、事前に実家から持って来たものは、例のアパート全焼事件で灰になってしまったので、我がアイテムボックスは空っぽであった。

 

 今度、実家から最低限の家具を送ってもらおう。あと、多少の仕送りも。

 脳内の今後やる事リストに新たな予定を書き加えてから、俺はリビングに向かった。

 

 そう言えば、昨日はあれからずっと部屋の掃除してて外にほとんど出なかったけど、リビング大丈夫なのか? 確か、めっちゃ爆発してたけど。ここ確かリビングキッチンだし、確実に巻き込まれてるよな。料理出来るのか?

 崩れ落ちたキッチンで朝食作りをするのではないかという、今まで味わった事の無い不安を抱きながら歩いていると、目的地に到着。

 

 キッチンよ、どうか無事であってくれ! 祈りを込めながら、俺は扉を開け放つ。

 

 が、そこに広がっていた光景は意外なものだった。

 なんとリビングは崩れ落ちてるどころか、昨日の騒動が嘘のように綺麗に形を残していた。

 

 あれ……? 昨日、ここスッゴイ爆発してたよね。なのに全然壊れてない……ていうか、よく見ると廊下の壁も元通りだ。

 

「……まあ、いいか」

 

 きっと異世界テクノロジー的な何かで直したのだろう。昨日あんなのを見たのだ。部屋が直っている程度、女子のネイル変えた程度レベルの事態だ。……早くも感覚麻痺ってるな、俺。

 

 さて置き、モタモタしている時間も無い。さっさと料理を作ってしまわないと。

 とりあえず冷蔵庫の中身を確認。ある物で作れそうな献立を頭で組み立てる。つーか材料少な。まともに料理してないだろ、あの管理人もどき。

 

 数十秒ほど思案したところで、大体の予定が組み上がる。早速フライパンなど必要なものを用意して、調理に取り掛かる。

 

「うっし……! やるか!」

 

 まさか、こっちでも誰かに料理を作る事になるとはな――そんな事を思いながら、俺はキッチンに向き合った。

 

 

 

 

 

「うおっ!? なんじゃこりゃ!?」

 

 それからしばらく経った頃。完成した料理をテーブルに並べている最中、廊下から驚きの声が飛んでくる。

 立っていたのは、昨日見掛けた茶髪の男子。彼は物珍しい物を見るような目で俺自作の料理を眺めながら、リビングに入って来る。

 

「えっと……おはようございます」

「え? ああ、おはようおはよう。これ……あんたが?」

「まあ、衝羽根さんに押し付け……頼まれたんで。あんまり材料無かったんで、種類は少ないかもですけど」

「はぁ……味噌汁に、卵焼きに、ウインナーに、炊き立てご飯……すげえ、割とちゃんとした朝飯がウチのテーブルに並んでるよ。奇跡だなオイ」

 

 男はありがたやー、と両手を合わせて俺の料理に向かって拝む。

 

「あの、今まで朝食って……」

「そうだなー……基本は起きたらトーストとマーガリンとジャムが置いてある。あとたまにコンビニの菓子パン」

「えぇ……」

 

 予想はしてたが、やっぱりあの人まともな朝食作ってなかったのか……管理人としていいのかそれ。

 

「文句言わないんですか?」

「言っても無駄だし」

「……ですよね」

「まあ、やる時はやるんだけどな、あの人も。でも聞いた話じゃ、これからはあんたが作ってくれるんだろ?」

「そういう……事になるんですかね」

「そっかー、そりゃこれから楽しみが増えるなー! あ、そういやまだちゃんと話してなかったな。俺は――」

「うわぁ!? 何これ凄い!!」

 

 彼が何か言い掛けた途端、再び廊下から驚愕の声が飛来する。

 

「良い匂いがすると思ったら、なんか美味しそうなご飯がある! 夢!?」

「あら驚いた。例の彼が作ってくれたみたいねぇ」

「へぇ……案外やるじゃん」

「はい! とっても美味しそうですね!」

「なかなか期待出来そうですね、例の管理人代行さんは」

「……ケッ」

 

 どうやら残りの住民達もやって来たようだ。彼らも皆、物珍しいそうに朝食を眺めながら、リビングに入って来る。

 

「みんな早く食べたいって感じだな。じゃあ細かい話は後にして、飯にすっか。それでいいか?」

「あ、はい。えっと、じゃあ残りも用意します」

 

 急いで全員分をテーブルに並べ、適当な席に座る。他のメンバーは既に全員席に座り、準備万端と言わんばかりに料理と向き合っていた。

 

「あれ? あの……衝羽根さんは?」

「ああ、あの人はいいのいいの。どーせ基本昼まで寝てるし」

「……そうですか」

 

 もうツッコむ気も失せた。どうして管理人やれてんだ、あの人。

 

「ねーねー、早く食べよーよ! 冷めちゃう冷めちゃう!」

「ええそうね。界人君……だったかしら? 管理人代行としてお決まりの言葉、お願いね」

「え? あ、はい! えっと……いただきます」

「いっただっきまーす!」

 

 日本伝統の言葉を合図に、皆一斉に料理を口に付ける。

 

「はむっ……んー! この卵焼き柔らかい! そんで甘い!」

「この味噌汁もいいなー。日本って感じだ」

「ま、トーストだけに比べたら、全然良いわね」

 

 反応から見るに、概ね好評を得られたようだ。

 よかった……異世界人に和食って口に合うのかなって思ってたけど、問題無さそうだ。後で、好みとか色々話を聞いてみるか。

 

 

「――あ、そういえば」

 

 食べ始めてしばらく経って、落ち着き始めた頃。最初にここに来た彼が口を開く。

 

「さっきは中断してたけど、ここらで軽く自己紹介でもしとこうぜ。今後一緒に暮らしてく事になるんだからさ」

「あ、それもそうですね。名前ぐらいは知ってもらわないと」

「おう。じゃ、俺から行くぜ」

 

 俺の方に顔を向けながら、茶髪の彼は自分を親指で指差す。

 

「俺は多田(ただ)和人(かずひと)。色々訳分かんねーだろうけど、気軽に質問してくれや。これからよろしく頼むぜ、管理人代行さん」

「よ、よろしく……ん? 多田……えっ!? 日本、人……?」

 

 確かによく見れば、顔立ちは大分日本人ぽいと言えば、そうかもしれない。でも、ここって異世界人しか居ないんじゃ……?

 

「あー、まあそういう反応になるわな。でも悪い、細かい話はまた後で。人数多いし、サクサク進んで行こう」

 

 そう言って多田は正面に座る少女に右手を向ける。昨日リビングで猿のように動き回っていた少女だ。活発さを表すようなショートカットの髪は、綺麗な水色に染まっている。

 

「ん!? 私の番!? ちょっと待ってね!」

 

 ゴクンと口に含んだ物を飲み込み、元気良く右手を上げながら、少女は愛想の良い笑顔を俺に向ける。

 

「はい! 私、リリス・ディレット! リリスって呼んでね! これからよろしく! あ、ちなみに好きな食べ物はホットケーキです!」

 

 明るくはきはきした声での自己紹介は、彼女の性格を物語っていた。これまでの少ない言動からも、彼女は相当明るい性格なのが分かる。最後のは、多分朝食のリクエストだろう。

 

「よろしく、えっと……リリス」

「うん! 界人って言ったっけ? こんな美味しい料理作れるなんて凄いねー! もしよかったら今度――」

「リリスちゃん。お話したい気持ちは分かるけど、みんなの番もあるから、また後でゆっくり、ね?」

 

 ヒートアップするリリスを止めるように、隣に座る女性が彼女の唇に人差し指を添える。

 発育の暴力――もとい、巨乳の人だ。そういえば、昨日生えていた羽が無い。でも、耳は相変わらず尖っている。

 

「あの、その耳……」

「ああ、これ? 私ね、いわゆるエルフなの。羽は今は邪魔だからしまってるの」

「エルフ、ですか……」

 

 やっぱり、異世界にはそういう異種族的なのが居るんだな。しかし、なんというか……エルフって、やっぱりエロいんだなぁ。

 自然と、目線が彼女の胸元に出来る未知なる聖域(谷間)に吸い寄せられる。雰囲気も妙に大人っぽいというか、色っぽいし……この人、本当に高校生なのか?

 

「やぁん、そんなにまじまじと見ちゃってぇ。えっちい子ね、界人君」

「え!? あ、いや、これはその、何と言いますか、男が抱える悲しい自然現象と言いますか……」

「良いのよ別に。ちょっとからかっただけ。ウフフ……いい遊び相手が出来たかも。あ、私はシルフィーネ・エルクセル。気軽にシルフィって呼んでね?」

 

 悪戯な笑みを作り、ゆるふわカールの掛かった黄緑色の髪をクルクル弄ぶ。

 年頃の男子にこの人は、色々危険だな、うん。エルフじゃなくてサキュバスとかじゃないかこの人。

 

「じゃあ、そろそろ次にバトンタッチね」

 

 シルフィさんは斜め前に座る、小柄な少年に目線を送る。

 彼は……昨日、魔法陣っぽいものを出してた人だ。よく見ると中性的で、女性受けが良さそうな見た目をしている。まさに金髪碧眼美少年、といった感じだ。

 

 少年は手にした箸を置き、咳払いをしてから声を発する。

 

「僕はマリク・ソルセルリーと言います。そして――」

 

 男性にしては高い声色で簡潔な自己紹介をした後、彼は隣に座る男を指差す。

 

「こっちがグレン・プロジオンです」

「あ? なんでテメェが俺の名前まで言うんだよ」

「どうせまともに自己紹介なんてする気無いだろう、グレンは。まあ、詳しい事はまたの機会という事で。今後よろしくお願いします」

「あ、ああ……よろしくマリク。それに……グレン」

「……チッ」

 

 礼儀正しいマリクとは正反対な、暴力的な態度で舌打ちを返してくるグレンに、俺は引き攣った笑いを返すのが精一杯だった。

 

 彼、昨日リリスと喧嘩してた奴だよな……見た目からして、如何にもヤンキーって感じだな……怒らせないように気を付けないと。

 グレンの灰色の髪からチラリと見え隠れする、鋭い赤目から逃れるように顔を背け、残る二人の女子を見る。

 

「あ、では次は私が」

 

 先に反応を返してくれたのは、金髪ポニーテールの子。凛々しい顔で俺を見据え、程よい膨らみを持った胸に手を添えながら頭を軽く下げる。

 

「私はヴァスィリオラス王国、カヴァリエーレ部隊の騎士、エクエス・シュヴァリエルと申します。以後、お見知りおきを」

「ヴァ、ヴァスィリ……? カヴァ……? シュヴァリエル……?」

「あ、最後のは私の家名です。まあ、一度に覚えるのは大変でしょうから、ゆっくり覚えて下さい」

 

 あ、覚えなきゃいけないのね……うん、無理。

 しかし、なんか気真面目そうな子だな……でもまあ、悪い子では無さそうだ。

 

「界人さんも、ここに来たばかりで色々と分からない事も多いでしょう。そんな時はいつでも声を掛けて下さいね。何でも、お力になりますから! なんなら、今すぐにでも! お申し付け下さい! さあ!」

「え!? いや、今は無い、かな……?」

「あっても頼まない方がいいかもね。エクエスが関わると、ろくな事にならないし」

 

 と、隣に座る黒髪の少女がツンとした口調で言い、冷めた味噌汁を啜る。

 

「なっ!? そんな事はありません! 騎士として、皆さんのお役に立つのが私の――」

 

 ムキになったように身を乗り出すエクエス。そんな彼女の右手がテーブルの上のコップを倒し、中身のお茶をぶちまける。

 

「あっ!?」

「ほらね」

「い、今のは偶然です! えっと……急いで拭きます!」

「あー、いいいい。俺やるから」

 

 多田が席を離れ、拭く物を取りに向かう。

 

「いつも通り騒々しいわねぇ。さて、これで最後ね」

 

 クスクス笑いながら、シルフィさんは残りの一人。先の黒髪の少女を見る。

 彼女は残った味噌汁を流し込んでから、筋の通った猫目でこちらを見る。長い黒髪が、首を動かした拍子に揺れ動く。

 

「……ミミ・ビストニア。まあ、よろしく」

「……えっ? ああ、うん、よろしく」

 

 あっさりとしてるな……なんか棘のある感じだったし、この子にはあんまり歓迎されてない感じなのかな。

 

「もー、ミミちゃんは相変わらずクールだねぇ。もっと明るく行こうよ!」

「キャラじゃない。そういうのはあんたに任せる」

「フフッ。さて、これで自己紹介は全員終わったわね。まあ細かい話は個人個人でするとして……これから一緒に楽しみましょう、界人君」

 

 シルフィさんの妖艶な笑顔に、俺は慌てて首を縦に振った。

 

 まだ詳しい事はよく分かんないけど……一筋縄では行かなそうなのは、なんとなく分かった。

 でも……なんとか楽しくやって行けそう……かな?

 

 

 

 


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