ツクバネ荘の日常~異世界留学生と管理人代行~   作:藤龍

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刺激的な非日常

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……おはよーさん」

 

 朝食を堪能した皆が各々リビングを出て行き、俺が一人残って食器を洗っていた所に、衝羽根さんが呑気な大欠伸をしながらリビングにやって来た。

 

「おー、やっとるねー。感心感心」

「……本当に全部俺に任せる気でいるみたいですね」

「え、昨日言ったじゃん。私はああいう事に関しては冗談は言わねぇさ」

「何一つ誇れませんね、それ」

 

 もうこの人に期待をするのは無駄だな。反論しても無駄だろう。

 今すぐ色々と文句を言ってやりたいところだが、言っても返って来るのは人を馬鹿にしたような笑いと、無茶苦茶な言い分だろう。

 なので何を言っても無意味。俺は彼女との会話を続けずに、黙々と食器洗いを続行した。

 

 その間、衝羽根さんはボサボサの髪を掻き乱しながらリビングの椅子に座り、再び大欠伸を挟んでから話し掛けてくる。

 

「で、どうよ。仕事はやって行けそうか?」

「……無理って言ったらどうですか?」

「死ぬ気で覚えろって叱咤激励を送ってあげよう」

「でしょうね……でもその必要は無いですよ。昨日貰った仕事内容を適当に書いた資料めいた何かとネットで調べたお陰で、粗方理解出来ましたし」

「オイオイ、私が丹精込めて作った物をそんな言い方しないでほしいね。しかし、理解が早いもんだ。もしかして、管理人経験ある?」

「ある訳無いでしょう」

 

 衝羽根さんのからかうような言葉を適当にあしらい、続けようか少し迷ってから言葉を口にする。

 

「まあ、実家に居た時はよく家事とか手伝ってたんで、こういうのには少し慣れてるのかもしれないですね」

「へー、そうなの。珍しいね、あんたみたいな年頃の男子が家事手伝うなんて」

「両親共に、仕事が忙しい人でしたから」

「ふーん。ま、そういう事ならここの仕事にもすぐなれるかもねぇ」

 

 興味無さげな言葉を吐き、衝羽根さんは「よっこいしょ」とおじさん臭い掛け声と一緒に立ち上がる。

 

「じゃ、これから頑張れ管理人代行! 私はもうひと眠りする」

「またですか……」

「あ、あと一つ」

 

 思い出したように口にして、衝羽根さんは廊下に向けた足を止める。

 

「確かトイレットペーパーだったかな? 色々無くなりそうだった気がしたから、適当に買っといてー」

「何もかも曖昧な言葉ですね……つまり、消耗品買って来いって事ですか?」

「そゆ事。これ、寮のお金ね。適当に使っていいから」

 

 くたびれた白のワイシャツの胸ポケットから通帳を取り出し、俺に向かって投げる。

 

「危なっ!?」

 

 手裏剣の如く飛んで来たそれを何とかキャッチし、ホッと一息ついてから中身を確認。

 中にはカードと暗証番号が書かれたメモ。そして記載された金額は――俺が十五年近く生きてきた人生の中で、一度も見た事の無い数字だった。

 

「ず、随分ありますね……」

「仮にも異世界からの大事な客人を預かる場所だしねー。じゃ、そういう事でよろしくー」

 

 ひらひらと右手を振りながら、衝羽根さんはリビングを去る。

 

 そんな大事な客人相手に、適当にトースト与えてる管理人はどこのどいつなんだか……あの人、偉い人とかに怒られないのかね。

 

「……って、よく考えたら消耗品ってどこで買えばいいんだ?」

 

 俺はこっちに引っ越してきたばかりだ。なのでここ一帯の地形も把握してなければ、どこにどんなお店があるのかも分からない。

 参ったな……衝羽根さんに聞いとけばよかった。……いや、あの人が教えてくれる訳無いか。

 

「とりあえずネットで調べるしかないか? でも、それだけじゃ迷いそうだしななぁ……」

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、不意にリビングの扉が開く。

 

「お、居た居た。やってる?」

 

 居酒屋に顔を出しに来たようなテンションでやって来たのは、多田だった。

 

「何か……?」

「いや、暇が出来たから何か手伝おうかなーって。」

「えっと……もう、大体終わったかな。わざわざ、どうも」

「いいって。あ、そうだ。俺の事は和人って呼び捨てでいいから。俺も界人って呼ぶから」

「あ、じゃあ……そうするよ、和人」

「よろしい」

 

 満足、といった風に多田――もとい和人は頷く。

 

「しかし、お前も災難だなー。いきなり管理人代行とか押し付けられて」

「まあ……あの人、いつもあんな、適当な感じなんですか?」

「そうだな。今後何かを改善してもらえるとか、そういうのは絶対期待しない方が良いぜ」

「そうですか……」

「ま、何かあったら言ってくれや。相談ぐらいなら乗ってやれるぜ? 家事とは全然駄目だけどな」

 

 ニカッと口元を三日月のように吊り上げる。

 管理人は全然頼りにならないけど、この人は頼れそうだな。……そうだ、ならお言葉に甘えて近くにスーパーとかあるか聞いてみよう。

 

 早速、俺は和人に先ほど衝羽根さんに頼まれた件に関して説明する。

 

「あー、なるほどね……そういう事なら、俺が近所のスーパーまで案内してやるよ。ついでに街も軽く案内してやる」

「え、いいのか?」

「どーせ暇だしな。何買うんだ?」

「えっと、消耗品と……あとは、食材もいくつか。冷蔵庫、全然無いから」

「なるほど……なら、早いとこ行っちまうか。買った食材で昼飯作ってくれるんだろ?」

 

 肯定の頷きを返すと、和人は「よっしゃ!」と掌に拳を打ち付ける。

 

「ここ最近昼飯はカップ麺やら外食ばっかだったしなー。期待してるぜ、界人! じゃあ、準備してくるから玄関に集合な!」

 

 そう言い残して、和人はリビングを去る。

 カップ麺って……昼飯すら用意しないんかあの人は。これは期待に応えられるよう、頑張らないとな。

 

 

 

 それから残る仕事をサクッと片付け、準備を済ませて玄関に向かう。

 

「お、来た来た。んじゃ、行くか」

 

 先に来ていた和人は、俺が玄関に着くのとほぼ同時に扉を開き外に出る。

 俺も慌てて靴を履いて、外に飛び出す。春の温かな日差しが、全身を激しく照り付ける。

 

「いやー、今日は快晴ですなー。ゆっくり散歩したいところだが、昼に間に合わせねーとだしな。さっさと行動開始だな。目的地はこっちだ」

 

 寮の右手を指差しながら、その方角に向かって歩き出す和人の後を追う。

 

 移動中も、和人は他愛ない雑談を交えながら、この辺りの地域について説明してくれる。所々ザックリしていたが、それでもあの適当管理人よりとても分かりやすい説明だった。

 

 そんな会話の途中、そういえば朝食の時に詳しく聞けて無かったあの事を思い出す。雑談が途切れたタイミングを狙い、俺は和人にそれを問い掛けた。

 

「ところでさ。多田和人って、明らかに日本人の名前だよな? 和人って、他の人と違って異世界人じゃないのか?」

「ん? ああ、そういやまだ説明してなかったな。うーん、半分正解で半分不正解かな」

「というと……?」

「俺さ、日本人と異世界人のクォーターなんだ」

「あ、そうなんだ。……えっ!? クォーター!? 異世界人と日本人の!? マジで!?」

 

 あまりにもさらっと告げられた答えにこちらも思わずさらっと流しそうになったが、慌てて確認し直す。

 

「おう、マジマジ。俺の母親が日本人と異世界人のハーフでさ」

「ハーフって……そんな人居るのか……?」

「案外居るぜ? 知らないだけでこっちには異世界人はいっぱい居るからな。なら、そんな異世界人とこっちの人の子供が居てもおかしくないだろ?」

「ま、まあそうだな……」

 

 しかし、クォーターって……つまり、和人のおじいちゃんかおばあちゃんが純度百パーセントの異世界人って事だよな……異世界人って、そんな前からこっちに居たのか。

 

「ま、異世界人の血が流れてるのは確かだけど、大分薄いけどな。向こう側の人と違って魔法とかも何も使えないし。精々身体能力がちょっと高いぐらいだ。それに生まれも育ちもこっちで、向こう側にも行った事ねーから、気分的にはただの日本人だよ」

「あ、そうなんだ。……つーか、衝羽根さんはあそこには異世界人しか居ないって言ってたような……」

「それ、多分俺がこっち出身だって事忘れてんだろ。あの人適当だし」

 

 適当にも程があるだろう……あの人の発言を鵜呑みにするのは止めとこう。

 

「ん? じゃあ、どうして和人はあの寮に居るんだ? あそこ、異世界留学生用の寄宿舎だろ? こっちで育ったんなら、家あるだろ?」

「まあな。つーかここから徒歩一時間も掛からん」

「大分近場だな。じゃあ、尚更なんで?」

 

 問うと、和人はうーん、と考えるように唸りながら空を見上げる。

 

「そうだなぁ……強いて言うなら、好奇心かな」

「好奇心?」

「俺の爺ちゃん、昔こっちに来た時にあの寮に居たんだって。異世界留学生として。で、その時の話を色々聞いてたから、面白そーだなって」

「そ、そんな理由で?」

「まあな」

 

 おかしいだろ、と笑いながら和人は話を続ける。

 

「異世界の存在に、俺にその異世界人の血が流れてる事も昔から知ってた。でも、俺の日常はぜーんぜん普通だったんだよ。非日常的なものは何も広がっていない。強いて言うなら、母さんが料理でドジった時、魔法で消火してるぐらいだった」

「いや十分非日常だろ」

「別にそれ自体は悪くは無かったんだけど、折角だから非日常の世界に足を踏み入れてみたいだろ? 俺はその存在を知っているんだから」

「だから、あの寮に?」

「おう。刺激的な非日常を求めてな。朝陽さん適当だから、事情話したらあっさり入れてくれたよ。それが確か……一年前だな」

 

 記憶を呼び起こすようにこめかみを人差し指で掻きながら、和人は苦笑いを浮かべる。

 

「といっても、行ってすぐの頃は後悔したなー」

「そうなのか?」

「だって、毎日のように魔法使って喧嘩する馬鹿共が居るし、管理人は適当だし、なんかシルフィさんはエロいし、もう大変だったぜ」

 

 最後のは大変なのか? ……大変だな、うん。

 

「でもまあ、その内そんな日常にも慣れてきて、今では楽しくやってる。あの寮に行って、良かったと思うよ。毎日が楽しいしな」

「……そうなんだ」

「ああ。だからさ、界人も途中で音ぇ上げんなよ? 最初は大変かもしれないけど、慣れたら楽しいからよ」

 

 楽しいか……俺もそんな余裕を持てる日が来るのかね……

 

「……まあ、頑張ってみるよ」

「おう、頑張れ頑張れ! 同じ苦労を経験するであろうお前の為に、俺も協力してやっから! これから仲良くやろうぜ、界人!」

「ああ、よろしく和人。……あ、あれが例の?」

 

 目の前に、目的地と思われるスーパーが姿を現す。

 

「お、そうそう。安いし色々売ってるし、覚えとくといいぞ。んじゃ、買い物タイムと行きますか!」

 

 腕を捲って、早足気味でスーパーに向かう和人の後ろに、俺も駆け足でついて行った。

 

 これからあの寮の生活をどう思うか、今の俺には分からないけど……彼の言う通り、こんな非日常は滅多に経験出来ないだろう。そんな日常に、俺も刺激を感じるようになるかもしれない。

 だからその日が来るまで……管理人代行、続けて見るのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 


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