ツクバネ荘の日常~異世界留学生と管理人代行~   作:藤龍
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小悪魔エルフと買い物デート 後編

 

 

 

 

 

 数十分後。シルフィさんに連れられて俺がやって来たのは――ランジェリーショップだった。

 

「……マジですか」

 

 駅ビルの一角に構えるその店は、俺にとっては未知の領域だった。

 まず目が疲れる。ピンク基本とした店の内装はメルヘンというか、ファンシーいうか……ともかく、男が絶対に立ち入ってはならない空気が溢れ出ている。

 

 そして大量に陳列された、女性ものの下着の数々。黒、白、水色、ピンク……色とりどりな下着が所狭しと並び、圧倒的な存在感を放っている。

 

 そんな年頃の男子にとっては近寄り難く、目を逸らしたくなるような場所の真正面に、俺は立っていた。

 隣に如何にもオトナ女子なシルフィさんが居るからまだしも、もし俺一人でこんな場所に立っていては不審者だ。出来る事なら、今すぐにでも立ち去りたい。

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 が、シルフィさんはそんな俺の気も知らず――むしろ知っているが故か、そそくさと店内に入ろうとする。

 

「待って待ってシルフィさん! えっと……本当に、ここが目的地ですか?」

「そうよ。言ったでしょう? 下着を取りに行くって」

「冗談じゃ無かったんですか……その、いいんですか?」

 

 その質問にシルフィさんは何が、と言いたげに首を傾げる。

 

 分かってるだろうにこの人は……こんな場所、女子と一緒だからって、入りづらいに決まってる! 好奇の目に晒されるのは分かり切ってるでしょうに!

 

「あ、と……お、俺は外で待ってますよ! どうせ、注文の品取りに行くだけですよね?」

「もお、そんな事言わずに一緒に行きましょう。折角だから、受け取った下着の感想も聞きたいし」

「そんなもん聞いてどうするんですか! 女子の下着に関する最善の感想なんて俺持ち合わせてないですからね!!」

「確か色は黒だったはずだけど、私初めてだから似合うか分からなくて。界人君の意見はどうかと思って」

「言わなくていいですから!! ともかく、俺は外で待ってますんで! じゃあ!!」

 

 有無を言わさず、俺はランジェリーショップから逃げるように離れる。

 シルフィさん絶対からかう為に俺連れて来ただろ……エルフ怖い。……黒、か。

 

 つい、黒い下着を身に付けたシルフィさんの姿のイメージが脳内に浮かび上がる――が、速攻でそれを消して、俺は近くのベンチに腰を下ろした。

 

 それから余計な事が思い浮かばないように、今日の夕飯のメニューを考えながら待つ事数分。シルフィさんが手提げ袋を手にしてこちらにやって来る。

 

「待たせちゃってごめんなさいね。素敵な想像の時間は楽しめた?」

「……ええ。今日は充実した献立になりそうですよ」

「あらそれは楽しみ」

 

 クスリと俺が何を考えていたのか見透かすような笑みを零しながら、シルフィさんは俺の隣に座る。

 

「……ところで、下着って事前に注文するもんなんですか?」

「あら、気になるの?」

「いや、別に……」

 

 なんでこんな事聞いたし俺……大人しくしてればよかった。

 

「これ、ただ注文した物じゃないのよ。オーダーメイドなの」

「オーダーメイド?」

「そう。普通のお店に売ってるのじゃ、ちょっとサイズが合わないから。あのお店なら可愛くて、ピッタリな物を作ってくれるから」

 

 そう言って、シルフィさんは自分の胸に手を当てる。つい、視線がその手に釣られて彼女の胸元に移る。

 改めて、デカい。確かにこんなものを覆うブラなど、この日本には存在しないのかもしれない。一体何カップあるんだろうか。F? G? いやエルフだから、Lか? ……我ながらくだらん。そんでもってそれは流石に大き過ぎる。

 

「何を考えているの?」

 

 そんな事を考えていると、シルフィさんがニヤリと口元を綻ばせながら、顔を覗き込んでくる。

 

「もしかして、エッチな事でも考えてた?」

「ぜ、全然! 俺はただ、なんというか、その……」

「良いのよ別に。界人君はお年頃だものね。そういう事を考えちゃうのも仕方無いわ。若い内に、しっかりと青春を謳歌しないとね」

「なんですか、その年上目線の言葉……」

「あら、だって実際に年上だもの」

 

 スラリと伸びた美脚を組み直してから、シルフィさんは続ける。

 

「私、こう見えて何百年も生きているのよ? だから界人君にとっては、大先輩なのよ?」

「ハハッ、また冗談を…………マジですか、それ」

「ええマジよ。エルフは長寿だから」

 

 思いがけない衝撃的な事実に、思わず思考がフリーズする。

 え、つまりシルフィさんって……もう、百何歳って事? 俺より一世紀長く生きてるの? ……それって超バ――

 

「ババア、とか考えてなぁい?」

 

 俺の思考を先読みしたのか、シルフィさんが少し影の落ちた目でこちらを見据える。

 

「え!? いや全然! お、お若いですねー! あ、アハハハハ……」

「誤魔化しが下手ねぇ。まあいいけど、勘違いは正さないとね。百年生きてると言っても、エルフの中ではまだまだ私は若輩者よ。エルフは長ければ千年以上生きるものだから」

 

 そ、そんなに長寿なのか……異世界人、やっぱり常識じゃ測れないな……

 

「……あの、一つ良いですか?」

「なぁに?」

「その、シルフィさんって、いくらエルフの中では若輩と言っても、一応百年以上生きてきた訳ですよね? それなのに……なんで今、こっちに留学を?」

「ああ、その事ね。理由を強いて述べるなら……退屈、だったからかしら」

 

 背もたれに体を預け、天井を仰ぎ見ながらシルフィさんは語り始める。

 

「何百年も生きてると、やる事が無くなって行くのよね。基本、住み家である森の奥でひっそり暮らしてるだけだから。寝て、起きて、食べて、また寝る……その繰り返し。そんな生活から脱却したくて、この異世界留学の話に乗ったの」

「そうなんですか……」

「最初はあまり期待してなかったけど、こっちに来て正解だったわ。ご飯も美味しいし、服は可愛いし、面白いものがいっぱいあるし――界人君やみんなに出会えたから」

 

 シルフィさんは流し目でこちらを見る。その目が妙に色っぽくて、つい目を逸らす。

 

「フフッ。つい話し込んじゃったわね。そろそろ行きましょう」

「あ、はい……って、すみません。その前にちょっとトイレ行って来てもいいですか?」

「あら、エッチ」

「そう言うんじゃないですからね!?」

 

 シルフィさんの余計な一言にひとツッコミ入れてから、俺は近くの男子トイレを目指した。

 

 全くあの人は……でも、シルフィさんにああいう事情があったとは、少し驚いた。

 そりゃ何百年も生きてたら、退屈にもなるよな……でも、今は楽しんでくれてるみたいだし、何よりだな。

 

 俺も管理人代行として、彼女がこっちでの生活を楽しめるようにサポートしないとな。

 まあ、シルフィさんはちゃんと常識はある人だろうし、異世界人だってバレるような事はしなそうだし、あんまり心配はしなくても大丈夫かな? ちょっと悪戯が過ぎるけど。

 

 

 それから手早くトイレを済ませて、駆け足気味にシルフィさんのところに戻る。

 

 ――が、そこで思わぬトラブルに遭遇してしまった。

 

「ねぇねぇおねーさん、今一人?」

「よかったら俺達とお茶でもどーよ?」

「奢るからさ、どうよ?」

 

 そんな言葉を吐きながら、ガラの悪い男三人組が、シルフィさんを囲んでいた。

 

 こ、これは……なんつーベタな。分かりやすい奴らが分かりやすいナンパをしていらっしゃる……

 しかし、ちょっと離れただけでもう男に声を掛けられるとは……シルフィさん、野郎ホイホイ過ぎるだろう。

 

 ともかく、このまま放っておく訳にはいかない。一応彼氏役を頼まれたのだ。ここは男として、出るしかない!

 

「あ、あのー、すみませーん……」

 

 そう意気込んだ俺の第一声は、想像以上に気弱で情けないものだった。

 しかしそれはキッチリ男達の耳には届いたようで、一斉にこちらを向く。

 

 目ぇ怖ッ! 都会のヤンキー気合入り過ぎだろ!

 

「あぁ? なんだテメェ?」

「な、なんだと言われますと、そのぉ……」

「彼、私の連れです」

 

 と、困る俺に助け舟を出すようにシルフィさんが力強い言葉を発し、俺の隣まで歩み寄る。

 

「え? お姉さん男連れ?」

「ええ。ですから、お誘いはお断りさせて頂きます」

「はぁ? マジかよ。ついてねーな」

「だな。行こうぜ行こうぜ」

 

 と、男達は案外簡単に引き下がる。

 い、意外だ……もうちょっと食い下がって来るかと思った。でも、とりあえず助かった……のか?

 

「しっかしおねーさん、趣味悪いねー」

 

 が、男達はそのまま去ろうとはせずに、俺を見ながらそんな言葉を吐く。

 

「……どういう事ですか?」

「いやだって、そいつハッキリ言って微妙じゃん。パッとしないっていうか?」

「だよなー。お姉さんと全然釣り合ってねーわ。なんか見ててかわいそうになってくるわ」

「分かる分かる! こんな奴のどこがいーんだか。いいなー、お前。おねーさんのこのバカデケー乳自由に出来てさー」

 

 す、好き勝手言ってくれるなこいつら……そっちも大してイケメンじゃないじゃん。

 でもまあ、言い返す事は出来ない。実際シルフィさんと釣り合って無いのは明らかだし、俺が微妙なのもその通りだ。

 

 だから怒っても仕方無いし、反論も無い。ここは穏便に済ませるのが吉だ。

 

「シルフィさん、行きま――」

「ちょっといいですか?」

 

 が、シルフィさんは何故か男達に歯向かうように言葉を投げる。

 

「何? あ、もしかしてやっぱり俺達と――」

「今のお言葉、訂正して頂けますか?」

「へ? もしかして、彼氏馬鹿にされて怒ってる?」

「と言っても、俺達事実言っただけですけどねぇ。お姉さんも、そんな奴さっさと捨てた方がいいよ? 絶対その方が幸せだって!」

「……ごめんなさい界人君。ちょっと、やんちゃしちゃうわね」

「え?」

 

 どういう意味ですか――そう問う前に、シルフィさんのやんちゃは始まった。

 

 男の一人が、突然クルリと縦に百八十度回転。頭から床に落ちる。

 

「イッテェ!?」

「な、なんだ今の!? なんもしてねえのにひっくり返ったぞ!?」

「おい! お前何し――」

 

 もう一人の男が出した言葉が、途中で途切れる。直後、同じように床に真っ逆さまに落ちる。

 

「ヒィ……!?」

 

 最後の男が悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうとする。

 が、彼の足は床を蹴らずに、空を蹴った。

 

「な、なんだこれ!? 浮いてる!?」

「――さっきの言葉、そのまま返してあげるわ」

 

 その男の背後に、シルフィさんが忍び寄る。そのまま大きく足を振り上げ――

 

「あなた達と私じゃ、全然釣り合わないから」

 

 男の股間に向かって、思いっきり蹴りをお見舞いした。

 

「はうわぁ……!?」

「ヒィ……」

 

 男は悲痛な叫びを上げてその場に倒れ、俺は小さな悲鳴を零しながら股間を押さえた。

 

「自分の立場を弁えて行動しなさい――坊や達」

 

 そう言ってシルフィさんは崩れ落ちた男共を、普段の彼女からは想像出来ない冷ややかな目で見下ろした。

 

 し、シルフィさん怖ぇ……! あれか? もしかして怒るとめっちゃ怖いタイプ? まるで別人じゃん! ていうか、なんでここまで怒って……

 

「……って、これマズくね?」

 

 慌てて周囲に目を回す。今の騒ぎに、大勢の人が集まっている。

 

「ヤッバイ……! シルフィさん、早くここから逃げましょう!」

「え? ……あら、大変」

 

 ようやく周りの状況に気付いたようだ。俺はシルフィさんと一緒に、急いでその場から走り去った。

 

 

 

「はぁ……はぁ……ここまで来れば、流石に大丈夫だろう……」

 

 駅ビルから走る事数分。駅の外まで移動したところで、俺達はようやく足を止めた。

 

「ふぅ……ごめんなさいね、界人君。ついやっちゃったわ」

「はぁ……はぁ……あれ、魔法的なの使ってましたよね?」

「まあ、少しね……」

「ですよね……俺もよく分からなかったから、他の人にはバレてないだろうけど……」

 

 これ、やっぱり衝羽根さんに言わなきゃだよな? きっと凄い怒られるぞこれ……まあ、こうなったものは仕方が無い。

 

「とりあえず、無事で何よりって事で。それにしても、ビックリしましたよ。シルフィさんがあんな風に怒るなんて」

「私、頭にくると自分でも驚くぐらいキレちゃうのよねぇ。こっちでは問題起こせないし、気を付けないとなんだけど」

「そ、そうなんですね……」

 

 今度からシルフィさんを怒らせるのは止めよう、うん。多分死ぬ。

 

「にしても、そこまで怒る事ですか? 別に、シルフィさんが何された訳でも……」

「何言ってるの。界人君が馬鹿にされたでしょう? 大切なお友達が馬鹿にされる。それって、怒るには十分過ぎる理由じゃない?」

「へ? あ、まあ……そう、ですね……」

 

 にしてはちょっとやり過ぎな気もするが……でも、悪い気はしないかな。きっとそれだけ、友達思いって事だろうし。

 

「でも、流石にやり過ぎたって反省はしてるわ。界人君にも迷惑かけちゃったわね」

「いえ、そんな。俺もボディーガード頼まれたのに、結局こうなっちゃった訳だし……お互い様って事にしときましょう」

「……フフッ、そうしましょうか」

 

 と、シルフィさんは楽し気に笑う。

 よかった、いつものシルフィさんだ。ひとまずこれで解決……って事でいいか。

 

「んっ……なんだか疲れちゃったわ。帰りにカフェでも寄らない?」

「あ、いいですね。じゃあ行きましょうか」

「ええ。それじゃあ――」

 

 自然な流れで、シルフィさんは俺の右手と自分の左手を繋げる。

 一瞬何が起こったか判断が出来ず、遅れていわゆる恋人繋ぎをしている事に気が付く。

 

「ちょっ!? 何してるんですか!?」

「何って、手を繋いでるのよ」

「何故!?」

「だって、またさっきみたいになるかもしれないでしょう? だったら、もっと恋人アピールしないと」

「だ、だからってこれは……」

「よろしくお願いするわね、彼氏代行君」

 

 戸惑う俺を横に、彼女はただ楽し気にニッコリと笑うだけだった。

 

 このエルフ……小悪魔過ぎるだろう!

 

 きっと俺は一生シルフィさんには敵わないのだろうな――そんな諦めに近い感情を抱きながら、俺は彼女と手を繋いだままカフェを目指した。

 

 

 

 

 

 



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