転校生は何でもないことのように言い放ったが、出久はその言葉の意味を飲み込むまでしばらく時間がかかった。それほどまでに衝撃的な台詞だったのだ。
ワン・フォー・オール。それは出久がNo.1ヒーロー・オールマイトに認められ授けられた唯一無二の個性だ。個性がこの世に発現してより聖火のごとく受け継がれ、ひとたび手に入れれば何人をも寄せつけない超人的なパワーを発揮することができる。しかし器である肉体が十分に仕上がらないままその個性を受け継いだ出久は、ひとたびワン・フォー・オールを使えばたちまちその部位が血を噴いて壊れてしまう、まさに諸刃の剣を抱えたような状態でスタートラインに立つことになった。今でもその個性使用による肉体の損傷は解決することができず、げんに今日の試合では万物創造の個性を持つ八百万と対戦したが、「被害を最小限に」という相澤の言葉に必要以上に縛られ一度も個性を使わずに引き分けで終わってしまった。
いずれにせよ、ワン・フォー・オールが「他人に譲渡する個性」だということ、オールマイトがそれを出久に譲渡したことは、当事者であるオールマイトと出久を始めごくごく一部の人間しか知らない極秘事項だ。
その門外秘のワン・フォー・オールを、転校生は出久の個性だと言った。誰にも言っていないはずの、オールマイトと自分しか知らないはずのことを今、口にしたのだ。そう理解した瞬間、出久は頭のてっぺんから一気に血の気が失われていくのを感じた。心臓が妙に強く脈を打ち始め、普段どおりに呼吸することが難しくなってくる。
「な、ど、いや、ぼ、ぼく、え・・・・・・?」
取り繕うこともできず冷や汗を垂らして狼狽える出久にしかし、転校生は動じることもなく安心させるように柔らかく微笑んだ。
「隠さなくたっていいよ、全部知ってるから。お前がオールマイトの後継者だってことも。ワン・フォー・オールのことも」
聞き間違いなどではなかった。やはり転校生は出久の秘密を知っている。口ぶりから察するに、おそらくワン・フォー・オールの秘密も。なぜ知っているかなどとても見当がつかないが、それよりもどう振る舞っていいものか、知っているならと開き直ればいいのか、何のことだととぼければいいのか、それすらも分からずに出久は唇を震わせることしかできない。血の気を失い冷たくなっていく頭の中で、ぐるぐるとコーヒーのミルクのように考えをかき混ぜる。
(どういうことなんだ? オールマイトは一部の人間以外はオール・フォー・ワンの秘密を知らないって言ってた。一ノ瀬くんがその一人だっていうのか? どう見ても高校生にしか見えない彼が? いったいオールマイトとどういう関係にあるって言うんだ? いや仮にそうだとしても、そんな重要人物が雄英に転校してきてるのに、オールマイトが僕に何も言わないなんてことあるはずない。ならどうして一ノ瀬くんは……)
考えれば考えるほどどつぼにはまり、次に言うべき言葉が出てこなくなる。小刻みに震える両の手指をすりあわせながら、出久はやっとのことで口を開いた。
「どうして……? き、きみが、何を知ってるって……」
喉がからからに渇いているせいでひどく掠れた、質問にもなっていない質問にしかし、転校生は聞き返すようなことはしなかった。まるで出久がそうして狼狽えるのを予測していたかのように、少し申し訳なさそうに微笑む。
「最初は黙っておいた方が良いと思ったんだ。でも、ワン・フォー・オールの後継者っていう重い運命を背負ったお前に、事を荒立てたくないからって何も言わずにいるのは失礼だと思って。だから、これだけは言っておくよ」
転校生はそう言って、自分の胸に手を当てた。黒く尖った爪がわずかに体操服に食い込み、皺を作る。
「俺はすべて知っている。お前が隠していることで、何か困ったことがあったら俺に頼るといいよ。力になれるかどうかは分からないけど、話くらいは聞いてあげられるから」
その言葉が何を意味しているのか、出久は真意をはかりかねた。けれどとても優しい言葉だと、それだけは思った。極限まで混乱しているこの状況で抱くような感想ではないはずなのに、ひどく困ったときに「大丈夫?」と肩を叩かれたような、そんな気持ちになったのだ。
「じゃあ改めて、これからもよろしくな。俺、先に戻ってるから」
転校生はそれだけ言うと、ひらりと手を振って身を翻した。出久はそれに応えることもできないまま、ただ立ち尽くしてその背中を見送ることしかできなかった。
廊下の床には、転校生が残していった黒い羽がひとつ、何かを暗示するように出久の足下に寄り添っていた。
さあどうなる!?()
翔はいったい何者なのか……次章から少しずつ明らかになってくると思います。
お楽しみに~!