「な、凪人……!?」
翔が振り向き、驚いたように声を上げる。そこにいたのはよれよれの白衣を身に纏った男だった。ひょろりと小枝のような心許ない体つきで、身長は翔と同じか少し高いくらいだ。年の頃は相当若く見えるが、いかにも力の入っていない寛いだ所作はそれなりに年を食っているようでもある。栗色の髪は工作用のはさみで切ったのかと思うほど不揃いなざんばら髪で、少し赤みがかった紅茶色の瞳は弧を描き妙ににやついているように見える。
奇妙な風体の人物が突如乱入したことに最初は驚いた相澤だったが、すぐに目の力を緩めて息をついた。それが既に見知った人物だったからだ。
「何してんだお前! 今日は寝てろって言っただろ!」
「おいおい、その言い方はねぇだろ~。俺一応お前の保護者だぜぇ? 転校初日につつがなく学校生活を過ごせたのか、見に来てやったってのによぉ」
今日クラスメートたちに接していたのとは打って変わり、声を荒らげて叱咤する翔と、それを軟派な態度で受け流す白衣の男。相澤は直感を得た。この幼い優秀な戦士を育て上げたのはこの男だ、と。
「……白銀院長、どうも」
「あァ、相澤センセー。ど~もぉ。どーっしても気になっちゃって様子を見に来たんですけど、翔はどんな感じでしたかねぇ?」
「ええ」
相澤の呼びかけに、男――もとい、白銀は姿勢を正すこともなくへらりと笑って応じた。翔の様子を尋ねる質問に、僅かに目を伏せ答える。
「……そのことでお話が」
「へぇ。んふふ。お前何したの?」
相澤の意味深な態度にも白銀は全く動じない。翔の身体に体重を預けたまま、肩に顎を乗せてこてりと首を傾げる。答えようもない質問に、翔は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「……何もしてない。ていうか帰れ、まだからだ本調子じゃないんだろうが」
「もうへーきだっつの。てーかお前は俺を甘やかしすぎなんだよぉ、ダメになっちゃうだろぉ」
何がおかしいのか終始へらへらと笑いっぱなしの白銀は、そこでようやくべったりとくっついていた翔から離れた。首だけ振り向き、ひらりと手を振る。
「つーわけで、俺はセンセーとお話してくっから。お前は帰れ」
「でも……」
「翔」
尚も言い募ろうとした翔に、白衣に包まれた腕が伸びた。翔の背中に回り込んだ腕はその両肩を抱き、まだ華奢さの抜けない薄い身体を引き寄せる。額と額をぴったりとつき合わせ、翔の驚き戦慄いた瞳を白銀の紅茶色の瞳が無遠慮にのぞき込む。
「いい子だから。な?」
「……はい」
先ほどの軟派な声が嘘のように、低く胸の底に響くような声で宥める白銀。途端、翔は口を噤み、小さく返事をしておとなしく引き下がった。相澤にぺこりと頭を下げると、逃げるように身を翻す。
「今日はカレーが食べたいから作っといてくれよなぁ」
「ふざけんな一昨日もカレーだったろうが!」
「え~~」
翔の怒ったような返答に、白銀は不満そうに声を漏らしたが引き留めることはなかった。足早にその場を去っていく翔の背中を見送り、相澤の方に向き直る。
「で、センセー。お話って何です?」
「……あちらの応接室で」
応接室へと案内しながら、相澤はこの白銀という男をひどく警戒していた。いや、初めて会った時から胡散臭い男だとは思っていたのだ。この、風体もだらしなく、常に含みのある笑みを浮かべ、人を勘定するようないやらしい視線を投げかけてくる男が転校生の保護者を名乗った時は、何の冗談だと思ったものだ。
白銀凪人。都立孤児院『アザミの家』の院長。一ノ瀬翔の保護者。
そして、おそらくは、転校生を優秀な戦士に育て上げ、戦闘技術を叩き込んだ男。
一端の孤児院長がそんな真似をするには、何か並々ならぬ理由があるはずだ。今から相澤は、それを炙り出さなくてはならない。
凪人のザ・廃人なビジュアルは非常に好きです~。
彼のイメージは「人間傷ついてぼろぼろになって何もかもに諦めついたらこうなりそうだな」という感じ。
相澤先生の合理的スタイルとはまた一線を画します。
元々は真反対の真面目系キャラだったのに、どうしてこうなってしまったのか……。
とはいえ思い入れの強い人物です。彼を物語の終わりまでしっかり連れて行けるように頑張ります。