その言葉に、相澤はひゅう、と小さく息をのんだ。膝の上で握っていた手指と手指の間からどっと汗が噴き出し、掌を湿らせる。というのも、白銀が口にした言葉がまったく予想だにしていないものだったからだ。まずこの男がその名を知っていることが信じられなかったし、まして今彼が言った言葉が真実であるとも到底思えなかった。
生きている。
久那夜牙が。
有り得ない。その名を持つ男は既に、何年も前に死んだ。警察官だった。家族のいない天涯孤独の身だったため、葬儀は執り行われず合祀されたはずだ。間違いない。だから咄嗟に口をついて出たのは否定の言葉だった。
「何を……バカな、」
「言ったでしょう、サプライズだって。我々があなたに提供できるものでこれ以上のものは見つかりませんでした。数年前、事件に巻き込まれて死んだはずのあなたの友人が今も生きていると証明すれば、私の言葉が嘘ではないということも信じていただけますよね?」
「信じるも何も……あいつは死にました。もういません。生きているはずが、」
「あなたは夜牙が殺されるのを見たんですか? その目で、直接」
淀みなく返され、相澤は返答に窮した。まるでそんなことは有り得ないとでも言うような確信を持った語り口に、僅かながら気圧されたのだ。
白銀の言葉を反芻すると、なるほど確かに自分は彼の死ぬところを見てはいない。知り合いの警察官から訃報を聞き、テレビのニュースを見て確認しただけだ。死に際どころか、最後にいつ会ったのか、どんな言葉を交わしたのかすら覚えていない。だとすると、本当に? いや、この男の言うことを鵜呑みにしてはならない。それが真実だと証明できるものがない限り、すべてが虚妄である可能性だってあるのだ。油断してはいけない。意思に反して段々と速く脈を打つ心臓に、言い聞かせるように心中で念じる。
相澤は常に平静を保つことをモットーとしている。取り乱したところで解決することなど何一つないからだ。感情をかき乱され、正常な判断ができなくなることほど不合理なことはない。そう思っていたのに、今の相澤は間違いなく取り乱していた。元来無表情なのが幸いして動揺は顔に出づらいが、それでもこの、人の感情を翻弄することに長けている男には何もかも見透かされているに違いない。
何も言わず黙り込んだ相澤を見て、白銀は用は済んだとばかりにソファから腰を上げた。その潔さからして、最初からこの場では決断をさせないままにしておいて、相澤個人の考えにこの件の是非を委ねようと考えていたようだった。
「そこに夜牙がいます。昔話に花でも咲かせてきてください。そうすれば私の言葉を疑うこともできなくなるはずだ」
けだるげに立ち上がった白銀は、相澤に渡した紙を指さし念を押すように言った。その声色は不安や迷いなど一切ない、いっそ不遜ともとれるほどの余裕を含んでいた。まるでこちらは嘘などついていないのだから、気後れする必要などないのだと暗に示しているかのように。
紙を指さした手を白衣のポケットにおさめ、白銀はこの場を締めくくるように話し出す。
「相澤センセー。誤解しないでほしいんですが、私はあなたを騙そうとか、貶めようとかしているわけではありませんよ。おおかた指示どおりにこの場所に赴けば、捕まるか脅されるか殺されるかすると思っていることでしょうが……よく考えてもみてください。あなたに危害を加えれば、せっかく翔が手に入れた新しい居場所はどうなるでしょう? 私はあれの立つ瀬がなくなるようなことはしません。絶対に」
相澤は思わず視線を上げた。先ほどまで人を揶揄うようなのらりくらりとした態度をとっていた白銀の言葉尻に、急に力がこもったからだ。見上げた先にはあの嘲るようなにやついた顔ではなく、口を真一文字に引き結んだ真摯な表情があった。何か強固な意思を宿す紅茶色の目は妙に据わっていて、どこか意固地になっているような、或いは何かを盲信しているような、ひどく愚直で危なげな印象を与えている。
だが、それはほんの一瞬だった。真摯な瞳はすぐさまにやつくように弧を描き、薄く張り付けたような笑みの奥に隠れていく。普段通りの表情を取り戻すと、白銀は素早く踵を返しすたすたと応接室の出入り口に歩いていった。その手がドアノブにかかっても、相澤は止められない。止められるような言葉などかけられそうもなかった。
相澤先生に関わりのあるキャラクター出すの夢でした……。
しかしこういう対人関係引き合いに出して交渉するあたり、凪人は相当ひねくれた性格だというのをご理解いただけたかと思います!←
これからもどんどんひねくれた行動とっていくのでよろしくお願いします!(?