「翔をつけ狙う畜生どもも雄英内のセキュリティを超えることはできませんし、多くの優秀なヒーローが待ち受ける場所にのこのこ入ってきたりはしないでしょう。だからあれを雄英に入れた、ということもあります。どうぞあれを立派なヒーローに育ててやってください。花を育てるみたいに、大事に、慎重にね」
白銀は首だけで振り返りそう言い残すと、颯爽と応接室を後にした。軽やかに翻る白衣の裾がドアの向こうに消え、ぺたぺたというスリッパの足音が遠ざかり聞こえなくなっても、相澤はソファから一歩も動くことができなかった。
これからどうする。いや、どうすべきか。考えなければならないのはまずそこだが、それはそう難しい問いではなく答えは既に用意されていた。そう、すなわち「報告」だ。
白銀凪人。奴の言うことが嘘であれ真実であれ、これが相澤ひとりで判断できる案件でないことは間違いなかった。事は生徒に絡む問題だ。いくら一クラス丸ごと除籍処分にできるような身に余る権限を与えられているとはいえ、生徒の進退を決めるのには重い責任が伴う。周りの教師や校長に何の相談もなしに独断で決めていいということにはならないのだ。が、正直事情が複雑かつ特殊すぎて、相澤ひとりでは判断がつかないというところも大きかった。
白銀の言うように、政府の組織が関係しているなら尚更のことだ。できる限り今回の件を詳らかにし、校長に報告する。然る後に白銀と転校生を召集して事情を聞く、という運びになるだろう。今の相澤にできることはあまりに少ないが、だからこそ簡潔明快だ。
そう、この件を迅速に報告し、上からの指示を待つ。それが最善であり、教師として、組織の一員として成すべき行動だ。相澤は冷静だった。それが正しい判断であると思ったし、事実それは合理的な選択だった。別に相澤でなくたって、雄英の教師なら全員がそうしただろう。そのくらい明白な答えだった。
それなのに。
『消太』
白銀にかき乱され、ばらばらに散らばった思考の端で、声を聞く。静かに凪ぐ海の風のような、穏やかで優しい響きをはらんだ声だ。高校生時代、ヒーローになるために日々がむしゃらに学んでいた頃、相澤は毎日のようにこの声を聞いた。天涯孤独な身の上がそうさせるのか、笑っていてもどこか泣いているような、悲しそうな表情をする男だった。
手元の紙に視線を落とす。地図と番号、パスワードが走り書きされた紙。自分の手汗で湿り、黒い文字が少し滲み始めたのをみとめて、慌てて紙の端っこの方を持ち直す。
この紙にかかれた場所に行く選択肢など、ないはずなのに。
自分は何をしているんだろう。そう思った途端、相澤の胸中に奇妙な感情が生まれた。日々合理性を追求する彼からはおよそ生まれてくるはずもない感情だった。
行かなくていいのか? 本当に?
罠かも知れない。あの浮薄な白衣の男に騙されているだけなのかも知れない。こんな紙切れ一枚で何の保証もない。私的な判断で何かあれば責任も免れないし、危険も伴う。行くのはどう考えても得策ではないし、合理的ではない。そのはずなのに、これがあの、消えるように死んでいった旧友に続く唯一の足がかりだと思うとーー紙から目が離せない。
もし、白銀の言ったことが事実だとしたら。
死んだはずの彼が、夜牙が、生きているのだとしたら。
生きて話が、できるのだとしたら。
自分がほんとうにとるべき行動は。
『消太、ごめん。俺、ほんとうは――』
ま~た間を空けてしまった……サボり常習犯になってますねもう。クソ野郎ですわ(自虐
何はともあれこれにて今章は終了となります!読了お疲れさまでした~!
以前大失敗してすっ飛ばしてた二つの章もこれで更新終わったので、次回からはちゃんと時系列で更新していけそうです。
混乱させてしまった読者の方はホント申し訳ありません……次からはちゃんと確認します……。
出久と翔のエンカウントについては色々考えてて、ちょっと不自然かな~ていうかそれ以前に長ったらしくなりすぎかな~と思いつつも何とか書き上げてます。
まあこれについてはまだ言及早いかな。とりあえず話の展開が一区切りついたらまたお話ししようと思います。