(オールマイトもどうしたら良いか決めあぐねてる……警戒してるんだ。でもこのままじゃ何も分からない。一ノ瀬くんが秘密を知っているわけも、それを僕に話したわけも……)
このまま状況が動くまで、手をこまねいているしかないのだろうか。言い知れぬ焦燥感に苛まれ、出久は唇を真一文字に引き結ぶ。
「緑谷くんは一ノ瀬くんとは話さないのかい?」
「うひぇ!? な、なんで!?」
小首を傾げる飯田に突如質問され、不意をつかれた出久はほとんど真上に飛び上がった。
「いや、緑谷くんは一ノ瀬くんとほとんどしゃべっていないような気がしてな! せっかく席が隣同士なのだから、もっと積極的に話しかければいいのに」
寝込みを襲われたような容赦ない指摘に、出久はこれ以上ないほどに慌てふためいた。額から冷や汗を垂らしつつ何とか言い訳をひねり出す。
「い、いやいやいや、そそそそんな……ほら! 一ノ瀬くん人気者だから! あんまり話しかけすぎるのも、さ、何か、疲れちゃうんじゃないかって。ね、雄英に来たばかりだし、新しい生活に慣れるのも体力いるよなぁ……って思ったり……」
出久の出来合いの言い訳に、飯田はふーむと真剣に考え込みながら腕を組んだ。
「確かに緑谷くんの言うとおりだ。まだ雄英に転校してきて1週間しか経っていないものな。色々と慣れることに苦労を感じているかも知れない……よし、みんな! あまりいっぺんに話しかけて一ノ瀬くんに心労をかけるのはやめるんだ!」
よく分からないが、どうやら納得してくれたらしい。飯田はぶんぶんと腕を振り回しながら翔を囲む輪に近づいていく。「まーた委員長のシャカリキが始まったぞ~」「何だよ飯田~」と、生真面目なクラス委員長を迎える声はからかっているようで温かだ。ひとまず何とか誤魔化すことができて、出久はほっと胸をなで下ろした。飯田は出久と翔の事情など全く知らないし、純粋な疑問を投げかけただけだと分かってはいるが、それでも一瞬見透かされたのかと思ってしまった。まったくもって心臓に悪い。
「別に俺は大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう、飯田」
飯田の闖入にしかし、翔は気を悪くしたでもなく柔らかく微笑みながらお礼を返した。
優しい表情だ。自分が抱いている彼への疑念が、何かの妄想なんじゃないかと思えてきてしまうくらいに。
『隠さなくていいよ、全部知ってるから』
そう、どこか宥めるように言った彼の声も、あのときはひどく優しく、気遣わしく聞こえたものだ。あれが人を騙し、利用するための紛い物だったのだとしたら、彼の騙しの才能は相当のものであるということができる。
『お前が隠していることで、何か困ったことがあったら俺に頼るといいよ。力になれるかどうかは分からないけど、話くらいは聞いてあげられるから』
(だとしたらあの言葉も、嘘?)
翔が出久を貶めようとしているのなら、その可能性も十分にあるだろう。翔が少なからず危険な存在で、自分を騙そうとしているのではないかという予想は、今現在肯定される要素も否定される要素も含まず、薄ぼんやりとした不安と焦燥を孕んで出久の心の底に吹き溜まっている。
しかし、ただ待っていることしかできないこんな状況下にあっても、出久はあのときの翔の言葉が嘘だとは思えなかった。騙すにしたところで露骨すぎるとか、あんな衝撃発言をしてこちらを警戒させるメリットがないとか、それらしい理由はいくらでも並べることができたけれど、出久はそうした理由は一切なしに、それでいてはっきりとした確信を持ちながら、翔の優しさが本物だと信じていたのだ。
躊躇いも作為も感じないまっすぐな言葉。真摯な眼差し。こちらを安心させようという心遣いのこもった声。オール・フォー・ワンを継ごうと決めたのは出久自身だが、その秘密を一切他人に漏らしてはならないという厳重な制約は、彼にとって少なからず重荷になっていたところではあった。あの言葉で、表情で、知らず知らずのうちに張っていた肩肘がどれだけ軽くなったか。あれが出久を懐柔し騙すためのものだとは、どう頑張っても疑いきることができない。
けれどこれは感情論でしかないだろう。たとえどれほどはっきりと輪郭を持った確信でも、何か絶対的な証拠がなければこの感覚は独りよがりなものでしかない。証明しなければ。彼を信じ続けたいなら、自分から証明のため動くべきだ。大人たちの対応を手をこまねいて待っているのではなく。でなければ永遠に彼の真意を知ることなどできない、そんな気が出久にはしていた。
保護者であるオールマイトに言われたからには言いつけを守るべきなんでしょうが、突発的な行動を取りやすい出久には効果ないんだろうな~と……。
この頃の少年少女には積極的にパッションで動いてもらいたいものですね!←
もちろんフィクションで!