突如、出久から見て右方向、ビルの壁に挟まれた路地の奥から、巨大な「何か」が弾丸のように飛び込んできた。明確な形も色も判別できないほどの凄まじいスピードで突っ込んできた「何か」は、出久に襲いかかろうとしていた男二人に横から激突し、ものすごい力で左方向へはね飛ばした。
「びぎゃっ!!」
「ぐべぇ!!」
あまりに突然の、一瞬の出来事に男たちは何一つ対応できず、どちらとも無様な悲鳴を上げきりもみしながら奥のビルの壁に叩きつけられた。狭い空間に猛スピードで巨大な物体が飛び込んできたので、結構な風圧が生まれ、元々腰が引けた体勢でいた出久はバランスを崩して尻から地面に転がった。
路地裏の湿った土が巻き上げられ、辺り一面がぼんやりと暗くなる。土埃を含んだ茶色い風が身体を後ろへ持って行こうとするのを、出久は地面に這いつくばって耐えた。風がおさまってから、おそるおそる上半身を起こす。
まだ薄く土埃が舞う中、立っていたのは――獣だった。ぴんと立った立派な三角耳と、全身を覆う白金色の体毛、犬科だと一目で分かる面長の顔立ち。地面を踏みしめる四つ足の肢体は筋肉で覆われ、しなやかで美しい曲線を描いている。全長は出久の身長の倍はあり、身幅も路地裏の幅をほとんど占領してしまうほど肉厚だ。
「お、おお、お、狼……!?」
目まぐるしく襲い来る現象を前にまったく状況把握ができない出久は、地面に倒れ込んだままようやくそれだけ言った。そう、それは狼だった。およそこの日本にいるとは思えない、浮き世離れした巨体を誇る、白金の狼。あれが男たちを枯れ木のように突き飛ばしたのだ。
「ちょっと、関係ない人に手ェ出すのやめてくれる?」
と、巨狼の後ろで凛とした女性の声が聞こえた。小さいが研ぎ澄まされた、切れ味の抜群に良いナイフを連想させる声だ。
巨狼の脇から進み出てきたのは、出久と同じ年頃の少女だった。金色のボブカットの髪に、同じ色の瞳。頭頂部の毛は両側が元気に外ハネしていて、何かの動物の耳を思わせる。きりりとつり上がったアーモンド形の目もどことなく獣を連想させ、傍にいる狼と雰囲気がよく似ているように思った。トレーナーに細身のジーンズを身につけ、その立ち姿は猫のように流麗でしなやかだ。
彼女はふんと鼻を鳴らし、向かいのビル壁に叩きつけられ未だ痛みに呻いている男たちを侮蔑の表情で見下ろした。
「あんたたちみたいな雑魚敵の相手なんて、私たちで十分なんだから」
獣を思わせる鋭い瞳が、へたり込んでいる出久の姿を捉えた。ぎゅっと冷たい手で心臓を掴まれたような感覚になる。少女が不思議そうに目を眇めて言う。
「誰? 君。偶然居合わせたって感じには見えないけど」
少女の視線が下に降りていく。その目でなぞられた箇所が、ナイフか何かで切り開かれたように冷たいような熱いような耐え難い感覚を帯びていくのをこらえながら、出久はただ身体をこわばらせているしかなかった。
「それ、雄英の制服だよね。翔のクラスメート? 尾けてきたの?」
翔。少女の口からその名前が出た瞬間、出久は思わず顔を上げた。何だろう。出久のの今の仕草を見て、少女の金の瞳に何かの感情が走った。ああ、と。必ず起こるとあらかじめ知っていた事象が目の前に立ち現れて、ああ、これがそうか、と合点するような。
「どっちにしろ、死にたくなければ今すぐ逃げることだね。死ぬよ」
昨日に引き続き投稿します。
謎の少女&狼登場。新キャラ登場回はキャラの見た目の描写も楽しいしワクワクしますね~。