「今日は入学当初からやってきた、対人戦闘の基本の総復習だ」
五月の風が吹きつける演習場で、相澤が声を張る。背の高い建物が居並ぶ路地では必然的に風の勢いが強くなり、生徒たちの髪の毛やジャージの裾をばたばたとはためかせる。
「今から一対一での勝負を行い、片方を戦闘不能にした者の勝利。判断力や立ち回り方を主として評価を決める。あらかじめ配布したプリント通りにペアになっておけ。はじめは切島対上鳴。次は――」
出久は授業前に配られたプリントを相澤の説明に合わせて読み進めた。相手は八百万百。個性も頭脳もとても優秀な生徒であるだけに、緊張と期待もひとしおだ。どんなふうに戦おうか、と胸をどきどき高鳴らせながら視線を下ろしていくと――予想だにしなかったとんでもない文字の羅列が目に飛び込んできた。
「――ラストは、爆豪対一ノ瀬。以上だ」
相澤の読み上げる声を遠くに聞いて、出久はぴしりと表情を固まらせたまま悟る。
これはまずい!
「頭に入れておくべきことは一つ。いかに迅速に、周りへの被害を最小限に、また敵を過ぎた損傷を与えずに捕まえることができるか。よく肝に銘じろ。はじめ!」
相澤の号令とともに、ビルとビルの間の路地で最初のペアである切島と上鳴の試合が始まる。と同時に、出久は少し離れたところでクラスメートに囲まれている転校生の方へ近づいた。こうした実技訓練はいつでも行われるわけではないので、本当はどのペアの試合も見逃したくはない。だがそれでも、これだけは伝えておかなければならないだろう。「爆豪勝己には気をつけろ」と。
爆豪勝己。出久の幼なじみであり、この雄英1-Aのクラスメートでもある少年。彼はストイックで戦闘センスはピカイチだが、その実攻撃的な性格で容赦というものを知らない。突如現れた優秀な転校生に敵意を見せないなんてことはまずあり得ないだろう。いやむしろ、ホームルームで早くも同級生達からもてはやされた彼の鼻っ柱を叩き折ってやろうと、いつもより気合いを入れてくるかも知れない。転校してきたばかりで勝己の素性を知らない彼がひどい目に遭うのは火を見るよりも明らかだった。
なぜ彼と勝己を組ませたのか先生に問いただしたいくらいだが、決まってしまったものは仕方がない。せめて忠告だけでもしておけば何か対処できるかも知れないと思い、出久はクラスメート達の間に体を割り込ませ、囲まれて質問攻めにあっている転校生のもとへ近づいた。
「い、一ノ瀬くん、ちょっと」
出久の小さな声にも、転校生はすぐ反応した。前髪に隠れて影になったところから覗く赤い目が、微かに光りながら出久を捉える。
「何?」
赤く光る妖艶な目に反し、転校生の声はとても穏やかだ。性懲りなく跳ね上がる心臓を上から手で押さえつけ、出久は転校生をクラスメートの輪から少し離れた場所へ連れて行った。
「あ、あのね、こんなのただの余計なお世話かも知れないから流してくれても全然構わないんだけど……」
そう言う出久の話し方は早口で声も小さい。よく考えたら周りのクラスメートも爆豪の性格は知るところだから、もう既に忠告を受けた後なのかも知れない……と、呼び止めた後になってそんなことばかり気になり、無駄に前置きが長くなってしまう。気の小さい出久独特の語り口だ。
「一ノ瀬くんの相手、かっちゃ……爆豪、くん、だよね?」
「え? ああ、うん。そうみたいだ」
そう言われて、転校生は手に持っていたプリントに視線を落とした。
「ばくごう……かつき、って読むのか。かっこいい名前だよな」
「う、うん。て、いや、そうじゃなくて。あのね、こんなこと言うとちょっと、角が立つって言うか、その……なんだけど。爆豪くんってすっごい凶暴……じゃなかった、容赦ないから、気を付けた方が……」
「なァーに吹き込んでくれてンだデクてめェ」
いきなり修羅場フラグ!!
タイミングの悪い不幸なデクくんです。