血まみれヒーローと黒の少年   作:べにこ

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第2章・対人戦闘訓練②

 

 チンピラのようなどすの利いた声が後ろから覆い被さり、出久は反射的に背筋をのばした。嫌な予感を全身に駆けめぐらせたまま、ゆっくりと振り向く。そこには明るい色の髪をツンツン跳ねさせ、ぎらりとした橙色の目でこちらを睨みつける、爆豪勝己その人がいた。

 

 

「か、かっちゃん……!」

「どこの誰が凶暴だって? ああ? 言ってみろやゴラ」

 

 

 勝己はどうやら出久が転校生に耳打ちするのを聞いていたようだ。全身から怒気を発し片頬を歪ませながら凄んでくる。いつも思っていることだがおよそ正義のヒーローになるために日々学んでいるようには見えない悪党っぽさだ。

 

 

「ただでさえてめェを叩きのめせねぇからイライラしてたっつーのに……これ見よがしにこそこそ陰口叩きやがっててめェはよぉ……」

「か、陰口なんてそんな人聞き悪いよ、僕はただ……」

「口答えすんなクソナードが!!」

 

 

 反論しようとしたところをすかさず怒鳴りつけられ、出久は「ひぃ!」と悲鳴を上げてすくみ上がった。雄英で初めての演習があった際、二度と勝己を怖がらないと決心した出久ではあるが、今回は陰口を叩いていると勘違いされてもおかしくない行動をとった自分が全般的に悪いのでどうしても態度が下手に回ってしまう。

 

 

 ずんずんと近づいてくる勝己。と、その前に誰かが立ちはだかった。背に庇うように腕を引かれ、突然のことに出久は少したたらを踏む。

 

 

「あぁ?」

「やめろよ。そういう言い方」

 

 

 出久は呆然として、目の前に自分を守るように現れた背中を見つめた。転校生が出久と勝己の間に割って入ったのだ。赤い瞳が強い意思をはらんで勝己を見据えている。

 

 

「何だてめェ。やるってのか?」

「やるって何を? 雄英には私闘をしても良いって決まりでもあるのか?」

 

 

 そう言い返され、勝己の怒りの矛先は完全に転校生へ方向転換した。額を近づけ、脅すように目を眇めて転校生をねめつける。しかし転校生は動じることなく、鋭く静かな視線を勝己に注ぎ続ける。

 

 

「正義のヒーロー気取りかよ、気色悪ィな」

「気取りもするさ。ここ、ヒーロー科だろ」

 

 

 両者の間に何とも言えない沈黙が流れる。肉食獣がにらみ合っているかのような独特の緊張をはらんだ対面に、出久ははらはらしながら視線をさまよわせることしかできない。勝己は当然のごとく好戦的だが、転校生も転校生でまったく物怖じせずに真っ正面から対峙している。物腰も柔らかく優しそうな雰囲気を醸し出していただけに、まさか転校生がこんな行動にでるとは思ってもみなかったのだ。

 

 

「俺はまだここのことを良く知らない。でも他人にそういう突っかかり方をするのは良くないってことくらい分かるさ。爆豪は緑谷に何か恨みでもあるのか?」

 

 

 転校生のこの一言に、成り行きを傍観していたクラスメート達の間にも緊張が走った。勝己と出久が幼なじみで、その上何か並々ならぬ因縁があるということは1ーAの生徒全員が周知している。そこはふれてはいけない部分だということを、そこを突くということは勝己の堪忍袋の緒を鷲掴みにすることと同意だということを、転校生だけが知らなかったのだ。

 

 

 そして案の定、一般市民に絡むチンピラ程度の態度を保っていた勝己の怒気が、積乱雲のように一気に膨れ上がった。転校生の真新しいジャージの襟首を掴み上げ、吠えるように凄む。

 

 

「あぁ!? てめェの知ったことじゃねえだろうがよ!! ぶちのめされたくなきゃほっとけクソが!!」

「ぶちのめす?」

 

 

 しかし胸ぐらを掴まれ至近距離で怒鳴られても、転校生の声は至って落ち着いていた。驚いたように目を丸くして、勝己が今叫んだ言葉を復唱する。本気で言っているのか、とでも言いたげな表情をして。

 

 

 その口が、わらった。水面に滴が落ちて、その波紋がふわりと広がっていくように、表情が顔全体に広がって不敵な笑みを形作った。瞳からぎらぎらと好戦的な光をこぼしながら、転校生が言う。

 

 

「それはどうだろう。ぶちのめされるのはお前の方かも知れないよ」

 

 

 その言葉に、勝己の表情が変わった。怒気をおさめ、転校生と同じように不敵に笑ってみせる。

 

 

「……はァん。なるほどな。上等だ。そういう態度は嫌ぇじゃねえぜ」

 

 

 勝己は襟首を捻り、突き飛ばすようにして転校生を解放した。後ろに庇われていた出久は、煽りを食らいながらもよろめく転校生を受け止める。

 

 

「首洗って待ってろ。転校してきたこと後悔するくらいにボロクソに叩きのめしてやるよ」

 

 

 そう吐き捨てると、勝己は踵を返して転校生と出久から離れていった。とりあえず一段落した様子を見届け、見守っていたクラスメート達の緊張の糸が一気に緩んでいく。勝己が叫んだので何事かと目を凝らしていた相澤も、二人が離れたのを見ると視線を試合の方に戻した。

 

 

 どうにか先生からのお咎めもなく事態が収束したので、出久は安心から大きく息をついた。黙って勝己の後ろ姿を見つめる転校生の前に回り、申し訳なさげに謝る。

 

 

「い、一ノ瀬くん、何か、ごめん。僕が余計なこと言ったからかっちゃんに……」

「いや、いいよ。俺が煽るようなこと言っちゃったんだし。それにさっき。まだクラスメートの個性とか性格とか知らない俺に、こっそり爆豪のこと教えてくれようとしたんだろ?」

 

 

 出久は目を丸くした。途中で勝己が割って入ったせいで言いかけになってしまっていた言葉を、転校生はちゃんと聞いていたのだ。

 

 

「ありがとう。優しいんだな、緑谷は」

 

 

 にこ、と端正な顔で優しく微笑みかけられ、出久は自分の顔が一気に火照っていくのを感じた。こんなにあからさまに、というか、面とむかって感謝されることはほとんどないので、何だか無性に気恥ずかしくなってしまう。

 

 

「い、いいいいやいやいやいや! そんな、僕は……ていうかそんなことより、かっちゃん怒らせちゃったから本当に、その、危ないかも……」

「ははっ、大丈夫だよ」

 

 

 出久の言葉に、転校生はやはり怯むことなく爽やかに笑った。遠ざかっていく勝己の背中を見つめ、唇の片端をわずかにつり上げる。

 

 

「負けるわけがない」

 

 

 だ、断言した。優秀であるだけに、自信も相当にあるらしい。

 

 

(優しいひとだけど……何か、血気盛んなところもあるんだな……)

 

 

 出久は目をぱちぱちさせながら、妙に納得した。

 

 




一触即発編でした。
今回は何とか丸く収まりましたが、今後も翔とかっちゃんとは基本的に相容れないと思います。何となく。
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