血まみれヒーローと黒の少年   作:赤錆はがね

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第2章・対人戦闘訓練④

 

 そう言い終わるやいなや、転校生の体に変化が起こり始めた。めきめきと音を立てながら両手の指が膨らんでいき、指に生えた黒い爪が鋭く尖りながら伸びていく。同時に背中からは折り畳まれた黒い節のようなものが二つ、ずるりと何か体液のようなものに濡れて糸を引きながら姿を現した。それは外気に触れるやいなや急速に乾いてふくらみ、鴉の羽のようなさらりとした質感を得ていく。

 

 

 そこにいた誰もがその光景に釘付けになった。まるで、さなぎが殻を破り蝶に生まれ変わっていく瞬間を目撃しているかのように。

 

 

「あれが、一ノ瀬くんの個性……」

 

 

 出久は思わずそう呟いた。出し入れ自在の爪と、翼。相澤の説明を聞いただけではぴんと来なかったが、実際に目にするとどこか壮絶なものがある。身長ほどはあろうかというほど大きな黒い翼と、7、80cmほどに伸びた黒い爪。相当硬い材質でできているのか、合計10本あるその爪は太陽の光をうけてぎらりと輝き、その高い殺傷能力を雄弁に物語っている。

 

 

 こんな喩えをするのは我ながら恥ずかしい。だが誰もが思ったことだろう。その姿はさながら地上に舞い降りた悪魔だった。黒い翼を背負い、黒い爪を携え、ただ二つの瞳だけが爛々と、こぼれた血液のようにどす赤い光を放っている。様々な個性が世にはびこる現代にあって、転校生のような個性は特別珍しいというわけでもない。それなのにその姿は妙に異質で、この世界とひどく相容れていないように見える。

 

 

 そんな、転校生が放つ独特の雰囲気に出久が生唾を飲み下すのを待たず、翼が乾き準備が整った転校生が足で素早く地を蹴った。両腕を引き、体勢を低くして加速する。その電光石火の動きに勝己はやや狼狽えつつも、右腕を突き出して迎撃の姿勢をとった。

 

 

 しかし。

 

 

 バシィッ!!

 

 

 鋭い音と共に、構えられていたはずの勝己の右腕が思いきり体の外側に弾き飛ばされた。転校生が伸びた爪の甲で、勝己の腕を斜めに払い飛ばしたのだ。

 

 

 衝撃で片足が浮き、大きく体勢が崩れた勝己は何とか迎撃しようと試みたが、転校生の次手の方が遥かに速かった。勝己の腕を払った左腕の勢いをそのまま利用し、左足を軸にして一回転、翼をうまく使って加速した動きを右足に乗せ、勝己の無防備になった腹部を一閃した。ボゴッ、と鈍い音と共に、蹴り飛ばされた勝己の体が数メートルの路地をごろごろと転がっていく。

 

 

 勝己が吹き飛ばされた衝撃で舞い上がった砂埃の中、観戦していたクラスメート達は唖然とした。今目の前で何が起こったのか、それを飲み込むのすら難しい一瞬の出来事だったからだ。

 

 

「すごい……」

 

 

 出久は思わず感嘆の息を漏らした。転校生の動きがあまりに素早く、また洗練されていたからだ。ほとんど個性を使うことすらなく、勝己ほどの実力者をまったく寄せつけずに立ち回る、そんな芸当ができる者がいったいこの1-Aに何人いるだろうか。

 

 

 何か見てはいけないものを見ているような気分になり、出久の額からするりと一筋の汗が滑り落ちる。幼い頃からあれほどに憧れ、目標として見据えていた幼なじみが、まるで子どものように軽くあしらわれている。いつもは堂々として動きにも迷いがない、クラス随一の戦闘力を誇る勝己が、今は為す術もなく擦り傷だらけで路地の端っこに放り出されている。その様は出久の胸を妙にざわつかせた。が、それでも一分たりとも視線を逸らすことができない。ただ傍観している者すら支配する、それほどの気迫を、転校生はその黒い翼のように背中に纏っていた。

 

 

 だが、それもこのクラス一、いや、雄英一負けん気の強い男の肝っ玉を潰すには足りないようだ。

 

 

「くっそが、調子、乗ってんじゃねえッッ!!」

 

 




まだまだ足掻くぞかっちゃん。
翔の翼と爪は強度めちゃくちゃあるので汎用性高いです。ただ、爪が伸びると普通の手の使い方できないし、翼も広げたままだと俊敏に動けないので、迅速で柔軟な判断対応が必要になってくる難しい個性だと思います。

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