桜が散り始めた季節。この日は強い雨が打ちつけていた。
普段は賑やかな街でも、今日は出歩いている人も少なかった。日曜日であるというのに、街は少しだけ寂しさを感じるような。
それでも東京都内であることには変わりない。自然よりも人工物が圧倒的に多い地区。普段より少ないとは言っても、単純に人の数で言えば十分に多いのは事実なのだが。
雨。たまには悪くないか――――。
窓に打ち付ける雨を気にすることなく、自分の部屋で哲学的に考える一人の男子高校生。考えているようで特に深く考えていないのが実際のところ。
その彼は耳に新品のイヤホンをはめ込んで、スマートフォンから音楽を垂れ流していた。せっかくの新品イヤホンも、これでは宝の持ち腐れだ。
この雨で、桜の花びらも完全に散るのかな――――。彼の頭をネガティブな思考が巡る。ただ、それを打ち消すようにロックバンドの曲に切り替える。ここで初めて、彼は気休めに音楽を聴いていることに気が付いた。
無気力な彼、
時刻は午後三時を過ぎた頃。あと少しで国民的なアニメが始まる。そこからはただただ憂鬱なだけだ。
優人は自宅近くの高校に入学し、いよいよ華の高校生活を送ろうとしていた――――だが、彼は見事にスタートダッシュに失敗した。決して社交的とは言えない性格に加えて、同じ高校に進んだ中学からの友達も居るが、不運なことに同じクラスには仲のいい友人は居なかった。
四月も下旬になるが、優人にとって友達と呼べるクラスメイトは居なかった。本人的にも焦ってはいるが、もうどうしようもないのもまた事実だった。
窓の外を見ると、雨脚は相変わらず強いまま。優人は決してアウトドア派ではない。自室の窓に大きな雨粒が打ちつけているのを見ると、外出する気力が出るはずもなかった。
そんな時、イヤホンからメッセージの通知音が耳を伝わる。ちょうどサビ前の盛り上がるところで、優人は水を差されたような気分になった。
――――申し訳ないけど、買い物行ってきて
彼はため息をついた。静かな部屋に響くほど大きなため息だった。
メッセージの相手は自らの母親。日曜日ということもあって、出掛けていることは優人も知っていた。だからこそ、『自分で行ってほしい』という感情が芽生えてくる。
今自宅には、優人以外に誰も居ない。そうなると、対応できるのは彼だけだった。
――――了解。何を買えばいいの?
仕方なく彼は了承の連絡を送る。するとすぐに既読マークが付き、母親から返信が届く。それによると、牛肉を買ってきてほしいとのことだった。
(肉なら……商店街にあったよな確か)
優人は母親がいつも商店街で買い物を済ませることが多いことを知っていた。その流れで精肉店にも足を運ぶことが多かったはず。彼はそう理解する。
――――商店街の肉屋に行くから。あとでお金ちょうだいね。
そう返信するも、既読がついただけで返信は無かった。絶対もらってやると心に決め、彼はジーンズに履き替えて家を出た。 外に出ると、彼が思っていた通りの雨脚の強さだった。少し大きめの傘をさして、商店街を目指して歩き始める。
地面に落ちる雨粒が反射して彼のジーンズを濡らす。中学生の頃から着ているそれは、相応の年季が入っている。そのせいで、濡れて色が変わったことも、彼は特に気にしていなかった。
しばらく歩くと、目的の商店街が目に入る。彼にとっては少しだけ懐かしい感情を抱く。立ち止まって、数秒入り口を見つめている。その間も、雨脚は強いまま。傘にバンバンと水滴がぶつかる音だけが彼の耳に響いた。
「――――ユウ?」
気怠そうな声が、無機質な音の世界を切り裂いた。
優人にとっては聞き慣れた声。でも、雨のせいで彼は少しだけ反応が遅れてしまった。
「ユウってば」
物思いにふけっていた優人は、驚いた様子で視線落とした。
そこには、不安そうに一人の少女が彼の顔を覗き込んでいた。黒色の傘の奥から見える顔立ちは、まさに美少女と呼ぶにふさわしい。
「あ、あぁ。美咲」
ユウ、と自分のことを親しげに呼ぶその姿に、特に驚く様子はなく平然と答えた。一方の声を掛けた彼女は、自身が雨に濡れないように気をつけている。恥ずかしがることなくそれこそいつものノリのように。
「センチメンタルな表情して。らしくない」
「どういう表情だよ、それ」
「どうもこうもないけど」黒髪の少女は背筋を伸ばしてそう話す。さっきまでの心配が無下に終わったことが明らかに不満なようで。表情にもそれが出ていた。
それを察した優人。気の利いたことでも言ってやろうかと頭を捻るが、物思いにふけっていたせいで頭が回らなかった。
「美咲も今から買い物?」
「まぁ、そんなところ」
結局、誰にでも思いつくような問いかけになった。
そのせいなのかわからないが、黒髪の少女、
かれこれ十年近い付き合いになる優人と美咲。名字がほぼ同じと言っても過言ではないが、血縁関係は一切ない。幼い頃はよくいじられていたが、二人は特に反応することもなく適当に受け流して来た。幼馴染とはいえ、どこかドライな関係。当の本人たちもそれが不思議だった。
商店街の入り口まで二人並んで歩く。身長は優人の方が高い。美咲の頭は彼の肩ぐらいの高さ。自身の顔が傘で隠れていることもあって、少しだけ嫌味な表情を見せた。独りでに。
「ユウはおつかい?」
「そ。よくわかったね」
「それ以外ないでしょ。見たことないもん、ユウがここに来てるの」
美咲は鼻で笑いながらそう言う。強く降りしきる雨の中でも、二人の会話はしっかりと互いの言葉を伝え合っている。
彼のことをユウと呼ぶのは家族を含めても美咲だけだった。彼女曰く、優人の「優」を音読みしただけだという。彼にもよく理解できない理由だったが、幼い頃から呼ばれているせいで今となっては気にしていなかった。
商店街に入ると、案の定人通りは少ない。優人は両側に並ぶ店舗を確認する。目的地は精肉店。だが美咲の言うように、彼は普段商店街に来ることはない。そのせいで、店の配置すら知らないのだ。
その様子を見て、美咲が助け舟を出す。
「何買うの?」
「肉。この辺りに肉屋あったよな?」
優人がそう言うと、彼女はあからさまに顔を歪ませた。
「え、無かったっけ」
自分の記憶が間違っていたのかと、不安になった優人は問いかける。余計な心配をさせたせいで、否定するように彼女は言葉を洩らした。
「い、いやありはするけど……」
「なら案内してよ」
「…近くまでなら」
優人から見ても、彼女の反応は明らかにおかしかった。眉間に皺を寄せる。しかし今ここで追及することでもないと割り切り、敢えて何も言わなかった。二人の間に変な空気が流れる。
でもそれは一瞬で。すぐに目的の精肉店、北沢精肉店が彼の視界に入った。
「あれか。サンキュー」
「私、ぶらついてるから」
「はいはい」
逃げるように彼の元を離れる美咲は、一つ安堵のため息を吐いた。心から安心したようにも聞こえるそれは、雨の音にも負けずよく響く。
彼女が立ち去るのを見届けた優人は、精肉店のカウンターに並べられた肉を眺める。牛肉を探し、母親に指定された分量を購入した。お釣りがいくらか戻ってはきたが、彼の財布は空に近い状態になったのが自分でも気に食わなかった。
精肉店を出ると、ついさっきまで一緒に居た彼女を探そうと辺りを見渡した。
「――――早かったね」
「うわっ! び、びっくりさせんなよ」
「そんなに驚くことないじゃない。別にそういうつもりは無かったのに」
「いきなり後ろから話しかけられると驚くに決まってんだろ…」
先の方まで行っていると決めつけていた彼は、思いのほか近くに居た彼女に気がつかなかったようだ。精肉店に背を向けてすぐ話しかけられたのもあって、優人の心臓は悪い意味で高鳴っている。
「ま、私ってそんな目立つ方じゃないし」
「そういう意味じゃなくて」
「別にいいよ、慰めは。 それより、用は済んだの?」
自虐しているのか、そうでないのか。美咲自身もそれはよくわかっていなかった。しかし、昔からこういう性格をしていると自覚していることもあり、本人としては至って普通。別に落ち込んでいるわけじゃない。だからすぐに気持ちを切り替えることができたのだ。
「まぁ済んだけどさ」
優人はため息を吐いてそう答える。彼から見れば、見事なまでの“慰め損”だ。ただ彼も昔から美咲の性格を十分に理解している。特に引きずることなく、美咲と向き合った。
「そういや、美咲は用あったんじゃないの?」
「あー…。いや。もういいかな」
「もういい? タイムセールか何か?」
「そんなところ」
「いや嘘だろ」
「分かってるなら言わないでよ」
受け流すというよりは、彼をからかうように答える美咲。普段からこの調子で話している二人は、側から見てもかなり仲が良いと有名。中学を卒業してからも、一週間に三回はバッタリと会う機会がある不思議な縁。気がつけば、優人はいつも美咲のペースに乗せられるのだ。
そんなことを考えてもいない美咲は、彼を適当にあしらって来た道を戻るように先導して歩き始めた。
「はぁ……いいけど」
一人呟いて、優人もその後を追った。地面を蹴る音がいつもよりも柔らかい。雨に濡れたせいもあるのだろう。彼のスニーカーは水気を吸って気分が重そうだ。
ビニール袋を片手に持つ優人と、手ぶらで傘をさす美咲。二人並んで歩いてはいるが、どこか距離感がある。傘のせいではなく、心の距離感なのだろうか。
「最近学校はどうよ。上手くやってるの?」
「ま、ぼちぼちね」
「テニス、続けてるんだっけ」
「うん。ユウは相変わらずなんでしょ?」
「うるさいな……」
互いに通う学校は違う。それでいて、学校生活もまさに正反対だった。優人とは対照的に、美咲は中学からテニスを続けている。高校でもテニス部に入部し、毎日を忙しく過ごしているようだ。
一方の優人。帰宅部で毎日特にすることはないのが現実。その時間を勉強に当てるわけでもなく、ただダラダラと毎日が過ぎるのを待っている。
当の本人は、それを十分に理解していた。
理解していたからこそ、葛藤しているわけで。単純に彼に足りないのは、そういった行動力だけだった。そして、それと正反対なのが美咲というわけだ。
「てかさ、さっきなんで逃げたの?」
「えっ、な、何が?」
「精肉店の時だよ。明らかに避けてたでしょ、アレ」
仕返しと言わんばかりの勢いで、優人は彼女に言葉をぶつけた。ぶつけたとは言っても、しっかりと抑えは効いている。
先ほどはスルーしたが、彼もやはり気になっていたらしく。タイミングはアレだが、その問いかけは紛れもなく彼の本心だった。
「あー…。いや…そのー……」
美咲は狼狽えた。
何もないと否定すればいい話。だが、彼女はそれができなかった。強く押されると、その流れに飲み込まれてしまう。こういう場合の誤魔化し方は慣れていなかった。そんな彼女の様子を幾度となく見てきた優人。疑念は確信に変わる。
「何? 別に聞いたところで何かするわけでもないから」
「……はぁ。わかった。わかりました」
拗ねた小学生のように、大きなため息を吐く。今日二回目のソレには彼に対する怒りや呆れのようなものが混じっているように見えた。
歩みを止めはしないが、少しだけ美咲の歩くスピードが早まる。自分の問いかけがその原因であると、優人は察した。
「あそこ、学校の知り合いの実家なの」
「知り合いって……花咲川の?」
「そう。それだけ」
「はぁ?」優人は心の底から声を出した。
「あんまり得意じゃないだけ。その子と接するのが」
「あ、そういうことっすか」
「何? つまんないとでも思った?」
「なんでそうなるんだよ。そんな怒ることないだろ」
「怒ってない」
拗ねてるだけですね――――優人は喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。ここでそう言えば、彼女の機嫌を完全に損ねてしまう可能性があったからだ。
今の二人は、完全に形勢が逆転している。美咲は機嫌が悪そうに優人と距離を置いた。それでも、すぐに手が届く距離だが。
優人は今の美咲を見て、ふと引っかかるものを感じた。
「その子と結構話すの? もしかして部活が一緒とか?」
彼が知る奥沢美咲という人物は、自分の立ち位置を気にしているせいもあって、集団での立ち回りが非常に上手い人物だった。
そのため、これまでずっと苦手な人間とはあまり絡まないようにしていたのだが、今の彼女からはソレが感じられなかった。
「ま、まぁ……そんな感じ」
美咲はまた誤魔化した。二回目ともなれば、聞き返すのも面倒になる。彼は「あぁそう」と呆れた様子で相槌を打った。
「でもそういう時、美咲って顔に出るよな?」
「……そう?」
「そうだと思うけど」
二人の会話とは裏腹に、さっきまで打ち付けていた強い雨は少し弱まっていた。それこそ傘をささなくても平気なくらいに。
傘を握っていた右手に疲れを感じていた優人は、それに気づいてすぐに傘を閉じた。後に続いて、美咲も黒い傘を勢いよく閉じる。
「向こうが一方的に話しかけてくるだけ」
「それなおさらすごいぞ」
「…どうして?」
「あ…いや、なんでもない」
傘を閉じたせいで、お互いの顔がよく見えている。さっきまでなら言えた言葉も、彼女の顔を見ると喉から出ようとしなかった。
雨が止むと、空模様は一気に変化していく。鉛色の雲に覆われていた空に切り込みが入る。その隙間から、奥に潜んだ青く澄んだ空と光がわずかに差し込み始める。
「今さら晴れてもなぁ…」
優人は立ち止まり、空を見上げてそうボヤく。青空を見れたことで、少しだけ嬉しそうな表情を見せる。
「いいじゃない。ずっと雨よりは」
「ま、それもそうか」
「そうそう」
そんな美咲も彼に合わせるように空を見上げた。彼女が見上げると、少しだけ太陽の光が多く差し込んだようにも見える。
立ち止まった二人は、空を見上げたまま微笑んだ。青空に向けた笑みはそれこそ屈託のない。
「ま、頑張ってね。学校生活」
何を思ったか、突然彼女はそう話す。それでも、優しく見慣れた微笑みを見せた。
ありがとうございました。
ハーメルン様で「奥沢美咲」と検索すると、約40件しか出てきませんでした。これはいけません。なんとかしなくちゃ。そう思って書きました。至ってシンプルな理由です。
正直、私はまだまだバンドリの知識は浅いです。が、二次創作ですし、楽しくやろうと思いまして。こんなの美咲ちゃんじゃねぇ! と言いたくなるあなた。堪えてください、お願いします。
話としては十話程度を予定してます。最後までお付き合いいただければ幸いです。
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