幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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最終話 幼馴染はクリスマスの夜に

 

 

 

 

 

 

 

 煌びやかなイルミネーション。普段は地味な商店街にも、赤色や緑色の装飾がなされ、街が浮き足立っている季節。

 十二月二十五日。有名なクリスマスソングが街中を彩り、行き交う人の気分を高めた。スーツ姿のサラリーマンですら、片手にケーキを持って。浮かれ気分。

 

 夜の十八時を過ぎ。商店街は仕事終わりで帰宅する人、買い物にやってきた人、またはカップル。様々な人間が行き交っている。

 それにこの日は雪が降っていた。綺麗な白色の雪が。きっとこのまま降り続ければ、明日は一面銀世界になっている。

 

 それだと言うのに、優人は自分の部屋で一人。音楽を聴いていた。

 普段なら絶対聞かないような女子高生に人気の女性ソロアーティスト。甘い歌声が自身のルックスには不釣り合いだった。

 

 二〇一八年のクリスマス。

 暖冬と言われていたが、ここ東京都でも奇跡的にホワイトクリスマスとなった。それもあってか、例年よりも人の行き来が多い。それが優人には気に食わなかった。

 夏だとまだ明るい外の景色も、今はすっかり真っ暗に。優人自身の気持ちを表しているようだった。

 

 本来であれば、彼だって美咲と過ごしたかった。しかし、予め彼女から言われていたのだ。クリスマスは()()()が入ったと。

 バイト、そう言われた時のショックはやはり相当なもので。初めて彼女と過ごすクリスマスになるはずだった今年の優人。しかし蓋を開けてみればどうだ。これまでと変わらない日常となっている。

 

 それから一時間もしないうちに、彼の家のインターホンが鳴った。優人の母親が応対する。彼は特に気にしないでいると、足音が自身の部屋へと近づいてくる。

 

「……よっ」

「み、美咲? どうして」

 

 ニット帽に白いマフラー、クリーム色のダッフルコートを着てしっかりと防寒対策をした美咲。ひょこっと顔を出すと、彼の驚いた表情に思わず笑みがこぼれた。

 彼女は彼に来ることを伝えていなかった。バイトがあったのは本当だったが、バイト先が彼女に気を遣っていつもより早く上がらせたのだ。そのため、優人の家でミニパーティーをしようと密かに考えた美咲。手にはケーキ屋で買ったショートケーキが四切れ入っていた。

 

 部屋に入りコートを脱ぐと、彼も見慣れたグレーのトレーナー。それを見た優人は微笑む。

 

「な、なに?」

「いや。上着着てると女の子なのに、脱いだらボーイッシュだなって」

「別にいいじゃん。なに? ずっと着てればいいの?」

「怒ることないだろ。可愛いのは事実なんだし」

「……もう」

 

 美咲はそうやって丸く収められるようになっていた。

 かつてのテンパリ具合を考えれば大きな進歩だが、何も言い返せなくなる自分が嫌だったのだ。しかし、心のどこかでは諦めている自分もいて。

 一方の彼。特に深くは考えていない。ただ思ったことを正直に伝えただけ。正反対の二人だが、不思議なことに上手いことやってきている。

 

 外はかなり冷えていて、美咲の頬は赤く染まっていた。

 暖まった優人の部屋。簡易こたつに足を入れると、冷え切った身体を溶かしていく熱が足を包む。

 彼女が買ってきたショートケーキを並べると、優人はまたも微笑む。クスッと堪え切れなくなったように。

 

「……今度はなんですか」

「そんなムッとしないでよ。嬉しいだけ」

「何が」

「美咲とクリスマス過ごせるのが」

 

 はぁ……。美咲は心の中で盛大なため息。まだまだ身体は冷えているというのに、一気に熱が上がっていくような。そんな感覚。

 それは優人にしても同じで。美咲を見るたびに鼓動が早くなる。それだけ彼女のことが好きだった。

 並べられたショートケーキ。うち二つはモンブラン。美咲はいちごのショートケーキと一つずつ分けた。

 

「てか晩ご飯食べてないんだけど」

「別にいいじゃん。おばさんめんどくさそうだったよ」

「それはいつものことだから」

 

 ケーキはどうしてもデザート感が強い。夕食を済ませていない彼にとっては、少しだけ勇気が必要だった。ただ美咲だって食べていない。 なんなら、これが晩ご飯感がある。クリスマスらしすぎるのが彼女的にも少し可笑しかった。

 「まぁいいか」そう呟いて、優人は一口。甘いクリームの味が口の中に広がる。今の彼にとってはそれがよく身体に沁みた。

 

「美味い」

「よかったー」

「どこで買ったの?」

「商店街のケーキ屋さん」

 

 そこで彼は気付いた。このケーキは彼女のポケットマネーだと。

 慌てて財布を手にとって、彼女にいくらしたのか問いかける。しかし、美咲は顔を歪ませた。

 

「そんないいって。今日会えなかったお詫びに」

「いやでも――――」

「いいのいいの」

 

 美咲はかなり頑固な性格。そう言い張っている以上は、言うことを聞いてくれない。そう判断した優人は、大人しく財布をしまった。

 彼女は微笑んで、再びケーキを口に運んでいく。彼も美咲に合わせるようにケーキを頬張るが、彼女よりも一口が大きい。あっという間に平らげてしまった。

 

 飲み物がない事に気付いた優人は、部屋を出て一階に降りる。冷蔵庫からペットボトルのオレンジジュースとコップを二つ手に取る。ケーキだけでは物足りない彼は、ストックされていたスナック菓子も一緒に。

 部屋に戻ると、美咲もケーキを平らげてしまい、ちょうど飲み物を欲していたタイミングだったらしく。彼を見るや否や「ちょーだい」と甘えた声を出す。

 

 コップに注いで彼女に渡すと、そっと口づけて。

 ピンク色の唇が、今の彼にはとても色っぽく見えた。

 

「……なに?」

「あ、いや」

 

 彼は見惚れていた。彼女の仕草、表情、その全てに。

 やべぇ、可愛い――――。そんなことを思いながら。

 二人が付き合って、五ヶ月が経った。しかし、二人の関係に大きな進展はなかった。手を繋ぐ程度で、()()()()()ことはまだしていない。だが二人とも思春期の高校生。興味はあるようで。

 

 この二人っきりの状況。ケーキを食べるという目的は達成できたことで、二人の間には沈黙が訪れた。

 自室に二人だけ。彼と二人だけ。思う理由は違えど、考えていることは同じ。そういう意味では、お似合いの二人なのかもしれない。

 

「…昨日と今日はごめん」

 

 ふと、美咲は謝罪の言葉を口にした。

 

「え、なんで」

「バイト優先させて」

「今さらだよ。気にしないで」

 

 彼女が扮するミッシェル。クリスマスなどのイベントにはまさに不可欠な存在だった。前々から空けておいてほしいとバイト先が伝えるほどに。その時はなんとも思わなかった美咲も、いざクリスマスになってみると寂しかったようだ。

 優人だって、こうなることぐらいは十分に理解していた。

 ミッシェルが居ることで、商店街が活気付くのは事実。子どもたちからの人気も相当高かった。

 

「年明けたら、一緒に初詣でも行こうか」

「うん。ありがと」

 

 今日のことを深く問い詰めることなく、先のことを話してくれる優人の優しさ。それが今の美咲には沁みた。

 一方の優人。コタツに入っているせいか、頬を赤らめた美咲に鼓動が高鳴る。自分の幼馴染はこんなにも可愛かったのかと。

 

 それから二人は、まったりとした時間を過ごした。

 部屋に置いている小さめのテレビから流れるクリスマス特番を見たり、彼女のスマートフォンにあるハロー、ハッピーワールド!のライブ写真を見たり。

 これまでの幼馴染としてではなく、大切な恋人として。二人は互いのことをもっと知ろうと。

 

 ただ、時間が経つのはあっという間で。

 

「……帰らなくていいの?」

「あー…。そろそろ帰らないと」

 

 残念がる美咲。彼は彼女の隣に移動して、ピタッと左肩を彼女の右肩に付けた。

 彼女は驚いていたが、それも一瞬のこと。右手を彼の手に絡ませて、ギュッと力一杯握った。

 

「ごめんな。クリスマスプレゼントも無くて」

「いい。会えただけで嬉しいから」

「…そっか。ありがとう」

 

 会えないとばかり思っていた彼は、クリスマスプレゼントを用意していなかった。ただ美咲もそれについて理解している。会えただけで嬉しいと、素直な気持ちをぶつけた。

 彼の手にキュッと力が入った。

 すごく緊張してるんだな――――。彼女は察した。帰る間際になって、隣に来て、こんな状況。きっと何かあるんだろうと。

 

「その……ごめん、めっちゃドキドキしてる」

「あはは…。 うん、私も」

 

 タイミングなら今しかない。

 そう思った彼は、意を決して美咲の顔を見る。すると彼女は上目遣いで自身のことを見つめていたのだ。

 ゴクリ、思わず優人は固唾を飲んでしまった。そのせいで、喉仏の動きが彼女の視界に入ったらしく。緩まる口元を抑えきれなくなった彼女は、「ぷっ!」と下を向いて吹き出した。

 

「ちょ、ちょっと……緊張しすぎだよ……!」

「う、う、うるさいな! その……美咲が可愛すぎるから!」

「あー可笑しい…!」

 

 彼女はお腹を抱えて爆笑している。

 さっきまでのいいムードはどこへやら。まるでお笑い番組を見ているような雰囲気にすっかりと変貌を遂げた。

 ただこれに良しとしないのは優人だ。彼女と口づけ出来なかったことではなく、男としてのみっともなさだったり情けなさ。ただあれだけ近くで彼女の顔を見ると、普通でいろと言う方が難しい話だった。

 

 すっかり()()が覚めたのか、美咲は立ち上がってコートとニット帽を羽織った。優人は遣る瀬無さを感じながらテーブルの上を片付ける。

 時刻は夜の九時を過ぎていた。優人もグレーのPコートを羽織って、部屋を出る。外は真っ暗だったため、彼女を自宅まで送り届けることにしたようだ。ゴミを持ってきた優人に、彼の母親は優しく微笑んでいた。

 

 両親に一言告げて、優人と美咲は家を出る。

 玄関のドアを開けると、冷たすぎる風が一気に押し寄せた。

 

「積もってるじゃん」

「寒っ……」

 

 二人は外に出ると、思わず目を見開いた。

 先ほどまで黒く染まっていた地面には、うっすらと白い雪が積もっていた。雪が止まない様子を見ると、明日の朝にはこれ以上積もることは容易に想像出来た。

 

 今日は家を出ていない彼にとって、この寒さは異常だった。みっともなく腕を組んでいると、彼女の呆れた視線。

 ただそう言う美咲も、彼の部屋で三時間近く暖まったせいで、来た時よりも寒く感じていた。ジッとしているのがダメだと気付いた優人は、彼女の左手をしっかりと握って歩き出す。手を繋ぐのも、彼にとっては慣れたものだ。

 

「ユウの手、暖かい」

「美咲の手が冷たすぎるんだって」

「いいじゃん。私だけのカイロ」

 

 美咲の家まで徒歩圏内。しかし、足元が滑りやすくなっていたせいで、二人の歩くペースはいつもよりゆっくりなものだった。

 二人ともスニーカーだが、優人がしっかりと美咲をリードしている。先ほど緊張しすぎた男とは思えないほど、彼女は頼り甲斐を感じていた。

 

 キュッ、先ほどよりも強く彼の手を握る。

 ギュッ、先ほどよりも強く優しく、彼女の手を握り返す。

 

 二人はしっかりと互いの存在を確認していた。

 街灯はあるものの、空は真っ暗で、歩いている人もいない。住宅街。きっとどこの家族も今日は、クリスマスパーティーの真っ最中なのだろう。

 そのせいで、シンシンと雪の降る音が聞こえてきそうな。それぐらい辺りは静まり返っていた。

 

「……ずっと気になってたんだけど」

「なに?」

 

 静寂を切り裂くように、美咲は優人に問いかける。

 

「どうして何も言わないの?」

「え、なにが?」

「私が……ミッシェルだってこと」

 

 「あぁ、そのこと」優人は笑いながらそう言う。

 彼にとって、美咲がミッシェルであることは今さらすぎる事実だった。そのため、彼女に対して「ミッシェルなんだろ」なんてことは一言も言ってないし、気にも留めていなかった。

 それが、美咲にとっては不思議でならなかったのだ。口が滑ったあの日以来、心の奥底で引っかかっていた事実。彼にはバレていると理解していながらも、どこか触れることができなかった事実なのだ。彼女にとっては。

 

「別に言うこともなくない? 言いたくなかったから言わなかったんでしょ?」

「まぁ、そうだけど」

「それだけの話。気にする必要なんてないよ」

 

 言いたくなかったから――――。そう、その通りだった。

 美咲にとって、こころたちとバンド活動をしていることは言ってしまえば()()()()()()()。それを色々な人に知られたくなかったから、特に大事な優人には言えなかった。

 

 しかしだ。人間とは不思議なもので。

 美咲も彼女たちとの活動を通して、バンドに対する印象が大きく変わっていった。それと同時に、メンバーに対する印象も。もちろん、いい方向にだ。

 心の中でその整理がついたから、今この瞬間。彼に打ち明けたのかもしれない、自分から。それが本当かは美咲自身にも分からない。ただ、そう言い聞かせるしかなかった。

 

「実際どうなの? バンドって」

「……どうって?」

「楽しい?」

 

 直球すぎる問いかけ。まるで美咲が避けていた言葉を察したかのような、鋭い質問だった。

 楽しい、そう言われれば分からない。美咲のバンドに対する思いは相変わらず濁ったまま。しかし、悪くはない――――。そう思うようになっていたことも事実だった。

 

「悪くはないと思う」

「そっか。ならいいじゃん」

 

 彼は微笑む。美咲の好きな柔らかい笑顔だった。

 まるで自分の全てを見透かしたような、それを分かった上での優しくて暖かい笑顔。彼女の手に一層力が入った。

 

 ユウには敵わないや――――。幼馴染として、恋人として。ずっと昔から自身のことをよく見てきた優人の存在の大きさを、美咲は改めて認識することとなった。

 

 ずっと一緒に居たいと。そんな淡い想いとともに。

 

 それからすぐ、美咲の家の前に到着した。

 二人は繋いでいた手を名残惜しそうに離す。まるで一生の別れになるのではないかと不安になるほど。

 

「……それじゃ。また」

 

 気の利いた言葉が思い浮かばなかった優人。あっけない言葉を放ち、来た道を戻ろうと身体の向きを変える。

 しかし、それをさせなかったのは美咲の言葉だった。ハッキリと強く「待って」と。それが彼の耳にしっかりと届いた。

 

 彼は、再び美咲の方に身体を向ける。

 寒さのせいで頬は真っ赤に染まり、口から吐く息は真っ白く彼女の顔を覆っていた。

 優人が口を開く前に、美咲が言葉を紡ぐ。

 

「さっきの……リベンジ」

「……えっ」

 

 彼は考えた。彼女の言葉の意味を。

 やがて行きつく答えは、部屋での出来事。見つめ合ったあの瞬間のこと。そのことではないか、と。

 あの時、自分が何をしようとしていたのか。優人は思い出すだけで恥ずかしさがこみあげてくる。しかし、それは美咲にしても同じこと。勇気を出して、彼にそう言う。

 

「……うん」

 

 彼は頷いて、彼女の正面に立つ。

 身長が自分の首ぐらいまでしかない美咲は、黙って彼の顔を見上げて。緊張している彼の顔を見て、またも微笑んだ。

 

「まだ緊張してやんの」

「うるさい。美咲も同じくせに」

「……どうだか」

 

 さっきまで寒かったのに。今、二人の周りだけ熱を帯びているようで。二人とも、寒そうな素振りは一切見せない。

 やがて、近づいていく二人の顔。瞼を閉じて、互いのことだけを考えるこの瞬間。甘い感触。雪降る音がシンシンと。

 

 

 一秒、二秒、時間が重なって。

 

 

 一生懸命、彼を見上げる美咲も。包み込むように、抱きしめる優人も。

 

 

 この聖なる夜に、美しく溶け込んでいた。

 

 

 

 







 これにて完結です。読んでいただきありがとうございました。初めて三人称で連載しましたが、難しかった。それに尽きます。

 せっかくですので、ここで一つ感想を。

 美咲ヒロインの小説が全然無いことをキッカケに、まず美咲の口調をYouTube()で調査。三十分もしないうちに書き始めたのがこの小説です。美咲を百パーセント再現できたかと言われれば、それはまぁあり得ないでしょう。二次創作なのでそこは大目に見てください。

 とにかく、私がこの小説で最優先させたのは「美咲を可愛く描くこと」です。推しの人も、そうじゃ無い人も。読んで好きになってほしいという私の勝手な想いを込めた作品になりました。
 オリ主の特徴については身長ぐらいしか触れてません。十話完結のため、余計な設定は足枷になってしまうと考えました。幼馴染設定に関しては、話数も限ってましたんで仲の良い前提で話を進めるためには最適かなと。正直最強設定だと思いました。幼馴染から恋人へ変わっていくのってすごい好きです(語彙力)。長編であれば、いろんな設定も面白いかと思いましたが…。要するに美咲ヒロインの小説もっと増えてください。お願いします。

 クオリティは置いておいて、個人的に楽しんで書くことができました。にも関わらず、沢山の方に読んでいただいたことは本当に嬉しかったです。評価・ご感想は励みになりました。

 私自身、ラブライブ!小説が未完のままですので、まずはそちらに戻ります。ですが、またお会いする機会もあるかもしれません。その時はまたよろしくお願いします。

 新たに高評価してくださった方。昼野夜中さん、桜井栞さん、スラりんさん、時雨さん、ナウいゆうさん、カルミナさん、オコレインさん。本当にありがとうございました。

 それでは、また。

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