幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第三話 幼馴染は心の底で後悔する

 

 

 

 

 

 

 美咲は優人と別れ、いつもの商店街に足を運んでいた。歩き慣れた道、歩き慣れた雰囲気。緊張感も何も無い、ほのぼのとした日常――――のはずなのだが。

 

 

「ねぇねぇ! 次のライブ、楽しみだね!」

 

 

 橙色の美しい髪。活発なイメージを与えるショートヘアの少女が、鼓膜によく響く声でそう話す。

 

 

「もう今すぐにでもやりたい気分だわ! あ! せっかくなら新曲も作ったらどうかしら?」

 

 

 黄金色の髪をした少女は答える。

 先ほど優人に見せた表情とは打って変わって、満面の笑みだ。それこそ、世界を救ってしまいそうなほど。

 

 

「新曲……。ふっ、また私の魅力が溢れてしまうな……」

 

 

 見事なまでの自惚れ発言。それもこの紫髪の少女にかかれば、不思議なことに自信を纏った言葉に変わっていた。

 

 羽沢珈琲店。趣のある小洒落た喫茶店に彼女たちが集結している。個性のぶつかり合いで爆発を起こすかと思えば、そうではない。奇跡的に現実世界に留まっている。いや、もう半ば離脱しているようだが。

 少し小さめのテーブルを美咲を含めた五人で囲んでいた。三人はワクワク感が抑えられないようで、テンションが高い。残る一人は冷静に現況を見守っている。まるで母親のような優しい目をしていた。

 

 一方の美咲はというと。

 

(あー…めんどくさいことになった……)

 

 テンションの高い三人とは真逆の感情を抱いていた。蔑むような目で彼女たちの様子を伺っている。そして同時に、何故自分がこの場にいるのか? そう自問する。しかし、出てくる答えは一つだけ。()()()()()のせいだと。

 

 弦巻こころ――――。

 

 通称、花咲川の異空間。黄金色の髪をした彼女、いや。先ほど優人に話しかけたあの彼女、それが美咲の目の前にいる。絡みたくないと言っていた張本人が、目の前に。こんなにおかしな話があるのかと。笑いしか出ない。

 

「あー…こころ。ライブは来週なんだから新曲は無理」

「えぇ? それは誰が決めたの?」

「そんなの知らないけど。普通に考えて間に合わないって」

 

 冷静さを通り越して、冷酷さすら感じる声色で彼女に言葉を刺した。だがそれが通じる相手ではない。こころは相変わらず能天気な声で反論するが、美咲は無視するようにため息を吐いた。

 

「こころん、新曲は次のライブでやろ? とにかく今は来週のライブを成功させることが大事だよ!」

 

 奇跡的にフォローに入った橙色の髪をした少女。北沢(きたざわ)はぐみ。実家は北沢精肉店で優人が変な意味で気になっていた少女は彼女のことを指す。

 美咲は目を見開いてウンウンと頷く。はぐみは空気を読んだわけじゃない。時間が無いから単純にそう言っただけ。それでも、美咲は心の底から感動していた。

 はぐみにそう言われると思っていなかったのか、こころは残念そうに納得した。最初からそうしろと美咲は心の中で突っ込む。

 

「まぁいいさ。新曲が無くても、観客は私の演奏に心打たれるのだから」

 

 先ほどから頭のネジが外れたようなことしか言わない紫髪の少女。瀬田薫(せたかおる)。その美貌とクールな性格から女性ファンが多い。学校一の有名人だ。口説き文句に哲学者や小説の言い回しを引用することが多いが、内容を理解しているかと言われれば、そういうわけでもない。

 

 美咲は盛大なため息をひとつ。美咲の中で()()()に認定されている彼女たち。途轍もなく個性的なバンドの中に美咲は居た。

 

「はぁ……本当にどうして私が」

「あはは…。私も手伝うからね」

 

 うなだれる美咲に蒼色の髪をした少女、松原花音(まつばらかのん)は優しく声をかけた。「ありがとうございます」と力無く答える美咲だが、花音に対しては友好的に接することが出来ていた。

 いや、単純に他の三人が強烈すぎるだけの話。花音は至って普通の女の子。少しドジで自分に自信が無い性格ではあるが、常識人。美咲の立ち位置を十分に理解していた。

 

「本当になんで私がバンドなんて…」

「なんというか、運が悪かったというか…」

「えぇ、本当にそう思います」

 

 美咲は高校に入ってテニス部に入部。ここまでは良かった。

 高い時給に目が眩み、商店街のとあるアルバイトに応募したことがキッカケで全てが狂った。

 そのバイトというのは、熊の着ぐるみを着てチラシを配るという至極単純なもの。仕事内容に問題は無かった……まぁ肉体的なつらさはあったが、百歩譲ってそれは良しとしていた。

 

 ところがだ。バイト初日。商店街に美咲を除いた四人がやってきた。

 

「あの時の恐怖は多分二度と忘れないと思います」

 

 そう語る美咲。メンバーが集まらないことを嘆いていたこころが、熊の着ぐるみを着た美咲にポスター配りを依頼。美咲は半ば強制的にポスター配りを手伝わされた挙句、バンドへ加入することとなった。……熊のミッシェルとして。

 

 ミッシェルというのは、美咲が纏っている熊の着ぐるみの名前。しかし、三バカはミッシェルが人の手で動いていることを知らない。知らないというよりは、理解できていないのだ。まさに三バカである。

 純粋、と言えば聞こえはいいが、世間的に言えばただ無知なだけ。美咲や花音も幾度となく説明を試みたが、理解してもらえず。二人はもはや諦めの境地に入っていた。

 

「美咲、ミッシェルは欠席なの?」

「あー…そう。用事あるって」

 

 熊の用事とは何なのか。

 川で鮭を狩ることなのだろうか。熊という生き物はこころたちが思っている以上に恐ろしいものなのだ。しかし、平和な世界を生きてきた彼女たちはそれを知るはずもなかった。

 

 結局のところ、こころたちにとって美咲はミッシェルとバンドを繋ぐ人間という認識に過ぎなかった。だが、実際にステージに上がっているのはミッシェルを纏った美咲なわけで。これまでのミーティングでも話のズレを感じずにはいられなかった。

 

 しかしだ。

 ミッシェルの中が美咲であることを知らないのであれば。そのまま無視することだって出来た。しかし、彼女はそれをしなかった。何故か。

 これもまた、美咲自身の性格にあった。お願いされれば断りきれない。まさに日本人気質な性格。しかし、一度引き受けたことはしっかりと筋を通すことが彼女のポリシーだった。

 

 そこで彼女が今考えているのが、どのように筋を通してバンドから手を引くか。このまま失踪することは考えなかったのだから、隣に座っている花音も感心を通り越して尊敬の念すら抱いていた。

 

 だからこそ、彼女をサポートしたいと思っているわけで。決して前に出るタイプでは無い花音。そういうところは美咲と少し似ていた。

 

「あんまり無理しないでね。私も手伝うから」

「…はい。ありがとうございます」

 

 美咲は優しく微笑んだ。

 思い通りにならないストレスで、荒んだ心が収まっていくような。暖かい気持ちを抱いて、彼女は甘いアイスミルクティーに口付けた。

 

「……無理しないで、か」

 

 一人そう呟く。ストローが揺れないように右手でそれを押さえて、でも視線はジッと一点を見つめている。特に意識しているわけでは無い。無意識なのだが、花音はどこか放っておけなかった。

 

「どうしたの? 美咲ちゃん」

 

 その独り言は花音の耳にしっかり届いていた。心配そうに顔を覗き込む彼女に、美咲は若干の申し訳なさを感じた。

 

「えっ、あぁ……聞こえてましたか。すみません」

「ううん、ボーッとしてたから。具合悪い?」

「ええ、平気です。ただ――――」

 

 美咲は苦笑いを浮かべてそう否定する。花音もその様子を見て少しは安心したのか、ほっと胸を撫で下ろした。三バカは興味すら示していないが。

 

「幼馴染にも同じこと言われたなって、思っただけです」

「幼馴染って?」

「さっきここに来る前会ってたんです」

 

 「へぇー」と花音は意外そうな返事をする。彼女から見て美咲には男っ気が一切感じられなかった。男の幼馴染と一言も言っていないにも関わらず、そこを当ててしまうのは女の勘というやつか。

 別れ際優人が放った言葉は、しっかりと美咲の心に届いていた。それを言われたから何かが変わるわけではない。でも、彼女は彼のさりげない優しさが嬉しかった。

 

 一方の花音は、少しぬるくなった紅茶を一口。特有の香りが口の中に広がり、甘いものが欲しくなる。彼女はメニューを見て注文しようか悩んでいると、美咲が口を開いた。

 

「あの、花音さん」

「うん? どうしたの?」

「私って、そんな無理してるように見えますか?」

 

 花音にとって、思いがけない問いかけだった。真剣な眼差しを向ける美咲から、思わず目を背けてしまいそうになる。

 自身が美咲よりも学年が一つ上ということもあって、敬語で話してくれていると感じていたが、ある意味そうではなかった。純粋に、美咲は花音の存在が有り難かった。個性がぶつかり合っているこのバンド。面倒見が良い美咲にとって、花音は()()()()()なのだ。

 

「……正直ね、無理してるようにしか見えないよ」

「あはは…そうなんですね」

「だから、私のこともっと頼っていいからね。頼りないかもしれないけど、協力するから」

「はい。ありがとうございます」

 

 自分から行動するのが苦手な花音と、責任感の強い美咲。性格は相反する二人だが、合わさってみると意外としっくりとくる。本人たちはそんな感覚だった。

 そういう出会いがあったことは、このバンドに関わることができてよかったと美咲は心のどこかで感じていた。ただ、それを口にするわけでも無い。そうすれば、自身の負けを認めるようなものだ。

 

「でも、その幼馴染の子はすごいね」

「え、どうしてですか?」

「美咲ちゃんのこと、よく見てるなぁって」

 

 「いやいや」美咲は右手を顔の前で左右に揺らす。

 

「そんな深く考えてないですよ。あいつは」

「うーん、そうかな? 話聞くと、すごいいい人そうだけど」

「至って普通ですよ、普通」

 

 優人への褒め言葉を全力で否定する美咲。本人が聞いたらそこでまた一悶着ありそうな。しかしここに彼は居ない。それをいいことに彼女は心の底から否定した。

 そうは言うものの、美咲の表情は花音から見ても緩んでいた。まさに説得力のない否定である。

 

「仲良いんだね。その()と」

「いやいやそういうんじゃ――――って言いましたっけ? 男だってこと」

「ううん。私の予想だよ。でも、正解みたいだね」

 

 驚いた。美咲が想像している以上に花音は人のことをよく見ている。そう感じたのだ。

 しかししかし。花音から言わせれば誰でも分かると言いたくなるのが本音。それだけ美咲が楽しそうに会話していたのだから。

 

「彼は知ってるの? 美咲ちゃんがバンド活動してること」

「いや……今日言おうと思ってたんですけど……」

「けど?」

「予期せぬ事態になりまして」

 

 美咲は呆れながら話す。残りわずかになったミルクティーを飲み干す勢いでストローを吸う。氷と息がぶつかる音がよく響く。

 彼女が今日優人にあった理由。それは一週間後に迫ったライブのチケットを渡したかったのだ。自身が参加していることについても、それとなく伝えるつもりだった――――のだが。花音はその理由を聞きたかったのか、黙って美咲を見つめていた。

 

「こころが先に話したみたいなんです。バンドのこと」

「そ、そうなんだ。ってことは、美咲ちゃんのことも?」

「いえ、それについては何も言ってないみたいです。だけど、それ聞いちゃったら何となく言いづらくて」

 

 こころは「バンドをやっている」という事実しか彼には伝えていない。だから美咲が隠す理由は何もない。しかし、彼女からすればこころたちとバンドをやっているという事実を知られたくないのが本音だった。

 バンドをやっていることを隠し通すことも考えた。しかし、美咲はそれが出来なかった。彼にどうやって伝えるか、自分でもどうしてそう思うのか不思議でならなかった。

 

 優人のことを聞いた花音は、ふと先ほどの出来事が頭をよぎった。美咲に言うべきかどうか悩んだが、こころ絡みということもあり、あまり良い予感はしなかったため、口を開いた。

 

「そういえば。さっきこころちゃんが気になること言ってたな」

「気になること?」

「うん。次のライブは()()()を笑顔にしたいって」

「え」

 

 美咲はあからさまに表情を歪めた。まさに予想していなかった展開。チラリとこころに視線を送るが、本人は楽しそうに薫たちと談笑している。

 

 しかし、美咲は安心しなかった。

 こころが言うことは、ある意味筒抜けなのだ。彼女の護衛たちに。もし彼女が()()()そう言ったとしたら。冷や汗が出る。

 

「そ、それってユウ――――じゃなかった。彼のことを言ってるんですかね…?」

「ど、どうだろう? 確かに私たちのライブには女の子が多いから、男の人にも見てもらいたいってことかも…?」

 

 花音としても、こころの本心は分かるはずもなかった。

 そもそもの話。このバンド活動自体もこころの思いつき。それであるにも関わらず、ライブの話まで持ってくるのだから、その行動力は見事と言わざるを得ない。

 美咲はこころに真意を確認しようか迷った。しかし、余計なことを言ってまた面倒なことになる可能性もある。

 

(大丈夫……だよね? 多分……)

 

 自身でそう言い聞かせるしかなかった。いずれにしても、ライブまで一週間しかない。いや、一週間も猶予がある。その中で、チケットを渡すしかないだろう。

 ただ今日彼を呼び出したのは、美咲の心の準備が整ったから。バンドに無理矢理入れられた時から話したいと考えていた彼女にとって、一週間という期間はあまりにも短いのかもしれない。

 

「なんとか言わないとなぁ……」

 

 花音にも聞こえない声でそう呟く。

 その声には、優人を今日呼び出したことへの後悔の念が込められていた。

 

 

 一方、その頃――――。

 

 

 美咲と別れた優人は自宅まで歩みを進めていた―――のだが。普段とは違う明らかな違和感を感じていた。 いつもより歩くスピードを速めると、その違和感も一緒に着いてくる。そう、彼は尾けられていた。

 

 尾行しているのは、こころのSP。つまり、美咲の不安が的中していた。ただ当の本人は彼女たちが()()()のSPだということを知らない。黒スーツに黒のサングラスをした女性が後を尾けてくるのただ。それは恐怖でしかない。

 

「なんだよマジで……」

 

 自宅が近くなるにつれ、彼の不安は大きくなった。

 ここまでは、自宅が特定されてしまう。遠回りをするか、近くの交番に駆け込むか。頭を巡らせる。しかし、この尾行劇に終止符を打ったのはSP張本人だった。

 

「奥澤優人さん――――ちょっとよろしいでしょうか」

「え、なんで俺の名前……」

 

 彼の警戒心を少しでも解くため、人通りの比較的多いタイミングを見計らって声をかけた。ハッキリとした声のおかげで、しっかりと彼の耳に届く。優人は、名前を呼ばれたことに驚いた様子。それ以上に不気味さで出てくる言葉は少なかった。

 

「貴方にお渡ししたいものがあります」

「わ、渡したいもの? てかあんたたち誰…?」

 

 優人の言葉に返答することなく、黒服の女性は一枚の封筒を差し出した。仕方なくそれを受け取ると、その女性は口を開いた。

 

「お嬢様からの希望です。よろしければ」

「は、はぁ……」

 

 お嬢様、と呼べる知り合いは居なかった。結局誰のことを指しているのかわからないまま、その女性は彼の前から立ち去った。

 白い封筒には何も書いていない。見るからに怪しさしかないが、恐る恐る中身を取り出してみると、一枚の紙が入っていた。

 

「……チケット?」

 

 優人は視線を落として、チケットを読み込む。可愛らしくポップ。いかにも女子受けしそうな明るい色のソレは、一週間後に控えたライブのチケットだった。会場はライブハウス・CiRCLE。優人にとっては初耳だったが、距離としては十分近い。

 

 人通りは少ない。SPたちが話しかけたタイミングはまさに秀逸というべきか。そもそも、彼の名前を調べてしまうのだから、只者ではない。

 

 状況を飲み込めないまま、さらに読み進めていく。

 

 

「ハロー、ハッピーワールド!」

 

 

 こんにちは、幸せな世界。

 思わず笑ってしまうようなバンド名。お花畑にいるような。優人からすればダサい名前だった。

 そのまま封筒に入れ直して、自宅へと歩みを進める。そのライブに行くかは今の優人には分からない。

 

 バンド名から、あの黒服の人間は決して悪い人間ではないと察することが出来た。あくまでも彼の中での推測にしか過ぎない。それでも、それはほとんど確信しているようなもの。

 

 当日のライブに行くかはわからないが、頭には留めておこう。それと、美咲にも連絡しなくちゃ――――優人はそんなことを考えた。美咲が不安を抱いていることは知らず。

 

 ハロー、ハッピーワールド! に相応しいぐらい澄み渡った空。日が落ち始めた夕方に、彼は少しだけいい気分で帰宅した。

 

 

 

 






 ありがとうございました。

 書いてるとわかります。美咲ちゃん可愛いやつやん。
 もっと美咲モノ増えて欲しいんですけどね。バンドリ自体、どのバンド・キャラクターが人気なのか、私自身も把握できておりませんが…。

 いずれにしても、お気に入り登録・ご感想ありがとうございます。
 新たに高評価してくださった境川さんもありがとうございました。

 ご感想・評価お待ちしております。

 十二月に入りましたね。引き続きよろしくお願いします。

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