幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第四話 幼馴染はとっさに嘘を吐く

 

 

 

 

 

 

 ハロー、ハッピーワールド! そのライブを三日後に控えた水曜日の夕方。美咲は全国チェーンの喫茶店で甘いホットコーヒーを啜っていた。

 二人掛けのテーブル席。制服を着ているのは店内でも美咲だけで、ほんの少しの気まずさを抱いていた。待ち合わせの相手をジッと待つのも少し退屈。柄ではないが、スマートフォンを弄って時間を潰していた。

 

 彼女は緊張していた。鼓動がいつもよりも早いのを感じている。そのせいで、周りの雑音は一切聞こえなかった。

 決心したのだ。優人に、バンド活動のことを打ち明けると。鞄にはライブのチケットを準備している。可愛らしい封筒に入れたソレには、彼女の不安と期待がしっかりと込められていた。

 

 緊張で喉が渇いているようで。甘いホットコーヒーではそれを潤すことは出来ず、彼女は席を立ちレジへと向かう。そこで、冷たいオレンジジュースを注文した。行儀は悪いが、立ったまま残り少なくなったコーヒーを飲み干し、紙コップをゴミ箱に捨てた。それと同時にオレンジジュースを受け取って席へと戻った。

 少しだけ贅沢をしてしまった、そう思ったところでそれを味わう余裕なんて無かった。フーッと深呼吸をして優人を待つ。

 

 喫茶店なら、いつも使う羽沢珈琲店がある。しかし、美咲は敢えて行かなかった。万が一、こころたちと鉢合わせになる可能性を考えたのだ。そうなれば、バンド活動のことを伝えるどころじゃなくなる。

 

 それに美咲の場合は普通にバンド活動をしているわけではない。着ぐるみを着てミッシェルとしてステージに上がっている。ミッシェルの存在を()()()信じている三バカと遭遇すれば、色々と面倒なのだ。

 

 制服のポケットからハンカチを取り出し、手汗を拭く。美咲自身、ここまでドキドキするとは思っていなかったようで。ゆっくりと深呼吸する。

 

「別に言う必要ないんだけどなぁ……」

 

 独り言。それは誰にも聞こえるはずもなく。

 彼女自身、わざわざ優人に打ち明ける必要性は無いと理解していた。別にバンドに関わっている人間でも無いし、これから関わることもない。隠し通すことはいとも簡単だった。

 

 しかし。美咲の中で優人に知っておいて欲しいという気持ちがあるからこそ、彼女は悩んでいたのだ。万が一、心が折れそうになった時に頼れるのは、昔からの知り合いである優人だと。

 それは別に恋心なんかじゃない。長いこと一緒に居るからこそ、異性として意識したことは無かった。それは二人に共通して言えることだった。

 

「――――悪い、待った?」

「遅い。待ったよ」

「そこは嘘でも『待ってないよ』って言うんじゃないの?」

「嘘ついてどうするの。彼氏でも無いのに」

「それもそうだな」

 

 約束の時間を決めていたわけではなかった。学校帰りにこの喫茶店に集合とだけ伝えていたせいか、優人は悪びれた様子も無く席に鞄を置いた。

 

「飲み物買ってくる」

「うん」

 

 優人は鞄から財布だけを取り出して、レジへと向かう。特にアルバイトをしていないが、普段から浪費するわけでも無い。お年玉や時折貰う小遣いを上手く貯めていたため、懐には余裕があった。

 一方の美咲。レジで注文する彼の後ら姿を眺めて、鞄から封筒を取り出した。薄いピンク色の封筒には花柄のイラストがプリントしている。自分でも()()()()()と思わざるを得なかった。

 

 五分もしないうちに、優人は席に戻ってきた。

 飲み物だけと思っていた美咲は少し驚く。お盆に飲み物とチーズケーキが二つ、乗っていた。

 

「ケーキ、あげるよ」

「え、何? 今日何かあったっけ?」

「いや、何もないけど?」

「そんないいよ。食べなよ」

「あ、そう。わかった」

 

 彼は差し出したチーズケーキを再び自分の方に引き戻した。

 しかし、それを見た美咲は顔を歪ませる。不満しかない表情をしているが、優人は敢えて何も言わなかった。反応すれば、また面倒なことになると感じたからだ。

 

「そこは無理にでも差し出すのが普通じゃないの?」

「なんでだよ。いらないんだろ?」

「それは……冗談に決まってるじゃん。察してよ」

「いや分かるわけないだろ」

 

 反応してもしなくても、面倒なことは変わらなかった。今の彼女はかなり面倒な女になっている。そういう時は大概、疲れている時なんだろうと優人は察した。

 ただ、ここで下手に出れば美咲にこき使われるのは目に見えている。彼は気づいていないフリをしながら、仕方なしに彼女にケーキを差し出した。

 

「はい、どーぞ」

「ん。ありがと」

 

 皿に乗っているチーズケーキは、綺麗な黄金色をしていた。ケーキ屋さんのモノとは違い、喫茶店で食べるスイーツはまた別の美味しさがある。

 優人はフォークで二等辺三角形に整えられたソレを丁寧に切る。口に運ぶと程よい甘さが一気に広がり、疲れが癒されていく感覚を覚えた。 しかしそれは一瞬で。目の前にいる美咲の視線に気付く。

 

「……なんでしょうか」

「フォークが無い」

 

 子どものように何かを訴えかけるような視線。まさかとは思ったが、優人はフォークの場所を説明する。

 

「あー。あっちに置いてるよ」

「それは分かる」

「…じゃあ、なんですかね?」

「取ってきて」

「嫌です」

 

 それは完全なるパシリである。優人は下手に出たつもりは無かったが、今日のところ完全にナメられている。ここで取りに行けば、今日は完全に尻に敷かれること間違いなしだった。

 美咲も、自分の口からそんな言葉が出てくるとは想像もしていなかった。そこで初めて彼女は気付いた。自分が彼に()()()()()ことを。

 きっと疲れからキテいるのだろう。そう彼女は考えた。しかし、その疲れの原因はある意味優人自身。彼にとっては気の毒だが、フォークは自分で取りに行く気は一切無かった。

 

「早く。お腹空いた」

「……あーもう。わかったわかった」

「ん。それでいいんだ」

 

 渋々、優人は再び席を立った。気分はただただ面倒。それが表情にも出ていた。

 フォークを一つ取ると、すぐ近くの席に座っていた母親ぐらいの女性二人組と目が合う。何故か微笑んでいるが、優人は軽く会釈だけして席に戻る。

 

「どうぞ、()()()

「サンキュ」

 

 お嬢様、と茶化した優人だったが、彼女はそれを見事にスルー。お嬢様とはかけ離れたラフな返事をする。

 心の中でため息をつく彼とは対照的に、取ってきてもらったフォークでチーズケーキを口に運ぶ美咲。久々にケーキを食べたのもあって、頬が思いっきり緩んだ。

 

「美味しいですか?」

「ん。おかげさまで」

「そ、ならいいや」

 

 一つぐらい毒づいてやろうかと考えていた優人だったが、緩みきった彼女を笑った顔を見ると、そんな気もすっかり失せてしまった。

 ストローでオレンジジュースを飲む彼女。そんな美咲を見ながら、彼はケーキを頬張る。一口目には感じられなかった甘味がそこにはあった。

 

「――――んで、用ってなに?」

 

 すっかりケーキに夢中になっている美咲に問いかける。あっという間に残り半分になったケーキを名残惜しそうにしながら、鞄から取り出していた封筒を差し出した。

 

「なにこれ?」

 

 優人は素直に投げかけた。しかし、美咲は何も言わずにただ差し出しているだけ。

 彼女のことだ。別に変なことではないだろう――――そんな安心感から優人は素直にそれを受け取った。

 美咲は心臓が高鳴っているのが自分でも分かった。きっと彼のことだ。すぐに封筒の中身を見るはず。そしたら、すぐに説明しないと――――そう思っていた彼女の予定は狂う。

 

 優人には、この封筒を渡される光景には既視感があった。そこで彼は、封筒を開ける前に先日の出来事を美咲に話していなかったことを思い出す。

 

「そういやさ、この前も同じようなことあって」

「………え」

 

 美咲は言葉を失った。察してしまったのだ。先週、抱いていた不安が的中してしまったのかと。だが、彼の言葉を聞くまでは分からない。素直に話の続きを待つことにした。

 

「黒服の女の人からいきなり封筒渡されて」

 

 あぁ、最悪だ――――。美咲は右手に握っていたフォークをテーブルの上に力無く置いた。

 またあいつだ、弦巻こころだ。彼女が余計なことをしたから。美咲の心の中で嫌悪感に近い感情が湧き出る。しかしそれは今に始まったことではない。ソレを本人にぶつけるつもりもないし、予定も無い。だからこそ、行き場のない呆れをぶつけたかった。

 

「それがバンドのライブチケットでさ。ハロー、ハッピーワールド! なんて言うバンド名で」

 

 優人がツラツラと言葉を並べても、彼女の耳には届いていなかった。彼としては先日の奇妙な体験談を話したいだけなのだが、それが今、彼女の胸を締め付けるとは思うはずもなかった。

 美咲自身、これから彼に何と言われるか不安でしかなかった。もうすでに封筒は渡してしまっている。これを開けられれば、何と言い訳しようか。今、彼女の頭はそんなことで一杯だった。

 

 異空間とバンドをしているなんて、気持ち悪い。

 バンド名も変。ダサい。

 着ぐるみなんか着てステージに。馬鹿みたい。

 そもそも私がバンドなんて――――。

 

 悲観的な想いしか出てこなかった。どんなに頭をひねっても、彼女がバンドに抱いているのはそういうネガティブな想いだけ。

 

 だからこそ、自らの口で彼には伝えたかった。加入した経緯を丁寧に説明して、彼女たちと()()()()一緒にやっているということを。

 ただそれはもう叶わなかった。こころ、正確には彼女を取り巻くSPがライブチケットを手渡したことで、バンドへの先入観が彼に植え付けられてしまった。

 それがどのような気持ちか、今の美咲には分からない。だけど、自分から聞く勇気は彼女には無い。自身の言葉はもう届かないかもしれない――――そう思うと、彼女はキュッと胸が締め付けられた。

 

「めっちゃ面白そうじゃない?」

「…………へ?」

 

 美咲はここ最近で一番間抜けな声を出した。

 彼の口からは、自身が想像していた言葉と正反対のセリフが飛び出したのだ。面白そう、それがどのような意味合いで言ったのかは分からないが。

 一方の優人。美咲の間抜けな顔を見て思わず頬が緩む。チーズケーキを夢中で頬張っているかと思えば、こんな間抜けな顔になったりと。先ほどから一喜一憂している彼女が面白いようで。

 

「これってさ、例の異空間のバンドなんでしょ?」

 

 核心を突く問いかけ。美咲は彼女が大富豪の娘とは一言も言っていない。したがってSPのことも彼は知らないはずだった。

 しかし、優人は予想した。きっとあの人たちも異空間の関係者なのだろうと。その根拠は至って単純。ぶっ飛んでいるからだ。常識から。ただそれだけの理由でそう言うが、彼の中でほぼ確信していた。

 

「……うん。そう。弦巻こころが立ち上げたバンドなんだ」

「弦巻さんって、あの子?」

「そう、あの子。黒服の女の人っていうのは、その子のSP」

「SP……金持ちか」

 

 彼はこころのことを理解する。先週、美咲と会う前に話しかけられたあの女子生徒がこのバンドを立ち上げた張本人。SPがチケットを渡したのも理解できる。思いつきか何かだろうと彼は察する。

 

「って、詳しいな美咲」

「……うん。まぁ」

 

 ふと、優人は彼女から受け取った封筒のことを思い出す。「開けていい?」との問いかけに彼女小さく頷いた。しかしそこには先ほどまでの気弱な表情は無く。覚悟が決まったようなキリッとしたそれに変わっていた。

 

 優人が封筒を開け、右手で中身を優しく取り出す。その間、美咲の胸の鼓動は恐ろしいほど高鳴っていた。

 

「チケット………ってこれ」

「…よかったら来て」

 

 ぶっきらぼうな言葉で美咲はそう言う。それは優人がすでに一枚貰っているチケットと、全く同じものだった。想定外だったのか、彼は驚いた表情で美咲を見つめている。

 あぁ、苦しい――――。高鳴る鼓動のせいで、美咲は息が詰まりそうだった。何と言うべきか。本当のことを言いたくても、喉がそれを許さない。

 

「え、美咲もバンドしてるってこと……?」

 

 これを不思議に思うのは優人の方。まさに想定外の展開だった。こころが所属するバンドのチケットを彼女が持っているのだ。関係者だと思うのは自然の流れ。単刀直入に問いかける。

 美咲だって、本当のことを言いたかった。着ぐるみを着て、ステージに立っていると。しかし、その計画は出だしから挫かれた。弦巻こころによって。

 

 

「私は彼女たちの手伝い的な。巻き込まれちゃって」

 

 

 あぁ、やってしまった――――。自身でも最悪の展開だと理解はしていた。しかし、いざ本人を前にすると本当のことは言えなかった。

 ここまで来れば、どうして言えないのかもよく分からない。彼女の中で()()()()()()()と勝手に理由付けはしているが、果たして本当にそうなのか。美咲にもそれは分からなかった。

 

 自分に冷めてしまったのか、美咲の表情は落ち着いている。

 それは優人にも十分伝わったようで、 意外そうな目で彼女を見つめていた。

 

「へぇ、大変だな。いつから?」

「四月の頭から」

「それなら早く教えてくれれば、ライブ行ったのに」

「……バカにするくせに」

「なんでだよ。実際のところ、また断りきれなかったんだろ?」

「……そうだけど」

 

 優人は心配そうにそう言うが、それに対する美咲の口調は厳しいものだった。いわゆる八つ当たりである。彼女はそんな自分に嫌気がさす。

 ただ彼は慣れた様子を見せる。気にすることなく、チーズケーキを再び口に運ぶ。先ほどと変わらない甘さだ。

 

「ライブ、見に行くよ」

「いいよ来なくても」

「じゃあなんでチケット渡したんだよ。当日は美咲も居るんだろ? なら行くよ」

「……なにそれ」

 

 視線を彼から逸らして、納得していないような声を出した。ただ実際のところ、彼女は心の底から嬉しかった。普段はふざけているが、彼の優しさは本当に暖かいもので。美咲の荒んだ心に染み渡っていく。

 ただ優人は、そんなに深い意味を込めたわけではない。だとしても、美咲は素直に嬉しかった。バカにされると勝手に思っていただけに、少し身体がフワついたような、そんな感覚を抱いた。

 

「まぁ、怒らないでケーキでも食べなよ」

 

 何もわかっていないくせに――――喉まで出かかった言葉を美咲は飲み込んだ。ここで彼に当たるのは違うと考えたのだ。少し頭が冷えたように見える。

 本当のことを伝えられたわけではない。それでも、彼女は少しだけ胸のつかえが取れたようだった。手伝いをしているということも、あながち間違いではない。会場などは全て、美咲が押さえているのだから。

 

「うん。次はあのワッフル食べたい」

「自分で買ってくださいな」

「嫌。ご馳走してね」

 

 美咲は残っていたチーズケーキを食べ終わり、精一杯の甘い声でそうお願いする。優人には()()()()()は効かないが、今日だけは特別なようで。「はいはい」と優人は財布を持ってレジへ向かう。

 

「まぁ……いっか」

 

 彼女はレジで会計をする優人の後ろ姿を眺めながら、独りでつぶやく。諦めのような言葉に聞こえるが、実はそうではなかった。

 優人には本当のことを言えなかった。でも、それでも良かった。無理して言うこともない。そんな感情が込み上げていた。

 

 不思議な話なのだ。彼がバンドの存在を認めてくれて、ライブにも来てくれると言っただけで、美咲の心は本当に落ち着いた。懐かしい、暖かい優しさで。

 

「……何笑ってんの?」

「ううん。なんでもない」

 

 幼馴染の存在というのは心の多くを占めている。それは優人にしても同じで、何かあればすぐに連絡したくなる関係性。それでいて悩みをそれとなく伝えると、自分が思ってもいないほど優しい答えが返ってくる。

 

 だからきっと、受け入れてくれるはず。いつ言えるかわからないけど―――。美咲は彼が買ってきたワッフルを今日一番の柔らかい笑顔で口にした。

 

 

 

 






 ありがとうございました。

 お気に入り登録五十人も。ありがとうございます。

 新たに高評価してくださった、ようやくサラダの逆さん、桜田門さん、ヨルノテイオウさん、ありがとうございました。

 美咲ちゃん可愛いですよね。たまりませんね。ええ。
 バンドリではどの子が人気なんでしょうか。感想で教えていただいてもいいんですよ。

 ご感想・評価お待ちしております。

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