幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第五話 幼馴染は全力で睨みつける

 

 

 

 

 

 五月の中旬。青空の下、家族連れの笑顔が溢れている土曜日の午後。優人は近くのライブハウス・CiRCLEに足を運んでいた。初めて訪れたそこは、ライブが開催されるのもあって、彼が思っていた以上に賑わいを見せている。

 ジーンズに長袖シャツを纏っている彼は、もう少し動きやすい服装が良かっただろうかと自問する。しかし今さら着替える気にはなれなかった。

 

 優人はライブハウスにも来たことないし、ライブを見ることも初めてだった。

 ハロー、ハッピーワールド! そのライブには彼が想像していた以上に多くの観客が集まっていた。チケットには2ndとの記載があったことから、ライブ自体は初めてではないようだ。

 

「にしても、女子率高いな……」

 

 彼の周りはほとんどが女子高生だった。一番の要因としては、薫の存在。しかし、優人は薫のことも知らなければ、バンド構成も知らない。無知の状態でライブに参加したことを今さら後悔する。

 美咲が手伝っているというだけで、ここまで足を運ぶのも中々に出来ないこと。彼は先日そう言ったことを少しだけ後悔していた。

 

 ライブハウス初体験の彼は、後ろの方でのんびり見ようと考えていた。友達も居ないし、わざわざ前の方に行く理由もない。前の方は中々に人が入っていたが、後方部分はゆったりとした雰囲気が漂っていた。

 

 前方の女子軍団は薫の登場を待ちきれないのか、すでにはしゃいだ様子。そのせいで、女子特有の甘い香りが彼の居る後方にまで綺麗に届いた。

 甘っ――――。胸焼けしそうな香りに、彼は気持ち悪さを覚えた。女子たちはそう思われているとも知らず。気の毒な話だ。

 

 決して広くはない会場。まさにライブハウス。

 彼女たちはどのような音を奏で、観客を魅了するのか――――優人は心躍っている。今すぐ始まってほしいと。

 

 

 その頃、ハロー、ハッピーワールド!のメンバーは舞台裏の楽屋で待機していた。ステージ衣装に着替え、準備も万端。二回目のライブということもあって、()()()()慣れた様子を見せる三バカ。一方の花音は、相変わらず自信なさげにドラムスティックを握っていた。

 

「大丈夫ですか?」

「う、うん。やっぱり緊張するね……」

「上手くいきますよ。沢山練習したじゃないですか」

 

 ミッシェル――――美咲は優しく声をかけた。

 しかしそこには、奥沢美咲の姿は無い。今の彼女は熊のミッシェルとして楽屋に居た。熊が優しく励ましているのを見ると、幼稚園児が読むような絵本みたいな光景。ランランと歌っているこころは、ミッシェルに話しかける。

 

「ミッシェルっ、準備はいいかしら!」

「おー。頑張るぞー」

 

 あぁ何やってんだろ私――――。心の中で自虐する。あれだけ嫌がっていたのに、しっかりとミッシェルを()()()()()自分が恥ずかしくて仕方がなかった。

 普段よりも声のトーンを少し上げ、言い回しを優しくする。それだけで三バカはミッシェルの存在を信じてしまう。呆れすぎて、最早笑いしか出てこない。

 

 そして何より、今日は優人が会場にいる。

 ミッシェルとして彼の前に出るのは、もちろん今日が初めて。手伝っていると嘘を吐いてしまったことで、不安は完全に取り除けたわけではない。しかし、言わないよりマシだったと彼女は開き直った様子。

 

 やがて、こころが全員を集めて円陣。大きな声で四人を鼓舞する姿には、美咲も素直に感心していた。強引すぎるところはあるが、人を引っ張る力に長けた人間。美咲とは正反対のキャラクターだ。

 世界中の人たちを笑顔にする!――――それがこのバンドの大きな目標。大きすぎるようにも見えるが、弦巻こころのようにぶっ飛んだ人間が言うと、何故か説得力があった。不思議な話である。

 

 会場はポップに装飾されている。

 手作り感満載のソレは、いい味を出していた。それは優人も思ったようで、せっかくだからとスマートフォンで写真を撮っている。

 

 それからすぐ――――ステージは暗転する。

 

 前方に居た女子軍団は喉が千切れそうなほどの歓声を浴びせる。優人は念のため持参しておいたライブ用耳栓を急いで装着。間も無く、暗闇に浮かぶ五人の光。

 ドラムスティックを叩く音がワン、ツー、スリーと響く。 そして――――ポップな音が重なり、キャッチーなメロディーを作り出した。

 

 歓声も一段と大きくなる。

 ボーカル、弦巻こころ。無意識だろうが、観客を煽る技術にも長けている。可愛らしい歌声の中に芯の強さが垣間見えた。

 ギター、瀬田薫。その美貌を最大限に活かすギターテクニック。その存在感は抜群で、多くの観客の目を引く。

 ベース、北沢はぐみ。目立ちにくい楽器ではあるが、持ち前のキャラクターでその不安を吹き飛ばす。ただしっかりとリズム隊を支えている。

 ドラムス、松原花音。自信なさげな表情は、時間とともに消え失せ。練習を重ねたドラムさばきは確かなものだ。

 そして――――DJ、ミッシェル。明らかに浮いている存在感が、不思議なまでに溶け込んでいる。楽曲を彩るプレイスキルは荒削りだが、確かな存在感を示している。

 

 個性のぶつかり合い。それが奇跡的に化学反応を起こし、一つのバンドとして成り立っている。これが一人でも欠けていれば、こんなことにはならない。

 観客の多くは、何故こんなバンドの音楽に惹かれるのか。よく分かっていなかった。洗練されていると言われれば、そうではない。特出したスキルがあるわけでもない。

 

 ただ、見ると元気になる――――。果てしない目標を、もしかしたら達成できるかもしれない。そんなことを演奏しながら美咲は考えていた。

 

 しかし。後方で見ていた優人は気になって仕方がなかった。

 

「……なんで着ぐるみ?」

 

 その声はバンドが奏でる音にかき消された。

 だが喋る相手もいない彼にとって、それは他愛もないことで。着ぐるみを着てバンドをするという発想が優人には無かったらしく、可笑しさを通り越して新鮮味すら感じていた。ただ、それが着ぐるみであることは流石に理解しているが。

 

 熊の着ぐるみを着てDJプレイをする。冷静に見れば確かに可笑しな光景である。しかし、この場では誰もそれについて触れていないせいで、彼の興味はソコにしか集中しなかった。 約一時間のライブの中で、彼の印象に残ったことと言えばミッシェルのことがほとんどだった。

 一方の美咲。ステージに出るとすぐに優人のことを確認した。後ろの方に居るだろうと予想していた彼女は、比較的すぐに居場所を把握することができた。だが――――。

 

(なんでずっとコッチ見てんの……!)

 

 優人の視線はしっかりと美咲(ミッシェル)に届いていた。さすがの彼女もそれは想像していなかったせいか、普段ならミスしないようなところを間違えるなど、集中できなかった。優人とは対照的。

 

 そのせいか、ライブ終盤のMCでは。

 

「今日はミッシェルも緊張したみたいだねー。あんまり落ち込まないでね!」

 

 はぐみにそう言われてしまう始末。今日は歌わなかったせいで、マイクをセットしていない彼女は、何も反論することができなかった。

 絶対またケーキ奢ってもらう――――。誰のせいでこうなったのかと言わんばかりに、そう美咲は誓った。八つ当たりもいいところである。

 

 そんなこんなで、ライブは無事に終了。メンバーはステージ裏に引き上げると、テンションが上がっているせいか全員でハイタッチ。ミスした美咲についても、こころたちは思いのほか励ましてくれる。だが彼女からしたら傷に塩を塗り込むようなものだ。

 そうとは知らず、観客は大満足した様子で会場を後にする。優人もその中の一人ではあったが、聞き覚えのある声に呼び止められた。

 

「奥澤さん――――ちょっとよろしいですか」

「あ。弦巻さんの……」

 

 黒のスーツを身に纏った一人の女性。どういうわけかサングラスを外していたせいで一瞬気づかなかったが、その異様な存在感は彼の中にしっかりと残っていた。

 

「お嬢様がお呼びです。もしよろしければ、今ならステージ裏にいかがですか?」

「あー……」

 

 どういうわけか。彼は弦巻こころに気に入られたらしく。あまりにも突然すぎる提案も、先日の件もあってさほど驚かなくなっている。しかしここで行けば、彼女の相手をしないといけなくなるのだ。あの異空間の相手を。

 

「えっと、みさ――じゃない。奥沢って居ますよね? 奥沢美咲」

「ええ。彼女も居ますよ」

「だったら、行きます」

 

 「そうですか」と柔らかい声で女性は言う。緊張感のある姿しか見たことのない彼は少し驚いた。そういった顔も出来るのかと。

 美咲が居るなら行く、勘違いされそうな台詞ではあるが、彼にそんなつもりは一切ない。ただ単に、こころとの会話を助けてくれる存在としての認識にすぎなかった。

 それでも、女性の提案を断らなかったあたり、美咲に会いたいと思う理由は本音。無意識のうちに口実を作ろうとしているのかもしれない。

 

 女性から渡された関係者用の名札を首からぶら下げ、優人は女性の後に続く。人の流れとは逆方向に移動していることもあり、彼はよく目立った。まるで悪い事をして連行されているように。

 優人は周りの視線を気にせず、黙って歩く。名札までぶら下げているのだ。何も恥じることはない。

 

 やがてステージ裏に着くと、狭い廊下に楽屋が数室並んでいた。まさにここでアーティストの卵たちが己を磨く。壁にはサインが書き込まれており、その独特な雰囲気に彼は驚いた。

 女性はこのうち一室の前で立ち止まる。優人に少し待つよう伝えると、彼女は先に楽屋に入って中の様子を伺った。だが数分もしないうちにドアは開いた。

 

「お待たせしました。どうぞ」

「は、はい」

 

 楽屋に入る前から、先ほどとは違う甘い香りが彼の鼻孔を刺激した。顔を出すと、こころと目が合う。他のメンバーも視界に入る。全員がステージ衣装のままで、美咲に至ってはミッシェルのままだった。その中でも、こころのなぜかキラキラと輝いている瞳は、彼にとっては眩しすぎた。

 

「あっ! 男の人!」

「ど、どうも……」

 

 こころは優人に駆け寄り、彼の両手を胸の前で握った。

 身長差が大分ある二人。彼が視線を落とすと、見た目に反して大きさのあるバストが目に入る。衣装のせいで下手をすれば下着が目に入りそうになる。平然を装っていた彼だが、己の意思とは反して顔がニヤけてしまう。

 

 柔らかいこころの手。ここ最近で一番緩んだ優人の表情。その姿を冷めた目で見つめる瞳があった。

 

「何ニヤついてんの……あのバカ」

 

 ミッシェルの中に美咲が居るとは知らず。男の表情をしている優人に、彼女は誰にも聞こえない声で毒づいた。

 幼稚園から一緒の美咲は知っている。優人の女っ気の無さに。彼女が出来たこともなければ、女子と仲良く喋っているところすら見たことがなかった。

 そんな彼の男の表情に、彼女は気持ち悪さすら感じていた。胸の奥がチクリと痛むような、そんな気持ち悪さに。

 

「美咲ちゃん、あの人が…?」

「そうです。あんな奴、認めたくないですけど」

 

 隣にいた花音が、美咲にしか聞こえない声で問いかける。

 美咲は思いっきり毒を吐くが、優人には全く聞こえていない。むしろ彼は、三バカと自己紹介を済ませて自然に会話していた。

 

「優人、また来てね!」

「も、もちろん。あはは…」

 

 ただここで言う自然に、というのはこころから見ての話。

 名前を教えるといきなり下の名前で呼ぶ彼女に、恥ずかしさすら覚えていた。その間もずっと手を握っているこころ。もちろん、彼女は意識しているわけではない。それは優人にも何となく伝わっていたが、それでも恥ずかしさを隠すことは出来なかった。

 

 優人は我に帰り、美咲のことを思い出したようで。

 

「そ、そういえば美咲は?」

「美咲?」

 

 私はついでですか。そうですか――――。嫌味ったらしく彼を蔑むような視線を送る美咲。しかしそれは彼に届かない。

 その代わりに、目の前に居たこころが反応する。辺りを見渡してみても、当然のごとく美咲は居ない。いや居るんだがそれを知っているのはここにいる中で花音だけ。 それを知らないこころは他のメンバーに視線を送った。

 

「さぁ、見てないな」

「はぐみも見てないなー。みーくんのこと」

「み、みーくん……」

 

 優人はつい吹き出した。しかし、はぐみは何故そうなったのか分かっていない。「ごめんなさい」と笑いながら謝る彼の言葉に説得力は一切無く。

 

「あーあーあー……!」

 

 先ほどよりも冷酷さを増した美咲の視線と言葉。それに彼は気づくはずもなく。思いっきり怒鳴りたい感情を抑えるが、花音にはそれが伝わっていたらしく。彼女は美咲を全力で宥めた。「ミッシェル、落ち着いて」と。

 

 美咲が少し落ち着いたところで、見かねた花音は優人に言う。

 

「美咲ちゃんなら……さっきここのスタッフさんと話してくるって言ってましたよ」

「あ、そうなんですか。えっと……」

「あっ、えっと…松原花音です。美咲ちゃんからお話は聞いてます」

 

 ペコリと頭を下げる花音。優人も合わせて軽い会釈で応えた。

 彼女の方を見た優人は、その隣にいるミッシェルがどうしても視界に入る。ライブでもひたすら集中していたこともあり、興味があった。ミッシェルという存在に。

 

「えっと……脱がないんですか?」

 

 話が通じる人でよかった――――花音は心の底から安心する。ここで本物だと信じられれば、いよいよ収拾がつかなくなるのは目に見えていた。

 ただ、この正体は美咲。今ここで脱ぐわけにはいかないのだ。優人が来ることを知っていたら、さっさと脱いでいたのに。こころたちに気を遣ったことを今になって後悔していた。

 

 今話すわけにはいかない美咲に代わって、花音がそれとなく三人のことを説明する。優人も決して勘が鈍いわけではない。彼女のぎこちない説明を聞いて、すぐに納得した。無論、それはこころたちのぶっ飛び具合を知っていたからこそ。普通であれば有り得ない話だ。

 

「なんか……災難ですね」

 

 彼はそう話す。さっきまでニヤついていた男とは思えないほど気を遣った台詞である。美咲は心の底から嘲笑した。説得力無いんだよ――――蛇のごとく毒を持った美咲の牙。

 堪えていた感情を抑えきれなくなった美咲。のそのそと優人に近づき、彼の左肩目掛けて思いっきり右手をふるった。

 

「痛っ!! え、なんで!?」

 

 「ばーかばーか」美咲は感情のこもっていない言葉を放つ。予想外すぎる展開。花音は優人を心配し、三バカはミッシェルの豹変ぶりに笑っている。まさにカオス。ただの楽屋がそれこそ異空間になってしまったようだ。

 一方の優人。何も悪いことは言っていないのに、いきなり肩パンされたことに驚きしかなかった。

 しかし、そこで彼は考える。これはミッシェルなりの挨拶なのかもしれないと。考えてみれば、これだけ個性的なメンバー。中の人もそれなりに()()()()()()のかもしれない。

 実際のところ、彼が一番よく知っている美咲なのだが。そんなことを言えば、更なるパンチが飛んできても不思議ではない。

 

「ミッシェルは機嫌が悪いのかい? 今日の失敗は気にすることない」

「そういうことじゃない気が……」

 

 なんかムシャクシャするだけです――――。心の中で返答する美咲。彼女は優人が仲良く異性と会話しているのを初めて見た。それが無性にイラついていた。自分でも何故かは分かっていないのがミソ。

 彼としてもいきなりその見た目で殴られれば、恐怖すら覚える。ミッシェルに背中を向け、そそくさと帰ることにしたようだ。

 

「あーそうだ。美咲に伝言いいですか」

「あ、はい。もちろん」

「無理しないでと伝えてください。なんかあったら連絡してと」

「……はい。わかりました」

 

 伝言どころか、しっかりと聞いている。しかし、花音は気付かれないように冷静に対応した。

 優人が楽屋を出ようとすると、こころたちがまたも賑やかになる。すっかり受け入れたようで、下手すればバンドに入れなんて言われかねない。逃げるように出て行った彼を見て、美咲は笑った。

 

「優しい人だね」

「……そんなことないですよ。あんな奴」

 

 そうは言うものの、先程とは違って。美咲の声色は少しだけ優しくなっていた。彼女は、そんな単純な自分に嫌気がさしていた。

 

 

 







 ありがとうございました。

 バンド説明のところは完全に私の主観です。すみません。

 昨日からお気に入り登録が三倍になってて驚きました。本当にありがとうございます。

 また沢山の方に高評価してくださいました。fulluさん、青りんご1357さん、エリアさん、チェルシー+さん、伊咲濤さん、彩守露水さん、一般的な犬さん、レオパルドさん、椀子そばさん、きな粉ミントさん。ありがとうございます。

 明日の更新は難しいと思いますが、今週中に続きをアップしたいと考えております。美咲はいいぞ。

 ご感想・評価お待ちしてます。

 ここでちょっとお知らせを。

 11月25日から、ハーメルン様でラブライブ!の二次小説を投稿している薮椿さん主催で短編企画集を開催しています。毎日21時更新で、総勢三十二人の作家さんたちの短編が日替わりで投稿されています。もしよろしければご覧ください。
 ちなみに、私も参加させていただきました。私の出番は12月6日です。覚えていたらご覧なってください(笑)



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