幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第六話 幼馴染は遣る瀬無く雨の中

 

 

 

 

 

 ハロー、ハッピーワールド! その2ndライブから、三週間が経った。季節はすっかり梅雨模様で、しばらく太陽は顔を出していない。 この日も空は鉛色の雲に覆われ、すっかり飽きられた水滴が地面に打ち付けていた。

 

 土曜日で学校の無い優人は、普段なら部屋に籠っている。しかし、今日は違った。ジーンズにスニーカー、緑色のシャツを着て商店街近くのファミリーレストランに居た。

 スマートフォンを弄りながら時間を潰している。どこか落ち着かない様子。しばらく連絡しなかった相手と、久々に食事の約束をしていた。

 

「――――お待たせ」

 

 美咲は地味な色合いの服を着て、彼の前にやってきた。

 傘を盗られることを考えていたせいか。傘立てに置かずにテーブル席まで持ってきたせいで、床が濡れている。しかし、美咲は気にした様子を見せなかった。

 

「別に待ってないから。俺もさっき来た」

 

 まるで彼氏のような台詞を放つ。しかし美咲は感情なく「そう」と答えて優人と向かい合うように座った。

 彼の拳に力が入る。自身が想像していた通りの彼女が来た。自分の予想が当たってしまったことに、イラつきを覚えている。

 ドリンクバーを二つ頼もうとした優人だったが、美咲はそれを拒否。この後用事があるため、長居するつもりはないという。その声はとても冷め切っていた。

 仕方なく、二人ともお冷やを用意。特に食べるものも無いという美咲に合わせて、優人も何も頼まなかった。

 

「で、話って?」

「単刀直入に聞くけど。……怒ってる?」

「なんで?」

「態度見ればわかる」

「別に? 気のせいじゃない?」

 

 気のせい、と濁した美咲の返答。そこで優人は確信した。彼女は何故か自分に対して怒っている――――。怒っていないのであれば、素直に否定すればいいだけの話。

 しかし、美咲はそうしなかった。彼女の中で嘘をつきたくないという感情があったからだ。怒りの感情については、自分でも上手くコントロール出来ないことに、美咲自身は気に食わなかった。

 

 優人にしても、怒っているのはわかるが、何故彼女が怒っているのかが分からなかった。そもそも自分に対しての怒りなのか、別でただ八つ当たりしているだけなのか。

 彼の心当たりとしては、三週間前のライブ。あの時、彼女が戻ってくるのを待たなかったことが尾を引いていると考えた。しかし、それだけでここまで引きずる美咲ではない。

 道でバッタリ会っても素っ気ない態度を取り、メールをしても既読無視。相当お怒りの様子。

 

「あのー…俺に怒ってるの?」

「だから怒ってないってば」

 

 美咲は続けて否定した。優人をあざ笑うかのような声で。お冷やを口にしても、彼女の頭は冷めない。

 彼女が抱いている感情。三週間前のライブがきっかけであることは間違いない。正確には、ライブ後の出来事。三バカの口から優人のことが出るたびに無性にイラついた。

 要は、ただの八つ当たりなのだ。美咲は八つ当たりであることは理解している。だから怒っていないと考えるだけの理性がまだ残っていた。

 そのことを伝えればいいのに、そうしない。伝えてしまえば、自分が恥ずかしいだけ。それが、三週間もの間二人の関係性を微妙なものにしていた。

 

「いや怒ってるじゃん。ここ最近ずっと素っ気ないし」

「いつも通りだけど? 本当に素っ気ないのなら、今日来てないし」

「そ、それはそうだけど……」

「そもそも、別に付き合ってるわけじゃないんだし。何ムキになってるの」

 

 今の彼女は感情が波打つことが無かった。

 そのせいで、正論ともとれる言葉がツラツラと出てくる。確かにその通りではあるが、優人は納得した表情すら見せない。反論を考えているようにも見える。

 一方で美咲。先ほど注いだばかりのお冷やをヤケになった様子で飲み干す。そして、彼の返答を待たずして席を立った。しっかりと傘を握りしめて。

 

「話はそれだけでしょ。私もう行くから」

「ちょ、ちょっと待てって!」

 

 彼に背を向けて店を出ようとした美咲。優人は思わず立ち上がって彼女の右手を掴んだ。細く、柔らかい手。でもそれは、こころの手よりも冷たかった。

 土曜日。雨の日であるが、店の中には家族連れも多く見受けられた。その分、二人に寄せられる視線もチラホラと。咄嗟の行動に恥ずかしくなった優人は、掴んでいた彼女の手を離した。

 

「ご、ごめん」

「………ばか」

 

 美咲は早足で店を出た。残された優人。周りは彼に好奇の目を寄せている。思春期真っ只中の二人の関係。それが大人たちには途轍もなく甘く感じられた。

 

 そんな視線を受けつつ、彼は席に戻ってメニューを開く。何も頼まずに出て行くことを申し訳なく思ったのか、ミートドリアを一つ頼んで美咲に電話をかけた。

 しかし。反応は一切無い。気づいていないわけがない。無視しているだけだと彼は察する。ため息とともに、やり場のないストレスが彼を襲う。

 

 俺が何したって言うんだよ――――。根本的な話がわからない彼は、もうどうしようもなかった。頭を抱えるしかなかった。

 彼は思い返す。美咲とのこれまでを。彼女がここまで自分を突き放すことなんてまず無かった。あったとしても、それは二、三日程度で元に戻る。しかし、今は三週間だ。そんな長い間、こんな態度を取られたことはない。

 

 ミートドリアが運ばれてくる。近くで見れば、湯気が上がっていて、見るからに熱いのがわかる。しかし、今の彼にそんなことは関係なかった。

 熱々のソレを口に運ぶと、熱が舌を激しく刺激する。

 千切れそうな痛み、麻痺しそうな感覚。そんなものでこの感情を誤魔化そうとしている自分に、彼は反吐が出そうだった。

 

 美咲――――。届きもしないのに、心の中で叫ぶ。

 恥ずかしさもない。残るのは虚しさだけ。八方塞がりの今この瞬間、その悔しさが涙となって。

 優人の手のひらには、彼女が店を出ようとした時。咄嗟に腕掴んだあの感触がまだ残っている。

 

 あの時、離してよかったのだろうか。

 こっちに引き寄せるべきだったのか。

 出て行った後、追いかけるべきだったのか。

 

 ファミレスで一人、何をやってるんだろう――――。自分が情けなくなった優人は、急いでドリアを口に運ぶ。でも、熱いソレは中々減らなかった。

 

 店を出ていった美咲も、同じようなことを考えていた。

 

 最悪な自分に嫌気がさす――――。傘をさして青信号に変わるのを待つ美咲。バイト先の商店街までの距離が異様なまでに長く感じられた。

 バイトの時間まで、まだ大分時間はある。それでもいい。一刻も早く奥沢美咲のことを忘れたかった。自分勝手な感情で、優人を傷つけてしまった。その事実から目を背けたかった。

 

 雨が傘に打ちつける。撥水性に優れた傘は、水滴を見事なまでに弾き返した。それが、彼女の履いていたスニーカーを濡らす。靴下に雨水が触れると、気持ちの悪い感触が一気に押し寄せてきた。

 替えの靴下を持参していた美咲にとって、それは他愛もないこと。気にすることでもないコトであるに関わらず、今はそれが心に沁みる。

 青信号になって、一秒、二秒と時間が過ぎていく。

 美咲以外に渡ろうとしている人間は居ない。信号停車中のドライバーが不思議そうに彼女に視線を送った。

 

 あぁ、さっきと同じだ――――。ファミレスの時と同じように。美咲はそのドライバーと目が合ったせいで、急いで信号を渡った。

 滑りやすくなっている地面。剥がれかけた路面表示が明るく見える。下手をすると、すぐに転んでしまう。注意して、彼女は渡りきった。

 

「美咲…ちゃん?」

「……あ。花音さん」

 

 美咲が商店街の入り口に入ると、正面から花音が不思議そうに話しかける。少しだけ俯いていたせいか、美咲は反応に遅れた。

 水色の傘にフリフリの白いスカートを纏う花音。彼女らしい服装。美咲は愛想笑いを浮かべた。

 

 バイトまで大分時間がある。美咲の中で、そんなことが頭をよぎる。

 

「今からアルバイト?」

「……かなり早く来ちゃいまして。あの……もしよかったら少し話しませんか? 羽沢珈琲店で」

 

 優人を適当にあしらっておいて、言えた口ではない。そんなこと、美咲自身も分かっていた。しかし、ここで花音に会えたのは彼女の中で一つの光。愚痴を聞いてもらえる絶好の相手だった。

 

 ところが。花音は苦笑いを浮かべながら、その提案を断った。

 

「ごめんね。今から用事があって」

「……そうですか。すみません、無理言って」

「ううん。それより、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「そうですかね…。平気ですよ。安心してください」

 

 無理をしないでと伝えてください――――。花音の頭に優人の言葉がよぎった。伝言なんて必要のない場面であったため、彼女の口からは伝えていない。

 でも、いまようやく。彼女は優人がそう言った意味が理解できた気がした。美咲の性格。責任感が強すぎる彼女の性格が。

 

「で、でも無理しちゃダメだよ。その……彼も言ってたし」

「……もういいです。ユウのことは。聞きたくないです」

「し、心配するに決まってるよ! だから今日は休んだ方が―――」

「もういいんです。本当に」

 

 優しくも思いやりのある花音の声。

 美咲は、それを受け入れなかった。むしろ、彼女に八つ当たりすらしそうになる。これが優人であれば、間違いなく感情をぶつけていたはず。ギリギリのところで堪えた。

 無理に押し通すことが性格的にできない花音は、そこで諦めて美咲と別れた。これほどまで心が苦しくなるとは思わなかった。

 今すぐ彼に連絡して、彼女を止めてほしい。あの時、連絡先を交換していなかったことを心の底から後悔した。

 

 雨脚は強まるばかり。

 美咲は商店街の中にある雑居ビルに入り、広報部のスタッフに声をかける。予定の時間より大分早いが、彼女はそそくさとミッシェルの着ぐるみを纏い、その上から大きな雨がっぱを着けた。

 ここにあるミッシェルは、商店街が所有するもの。ライブ時に使うミッシェルは、こころの家に保管していた。彼女が絶対に分からないように細心の注意を払っているという。

 

 商店街に出ると、着ぐるみ越しに雨を浴びた感覚に陥る。

 強い雨の中でも、人通りはそこそこ。土曜日だからだろう。カッパを着た子どもたちも元気に走り回っている。

 

「あ! ミッシェルだー!」

 

 ミッシェルという存在は、少しずつ認知度も上がっていた。

 四月から定期的に姿を現わすこともあり、商店街のマスコットとしてしっかりとその役目を果たしている。

 美咲は、バイトを始めてから今までに感じたことが無いくらいに気分が楽だった。奥沢美咲という人間じゃない、今この瞬間が。とても、とても居心地がよかった。

 

 そんな彼女を、見つめる視線がまた一つ。

 

「……ミッシェル?」

 

 優人だ。商店街の入り口付近で、物陰に隠れるようにピンク色のソレを見つめていた。

 彼は熱すぎたドリアを食べ終わると、すぐに店を出た。それからすぐ、母親からおつかいを頼まれたのだ。手持ちがないことを願っていた彼だったが、目的を果たすためには十分な金額を所持。仕方なく、商店街にやってきた。

 

 透明の傘のせいで、ジッとしていればよく目立つ。

 ひとまず、おつかいを済ませてしまおうと考えた彼は、ミッシェルにバレないように商店街を物色。十分もしないうちに任務を遂行した。

 

 相変わらず、ミッシェルは子どもたちの相手をしている。

 見た目は可愛らしいが、彼は以前肩パンされている。というより、そもそもあれが自身の知るミッシェルなのかすらも分からなかった。

 

「……帰るか」

 

 どのみち、今の彼は傷心そのもの。打ち付ける雨ですら心に痛いほど沁みていた。遠目でミッシェルを観察していた優人が背を向けると、背後から大きな音とともに子どもの泣き声が響いた。

 彼は、意識したわけではない。無意識だ。ただ声がしたから振り返っただけ。

 

 そこには、足を滑らせて転んでしまった五歳ぐらいの男の子と、手を差し伸べるミッシェルの姿があった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

 美咲は、自身がミッシェルであることを忘れて。素の声でその子に手を差し伸べていた。ただ男の子はそんな余裕もなく、ひたすら泣き喚く。

 埒があかないと判断した美咲。とりあえず彼の身体が濡れないように転んだ弾みで落とした傘をさす。それからすぐに彼の母親が駆け寄り、ミッシェルに頭を下げる。

 少し冷静になった彼女は、キャラを保つために右手を振った。

 母親は彼の濡れた身体を拭き、少し落ち着きを取り戻すのを待って手を引いて帰っていく。その後ろ姿を見て、美咲は少しだけ申し訳なさを感じていた。

 

 私がよく見ていれば――――。そんなことを考えたせいで、ミッシェルらしからぬ雰囲気が身体から出ている。

 ただ視線はよく集まっている。ここはミッシェルとして、役割を全うしないと――――。そう思う彼女は、再び明るく振る舞う。

 

 

 ミッシェル。それは熊の着ぐるみ。それは誰もが見て分かること。それなのに、遠目でそれを見ていた優人は――――呟いた。

 

 

「――――美咲?」

 

 

 雨音に掻き消され、その声は誰にも聞こえない。

 先ほど喧嘩別れしたはずの彼女の名前。どうして自分の口からそれが出てきたのか。優人は考える。

 あぁそうだ――――。子どもを慰めるその姿が、彼の記憶の中にいる美咲とリンクしたのだ。なんとなく、彼女っぽい雰囲気のミッシェルに。

 

 そこで彼は、これまで考えもしなかった一つの可能性に気づく。――――ミッシェルが美咲であるという可能性。まさに目から鱗。ジッとミッシェルを見つめても、ピンクの熊にしか見えない。

 ただ、先ほどの後ろ姿は紛れもなく美咲の雰囲気を醸し出していた。幼馴染だからこそ分かる、根拠はそれだけ。

 

 すっかり元通りになったミッシェル。笑顔を振りまいているのに対して、優人は。

 

 

――――あの三人はその…わかってなくて

 

――――美咲ちゃんなら、さっきスタッフさんと

 

――――痛っ!! あはは。ミッシェルは機嫌が悪いのかい?

 

 

「いや……まさか」

 

 

 あくまでも一つの可能性にしか過ぎない。それは優人も分かっている。しかし、そう考えるとなんとなく合点がいった。

 三週間前。自身が楽屋を訪れた時、問いかけにミッシェルという存在を信じ切っている三人が「知らない」と答えるのは自然。しかし、花音だけは理解していた。ミッシェルの存在を。

 その彼女が上手く誤魔化した――――そう考えれば、イラついた美咲が肩パンしたこともある意味話が通じる。

 

 しかしだ。これはあくまでも彼の中での推測に過ぎない。

 今の優人に、ミッシェルのことを「美咲」と断定することは出来なかった。

 

「まさかなぁ」

 

 頭をひねっても、美咲がミッシェルであるという確信は無かった。どうしようかと悩む。また美咲に伝言でも頼もうか。いや何度も言うが、そもそも本物のミッシェルなのかもわからない。

 

 それでも――――彼は動いた。ミッシェルの元に、歩み寄る。

 

「えっと……み、ミッシェル」

 

 恥ずかしさを抑えて、呼び掛ける。周りの子どもたちはキョトンと優人を見つめている。しかし、これに焦ったのは、美咲だった。彼の存在に気付かなかったことに加え、突然話しかけてきたのだ。声も出せず、ジッと彼を見つめる。

 

「お、覚えてます? ライブの時」

 

 忘れるわけないでしょ――――。心の中で言葉をぶつける。

 ここで反応しなければ、正体がバレてしまう可能性もあった。先ほどまでの()()()()を隠して、明るく接する。

 このミッシェルがハロー、ハッピーワールド!のメンバーなのか。話しかけてはみたものの、優人には分からなかった。それもそうだ。あの時は衣装もしっかりと用意されていたが、今は着ぐるみ用の雨がっぱを纏っているだけ。よくいる着ぐるみだ。

 

「……君に伝えるのはおかしいかもしれないけど。美咲に伝えてくれませんか」

 

 これで違ってたら、ただ恥ずかしいだけだな。優人はそう思いつつ、口を開いた。気休めにもならないが、とにかく誰かに伝えたかった。それだけの話。

 一方で、目の前にいる美咲は心の中で思い切り毒づいた。また伝言。それなら、直接言って欲しいと。先ほどまでの感情が湧き出る。

 ただそれは優人に届くはずもなく。彼は口を開いた。

 

 

「俺は――――頑張ってる美咲が好きだって」

「へっ……?」

 

 

 美咲は思わず声が漏れた。気の抜けたみっともない声。

 ただ優人はそれに気づいていない。それだけ浮き足立っていた。自分でも考えた台詞と違う言葉が出てきて、「あぁいや!」と慌てて否定する。

 

「そ、そういう意味じゃないから! そこは誤解しないで、しっかり伝えてください。今ちょっと気まずいんで」

 

 そう言い残し、優人はその場から立ち去った。

 気のせいか、雨脚が少し弱くなっているように感じるほど、彼の身体は火照っている。恥ずかしさが心の中から飛び出してしまったような。

 

「す、す、好き………? な、何言ってるの……」

 

 ミッシェル――――固まる。

 雨に打たれて故障したかの如く。美咲の頭の中は、パンクしてしまいそうな。そういう意味じゃないと、優人が付け足した言葉は、彼女には届いていない。

 

「ママー。ミッシェルが動かなくなったー」

 

 子どもの声がしても、彼女は固まっている。

 やがて広報部のスタッフが慌てて美咲の様子を確認する。それでも彼女は上の空。そんな美咲をよそに、雨は止んだ。

 

 

 

 






 ありがとうございました。

 昨日は「明日は更新できないと思います」とあとがきに書きましたが、あれは嘘です。奇跡的に書き終わりました。やりました。褒めてください。

 話も折り返しを過ぎました。
 もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです。美咲はいいぞ。

 高評価してくださった皆さん。燐(リン)さん、ハチミツたいやきさん、しょーきさん、セダンディさん、銀赫さん。ありがとうございました。

 ご感想・評価お待ちしています。

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