幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第八話 幼馴染は木漏れ日を浴びて

 

 

 

 

 

 

 

 梅雨が明け、七月中旬。

 本格的に暑い夏が訪れ、街行く人間たちの水分を奪っていく。そんな季節が今年もやって来た。

 

 この日も良く晴れて、青空と白い雲が都会の景色によく映える。

 花咲川女子学園も、夏服を着た生徒たちで溢れかえっている。世間的に見ても、それはまさに楽園。甘い香りに包まれた別世界。

 

 学校の敷地から少し離れたところ。

 木陰で太陽の日差しが当たらないように、優人は居た。時刻は夕方の四時を過ぎたというのに、太陽の日差しは強く下界に照りつけていた。

 そのせいで、優人は独り言で「暑い」と洩らす。陰だろうがしっかりと熱を帯びている。額に前髪が張り付いて、気持ち悪い。思い切って彼は前髪をかきあげた。手のひらについた汗をハンカチで拭う。

 

 優人が待っている相手は、いつ来るかわからない。

 そもそもの話、約束をしているわけではないのだ。その段階で、相手は美咲ではないということになる。

 彼にとって、今の美咲と話すのは勇気が必要だった。彼女の顔を見るたびに、あの紅潮した可愛らしい彼女の姿が思い浮かんで。上手く言葉を紡ぐことが出来なかったのだ。

 

「………はぁ」

 

 これはそう。きっとそう。

 彼は気づいていた。自身が美咲を()()()()()意識していることを。これまでそんな傾向すらなかったのに、どうして。自問する。

 それはあれだ。美咲がバンドを始めたことが始まり。そこでこころたちと出会い、美咲の新たな一面を知り、彼女が女の子であることを初めて自覚する。そんな一連の流れに沿って、彼は美咲に惹かれていった。

 

 いや、ずっと昔から惹かれていたのかもしれない。

 

「マジで参った……」

 

 後悔するような声。それが洩れても、周りにいる人間には聞こえてすらいない。自分の世界だけで解決しないといけないこの状況。それが彼は辛かった。

 だから、優人はここに居るのだ。美咲との関係について、相談するために。

 その相談相手というのが、この花咲川女子学園に居る。同じ学校に腹割って話せるような友達は居ない。俗に言う親友と呼べる存在。

 話が話であることから、相談相手を彼は慎重に思考を巡らせた。その際、美咲と日頃から一緒に居ることの多いバンドメンバーの方がいいのではと考えたのだ。

 

 こころ? 却下。

 はぐみ? 却下。

 薫? 却下。

 

 ただ三バカについては考えてもいない。考えるだけ無駄だと感じたのだ。まともに話せる自信がないせいで。

 そうなってくると、残るのは一人だ。優人の中では、決して相談に乗るタイプではないと感じている。しかし、彼女しか居ないのだ。頼れる人は。

 だからこうして恥を捨てて、花咲川女子学園の前で待っている。ここで待つのは二度目の彼。それでも、やはりこの雰囲気には慣れなかった。

 

「――――何してんの?」

「げっ、美咲!?」

「なに? ……まさか盗撮なんてしてないよね?」

「するわけないだろ…」

 

 最悪のタイミングだった。

 優人は自分の考えの甘さを痛感する。相談対象の美咲も下校することになるのだ。ある意味この展開は自然。

 夏服姿の美咲は、なぜか蔑んだ視線を彼に送っている。彼女としても、ここに優人が居る理由が分からなかった。

 特に約束もしていない。連絡だって頻繁にはとってない。なのになぜ彼がここに? そう自問しても、彼女に答えが見出せるはずもなく。蝉の鳴く声が二人の距離感を突き離す。

 

「だったらなにしてるの? ここで」

「えっと……それはあれだよ」

「あれって?」

「あれだよあれ」

 

 時間を稼ぐように彼はそう言う。

 ただそれは美咲に通用しない。昔から都合が悪くなると誤魔化そうとする彼の癖。彼女はそれを一瞬で見抜いた。

 だけど、ここで何も言わないのが美咲。泳がせておいて、一気に仕留めるのが一番効果的だと知っていたのだ。恐ろしい女である。

 

「――――ま、待ち合わせしてるんだ」

「待ち合わせ? 誰と?」

 

 実際のところ、一方で待っているだけなのだが。

 美咲はそれこそ瞳を点にして彼を見つめる。彼がこんなところで待ち合わせをするとなるとそれは――――間違いなく花咲川の生徒だ。

 それが彼女には理解できなかった。女っ気のない彼が、いきなりそんなこと。キュッと拳を握って。

 

 優人にしても同じだった。

 あぁ変に誤解されてるな、これ――――。他に上手い言い訳が見当たらなかったせいで。

 

 蝉は鳴く。二人の耳を刺激する声で。

 日差しは強く、美咲の白い肌に突き刺さる。熱を帯びていくのが美咲自身もわかっていた。日陰にいる優人にも、それは伝わっている様子だ。

 

「まぁ、そういうことだから」

 

 察してくれ、そう言わんばかり。彼はスマートフォンに視線を落とした。突き離すような言葉かもしれないが、彼の声は優しかった。

 美咲は考えた。いや、気になった。 彼は誰と待ち合わせをしているのか。それはどんな(ひと)なのか。気になる。とてつもなく。

 

「……私も待っとく」

「は?」

「別にいいじゃん。減るもんじゃないし」

「そういう問題じゃなくて……」

 

 美咲のそんな提案に、優人は顔を歪ませた。想定外の展開だった。

 しかし彼女はもう決めたようで。彼の隣に移動し、スマートフォンの画面を覗き込んでいる。デリカシーというものが二人の間には存在しないようで。

 

「何見てるの?」

「ニュース」

「ふーん」

「やましいやつでも期待した?」

「んなわけないでしょ。気持ち悪い」

 

 優人の懸念は杞憂に終わる。あの時の気まずさは感じられないほど、自然な会話だった。

 しかし、二人ともその感情は心の何処かに置いているようで。会話しながらも、相手の様子をしっかりと伺っていた。

 蝉の鳴き声が少しだけ小さくなったような。優人は正門から出てくる生徒たちの流れに集中している。そんな彼を見上げる美咲は、よく分からない感情が胸を覆っていた。

 

 女っ気のない優人。かつてはここまで来ることすら拒んでいたのに。それがどうして。美咲の拳に力が入った。

 しかし、優人は花音を見つけることが出来ない。十分ほどが経つが、もう帰ってしまったのだろうか。約束をしていない彼にとって、長期戦は覚悟の上だった。

 

 ここまでしても、彼は想いを吐き出したかった。美咲以外の誰かに。この感情は――――きっと。きっとそうなのだろう。あれから一人。ずっと考えていたのだ。

 優人は美咲に恋をした。ずっと昔から抱いていた感情は、彼女がミッシェルに出会い、ハロー、ハッピーワールド!と出会い。確かな恋心へと変わっていった。

 

 それだと言うのに、彼は落ち着いていた。

 いきなり美咲に声を掛けられた時は焦っていたのに、今は不思議と心が穏やかに。

 

「……ねぇユウ」

「なに?」

「相談なら乗るよ。私でよければ」

「どうしたの、急に」

 

 心配そうに彼女は声を洩らした。

 視線は彼と同じで、生徒たちの流れ。予想外の言葉だったせいか、優人は言葉を考える。考え事をしていたことは簡単にバレていたようで。

 二人は互いの顔を見ることなく会話を広げていく。

 

「なんか悩んでるんじゃない? なんとなく、そう見えたから」

「別に悩んでるっていうわけじゃない」

「無理しないでよ。いつも私に言ってくれてるじゃん」

「それはまぁ……そうだけど」

 

 生徒たちを眺めながら二人は会話する。出てくる生徒たちも二人のことが気になるようで、チラリと視線を送って帰路についている。

 互いに手が届く距離感。それでもどこか、美咲は彼が遠くに行ってしまいそうな。変な感覚を覚えていた。

 

 もし、ユウに恋人が出来れば――――。

 美咲はそんなことを考えた。今こうして一緒に居ることは叶わなくなる。きっと彼は、私のところから居なくなってしまう。そんなことを。

 それは、嫌――――。

 彼女の中で、結論が出る。至ってシンプルな結論だ。離れるのは嫌だと思う。つまりそれは、自身が彼に対して特別な感情を抱いているから、なのではないか。自問する。

 

 そもそも美咲にとってあの日以来、あんなに話しかけづらかったのに。彼の姿を見ると、身体が勝手に動いてしまったのだ。

 それはきっと彼だから。奥澤優人という男の子だから。昔から一緒に居るのだから、自分のことを見ていてほしい――――そんなことを。

 

「なぁ美咲」

「なに?」

「俺が他の女子と話してたらどう思う?」

「……急になに?」

「いいから」

 

 彼女の心の声を読んだのかと言いたくなるほど、ドンピシャな問いかけだった。

 彼の声は至って真面目だった。茶化すことなく、真剣な回答を求めている声で。美咲はそれが意外だった。

 そんなの嫌だよ――――と素直に言えればどんなに楽だろうか。彼女は視線を落として考える。今さら、恋人関係になんてなれるわけがない。そんな想いが彼女の中にはあったのだ。幼馴染として接してきたせいで、男女の仲にはなれないと。

 

「別にいいじゃん。あんたモテないし」

 

 嘘だ。大きな嘘。優しくもなんともない、彼を突き放すような嘘。美咲は自分で言っておいて、胸が締め付けられた。

 

「いや辛辣すぎない?」

「だって事実でしょ。それとも気を遣ってほしかった?」

 

 「そういうわけじゃないけどさ」優人は少しだけ拗ねたような声で話した。美咲はチラリと視線を送る。表情からも拗ねた様子が感じ取れて、思わず彼女は微笑んだ。可愛いところあるんだな、と。

 相変わらず蝉がうるさい。美咲は少しだけ彼の方に近寄る。声がよく聞こえるように。それに反応するように優人。視線を落として彼女を見つめた。

 

「――――俺は嫌だ」

「なにが?」

「美咲が、他の男子と話してるの」

「……だから急にどうしたの」

 

 「別に」と優人は視線を逸らした。

 彼の頬はどんどん紅潮していく。口元を抑えて照れているのを隠しているつもり。しかし、美咲はしっかりとその様子を見ている。

 あぁ照れてるんだなぁ――――彼女はそんな彼が愛おしく思えた。可愛くて、頼り甲斐もあって、優しくて。自分にとって彼は、かけがえのない存在であると。

 

 それでも彼は、別の誰かをここで待っているのだ。その事実が美咲の胸を締め付ける。そんなことを聞いておきながら、別の女子を待っているなんて。そんなふざけたこと言わないでほしい――――。そう心の中で毒づいて。

 

「それより、待ってる人まだ来ないの?」

「あぁそうだった」

 

 思い出したように彼は言う。これまで忘れていたのかと突っ込みたくなる美咲だったが、何も言わずにまた視線を生徒の流れに戻した。

 先ほどよりも出てくる生徒は減っている。それもそうだ。今帰宅している生徒たちは殆どが帰宅部。部活に入っている生徒たちはまだ学校に残っているのだ。

 

 そもそも彼は、誰を待っているのだろうか――――。その疑問が再び美咲の頭に浮かび上がる。忘れていた様子を見ると、約束すらしていないのではないか。

 

「何時に待ち合わせしてるの?」

「えっと…時間決めてなくて」

「その人、部活は?」

「………あ」

 

 優人はすっかりそのことを忘れていた。待ち人である花音が部活をやっているという可能性が頭から抜け落ちていた。

 まさに気の抜けた声が洩れる。美咲は少し呆れた様子で彼に視線を送る。一方の優人は彼女の疑うような視線に、咄嗟に嘘を吐いた。

 

「じ、実は美咲のことを待ってたんだよ」

「………は?」

「ほら帰ろうぜ」

 

 どうしてそんな嘘を吐いたのか、優人本人もよくわかっていない。

 彼としては、花音に会うという事実を美咲に知られたくなかった。相談内容が内容だけに、美咲にだけは知られるわけにはいかないのだ。

 しかしそんな嘘が彼女に通用するわけもなく。帰ろうとする優人の右手首をガシッと掴んだ。

 

「なに隠してるの?」

「隠し事? そんなもんあるわけないだろ」

「大体が怪しすぎる。女っ気のないあんたがこんな場所で待ち合わせだなんて」

 

 美咲の腕にギュッと力が入る。自分のソレよりも太い彼の手首。目一杯掴んでいても、彼にとっては痛くも痒くもない。

 

「だから美咲のこと待ってたんだって」

「どうして? 別に大した要件でもないのに」

 

 冷静さを通り越して、彼女は呆れていた。ここまでくれば嘘も面白さすら感じて。それとは対照的に優人は焦った。ここまで問い詰められるとは思っていなかったせいもあり、頭をフル回転させる。

 ここまでくれば、素直になっていいかもしれない――――。そんなことを考えた彼だったが、口にするべきか悩んだ。言うにしても、今じゃない。そんな気がして。

 

「よ、要件ならあるぞ。美咲じゃないとダメな要件が」

「へぇー。聞いてみたいですね。なんですかそれ?」

 

 敬語で問いかける美咲。顔は笑っているのか怒っているのかよく分からない。これは半端な嘘を吐いてしまえば、そこでゲームセット。彼は考えた。本気の想いを。

 本来であれば、花音に聞いて言うはずだった言葉。でも、もうここで言ってしまおう。覚悟を決めた優人。一呼吸置いて口を開いた。

 

 

「今週末……デートしない?」

「…………へっ?」

 

 

 驚いた美咲は、思わず掴んでいた彼の手を離した。

 

 ハナからこのことを伝える気だったのか? いや違う。流れでそうなってしまっただけ。それは優人自身も分かっていた。今日花音に相談した上で、結局のところ美咲をデートに誘うのは変わらなかった。

 タイミングが少し早まっただけ。そう分かっていたのに、彼の言葉は震えて、心臓が高鳴って高鳴って。上手く彼女に伝わっているのかすらも理解できていない。

 

 一方の美咲。彼を見つめて固まる。

 デート、デート、でーと。頭の中でその言葉を噛み砕いて、意味を理解しようと思考を巡らせる。出てくる意味は一つ。デート。二人でデート。

 「はへっ」あの時と同じように変な声が出る。彼からの思いがけぬ提案。驚きとともに嬉しさが込み上げて。体温が上がっていく感覚を覚えた。

 

「その……ダメか。俺じゃ」

「あ…いや……そ、そうじゃなくて…」

 

 冷静を装う優人の真面目な視線。彼女の瞳を見つめて見つめて。そんな彼の世界に美咲は飲み込まれそうになる。

 ダメなわけがなかった。むしろ今すぐ出かけたいと彼女は心の中で叫ぶ。ただそれを言葉に紡ぐことは出来ず、喉の奥がキュッと締まって。

 

 三秒間、美咲は優人を見つめる。

 決して顔が整っているとは言い難い優人。しかし、今の美咲には相当な補正がかかっている。心臓が爆発しそうなほど脈打っていた。

 

「……うん、行こ」

「ほ、本当に?」

「……なに? ()()()嘘とか言うの?」

 

 あぁ、やっぱり美咲にはバレてたか――――。自分の吐いた嘘の下手さに、内心呆れる優人。美咲は冷静に言葉を放ってはいるが、今にも頬が緩んでしまいそうなほど。

 

「そ、そんなわけないだろ。俺は本気で……」

「冗談だよ。ありがと」

 

 からかうように、美咲は彼に背を向けた。

 振り向きざま、彼が見た彼女の表情。それは優人が知る美咲の中で、一番輝いて、綺麗で、可愛くて。そんな笑顔を久々に見たような気がしていた。

 

「帰るんでしょ?」

「……うん。週末、どこに行きたい?」

「ユウが考えてよ。誘ってくれたんだから」

 

 強がってそう言う美咲。「はいはい」と優人も分かった様子で隣を歩いている。周りには花咲川の生徒たちがいる中で、優人は美咲にしか意識がいかない。

 

 二人にとって、これほどまでに週末が楽しみなのは初めて。

 先ほどまで煩かった蝉の鳴き声も、今は二人にとって心地の良いものだった。

 

 

 

 







 ありがとうございました。

 ぴったり十話で終わりそうです。あっという間でしたが、もうしばらくお付き合いください。
 美咲ヒロインの小説増えてください。心の底からお願いします(涙)。

 新たに高評価してくださった方。リュー受験生@さん、麒麟@さん、青黄 紅さん、北上する愛知の民さん、やりおるマトンさん。本当にありがとうございます。励みになります。

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