幼馴染はキグルミの中で笑う   作:ちゃん丸

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第九話 幼馴染は恋人へと変わって

 

 

 

 

 

 

 

 週末がやって来た。太陽が眩しい。まさに二人の運命の日に相応しい天候だった。

 奥澤優人と奥沢美咲。二人の幼馴染はその関係を進展させようとしていた。互いに抱いた感情を今日ぶつけることができるのか。まさに運命の一日だ。

 

 先に待ち合わせ場所へやってきたのは優人。美咲を待たせるわけにはいかないと三十分前に到着。自身でも気合が入っているのがよく分かった。

 駅前は多くの人で賑わっている。休みの日ということもあって、制服姿の高校生は少ない。それこそ普段見慣れない私服姿で待ち合わせている友人、カップルが多く。優人もその中の一人と化している。

 

 約束の時間は午前十時。そこから映画を見て、お昼を食べて。優人は至って普通の初デートを計画していた。夕方にはここに戻ってきて、解散する流れ。

 彼は今日、彼女に想いを伝える。その一心でここまで来ていた。美咲をデートに誘った日。あの日からずっと。

 

 約束の時間まで十五分。その時、彼のスマートフォンが振動とともに初期設定の音を奏でた。無機質なその音が、彼の気分に水を差す。

 画面に表示されるのは、待ち人の名前。彼はふと嫌な予感がした。震える手で通話ボタンをタッチする。右耳にそれを当てると、一呼吸置いて彼女は話し出した。

 

「……もしもし、ユウ?」

「おう。どうかした?」

「ごめん、今日行けなくなっちゃって……」

 

 「えっ」優人は言葉を失った。駅前。日陰にいるのに、背中から汗が滲み始める。彼女の声はそれこそ落ち込んだ様子だった。

 

「実は……急にバイトに行かないと行けなくなって」

「あー……」

「今日は無い予定だったんだけど、バイト先のミスで。私にうまく伝達できてなくて」

「マジかぁ……」

 

 聞くからに声のトーンが落ちる優人。それは電話越しにも伝わっていた。落ち込む彼の声。あぁ可愛い――――なんて口には出さなかった。

 優人の方はそれこそ意気消沈だ。気合いを入れてこの日を迎えたのだ。それが空回りとなってしまった。

 

 しかし優人には心当たりがあった。美咲のバイトについて。

 あの日、ミッシェルの着ぐるみを着ていたのは間違いなく彼女。美咲の口からぽろっと溢れた言葉で、彼は確信していた。しかし、それを未だに美咲には伝えていない。

 

「代役いないの? そのバイト」

「え、えっと……他の人もみんな忙しくて」

「へぇ」

 

 代役がいるのかいないのかは定かではない。しかし、彼女の性格からして他に代役が居ないからこそ、断れないのだろう。無駄に責任感の強い美咲らしいといえばらしかった。

 バレてるんだし、認めればいいのに――――。優人は心からそう思う。そのせいで、返事が素っ気なくなっている。

 

「その……ほんとごめん。埋め合わせはちゃんとするから」

「断りきれないだけだろ。わかってる」

「ち、違う――――」

「違わないって。大体それってバイト先が悪いんだから」

 

 優人は正論を彼女にぶつけた。声には少しだけ怒りが込められている。それはしっかりと美咲にも伝わっていた。

 可愛いと余裕を持っていた美咲も、スマートフォンを持つ手に力が入る。ここまで怖い彼の声を聞くのは久しぶりだった。

 

 美咲は自宅でバイトに出かける準備をしながら、優人と電話していた。すぐに許してくれるだろうと思っていたが故に、この展開は予想外だった。それだけ優人は真剣に彼女と向き合っていたのだから。

 

「そ、それは…そうだけど」

「いいよ。埋め合わせなんて。バイト頑張ってな」

「あっちょっと――――」

 

 切れる電話。無機質な音。鼓膜にこびりつきそうだ。

 美咲は後悔した。彼を怒らせてしまったと。これまで優しく受け入れてくれた優人に甘え過ぎていたと。

 確かに彼の言う通りだった。バイト先からも「こっちのミスだから無理はしないで」と言われたのだ。しかし彼女はバイトを優先させてしまった。相手のミスを優先させたのだ。彼が怒るのも無理はなかった。

 

 「チッ」優人は久々に舌打ちをした。イラつきはしばらく収まりそうにない。行き交う人の流れにすら、今の彼にはイラついている。スマートフォンの電源を切る。彼女からの連絡を受けたくない気分だった。

 駅前。これから二人で遊びに行く予定が、一気に暇になってしまった。あぁ最悪だ――――行き場のない怒り。あそこで電話を切って正解だったかもしれない。あのまま話していれば、きっと彼女を傷つけていた。

 そう思うことが出来るだけ、まだ冷静なんだとそこで気付く。しかし、これからどうしようか。優人は一人考える。

 

「えっと……奥澤さん?」

「あっ……」

 

 行き交う人の中で、不機嫌な彼に話しかけてくる一人の少女。彼女はかつて、優人が相談しようと学校に乗り込んだ相手だった。

 イメージ通りの柔らかい私服姿。見慣れないはずなのに、どこか自然とそれを受け入れてしまうような。それぐらい自然だった。

 

「ま、松原さん」

「お、お久しぶりですっ。その……ごめんなさい急に」

 

 「い、いえそんな」先ほどのイラつきはどこへやら。彼女の柔らかい雰囲気と声。ライブの時以来ということもあって、ほぼ初対面の彼女だ。緊張感が彼を襲った。

 

「い、いえ……どうされたんですか?」

「その……何かあったんですか」

「いやまぁ、いろいろと」

 

 一度だけしか話したことなかったが、優人的に花音は面倒見のいい印象があった。美咲も唯一と言っていいほど、彼女に頼っている。

 花音としても、優人に興味があった。興味と言っても、異性として気になるとかそんな感情ではない。ただ単に、美咲にとって大切な存在である彼がどんな人なのか。

 勢いで話しかけてしまったとはいえ、想像以上に彼は落ち込んだ表情をしていたせいで。余計に気を遣っていた。

 

「あの……これからお時間ありますか」

「う、うん。買い物だけだから」

「少し話しませんか。今話したい気分なんです」

 

 花音は驚いた。まさかの誘いだった。

 しかしそれ以上に興味がある彼女。首を縦に振って、すぐ近くにあるファストフード店に入る。朝も早いせいで、朝食を済ませた二人は飲み物だけを頼んで席に着いた。一階の窓際。街の行き交う人がよく見えた。

 

 二人向かい合って座る。互いに私服。

 ――――ほぼ初対面。そこで二人は思い出す。

 

「あー……いきなりすみません」

「う、ううん! その…話聞いてみたかったから」

「…俺のですか?」

「うん。美咲ちゃん、あなたの話ばかりするんですよ」

 

 普段なら嬉しい言葉。でも今の彼には何も思わなかった。いや思えなかった。ドタキャンされたことが彼にとってそれほどショックだった。

 「そうなんですね」と彼は素っ気なく答えた。全然関係の無い花音に当たっているようで申し訳なさを感じてはいたが、それを抑えられるほど大人ではなかった。

 

「……美咲ちゃんと何かあったんですか?」

「まぁ、そんなところです」

「理由は…?」

 

 美咲から話を聞く限りでは、二人の仲は決して悪くはない印象だった。それが花音の頭にあったため、今の優人の反応は不自然。決して勘の鋭い方ではない花音にも、すぐ分かるほどに。

 

 花音の問いかけに、優人は少し考えて。

 

「バイトが入ったからって、ドタキャンされて。今日の約束」

「えっ……」

「電話でちょっと当たっちゃって」

 

 花音は少し驚いた様子。美咲はドタキャンをするような性格ではないはず。バイト、といえばミッシェルのこと。断れず渋々受け入れる彼女の姿が花音には思い描けた。

 約束、ということは二人で遊びに行く予定だったのだろう。彼の表情を察するに。

 

「あの……奥澤さんは美咲ちゃんのことどう思ってるんですか」

「……好きですよ。異性として」

 

 優人の真っ直ぐな瞳。花音の瞳を見つめるそれは、吸い込まれそうなほどに輝いていた。男子と普段話すことのない花音でも、優人とは普通に会話できている。美咲から話を聞いていたせいか。

 彼女が話した通り、彼は優しい人なんだな――――。花音は彼の表情、声色、雰囲気。その全てからそう読み取る。

 

「そうなんですね。安心しました」

「……安心?」

「美咲ちゃん、すごく楽しそうに話すから」

「どうなんですかね」

「大丈夫ですよ。きっと仲直りできると思います」

 

 彼女の優しい声に、彼は少し落ち着きを取り戻した。

 コーラを一口。冷房の効いた店内。それがようやく美味しく感じた。花音もオレンジジュースの入った紙コップを手に取り、小さな口でストローを吸う。

 

「あいつのことなんで、断り切れなかったんですよ。ミッシェルの代役はいないんで」

「……美咲ちゃんから聞いた?」

「いえ。あいつの口が滑ったんです。何も言いませんでしたけど」

 

 美咲は花音にいつ言えばいいのか、そう相談していた。しかし、最近それが無くなっていたため、てっきり打ち明けたと花音は思っていた。しかし彼の話を聞けば、まだ素直になり切れていないようだった。

 同時に、彼の優しさを感じた。敢えて問いたださなかったのは、彼女のことを想って。長年一緒にいるからこそ分かる感覚。

 

「優しいんですね。奥澤さんって」

「いやそんな…」

 

 優人は口元が緩んだ。美咲以外の女性に褒められることもない彼。いや美咲もそんなに褒めないのだが、それに慣れていないせいで、みっともない表情になっている。

 

 そんな二人。釣り合いはしない二人だ。見つめる視線。それは店の外から――――。

 

「…………ゆ……う……?」

 

 美咲だった。慌ててお洒落な服に着替えて、目一杯可愛くして。しかし、五十メートル先には優人と花音。二人で楽しそうに談笑している光景。

 先ほどから優人のケータイに連絡をしていたが、繋がるはずもなく。ダメ元で来た結果が、これだ。

 

 彼女は優人との電話の後、再度バイト先に連絡。断ったのだ。一度受け入れたことは筋を通す美咲が。彼のために。

 しかし元はと言えばバイト先のミス。担当者も仕方ない様子でそれを受け入れていた。決して、筋違いなことではない。

 それからすぐに用意していた白色のワンピースに着替え、髪の毛も綺麗にセット。女の子らしく、彼の前で可愛くいれるために。それなのに。

 

 約束の時間は三十分ほど過ぎている。この時間の間に何があったのか。彼女は知る由もなかった。

 あぁ、バチが当たったんだろうな――――。そんなことすら考える始末。私が変な責任感を持たなければ、今頃二人で楽しくデートしていたはずなのに。出てくる感情は後悔だけだった。

 

 美咲の瞳からは、一つ、二つと涙が溢れる。

 情けなさ、みっともなさ。自分の性格が心の底から嫌になって。とめどなく涙が溢れた。周りの視線を気にして、うつむきながら彼らに背を向ける。

 もう大人しく帰ってしまおう――――。そう思った時、後ろから声をかけられた。

 

「――――美咲!?」

 

 優人の声。心から心配している彼の声。

 こんな顔を見られたくない、だけど、彼に会いたい、触れたい、抱きしめてもらいたい――――。止めどない想いは涙となって、彼女の肩を揺らしていく。

 彼は花音に一言告げて美咲の元に駆け寄った。そして、優しく肩に手をかけると、美咲は振り返った。

 

「……花音さんと楽しめばいいじゃん」

 

 あぁ違う、そんなんじゃない――――。思っていることと正反対の言葉。彼女はそんな自分が嫌になる。俯いたままそんなことを考えた。

 

「そ、それよりバイトは!?」

「……断ってきた」

「えっ……」

「ごめん……ほんとに…」

 

 今にも壊れてしまいそうな細い肩。優人は後悔した。自分のやったことを。せめて、スマートフォンの電源さえ入れておけば。こんなことにはならなかったのではないか。

 でも彼は、それと同時に嬉しかった。彼女が駆けつけてくれたこと以上に、楽しみだったからと素直になってくれたのが。

 

「ご、ごめんね美咲ちゃん。少し話してただけだから」

 

 優人の後を追うように駆けつけた花音。彼をフォローするようにそう話す。

 それは美咲も分かっていた。だからこそ、心の底から()()()()感情が湧き出てくる。

 

「その……ごめんな。強く当たりすぎて」

 

 彼は一言。美咲に謝罪する。自分が少し冷静になっておけばこんなことにはならずに済んだと。

 

「それと、ありがとう。来てくれて。めっちゃ嬉しい」

 

 続けて感謝の言葉。今日は会えないと思っていた彼にとって、これは嬉しすぎる誤算だった。俯いていた彼女も、この言葉でフッと顔を上げる。涙はすっかり止まっていたが、目元は少し腫れている。

 彼の表情は優しかった。電話越しで聞いた彼の姿はそこに無くて。普段見慣れた優人が居ることに、彼女は心からの安心を覚えた。

 

「……ん。遊び行こ」

「だな。すみません松原さん。俺たちはこれで」

「うん。楽しんでね」

 

 優人は花音にお礼を言うと、美咲もぺこりと頭を下げた。彼と一緒にお礼を言ってるつもりなのだろう。花音はそれが非常に可愛らしく思えた。

 

 

 それから二人は電車に乗り、新宿の映画館へと足を運んだ。

 予定していた映画の時間には間に合わなかったが、代わりに別のコメディ映画を見ることに。人も多かったが、二人は並んで席に着く。上映中は二人ともいい笑顔でスクリーンを見つめていた。

 映画が終わると、時刻は午後一時過ぎ。いい時間だ。昼食はチェーン店の定食。お洒落じゃなくてごめんと謝る優人に、美咲は優しく声をかけた。これぐらいがちょうどいいと。

 

 そこには、朝から喧嘩した二人の姿は一切なく。

 仲良く映画の感想を言い合っていた。その声色は優しく甘い色。

 

 昼食後は、二人でぶらぶらと街を散策することとなった。

 洋服だったり、CDショップだったり。各々が興味ある店に二人一緒に巡った。

 ゲームセンターでは、美咲から「プリクラ撮ろうよ」と提案が。意外な提案に驚いた優人だったが、せっかくの機会。二人並んでプリクラを撮った。

 

「花音さんと何話してたの?」

「大した話はしてないよ」

「ふーん」

「拗ねるなって」

「拗ねてないですー」

 

 デート中はそんな会話すらも、楽しくて楽しくて。

 二人が過ごした初めての時間。甘くて酸っぱい時間は、一瞬にして過ぎ去った。

 

 

 とにかく、二人の一日はあっという間だった。

 帰りの電車すらも短く感じて、朝待ち合わせた駅前には、午後六時をすぎた頃戻ってきた。

 

「……帰るか」

 

 優人の提案に、美咲は頷いた。こんなにも帰りたくないと思ったことは彼女の中で初めて。それだけ、彼の過ごす時間は楽しくてキラキラと輝いたものだった。

 来た道を戻る。二人並んで。

 人通りは多くない。夕焼けが空を染め上げて。もうすぐ満天の星が夜空を彩る時間帯になる。この時間に帰ってきて正解だと、彼は思った。

 

「ねぇ、ユウ」

「ん」

「今日、楽しかった。ありがとう」

「……そっか。ならよかった」

 

 お礼を言う美咲。恥ずかしくて、彼の方を向くことが出来なかった。それは優人も同じで。隣を歩く美咲から緊張感が伝わってきて、それだけで心臓が跳ね上がる。

 二人の周りには誰もいない。住宅街。夕焼けを彩るのはカラスの鳴き声だけだ。

 

 

「俺、美咲のことが好きだ」

 

 

 急だった。時間が止まった。二人の甘い時間が。

 

 それでもそれはほんの一瞬で。カチッと、秒針が傾くように、美咲は息を吸って、吐いて。

 あぁ、告白された――――。彼女は理解する。愛しの彼に、告白されたんだ。この想いは一方通行なんかじゃなくて。彼も同じ気持ちでいてくれた。そう考えるだけで、彼女の体温は上がっていく。

 

 

「私も好き。ユウのことが」

 

 

 恥ずかしくて恥ずかしくて。でも、とても嬉しいそれは、これまで絶対に言わなかった言葉となって。

 美咲の言葉に、優人は顔が真っ赤になっていくのがよくわかった。それを隠すように、笑う。

 

「あはは……ありがとう。めっちゃ嬉しい」

「……うんっ」

 

 照れ笑いを浮かべる二人。ようやく想いを伝えあい、晴れて恋人関係へと進展した。恥ずかしいのか、二人はまだ顔を合わせない。それでもよかった。今顔を合わせると、きっと真っ赤になってしまうから。

 歩くのをやめない二人。それでも、二人の距離は少しずつ近づいて。彼の左手と彼女の右手が柔らかく触れた。

 

「……手、繋いでもいい?」

 

 彼の問いかけ。美咲は首を縦に振る。

 やがて絡まる二つの手のひら。それはしっかりと、互いの手を繋いで、もう離さないと言わんばかりに。

 あぁ、恋人――――。昨日まではただの幼馴染だった互いが、今この瞬間から恋人になって。それが可笑しいのか、美咲はクスッと微笑んだ。

 

「なんか、変な感じだね」

「あはは。それには同意だよ」

 

 そんなことを言いながら。

 二人繋いだ手は、ギュッと力が込められている。

 「顔真っ赤だよ」と茶化す美咲。優人は「夕日のせいだよ」なんて、普段なら言わないような冗談を飛ばして。

 

 

 

 







 ありがとうございました。

 次回はいよいよ最終回となります。明日の更新になるかはわかりませんが、間違いなく今週中には更新できると思います。最後までよろしくお願いします。

 新たに高評価してくださった方。ごまだれ醤油さん、優希@頑張らないさん、暇人@蓮斗さん、八坂未来さん。本当にありがとうございます。

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