それは数分か、数時間か、数年か。どれほどの時間が経ったのか。レオはサラの亡骸に覆い被り、ただ泣いていた。
突然、脇から地響き。何かが降り立つ。わずかに顔を向けるレオ。見えるのは、クローキングを解いている異界の狩人。しかし強大な敵を目前にしても、レオの心は動かない。
だがその身は動いた。
「うぐっ!?」
体が宙に舞った。そして畑へと転がるレオ。プレデターに蹴り飛ばされた。途中で戦いを投げるなと言わんばかりに。
ゆっくりと立ち上がるレオ。杖を支えに。
「杖……」
彼は驚いていた。未だに杖を握っていた事を。もはやサラを失って、生き残る意味を失ったにも関わらず、得物を捨てていなかった。まだ闘志が残っているのだろうか。復讐を果たしたいからか、彼女に生きろと告げられたからか、それとも全てか。少なくとも、レオの胸の中に黒い炎が上がり始めているのは確かだった。
「この野郎……」
殺意だけが頭を満たす。異界の狩人へ、鋭い眼光を向ける。
その時、ふと気づいた。左肩のプラズマキャスターが相変わらず壊れている事に。では何に攻撃されたのか。するとプレデターは左手のガントレットを操作。同時に森のいくつもの場所で爆発が起こる。
「それが……あったか……」
レオは何に攻撃されたのかようやく理解する。特殊地雷、プロクシミティマインだ。
最初の罠が失敗した後、方々をプレデターは飛び回っていたが、あの時森中にプロクシミティマインを仕掛けていたのだった。別に癇癪を起して飛び回っていたわけではない。獲物を逃がさないために、周辺を囲むように地雷原を作り出していたのだ。ジャンプが雑だったのは、仕掛ける事を優先したから。そして森から出る策に、プレデターが引っかかったと思った最初の爆発。あれは逃げ出した動物が、地雷で爆発したものだった。プラズマキャスターを撃った訳ではない。
またも後悔がレオの脳裏を巡る。ラッジ、エヴァ、ジェロムの時も、そしてサラの時も。ゼノモーフやプレデターの事を十分知っておきながら、読みが甘い。不思議と笑いたくなる。
「はは……。これが俺の限界かよ……。けどな……」
諦めと同時に、奇妙な落ち着きが訪れる。ただただ目の前の化物の命は、必ず狩ると誓う。人生の最終目標だったかのように。
プレデターはレオに戦意が戻って来た事を喜んでいるのか、勇まし気に歩き出した。
レオの額に汗が伝わる。闘志と怒りが今にも身を動かさんとしているが、肝心の戦う方法がない。さっきの爆発で、硫黄の玉はどこかへ落としてしまった。そもそもサラがいなくては、短期間で火薬を作るのは無理だ。
必死になって頭を巡らせるレオ。プレデターはその歩みを止めず、近づいて来る。おそらくは、すぐ側に来るまでがタイムリミット。その瞬間、あの狩人は容赦なくその剛腕で彼を切り裂くだろう。
辺りを必死で見回す。何かないかと。すると畑の端にある、屋根で覆われた桶に気付いた。肥溜めだ。その時、レオの中に閃くものがあった。
突然、背を向け桶に向かって走り出すレオ。一方、異界の狩人は何もしなった。まるで、獲物の最後の足掻きを楽しむかのように眺めるだけ。
やがて目的の場所へたどり着くレオ。屋根を蹴り飛ばし、杖を肥溜めに突っ込む。
「レオ・トリュフォーが願い奉る。三方の枝よ、気と生に誘いと眩暈の結びを。サンテスシミク!」
魔法が発動。糞尿だったものはまるで違うものに。すぐさまレオは短めのブーツを脱ぎ、肥溜めの中の液体をすくう。身を返し、それを地面へと置いた。そして魔法でブーツに火を付けた。
さらに杖を地面に刺す。魔法をいつくか唱えると、抜いた杖の先に両刃が現れ、槍のような姿となっていた。そして腰のナイフ抜く。立ち上がる炎の後ろに、右手に槍、左手にナイフを持った仁王立ちの魔導士。
「ほら!来いよ!勝負したいんだろ!」
敵意と威勢を声に乗せ、プレデターへ放った。しかし相手は動かない。
レオは想像する。この狩人が何を考えているのかを。
命を奪うだけが目的なら、サラの側にいた時に殺せばいいだけ。だがそうはしなかった。次にレオを好きにさせ、仕掛け作りをそのまま見過ごす。楽しんでいるのだ。この狩りを。だからこそ、獲物の全力を食い破りたいのだろう。
一方で油断もしてない。やはり生粋の狩人だ。この異星人は。今動かないのは、仕掛けの目的を理解しようとしているに違いない。プレデターは知っていた。レオが接近戦を得意としていない事を。それが槍とナイフを構えている。炎は確かに目くらましになるが、それだけでなんとかなると考えている訳がないと。今一つ、レオの意図が読めないに違いない。
日が傾きかけていた。無人の畑が緋色に染まり始める。そこに満身創痍の魔導士と、異界の狩人が佇んでいた。
やがて意を決したのか、プレデターは両手のリストブレイドを伸ばす。ゆっくりと足を進め始めた。その足はだんだんと速度を増す。走り出す。そして飛んだ。砲弾が打ち出されたように。
レオは意識の全てを、リストブレイドの切っ先へ集中。
次の瞬間には、それは腹の中にあった。双刃はあっさりとレオの腹部を貫く。背へと刃が突き抜けている。炎の目くらましなど、なんの役にも立たなかった。
同時に体中に走る雷に打たれたかのような激痛。200㎏を超えるというプレデターが、滑空するかのように飛んできたのだ。体が引きちぎられても不思議ではない。
この狩人は、レオの策を、正面から食い破るシンプルな方法を選んだ。何を仕掛けていようが、仕掛けのある場所からレオ自体を吹き飛ばしてしまえばいいと。自分と共に。しかもそれができるだけの身体能力を、この異界の狩人は持っていた。
だが何故か魔導士は吹き飛ばなかった。正確には、一瞬吹き飛んだ。ところが、ゴムかのように逆方向へ引っ張られる。そして肥溜めの前に戻る双方。唖然としているプレデターを前に、レオの口端が上がる。
「俺の魔法はさ、自分自身にもかけられるんだよ」
「!?」
言葉の意味を計りかねているかのようなプレデター。視線を下す。その先にあるのは、本当にゴム状になっているレオの下半身。
狩人が視線を下ろすと同時に、レオは叫んだ。杖を自分の腹に当て。
「レオ・トリュフォーが願い奉る。四方の枝よ、頑なる契を。デュシル!」
「!!」
レオの闘志を吐き出したかのような詠唱に、プレデターは何かを直感したのか、今まであった余裕が初めて消えた。さすがは生粋の狩人か。肌で窮地にある事を察したようだ。慌ててリストブレイドを抜こうとする。しかし、何故か抜けない。何故なら、レオの腹部は人の体とは思えないほど硬くなり、リストブレイドと半ば一体化していてのだから。
レオは魔法で腹部を硬化させていた。しかも彼が自らにかけた魔法はそれだけではない。足がゴムにし、地面から離れないように、自分と地面を一体化させてすらいる。もはや下半身も腹部も、生物ではない。
これが彼の最後の策。自分を犠牲にする事が前提の。炎も槍も、プレデターに接近戦をさせるための誘い。そして本命は、やはり肥溜めの中だった。
「そらよっ!」
当惑して動きを止めているプレデターを抱えると、レオは狩人の体重も利用して後ろへと倒れた。その先には肥溜め。だがその中には、糞尿ではなく透明の液体があった。肥溜めには硝石が溜まっていた。これを分解。構成物質である窒素を利用。糞尿は、魔法により全く別の物質と化していた。
透明の液体の正体は、ニトログリセリン。一種の窒素化合物で、ダイナマイトの原料。わずかな衝撃で爆発する第5類危険物だ。
魔導士と異界の狩人は、ニトログリセリンが満たされた桶の中へ、共に落ちて行った。
山の麓にある辺境の町、ペティバション。その周囲の畑の一画で爆発が起こった。ペティバションを廃墟にした爆発に比べればささやかなものだったが、人間数人分を木っ端みじんにする程度には十分な爆発だった。
男の意識が戻って来る。朦朧としたまま瞼を開けたが、何も見えない。完全な暗闇だ。男は何故か、こんな所で横になっていた。歪みもない真っ平な床の上に。
辺りを窺いながらゆっくりと身を起こす。突然、強い光が視界に入った。目を細め、光の方を見る。自分を照らしている。一瞬そう思ったが、光に慣れてくるとそうではないと気付く。この空間に、一か所だけ光っている場所があった。そこに釣りに使う折り畳み椅子に座っている、恰幅のいい親父がいた。こんな暗い空間だというのに、何故かサングラスをかけ、キャップを被っている。バミューダパンツに半袖シャツを着た薄着。あそこだけハワイとでも言いたげな恰好。ただ何故か、紐にくくりつけたメガホンを首からぶら下げていた。その親父を、背の高いライトスタンドにセットされた照明がやけに強い光を当てている。
太い髭を生やした口元が、胡散臭そうに笑った。
「いやぁ、アンラッキーだったね」
「何が…?」
「君は終わってしまったからだよ」
「終わった?」
回り始めた頭から、記憶を掘り起こす男。動画を逆再生するように蘇る光景。自分が終わる瞬間。彼は、ああそうかと、納得しそうになる……訳がなかった。
急に激高しだす男。
「ふざけんな!」
そんな彼をハワイ親父は、相変わらずの飄々とした態度で眺めていた。
戦いは終わりましたが、話はまだ一話だけ続きます。