町の中に入ったレオ達。城壁から見下ろした時と同じく、町は静かだ。それ所か人の気配がしない。辺りを見回すと、死体を一つ見つけた。その周りに集まる彼等。鎧を着こんだ兵士だった。腹には大きな風穴が空いている。鎧ごと貫いたらしい。
ジェロムが難しい顔をしていた。
「敵はよほど膂力があるようだ。これほどの大槍を使いこなし、しかも鉄の鎧ごと貫くとは」
「あっちのヤツは頭を一撃だな」
クロードが顎で指した先に魔導士の死体。その額には、これまた大穴が空いていた。レオは周りに視線を巡らす。家の壁に矢が刺さっていた。それを抜く。
「何かと戦ってたのは確かなんだけど…妙だな」
「どこ見ても、妙としか思えないけどな」
ラッジが腰を下ろし、落ちていた弓を拾い上げる。レオは矢を渡した。
「やけくそに撃ったみたいだ」
「ん?」
彼の言う妙という言葉に釣られるように、カーボーイハットを上げ視線を巡らす黒人リーダー。眉間を狭め眉をひそめる。家々の壁や屋根には、矢が何本も突き刺さっていた。魔法の破壊跡もいくつか見られる。どうも狙いを定めて撃ったというよりは、四方八方、手あたり次第に撃ったように見える。そしておそらく、一発も的に当たらなかった。一体、何と戦っていたのか。
黙り込んでいたクロードが、突然足を進め進み始めた。だが誰も止めない。皆、分かっていた。このチンピラ風の男には独特の勘のよさがある。盗賊業で培った、事の核となるようなものを探り当てる勘が。何かに気付いたのだろう。レオ達は彼の後に続いた。
やがてこの町の中心、城館にたどり着いた。ぐるりと周囲を見て回る。正面玄関は固く閉じられ、全ての窓の鎧戸は塞がれていた。敵から逃げるため籠ったようだ。ただやはり、ここも様子がおかしい。城館を一周しても、物音一つしないのだから。
正面玄関前に戻ったレオ達は、それぞれに状況を分析しようしていた。ラッジが腕を組み、探るような視線で屋敷を舐める。
「気配はねぇが……。一応声かけてみる……」
すると彼の口をクロードが塞いだ。一先ず待てという目線を送って来る。黙り込む一同。クロードが鎧戸の隙間から中を覗き込んだ。戻って来ると肩を竦めていた。
「外と同じだぜ」
「……!」
つまり中に籠った連中も、殺されているという意味。エヴァが厳しい目つきで城館を見上げる。
「入ってみましょう」
「おいおい。この町襲ってたヤツが、まだ中にいるかもしれないぜ」
ラッジも同じく見上げながら言う。しかしエヴァの考えは変わらない。
「ここは城館。町で一番守りの固い場所よ。生き残ってる人がいるかもしれないわ」
「助けたいってか?」
「それもあるけど……、生き残りがいたら町に何が起こったか詳しく聞ける」
「なるほどな。分かった。ジェロム!頼む」
屈強な偉丈夫に声がかかる。
「うむ!」
ジェロムは窓の一つに、ハルバートを打ち下ろした。城館だけあって頑丈ではあったが、何度か打ち下ろすと鎧戸は壊れた。開いた窓から、クロードが警戒しながら覗く。
「生きてるヤツは……いねぇか」
クロードは軽々と中へと入って行く。後に続こうとするレオ達にラッジが一言。
「慎重に行こうぜ」
皆うなずいた。そして窓から中へと入って行った。
町がそう大きくないせいもあり、城館もほどほどの広さしかなかった。それほど時間をかけずにほとんど見回れた。そして分かった事は、中もそれほど外と状況が変わらないという点。兵や魔導士の死体がまばらに転がり、傷口も似たようなもの。そして生き残りも見つからなかった。相変わらず、手がかりとなるものはない。するとジェロムが珍しく何かに気付いたのか、腕を組んで難しい顔。
「使用人の死体が、やけに少ないな」
「どういう意味?」
エヴァの質問に、ジェロムは返す。
「この規模の城館なら、もっと使用人がいるはずだ。しかも、逃げ込んだ平民もいただろう。それにしては、兵や魔導士の死体ばかりだ」
貴族であるジェロムは、屋敷の規模によってどの程度の使用人が必要か経験上知っていた。大柄の騎士の言い分に、これまでの城館の様子を思い出す。確かに使用人の死体は少なかった。不意にレオの頭を掠めるものがある。
「そう言えば……。町も平民の死体少なくなかったか?」
「言われてみれば……確かに」
ジェロムは組んだ腕をさらに絞り、考え込む。普通、兵や魔導士に比べ平民達の方が圧倒的に多い。だが今までの死体の様子からすると、そこまでの差は見られなかった。
この町にある異様な状況。今まで様々なトラブルを解決してきたが、これ程奇妙なものは初めてだ。数々のモンスターを始末してきた彼等を、なんとも言い難い粘り付くような嫌な気配が包む。
ラッジの表情が不安に染まっていた。この何があって柳のように受け流し、いつもどこか落ち着いているパーティのリーダーが。
「次の部屋で最後にしようや。なんか……ヤバイ」
「だな……」
クロードの返事にも焦りが漂っていた。人一倍、気配に敏感な彼だ。この不気味な空気を、刺すように感じているのかもしれない。いつもの憎まれ口が出てこない。今まで見た事ない二人の様子を前にし、レオ自身の背にも冷たいものが流れ出す。
最後に彼等が向かったのは食糧庫だった。短期間なら人が立て籠もるには悪くない場所だ。そこに避難している人がいるかもしれない。だが予想に反して、扉はあっさり開く。立て籠もっているなら、扉は厳重に閉められていたはずだ。この城館には生きている者はいない。誰もが察した。
だが全員が立ち去ろうと踵を返した瞬間、擦るような音がした。一斉に振り返る。咄嗟にそれぞれの得物を取り出し、身構える。レオ達たちは慎重に足を進めながら、倉庫に入って行った。ラッジが相手を刺激しないよう、探るような声をかける。
「おい。誰かいるか?いるなら返事しろ」
倉庫は無音のまま。
「俺たちは領主様に依頼された、自警団だ。ここには様子を調べに来ただけだ」
すり足で進む歴戦のトラブルバスター達。すると、また擦るような音がした。全員の警戒度が跳ね上がる。サラがポツリとこぼした。
「ネズミでしょうか……」
「ネズミ……ね。かもな……」
確かにそれは有り得る話だ。レオ達は、わずかに緊張感を解く。
その時だった。物陰から何かが飛び出した。跳ね上がった。それはラッジに一直線に襲い掛かる。全員が気づいたときには、それが顔に張り付いていた。
「ラッジ!」
リーダーの名を呼ぶ叫びが、倉庫に響き渡った。
ラッジはわずかの間、引きはがそうとしたが、すぐに倒れる。ジェロム達が一斉に倒れた彼に寄って行く。
「ラッジ!おい!ラッジ!」
ジェロムがその大きな手で彼を揺らすが、ピクリとも動かない。完全に意識を失っていた。
ラッジに取り付いたそれは、何本もの足でがっちりと頭を掴み、尻尾で彼の首を締めあげていた。エヴァは棒立ちになったまま、うわ言かのように言葉を漏らす。
「な、なによ……これ……?」
「知るか!」
脈を取りながら声を荒げるクロード。さらにジェロムの叱咤が飛ぶ。
「バカ者!驚いてる場合か!このままでラッジが窒息する!」
「そ、そうね!」
エヴァはメイスを構えると、呪文を唱え始めた。少しでもラッジの命を長らえさせるため、治療系の魔法をかける。サラも苦手な聖魔法を唱え始める。
しかしこれ程の騒然とした状況で、ただ一人、何もしていない者がいた。レオだ。まさしくパニックとしかいいようのない光景を、茫然と眺める。
この混乱に飲み込まれ、頭が真っ白になっているという訳ではなかった。むしろ逆だ。この状況を誰よりも理解していた。何故なら、彼はラッジに取り付いているものを知っていのだから。
甲羅が外れたようなカブトガニのような姿、乳白色の肌、伸びた8本の脚に、柔軟性の高い長い尻尾。間違いない。記憶の底にあるあれだと。そして同時に思った、何故"こんなもの"がここに、この世界にいるのかと。