一人、カカシのように突っ立ったままのレオを他所に、他のメンバーはなんとかラッジに張り付いた奇妙な生き物を引きはがそうとしていた。クロードと力自慢のジェロムが二人掛かりで外そうとするが、がっちりと頭を掴んだその足は簡単には離れない。鶏程度の大きさと、蟹程度の細い脚にしては信じがたい力の持ち主だった。だがそれでも、この二人の力の前に体が浮き上がりそうになる。
しかしそこに突然、制止の声が飛び込んで来た。エヴァだった。
「ちょっと、待って!」
「邪魔すんな!」
「首よ!」
「首?」
クロードがラッジの首を見る。巻き付いた尻尾がさらに閉まり出していた。ジェロムが吐き出すように言う。
「おのれ、無理にはがそうとすれば、窒息させるという訳か。なんというヤツだ!」
ラッジが生きている事は、先ほど脈と肺の動きで確認した。彼等にとっては、ラッジを人質に取られたようなものだった。ならば方法は一つしかない。クロードがナイフを取り出す。
「しゃーねぇ。足と尻尾、切り取っちまおうぜ」
ラッジの周りにいる全員が、黙ってうなずいた。
すぐに、一本の足の根元にナイフを突き立てようとするクロード。だが悲鳴にも似た叫びが放たれる。
「やめろ!」
彼等が目を向けた先には、強張り、怯えているかにも見えるレオがいた。全員が怪訝に眉をひそめる。クロードがすかさず文句を口にする。
「あ?何、言ってんだ?他に手がねぇだろうが!」
「こいつを傷付けるな!」
「意味分かんねぇ。こいつ剥がさねぇと、ラッジが死んじまうって言ってんだよ!」
「こいつには強酸の血が流れてる。傷付けたら、その血でラッジが溶ける」
「あ!?なんだよそれ」
息を飲む一同。この生き物の厄介すぎる能力に、寒気すら覚えだす。レオは身動きしないラッジを眺めながら、独り言のようにつぶやいた。
「それに……。たぶん手遅れだ」
「何故分かる」
睨むかのような目つきと共に、ジェロムが問いかけてきた。
「こいつの名はフェイスハガー。こいつはラッジを気絶させた段階で、腹の中にゼノモーフの幼体を植え付けてる。こいつを剥がせても、幼体を取り出さないと、ラッジは助からない」
「な!?」
レオの言葉に、凍り付く顔が並ぶ。だがいち早く冷静さを取り戻したのは、一番修羅場慣れしている元盗賊のクロードだった。
「なんでお前、そんな事知ってんだ?」
「え……」
「ゼノなんとかなんてモンスター、聞いた事もないぜ。お前らはどうだ?」
他の仲間も首を振るだけ。誰もこれが何なのか分からない。唯一分かっているのはレオだけ。疑念の混ざった視線が、彼へ向かう。
レオは何も返せなかった。強張った顔を皆に向けるだけ。ただただ棒立ちになりながら。
これが何か。それは明らかだ。宇宙の寄生生物で、前の世界にいた。しかし、この話を信じてもらえる訳がない。逆の立場なら、この非常時に突拍子もない話をする相手を殴ってやりたくなるだろう。だが事実だ。ならば言うしかないのか。
しかし、奇妙な違和感がレオに走る。不意に気づいた。前の世界にもいたはずがないと。いたと言えば、いたとも言える。だがそれは創作物としてだ。ゼノモーフは『エイリアン』という映像作品の登場モンスターに過ぎない。映画とゲームの中にしかいない。実在する訳がない。だが目の前にいる。目に映るその姿は、確かにフェイスハガーだった。いくつもの矛盾がレオの頭をかき混ぜる。
クロード達の不信の目は、色を濃くしていく。何も考えず、全てを話すべきなのか、ごまかしながら掻い摘んで話すべきか。
その時、身動きできない彼の耳に、いきなり叱りつける声が届く。だがそれは、レオへ向けてではなかった。
「そ、そんな事より!今はラッジさんです!」
サラが杖を強く握りしめ、強い眼差しで訴える。もっとも優先すべきは何かと。エヴァが一つ息を挟んだ。
「そうね。そうだったわ。レオ、あなたがどうして、これについて知ってるかは後にするわ。どうやったら、ラッジを助けられる?」
「あ……ああ」
レオの胸の内に安堵感が流れ出す。その理由が、映画の創造物が現れたなどという戯言を納得させずに済んだ事なのか、以前の自分について話さざるを得ない状況にならなかった事か、彼には分からなかった。
ともかく一つ呼吸を挟み、気持ちを落ち着かせるレオ。そして話し始める。この厄介な宇宙生物について。
「フェイスハガーは放っておいても大丈夫だ。幼体を植え付ければ死ぬ。だが幼体の方は、寄生相手の体内である程度成長すると腹を食い破って出てくる」
「お腹を食い破ってって……」
エヴァの言葉が続かない。他の者達も、頬を引きつらせる。
「だから、食い破る前に腹を引き裂いて、幼体を引きずり出すしかない」
「……出てくるまでの時間は?」
「早い場合は数時、遅くても1日」
「……!」
その意味を瞬時に理解する一同。つまり、自分達の町へ連れ帰る暇などない。それは、この死地とも言えるような場所で、大がかりな処置をしなければならないという事。医者でもない自分達が。
だがエヴァが強い言葉で宣言する。
「やりましょう。それしかないわ」
「そうは言うが、どうやると言うのだ」
ジェロムが焦りの声を上げていた。しかし、女神官の覚悟の籠った瞳は揺るがない。
「クロードは手先が器用よ。彼に腹を割いてもらうわ。その化物、素早く引きずり出して。その間、私が治療魔法をかけ続けるわ。それに、切り口が綺麗なら軽傷程度まで回復させられると思う。後、ラッジが途中で目を覚まさないように、サラは睡眠魔法をかけて」
確かにクロードには並外れた器用さがある。そして治療魔法は聖魔法。睡眠魔法は闇魔法だ。それぞれの得意分野を生かせばなんとかなるかもしれない。全員が彼女の考えに乗った。
すぐさま、クロードがラッジを持ち上げる。
「場所、変えるぜ。ここじゃ治療は無理だ。水場が近い方がいい。それに、この城館は広すぎる。そのフェイスなんとかが入り込める穴が、どこにあるか分かんねぇ」
「分かった」
ジェロムがクロードから、ラッジを奪うように抱えた。力仕事は、自分の役目だと言いわんばかりに。そしてレオ達は警戒しながら、城館を出た。
一時間ほどしてたどり着いたのは、大商人の倉庫の一つ。盗人と火事対策のため頑丈に作られていた。そして目途を付けた倉庫は、出荷直後なのか中にはほとんど何もない。だが入る前に、レオが横に手を伸ばす。皆を遮った。
「待った。フェイスハガーが隠れてるか確認する。サラ、エヴァ、火の魔法、準備しといてくれ」
「どうするんです?」
「フェイスハガーは火に弱い。俺が、アイツらを追い立てる」
「分かりました」
サラは杖を構え、真剣なまなざしを倉庫の中へ向けた。わずかな変化も見逃さない。強い意志が窺える。レオは杖を床に付けると、魔法を唱えた。
「レオ・トリュフォーが願い奉る。石巌の眠りを覚まし、その意を現し給え。パルピッテラペラー」
石が敷き詰められた床が変形し、波型を作り出す。置かれていた荷が盛り上がりに押され浮き上がった。これで何かが潜んでいれば、出てくるはずだ。いぶり出すかのように、何度か床の形を変える。しかし、レオ達の懸念は杞憂に終わった。結局、ネズミ一匹すら出てこなかった。肩から力を抜く一同。
クロードが焦り気味に言う。
「大分時間が経っちまった。さっさと、済ませちまおう」
「うむ」
ジェロムがラッジを抱え中へと入る。クロードは水を汲みに向かった。するとエヴァが声をかける。
「待って。私も行くわ。井戸に、潜んでるかもしれないから」
「ありそうだな」
倉庫近くにある井戸へと、二人は向かった。
しばらくして水を汲んで戻って来た元盗賊と女神官。
「何もいなかったわ」
皆はエヴァの言葉に、安堵の吐息が出てくる。どうも、この町を襲ったゼノモーフは去ったらしい。レオはそう考え始めていた。だからと言って、警戒を解くという訳ではないが。
ラッジを床に寝せる。エヴァがメイスを構え治療魔法の準備に入った。サラも同じく、睡眠魔法の準備。レオとジェロムは、もしものために周囲を警戒。クロードが汲んできた水でナイフを洗う。そしてラッジの服が脱がされ、腹部が露わになる。
「そのクソ野郎が入り込んでんのは、胃でいいんだな」
「そのはずだ」
レオは、かつての記憶を探りながらうなずいた。それだけ分かれば十分とばかりに、クロードは身動き一つしない自分達のリーダーの方へ振り返った。彼の双眸が一点に集中する。裂くべき場所へ。
「やるぜ」
全員が息を飲む。一つ呼吸を挟むクロード。銀髪の元盗賊は、ナイフの切っ先をラッジの腹へ当てた。ラッジの腹から血が滲み出てくる。いよいよ始まった。レオ達の意識は、彼の指先へ集まった。
だがナイフはそれ以上進まなかった。焦りの声がエヴァから出てくる。
「手止めないで。素早くって言ったでしょ!」
「何も……してねぇ」
「え?」
あの太々しい元盗賊が、戸惑いの声を漏らす。身動きできずにいる。瞬きせずナイフの先にある血のにじみから、目を離せずにいた。
突然、その場所が一気に真っ赤に染まった。血が噴出する。間欠泉のごとく。ラッジの血が皆を染める。
「キャッ!……キャァァッ!」
サラの悲鳴。そして、眼を見開いたまま、言葉が出ないクロード達。目前の光景が、上手く頭に収まらない。だがそこにレオの警報にも似た叫びが、飛び込んできた。
「まずい!チェストバスターが出てくる!」
「え!?」
「寄生した幼体だ!腹を突き破ってくる!」
一斉に、我に返る彼等。
ラッジはサラの睡眠魔法が効いているのか、ピクリとも動かない。だが吹き出る血は、その勢いを増していた。エヴァが救いを求めるかのように必死に問いかける。
「レオ!ど、どうすればいいの!?」
「……!」
歯ぎしりをするばかりの口からは、何も出てこない。ただ一つハッキリ分かった事がある。ラッジは死んだと。