混乱と当惑が皆の頭に溢れかえる。さらに、それに拍車をかけるものが現れた。ラッジの腹部からの血が、ひときわ高く上がる。それと同時に、蛇のような奇妙な生き物が顔を出した。チェストバスターだ。血まみれのその姿は、蛇というより内臓が口を持って独りでに動き出したかのよう。吐き気を催しかねない嫌悪感を放っていた。
しかし、チェストバスターは彼等の気持ちなど意に介さず、すかさず逃げ出した。だが、それに反応したのはクロード。
「この野郎!」
部屋の隅へと真っ直ぐ向かう異形の化物に、ナイフ一閃。矢のごとく飛んだナイフは、化物の胴を真っ二つ。
「ギャ!」
わずかな悲鳴と共に、事切れるチェストバスター。獲物を確認しようと死体に近づく銀髪の元盗賊。だが目に映ったその有様に、眉を歪めた。
「なんだこりゃぁ……」
「触るな!」
調べようと手を伸ばしかけたクロードに、制止の声が届く。レオだった。側によるとナイフを指さす。
「すぐに触ると、こうなる」
「……!」
チェストバスターを殺したナイフは刃がほとんど溶け、柄だけになっていた。しかも死体の下、床の岩も溶けていた。
「言ったろ。こいつらには強酸の血が流れてる」
「これじゃ、返り血浴びるだけでもやべぇな。接近戦は厳禁って訳か」
「ああ」
二人はゼノモーフの異質さを、実感として肌に滲ませる。その時、エヴァが警告するように言う。
「すぐにここを離れましょう」
「そうだな。これ以上、ここにいては我等も危ない」
ジェロムが、一も二もなくうなずいた。それは他の者達も同じだ。さっそく動き出す一同。ラッジの側で打ち拉がれていたサラが、ポツリと尋ねる。
「ラッジさんは……どうしましょう?」
「置いていくしかねぇ……」
クロード返って来た言葉は、苦虫を噛み潰したかのよう。しかし、レオがそれを妨げた。
「いや、連れて帰ろう」
「そうですね……。ちゃんと葬式してあげたいし……」
「それもあるけど、ラッジの状態を見せないと、俺たちの話なんて信じてもらえない」
レオの言葉を、全員が瞬時に理解した。噂にすら聞いた事のない異形のモンスターが現れたなど、証拠がなければ誰も信じない。
やがて倉庫に転がっていた麻袋に、ラッジを包み始める。別の袋にフェイスハガーとチェストバスターの遺骸も入れる。だが、急にその手を止めるクロード。表情に不穏なものが浮かびだす。
「……変な音しねぇか?」
「変な音?そんなもの…いや……なんだこれは?」
手伝っていたジェロムも手を止め、辺りに神経を尖らす。それはレオ達も同じだった。手を止め、耳に入る音に集中した。それは固いものを引っかくような音だった。犬が石畳を走るような。それが四方八方から聞こえる。レオの脳裏にレッドアラートが響いた。すぐさま叫ぶ。
「やばい!来やがった!」
「何がよ!」
エヴァの沈痛な声が飛ぶ。
「成体のゼノモーフだ!」
「……!」
おそらく、チェストバスターの断末魔を聞いて、集まって来たのだろう。今となっては遅いが、見逃した方がよかったかもしれない。そんな考えがレオの頭を掠めた。
クロードが舌を打つ。
「クソ!囲まれてるぜ!」
言われるまでもなく四方八方から、カチカチというツメが当たる音がする。少なくとも10匹以上はいそうだ。もはやこの倉庫からの脱出も難しくなった。全員が獲物を手にする。身構える。今まで経験した事のない異様な感覚が、全身を締め付けていた。
その時、倉庫に硬いものを叩きつけるような音が響き渡った。瞬時に一か所に視線が集まる。一気に全員の神経が張り詰める。
明り取りの小窓。鉄格子の隙間になんとか身体を通そうと、何かを叩きつける存在が見えた。形容し難い生物らしきものが。ゼノモーフ・ウォーリアの頭部が。
「あれが……」
修羅場には慣れているクロードすらも、言葉が続かない。だがレオだけは、なんとか冷静さを手放さなかった。知らない相手ではないのだから。鋭く叫ぶ。
「逃げるぞ!」
我に返る彼等。しかし、次に出て来たのは戸惑い。ジェロムが問いかけてくる。
「だが、どうやるのだ!こう囲まれては……」
「あそこだ!」
魔導士が指さした先に一つの木箱。この倉庫の床に魔法かけた時、一か所だけ石でない床があった。それが今、示指している場所。
木箱をクロードが蹴り飛ばす。見えたのは、一見石畳のように見える鉄の蓋。
「こりゃぁ……。隠し通路だな。ジェロム!」
「おう!」
力に任せ蓋をひっくり返す偉丈夫。現れたのは、元盗賊の言う通り地下へ続く隠し通路だった。どうも密輸用の通路らしいと直感する。
その時、一斉に小窓の鉄格子を叩く音がしだす。全ての明り取りの窓にゼノモーフ・ウォーリアが張り付いていた。頭を叩きつける。直径5㎝はあろうかという鉄柱が、だんだんとひしゃげていく。そして一匹が鉄格子をこじ開けた。
滑るように倉庫に入り、壁を這うそれ。異形の化物の全容が露わになる。虫の卵かというような長い頭、背にはパイプ状の数本の突起、体は骨に皮を貼り付けたかのように歪な形状。そして長い尾の先は剣のように鋭い。
「悪魔……」
エヴァがポツリと零した。確かにそう形容する他ない。あらゆる存在とは全く異質な、悪魔的な存在感を放っていた。瞬きする間もない状況だというのに、その異形に魅入られる彼等。だが、そこにレオの鋭い声が飛ぶ。
「急げ!クロード先頭やってくれ!」
「お、おう!」
「サラ!前、見てくれ!」
「分かりました!」
すかさずサラは魔法を唱えだす。
「サラ・ユペールが願い奉る。闇を光に光を闇に。この双眸の前に露わにせよ。オイユデュシュエット!」
地下通路には灯りがない。だが闇魔法の中には、夜目が利くようになる魔法があった。地下通路へと入り出す一同。しかしゼノモーフ・ウォーリアが、黙って見ているはずもなかった。倉庫に入った一匹目が、壁から降りてくる。しかし魔法が発動。雷が走り、的に直撃。エヴァだった。彼女が地下通路の入り口に仁王立ちとなる。
「殿は私がやるわ!」
突然、慌てだすクロード。一旦入った地下通路から戻って来た。
「おい!バカ!お前が……」
「バカはお前だ!奴らには酸の血が流れておるのだぞ!接近戦しかできぬ我等では、殿は務まらん。今はエヴァに任せる他ない!」
ジェロムが強引にクロードを地下通路へと連れ戻した。続くサラとレオ。
魔法は一流、接近戦もこなせるエヴァは、このパーティ最強と言ってもいい。確かに、殿ができるのは彼女の他はない。
雷の魔法を喰らったゼノモーフだが、床に落ちたものの、死んではいなかった。しばらく悶えていたが、すぐに起き上がると警戒して距離を取る。しかし、それもわずかな間。他のゼノモーフが、次々と小窓を破り入り込んで来た。それは壊れた蟻の巣から、蟻が湧き出てくるかのごとく。
女神官はメイスを強く握りしめると、自分を鼓舞するかのように叫ぶ。
「この悪魔共!エヴァ・モアブルが願い奉る。大いなる御手よ。白炎となりて顕現せよ。ピラーデフゥーサクレ!」
炎の柱が一斉にエヴァの周囲に立ち上がった。しかも聖属性を持った炎。悪魔すらも近寄るのが困難な火の壁が。だが悪魔のように見える異形の群は、悪魔ではない。
「シャーッ!」
エンジンカッターの切断音のような咆哮と共に、異質な宇宙生物が、一斉に炎の壁に突っ込んで来る。そしてあっさりと突破した。火傷一つ負わずに。
「えっ!?」
呆気に取られるエヴァ。その瞬間、ゼノモーフは彼女の知識と経験の全てを超えていた。
「う゛っ!?」
最後に地下通路に入ったレオの耳に、嗚咽が届く。思わず振り返る。目に入ったのは、エヴァの背から伸びるゼノモーフの尾。そして、いつも男たちの羨望の的となっていた整ったエヴァの横顔の口から噴き出るのは、大量の血だった。
「エヴァ!」
レオの脇から悲鳴にも似た叫び。クロードが今にもエヴァの元へと飛び出そうとしていた。しかし、止まる。見えない壁にでも当たったかのように。
「離しやがれ!」
「もう手遅れだ!」
地下通路を抜け出そうとするクロードを、ジェロムが腕と胴を抱えていた。強引に引き戻す。同時にレオは気づいた。ゼノモーフ達の頭が、自分達へと向いていると。新なターゲットを見つけた事を。
「くそっ!レオ・トリュフォーが願い願い奉る。石厳の絆に新たな結びを。エフォルメラピエー!」
通路に杖を叩きつけるのと同時に魔法が発動。地下通路の石壁が変形し、通路の入り口を塞ぐ。
とりあえずはゼノモーフの侵入を防いだ。一つ息を漏らすレオ。だが脳裏に蘇るのは、ほんのわずか前の光景。血を吐きながらも、何が起こっているのか分からないと言いたげな当惑した瞳を浮かべていたエヴァ。レオの杖の握る手が固くなっていた。