地下通路に落ちていた木片に、火が焚かれている。その明かりが、重い表情で腰を下ろしている四人を照らしていた。
クロードが床を叩きながら、エヴァの名をポツリポツリと何度も口にしている。しかしレオには、木霊のように虚ろにしか聞こえなかった。浮かんでくるのは、あの時、全てを話すべきだったという悔い。フェイスハガーがラッジに取り付いた時に。しかもその後、城館から倉庫に移動するまでかなりの時間があった。話す暇などいくらでもあった。ゼノモーフの性質を全て話しておけば、エヴァは死なずに済んだかもしれない。
だが口にしなかった。童話か演劇のような話を唐突にして、仲間からの信用を失いたくなかったのか。それとも、前の面白くもない自分を知られたくなかったのか。
「レオさん」
「……」
「レオさん!」
「え!?」
サラがレオの肩を揺すっていた。振り向いた先に、沈痛なものを湛えた瞳があった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
ようやく我に返る魔導士。ふと目に入ったのは、声を殺して泣いているクロードだった。こんな彼を見るのは初めてだ。ただ、その理由はもう分かっている。あれほど喧嘩ばかりしていていたエヴァを、クロードは愛していたのだろう。それが気持ちを告げる事もなく、しかも無残としかいいようのない別れとなってしまった。自分ならどう受け止めただろうか。レオは黙り込む。先ほどの苦い想いが、脳裏に滲み出してくる。
不意にジェロムが口を開いた。静かだが鋭い口調で。
「レオ。あのゼノモーフとやらの全てを話せ」
「あ……ああ……」
レオは力なくうなずいた。
「あれは、この土地……いや、この世界の生き物じゃない。別の世界の生物だ」
「別の世界だと?いや、あれほど異様にもかかわらず噂にも聞いた事ないなど、そうでもなければありえんか」
「動きは豹のようにすばしっこい。足の速さは馬程度。力は熊以上。冷凍しても死なない。鉛を溶かす程度の熱じゃ、しばらく浴びせても火傷すらしない。つまり並の冷凍魔法や火の魔法は通じない」
「なんだそれは……」
「皮膚は場所にもよるが固い。剣も矢も簡単には通らないだろう」
「例え通ったとしても、強酸の血で、武器は一発で使いものにならなくなる訳か。どうりで町にゼノモーフの死体がなかった訳だ。まるで歯が立たなかったのだろう」
さらに表情が厳しくなるジェロム。レオは続けた。
「基本的には接近戦しかしない。武器は鋭い爪と尾。人間なんて簡単に裂ける。爪はともかく、尾は並の鎧じゃ防ぎきれないだろう」
「そういう事か……。オークの死体にあった大穴は尾で、トライデントの傷と思ってたのは爪の切り傷だったか」
ジェロムはオークや町の兵達についていた謎の傷の理由を、ようやく理解した。そして次の話に耳を傾ける。
「後、ゼノモーフの口の中には、鋭い口が仕込まれてる。それを伸ばして攻撃してくる」
「口の中に口?」
想像しづらい説明に、サラが首を傾げていた。
「ああ、槍みたいな舌があると思えばいい。けど、そんなに長く伸びる訳じゃないから、捕まりさえしなければまず喰らわない」
「とにかく、接近戦は避けないといけないみたいですね……」
「それが難しい。特に、屋敷の中や洞窟みたいな所じゃな」
「何故です?」
「奴らは壁や天井も歩き回れる」
全員が思い出していた。さっきの倉庫の出来事を。最初の一匹が現れた時、小窓の格子を破ったゼノモーフ・ウォーリアは、ヤモリのように壁伝いに降りて来た。
「それだけじゃない。身体は大人よりデカいが、肩幅は子供くらいだ。煙突や細い水路、ちょっとした隙間にも入り込む事ができる。しかも鼻も耳もいい。明かりがなくても関係ない」
「こんな場所が、連中の得意な戦場という訳か」
そう言いながらジェロムは、この狭く暗い地下通路を見回した。サラが少しばかり怯えながら、レオに寄って来る。しかし今の所、連中の気配はない。もっとも、気配を殺して近づいて来るのもゼノモーフの戦い方ではあるが。
「けど連中で一番厄介なのは、繁殖力だ。ゼノモーフは寄生生物だ。寄生対象は、犬程度以上の大きさがあればなんでもいい。そしてフェイスハガーが取り付いてチェストバスターが生まれるまで、長くて1日。チェストバスターが成体のゼノモーフになるまでも1日程度だ」
「なんだ、その成長速度は!?」
「生き物として、何もかもが異常なんだよ」
その時、サラに嫌な予感を思いついたのか、不安そうな声を出してくる。
「もしかして……オークがこの町を襲ったのって、襲ったんじゃなくって、ゼノモーフから逃げて来たんじゃないでしょうか?」
「だろうな。近場で籠れそうな場所は、ここしかなかったんだろう。パニックを起こして、武器も持たずにここに突進。そのまま掘に落っこちた。けど、そこをゼノモーフに襲われた」
「……」
「そしてそのままゼノモーフ共は城壁を這い上がって、町を襲った」
すると次にジェロムが別の事に気付く。
「ちょっと待て。お前の予想が正しいとすると、この町の周りには何百というゼノモーフがすでにいる事になるぞ」
「下手したら千超えてるかもしれない」
「……!」
息を飲む音すら聞こえてきそうなくらい、恐怖と驚きが騎士と女魔導士を包む。
オークの大軍の話がブノア達に来てから4日は経っている。ゼノモーフが現れてから、一週間以上過ぎたと考えていい。ペティバションの町は辺境だ。周辺は森が多い。すでにオークも森に棲む大型動物も、かなりの数が寄生されているだろう。
押しつぶすような絶望感に苛まれる三人。すると、いきなり不敵な声が飛び込んできた。思わず振り向いた先には、クロードの見た事もない憎悪に染まった顔。あたかも盗賊時代の彼が突然現れたかのような、どす黒い威圧感があった。
「で、どうすりゃ奴らを始末できる?」
「始末などと……。並の悪魔以上に厄介な上、数が千を超えてるかもしれんのだぞ」
「お前に聞いてねぇ。で、レオ。どうなんだ?できねぇのか?」
ジェロムの言葉に、盗賊は確固たるものがあるのか揺らぎもしない。
まっすぐにレオを見るクロード。その瞳は、エヴァを奪われた憎しみで煮えたぎっているのが分かる。だが同時に、冷静さも失っていなかった。さすがは元盗賊と、妙な所で感心してしまうレオ。彼はゆっくりと話し始めた。
「始末はできるかもしれない。けど俺たちだけじゃ無理だ」
「……。聞かせろ」
「ゼノモーフは蟻と似た所がある。つまり一匹の女王の下に、群が統率されてる。卵を産むのも女王だけだ」
「女王を殺すってのか?けどな、蟻は女王蟻が死んだからって、働き蟻が死ぬ訳じゃねぇぜ」
「ゼノモーフは違う。死にはしないが、一時的に混乱する。昏倒するヤツも出るほどな」
「人数揃えりゃ、その隙に始末できるって訳か。それに卵産むヤツがいなくなりゃ、もう増えねぇしな」
「いや、そう簡単にはいかない。女王が死んでも、しばらくすると残ったヤツの中から女王がでてくる」
正確には生き残ったゼノモーフの中から、強い者がプレトリアンとなり、それがクイーンへと成長するのだが。ともかく、この話を領主に聞かせれば、討伐に乗り出すかもしれない。ゼノモーフを新種の悪魔として宣伝すれば、神官達の協力も得られる可能性もある。何にしても帰ってからの話だ。どうにかして、この町から脱出しなければならない。
今、自分の手で始末を付けられない事に、口惜しそうなクロード。その彼の肩をジェロムが軽く叩く。
「方法はあるのだ。ここは脱出を優先すべきだ。それに、私もラッジやエヴァの仇を打ちたい」
「……。チッ、分かったよ……」
憮然としながら、燃える木片の一つを持つと先を進みだす。その顔付きは、いつもの彼に戻っていた。
「この先、行きゃぁ、たぶん外だ」
「やっぱ密輸用の通路か」
レオの問いかけにうなずく元盗賊。税関を素通りするために、町の外に繋がっているのだろう。やけに頑丈な倉庫だったが、不正に稼いだ金で作った訳だ。もっともそのおかげでレオ達は、命を繋げているのだが。