「レイナ!」
潤が名前を呼ぶと、その子は振り向き、嬉しそうに駆け寄って潤に抱きつく。
レイナと名付けられたこの娘は、このむさ苦しい職場の中でも中々元気に育っている。
「お兄ちゃん、お仕事終わり?」
「ああ。今日の分は終わった。なにして遊ぶ?」
「みんなで鬼ごっこしよう」
「「「「なぬっ!?」」」」
今、部屋でだらだらとショウグンギザミの真似をしていたクォーツ、謎の拳法のような構えをしながらやけに真剣な表情で佇むマリク、そのマリクにブレイクダンスで突っ込むナグリーに、コーヒーメーカーを恍惚とした表情で眺めていたヴィンズ(他の五人は任務中だ)が過剰に反応したのは、小さな女の子と鬼ごっこができることに喜びを感じたから――ということでは断じて無く、むしろその逆と言える。
レイナは人造生命体であり、生まれながらに身体や脳を弄られている(この事は本人には知らせていない)から、その発達速度は驚くべきものがある。
まだ四歳(細胞年齢を調べた結果だ)だと言うのに、これほどまでにスムーズに喋ることができるし、頭も十分に働く。この前など、調子に乗ってくるくる回りながら逃げていたクォーツはレイナにボディアタックをかまされ、一番最初に捕まったのだ。
「ぼかぁ空を飛ぶ方が得意なんだな」と言い訳をしていたが、その後ヴィンズが淹れてくれたコーヒーを故意にリブレンドに向かって吹き出して大喧嘩する程度には、思うところがあったらしい。
つまりなにが言いたいのかというと、レイナとの遊びは中々にハードだ。
「ああ、いいぜ。一騎もいいよな?」
「ああ、構わないよ」
といっても、ぼくらには大した問題ではないので、そう承諾する。
レイナは嬉しそうに笑う。
「おいクォーツ、幼女からのお誘いだぞ!」
「ぼかぁ今シェンを狩るのに忙しいだよ」
「お前、さっきまでギザミの真似してて暇そうだったろ」
「うるせえ! もう腹パンはごめんなんだよぉ!」
「どっちかっていうと、ボディブローだろ、あれ」
「そんなマリクだって、ナグリーと遊んでたろう?」
「あれは技の練習也。立派な訓練だ」
「果たしてブレイクダンスをカウンターする機会は来るのだろうか。ところで、そろそろコーヒー豆を投入しようと思うのだが」
「お前まだ湯が沸かされる様を見てたのか」
「お姫さまを待たせるなよ。行くぞ、おまえら。ディレンド、ゲーム置け」
「「「「うーい」」」」
~~~~~
遊んでいたら任務が入ったので、レイナには申し訳ないが中断して出動することになった。
内容は『遺跡』の調査。
これだけなら、スクライアの人達にでも任せていればいいのだが、どうやら頻繁に人の出入りがあり、しかもそれは科学者めいた風貌だという。
このことから、局は『遺跡に似せた偽装施設』または、『古代からの貴重な遺跡を研究施設として使用』のどちらかと判断し、偵察を命じてきた、というわけだ。
「まったく、普通の施設なら楽なんだがね」
「『貴重な遺跡』じゃ壊すこともできんし。素敵なホテルを見付けたもんだな」
「今回は見つからんように、慎重に行動するか」
「サーチ&デストロイはいつもの事さ。行けるな」
ぼくの言葉に、潤とクォーツ、マリクが頷く。
ぼくは遺跡の内部にサーチャーを飛ばしてエリアサーチを掛け、このフロア、となりのフロアにも生命反応が無いことを確認する。
「……人が居ないな。この遺跡はそこまで広くはないし、すぐに居そうなもんだが」
「もしかしたら、広くは無いぶん、人も少ないのかもな」
「なら楽でいいねぇ」
「まったく」
いまいち緊張感に欠ける連中だが、ぼくは気を抜くわけにはいかない。
数ヵ月前は、それで命を落としかけたのだから。
「ともかく、次のエリアに進もう」
少し大きめの扉を開く。
やはり、人は居なかった。
「おかしいな、もう部屋はほとんどねぇぞ?」
「あとは少しの小部屋くらいだ。一応、覗いてみるか」
三つあるうち、一つの扉を開く。
そこには小さな机とベッドが一つあっただけだった。
「やっぱ、一人で居たのかね、ここに」
「姉御。なんかある。日記みたいだけど」
クォーツが机の上にあった手帳を渡してきた。管理世界でこういう紙を見たのは随分と久しぶりな気がする。
端末などを使用してメモを取ることが当たり前な世界なので、こういった紙にペンで書くような面倒臭いものは廃れていった。
ともあれ、それを開いてみる。
ミッド語だ。特徴的な捻れがあるアルファベットの羅列が書かれている。
「『発掘された物が届けられるという。予定を延長し、さらにここで暫く滞在することにした』」
「発掘された物が『届けられる』――ってことは、この研究員は元からここに居たわけか」
「『二日後、〈それ〉が届けられた。さっそく解析を始める』」
「鉱石かなにかかい?」
「いや、デバイスみたいだな。ここのとなりの小部屋で研究をしているらしい」
「へえ、デバイス。発掘品なんかが使えるのかね。動作不良ばっかだと思うけど」
「そうならないように、直してたんじゃね?」
「で、そのデバイスはどうなった?」
「『反応が無い。所有者認定を拒んでいるようだ』……この研究員は随分と嫌われてるみたいだな」
「そりゃ、のんびりと寝てるところ起こされて身体弄られてんなら、怒るわな」
「続きだぞ。『動作不良の原因を探る。すると、管理局の局員が同タイプのデバイスを使用していることを確認。比較に使えると判断し、データ入手のため、一週間ほど遺跡を空ける』」
その次の言葉に、ぼくは唖然とした。
「『〈レイジングハート〉のデータを入手。比較作業開始』……なんだ、これは」
「レイジングハート……確か、お前の姉さんが使ってるやつだよな?」
「ああ。そういえば、レイジングハートはユーノ・スクライアが発掘したものだ、と聞いたことがある。この『同型』も、もしかしたら」
ぼくは手帳を置くと、隣の部屋へ向かう。
もちろん、移動の際には罠にも十分に気を付けている。
そして、扉を開くと、中にガラスケースに浮かぶ、『蒼く丸い宝石』と、サーチに引っ掛からなかったらしい一人の男を確認する。
ぼくはストレージを構え、男にバインドをかける。
「管理局だ。抵抗せず、ゆっくりとこちらを向け」
その言葉に、研究員と思わしき男が、慌てた様子も無くゆっくりと振り向く。
ただの男だ。少し老いたような雰囲気もあるが、少なくともぼくの知り合いではないし、姉さん達も知らないだろう。
そして、男はぼくを見ると目を見開く。
「きみは……もしや『弟』か?」
「ご名答。さっさと歩け。二人はこのおっさんを見といてくれ」
潤の言葉に、クォーツとマリクが頷き、杖を男に突き付ける。
ぼくはそれを確認すると、ガラスケースの前に立つ。
丸く、蒼い宝石。
それは、レイジングハートの待機状態と瓜二つだった。
後ろで男が喋り始める。
「おそらく、きみの想像通りだ。それは、〈レイジングハート〉の姉妹機のようだよ。いや、AI設定は男性のようだから、姉弟と言うべきかな。もっとも
唐突に喋りだした男にクォーツ達が杖を首に押し当てるが、臆した様子もなく、
「私は元、局のデバイスマイスターだ。この遺跡で気ままに研究をしていたら、それが届けられてね。完成させようと試みたのだよ」
「けど、無理だったんだな?」
「ああ。悔しいことにね。私の言うことを聞いてくれない。データ解析はなんとか出来たから、スペック等は知ることができた。それを少しずつ研究していくと、とあることに気付いた。似ていたのだよ」
「エース・オブ・エースが使う〈レイジングハート〉にか?」
男は頷く。
「どうだろう、きみなら使えるんじゃないか?」
「……なんだと?」
「『エース・オブ・エースの弟』であるきみになら、だ」
ぼくは男を睨み付ける。
「私だって噂は知っているさ。『エース・オブ・エースには弟がいる』という噂をね。さっききみを見たときに、すぐにわかったよ。なるほど、姉に顔立ちが似かよっている」
「……それが、デバイスの起動に関係あるとでも?」
「〈レイジングハート〉と関係ある、と思ったのだよ。だからデータを盗んだのだ」
「……それがわからん。盗む必要があったのか? デバイスマイスターなら、公に見ることもできたはずだ」
「元、と言っただろう。私は既に局員ではない」
「へえ、そうかい」
ぼくは再びガラスケースに向き直り、アンロックのボタンを押す、
空気が抜けるような音と共にケースが開き、目の前に浮かび上がる蒼い宝石を手に取る。
すると、何かが流れ込んできた。
魔力が流れ込んできた。
いや、魔力のような、言うなればデバイスの『意思』というようなものが、ぼくの手を伝って、身体に流れ込んでくるような感覚を味わった。
鼓動が高鳴っていく。
「どうだね?」
「……このデバイス、名前は?」
ぼくの質問に、男が答えた言葉を噛み締め、宝石を握りしめる。
頭のなかに言葉が浮かんでくる。
「我、使命を受けしものなり。契約のもと、その力を解き放て。風と共に、星と共に。無辜の魂をその果てに。この手に魔法を」
すう、と息を吸い込み、
「イノセントハート・セットアップ!」
《Standby ready》
宝石が蒼く輝く。
その光はぼくの身体を包み、バリアジャケットを生成していく。
全身を覆う、金色のプレートが多数付いた黒いインナー。青いラインが入った、白い厚手のズボン。
そして、裾が膝に届くほどの長さがある、前の開いた白いロングコートが展開される。
特徴的な袖の形に、肩から胸にかけて装甲が追加され、黒い指ぬきグローブを着けた右手に『それ』を握り、セットアップを終える。
そして、ぼくはゆっくりと目を開く。
バリアジャケットは姉さんの物と似ている。まあ、これはぼくのイメージだから仕方がないが。
ただ、姉さんのものと比べて装甲が多くなっているのは、やはりぼくと姉さんの違いだろう。
そして、右手に握っている『それ』を見る。
「……確かに、似ているな」
「展開された形を見るのは初めてだがね。やはり、感慨深いものがあるな」
イノセントハートの形状は、レイジングハートの色違いバージョンと言える。
蒼いコアを中心に、銀色のパーツがそれを囲うように展開され、水色のパーツがグリップエンドに付いている。
ただ、カートリッジシステムが無いのは、『エクセリオン』は姉さんが入手してからの改良だからだろうか。
「それはきみにあげるよ。もう私を連れていって構わんよ」
「別にぼくらは犯罪者を逮捕しに来た訳じゃない。不審な人物が居るという報告を受けて調査に来たんだ」
「そういうことではないのか?」
「ここに不審人物なんていない。元局員の男性が一人いただけだ」
これはありがたく受け取っておくよ、とぼくがそのまま歩き出すと、みんなもぼくに着いてくる。
「いいのかよ?」
「いいもなにも、そのままじゃないか。なにも問題は無いよ」
「さっすが姉御。データを『盗んだ』にはノータッチ」
「デバイスを貰ったんだ。そのくらいはいいだろ」
「ま、僕はどっちでも。さっさと帰ってシェンを狩らねば」
「なんなら協力するぞ、クォーツ」
「相変わらずバカだなぁマリク。一人でひいひい言いながらやるのが楽しいんだろうが」
「みんなでわいわいも楽しいぜ?」
談笑するクォーツとマリクだったが、潤の言葉を聞くと同時に肩を落とした。
「帰ったらまず、レイナと遊ぶぞ。任務のせいで、中途半端になっちまってたからな」
一騎、デバイスを入手。
起動呪文をそれっぽくしようとしたらよくわからなくなった。