ぼくは『イノセントハート』を見せるために、姉さんと待ち合わせをしている。
一週間前、あの男からイノセントハートを受けとると、ぼくはフォレスタ二佐へ話すこともそこそこに、真っ先に姉さんに報告した。
すると、今回の教導が終わる来週に休みを取るから、デバイスを持って会おう、という話になり、ぼく単独でやった任務の都合上、クラナガンで待ち合わせることになった。
そしてぼくは、30分前には待ち合わせ場所に到着している。
「一騎!」
その声に振り向くと、私服姿の姉さんが手を振っていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「あんまり待ってないよ。10分くらい」
「結構待ってるじゃない」
「まあ、わざわざ姉さんに休みを取らせたのに、遅れるわけにはいかないからね」
「気にしなくていいのに。そういうところは、昔から変わってないね」
「どうだろうね」
正直、自分ではかなり変わったとは思う。自惚れも含まれているだろうが、仕事もしっかりとこなせている方だし、性格も変わってきている。
まあ、そういうことを言ったわけでは無いとわかっているので、ぼくは曖昧に笑って頷くと、喫茶店に入る。
~~~~~
「それで、その子……イノセントハート、だっけ」
「うん。一週間前、任務でとある科学者の男に会ってね。どこかの遺跡で発掘されたものらしくて」
ぼくはペンダントにしているイノセントハートを首から外し、テーブルに置く。
姉さんもレイジングハートを外すと、イノセントハートの隣に置いた。
最初に話し掛けたのは、レイジングハートだった。
《マスター達から聞いています。貴方は、私の姉妹機だと》
《……機構が同じなだけですが、まあ、そうですね。俺を弄った男は、どちらかといえば「姉弟だ」と言っていましたが》
正直言うと、イノセントハートが喋ったのは今、この瞬間が初めてだ。
《率直に言います。私は貴方の事を知りません》
そのレイジングハートの言葉に、ぼくと姉さんは驚く。
《だと思いましたよ。俺も貴女の事をデータでしか知りません》
ぼくと姉さんは顔を見合わせ、もう一度テーブルのレイジングハート達にもどす。
「じゃあ、
《ええ。私も彼も知らないということは、そうなるでしょう》
《そもそも、彼女――レイジングハートでしたか。レイジングハートは昔、遺跡で発掘されたのでしょう? 俺も確かに埋まっていたみたいですが、実をいうと、俺は作られて数年しか経っていません》
その言葉に、姉さんが驚いて尋ねる。
「そんなに最近?」
《正確には――誤差はあるかもしれませんが――2年と4ヶ月18日です。俺はどこかの研究施設で、あるデバイスを真似て作られていました》
「その施設が何処か、わからないのか?」
《はい。遺跡内に施設を作っていた様ですが、何者かの襲撃を受け、崩壊したようです。それから発掘され、貴方が俺を手に入れたあの遺跡へ持っていかれたんでしょうけど。運ばれた時は、落盤のショックで全機能がシャットダウンされていたので、まったく記録が無いんです。次に再起動された時は、一年と少しが経過していて、既にあの男にデータを取られていました》
「『あるデバイス』って、やっぱり?」
《ええ、〈レイジングハート〉でしょうね。確かに、俺と似ている――いや、
その言葉は、どこか皮肉めいた声色を持っていた。
「じゃあ、なんでお前はあの男に対して登録を拒否した――ああいや、率直に聞こうか。なんでぼくを選んだ?」
《俺は
「どういうこと?」
「姉さんがマスターであるレイジングハートをもとに作られたから、イノセントハートのマスターも姉さんに似た人物を選んだ、と?」
《ええ。遊び心じゃないですかね。俺を作った人達は、純粋に、〈レイジングハート〉を再現できないかと躍起になっていたようです。そして、できうる限り完成させ、そして、「弟」である貴方を知ったんだと思います》
「つまり、ぼくを選んだのは決められていたからだ、と」
《そうなりますね。俺は貴方以外に使われないようにと設定されています。最初に貴方の魔力を分析し、「高町一騎」本人だと確認できたから、俺は貴方を承認したんです》
何かが流れ込んでくるようなあの感触は、魔力を分析していたらしい。
ぼくは頭を掻いた。
「悪意をもって作られた訳じゃないんだな?」
《ええ。純粋な科学者の性でしょう。未知の技術がある、ならそれを自分の手で再現したい、というのは当たり前の感情だと思います》
「よくわからないな」
《貴方だって、姉に追い付きたいと思うでしょう。それと同じです》
「じゃあ、お前にとっての「姉」であるレイジングハートにも、同じ思いを持ってるのか?」
《同じかどうかはわかりませんが、負けたくない、と思えます》
《私は、作られて間もない貴方に負けるほど柔ではありません》
《ええ、だからまずは追い付きたいんですよ、「姉上」?》
酷く挑発するような響きを含め、イノセントハートは言った。
~~~~~
「結局、よくわからなかったね」
「まあ、科学者の考えることは、魔導師のぼくらにはわかんないよ――っと」
通信が入ったらしく、ぼくは震えるリベレーターを取り出すと、応答ボタンを押す。
『一騎、今どこだ?』
「クラナガンの喫茶店前だが。どうした、潤。何かあったか?」
『ああ、任務だ――が、やっぱ俺らがやるから、休日デートを満喫してくれたまえ』
途中でぼくの隣に立っている姉さんを見ると、表情をにやけたものに変え、そう言うと通信を一方的に切断した。
姉さんがぼくの顔を覗き込み、
「微妙そうな顔してるね」
「そりゃ、ね。まあ、みんなに任せても大丈夫だろうけど」
「そう? じゃあ、デートの続きにいこうか」
「……ぼく、姉さんのそういうところ大好きだよ」
ぼくの皮肉に、いたずらっぽく姉さんは笑った。
~~~~~
「一騎、服見に行こ?」
「うん、いいよ。ぼくも普段着を買いたかったんだ」
ぼくの格好に気を使ってくれたのだろう。ぼくは二つ返事で頷いた。
「任務ばっかりだからね。あんまり私服を着る機会が無いんだよ」
「こういうことは、いつでも準備しとかなきゃダメなの。お姉ちゃんを見習いなさい」
言い訳がましいぼくの言葉に、姉さんは自分に手を当てて宣う。
確かに、姉さんが着ている服は新しいものに見える。
というか、姉さんだって仕事ばかりのはずなのに、いつ買いに行ってるんだろうか。
「じゃあ、お姉ちゃんに服を選んでもらってもらおうかな」
ぼくの言葉に、任せて、と姉さんは拳を握った。
~~~~~
「一騎、最近はどう?」
「どうしたの、いきなり」
ぼくの服を買い終え、姉さんがアクセサリーを選ぶのを見ていると、唐突に聞かれた。
「仕事のこと」
「ああ、大丈夫だよ。忙しいのは変わらないけど、みんなもフォローしてくれるし」
ミスもしないようにしてるし。
そう言うと、姉さんの表情が強張った。
おそらく、ぼくも同じような表情をしているだろう。
「あの時は本当に驚いた」
「……ごめん」
「ううん、可能性はいくらでもあったのに、私は『一騎に限ってそんなことは無い』なんて思ってたのかも」
「けど、ぼくが油断しなければ、あんなことにはならなかったんだ」
「事故が起こる確率は、絶対にゼロじゃないよ」
「限りなくゼロに近づけることはできた。たるんでたんだ。飽きていた、と言ってもいい。人の命を左右する仕事なのに、すごい言いぐさだけど」
「でも、今は違うでしょ。なら、それでいいんだよ」
ぼくは少しだけ居心地が悪くなってしまい、
「そういう姉さんはどうなの? 最近、忙しいみたいだけど」
姉さんに話を振った。
「私も、特に問題はないかな。最近は大きい事件も無いし、休みもちゃんととってるよ」
「……もう、無茶はしないでよ。あの時の姉さん以上に、ぼくは取り乱したんだ」
「……うん、わかってる」
ぼくは辛気臭くなってしまった雰囲気を戻せないかと、頭を掻きながら辺りを見回す。
が、大したものを見つけられず、そもそもこういうのに疎いぼくは酷く戸惑ってしまった。
「ねえ一騎、これ買おうか」
そして、姉さんが、装飾のないシンプルな指輪を見せてくる。
値段は6000。そこまで高くはない。
「なんで指輪?」
「ペアリング。あんまり、一騎とはこういうの買ったこと無いからね」
「姉弟でペアの指輪、か。面白い」
「一騎も昔は、『なのはおねえちゃんと結婚するー!』って言ってたんだよ?」
「へえ、覚えてたんだ」
「私が初めてプロポーズされた瞬間だよ。覚えてるにきまってるじゃない」
「小学生でプロポーズされるなんて、貴重な体験じゃないか」
ぼくが笑うと、姉さんもくすくすと笑う。
姉さんとこうやって話すのは、随分と久し振りだ。
もっとも、姉さんと会うことすらままならない現状では、仕方の無いことかもしれないが。
「そういえば、フェイトさんとも最近会ってないな」
「あれ、そうだっけ?」
「うん。メールならやりとりしたけど、最近は顔も見てない」
「フェイトちゃんも忙しいからねぇ」
「みんなと休みが合わないんだよね。今日、姉さんと会えたのはイノセントハートの件を聞くため、って名目だし」
「一騎が言ってくれればいつでも休みとってあげるよ?」
「ぼくの休みが無いからね」
ぼくは肩を竦める。
毎日世界を飛び回り、施設を潰して本局に戻り、また異世界に飛んで、を繰り返せば、休みなどとれるはずもない。
というか、取ろうとする隙すら無い。給料ばかり貯まっても使う時間が無い、といった現状だ。
「だから、たまには消費しないと」
「じゃあ、もうちょっと高いのに変える?」
「ぼくは構わないよ」
「じゃあ、これ!」
「……物には限度があるんだよ」
フェイトさんが今まで出てないことに気付いたのがこの話を書いている最中でした。
というか、中途半端なシリアスなどいらんのだ。
でも単純ないちゃいちゃも書けないというジレンマ。