小さな病室のベッドで、一人の少女が泣いている。
流れる涙を両手で拭い、それでも漏れ出してくる嗚咽と涙を堪えきれず、くりかえしくりかえし目許を拭う。
隣のパイプイスには、一人の少年が座っている。
目の前の少女に似ていて、しかし少年とわかるその幼い顔立ち。伸ばし始めてもいない、まだ短い髪の毛。
しかしその顔には、『なんの感情も宿っていなかった』。
無表情だった。
目の前で泣いている少女に対する哀れみも、悲しみも。ましてやその状態に至った原因に対する怒りすら、その少年には無かった。
その無表情を少女に見せまいとするかのように、少年は顔を伏せている。
少女は泣き続けている。
ああ、まったく。
ぼくには少年の考えていることがわかる。
なぜなら、彼はぼくだから。
ぼくの考えていることがぼくにわからない、なんてことがあるわけがない。
この『ぼく』は、今のぼくが始まって間もない頃だ。
そうだ、この『ぼく』は――
そして、頭が痛み出す。
頭を鈍器で殴られるような激しい痛みと、内側からくる鈍い痛みが同時に襲ってきて、ぼくは頭を抱えて叫びをあげる。
どれほどのたうっても、どれほど悔いても、懺悔をしようと、痛みは引くことは無く、むしろその度に酷くなっていく。
まるで、ぼくを責めるように。
仕方がなかったんだ。ぼくに何ができたっていうんだ。なにもできなかったんだぞ。
そうだ、なにもしなかった。だからこうやって責められている。わかるだろう、これは罰なんだよ。
ぼくの目の前に、もう一人のぼく。
今よりはまだマシで、髪も短かった、昔のぼく。
罰だって。馬鹿をいうな。こんなことは、誰も望んでいない。
いいや、望んでいる。それが誰かもわかるだろう。わかっているのに、頭が理解しようとしないんだ。
違う、ぼくは。
違わない。おまえは。
なにもできなかった。
そうだ、なにもしなかった。
ぼくはどうしたらよかったんだよ。
幾らでも考えることはできただろう。
わからない、なにも。
あの状況でどうするかなんて、普通に考えればいくらでもやり方はあった。なのに、おまえはそれすらしなかった。それすら考えることができなかった。
やめてくれ。
やめられない。だってこれは、おまえが望んでいることだから。
違う、違う、違う。
違わない。いい加減に受け入れろ。何年も目を逸らしてきて、もう限界だろう。
知らない。知りたくない。
さっさと受け入れろ、『ぼく』を。
嫌だ、嫌だ、嫌だ――!
~~~~~
「ずいぶんと素敵な夢を見てたようだな。すげぇうなされてたが、目覚めはどうだい」
「……最悪だ」
ぼくは医務室のベッドに寝たままそう言う。
目元から頬に伝わる、微妙に湿り、微妙に乾いた感覚。
それが涙だとすぐに気付いたのは、これが初めてじゃないからだ。
ぼくは普段涙を流すことはない。それが悲しみであろうとなんであろうと。起きているとき、『ぼく』の意識があるときには、あれ以来一度だって涙を流したことはない。
代わりにというのか、ぼくは時折、寝ている間に涙を流している。無意識に。堪えていたものが溢れるかのように。
理由はわからない。あの時からずっとこうだ。それはまるで、ぼくが無意識にぼくを責めているかのようで――
(――馬鹿な)
目元を拭い、考えを振り払う。
窓から差し込む朝日を右手で遮りながら、ぼくは身体を起こす。
「ったく、お前のは、そんな簡単なことじゃなかったんだな」
「……なんのことだ」
「聞いたよ、高町一尉の『事故』のこと、それに対するお前のトラウマ」
舌打ちをする。
「別に知られてどうこう、って訳じゃないがな。気分は良くないな」
「そらそうだろうよ。誰だって自分の事を知られるのは気に食わん。偵察課で班長に食って掛かったのも、それが原因なんだろ」
潤は濡れタオルをぼくにかぶせ、コップに入った水を渡してくる。
適度に冷えたそれを一気に飲み干し、タオルで身体を拭いていく。
拭き終わり、立ち上がろうとしたぼくを、潤が止めた。
「少し休めよ。今日は仕事も少ねぇし、俺らでやっとくからさ」
「そういうわけにはいかないよ。もう動けるのに、のうのうとサボるわけには」
「ぶっ倒れたんだぞ。まだ身体も本調子じゃねぇ。仕事中にまた居眠りこかれちゃ迷惑だ。だから今日はここで休めって言ってんだ。アローンにも許可は取ってる」
「……わかったよ。そこまで言うなら、今日はのんびりさせてもらうよ」
ぼくは潤の言葉に甘え、ベッドに横になり、目を閉じた。
~~~~~
額の辺りに、少し冷たい感触がする。
その感触は、指先で前髪を少し弄るようなそれだ。
「あ、起きた?」
目を開けると、薄暗い部屋で、目の前にフェイトさんの顔があった。
ぼくはまったく動いていないのに目の前にあるということは、寝顔をのぞきこんでいたということになり――
「おはよう、フェイトさん」
「もうこんばんはだよ、一騎」
パニックになりかけた頭を抑えながら言ったことばは、やさしい笑みと共に返される。
「こんばんは――って、もう夜?」
身体を起こし、窓の外を見る。
つい先程朝日が差し込んでいた窓からは、月の光が差し込み、電気もついていない医務室を照らしている。
部屋が暗いのはたぶん、ぼくがまだ寝ていることに気付いて、電気をつけなかったんだろう。
「休む、って潤から聞いたのは朝からだけど、もしかしてずっと寝てたの?」
「そうみたい」
ぼくは身体中の関節を鳴らし、伸びをする。
「調子はどう?」
「ちょっと頭が痛い」
「眠りすぎたのかな」
笑ってぼくが答えると、フェイトさんはそう言ってくすくす笑う。
「でも、すっきりしてる。たまには、一日寝て過ごすのも悪くないな」
頭は軽く痛む。けれどクリアで、もう『ぼく』はいない。
と考えたところで、夢の内容を思い出してしまい、顔をしかめた。
「けど、倒れた、って聞いたときは驚いたな。原因は――なのはの、だっけ」
「うん」
ぼくはうなずいた。
「情けないよな。
「それを言うなら、なのはだって気にしてるよ」
「なにを?」
「一騎の『ミス』」
ぼくは頭を掻いた。
「あの、レリックを暴発させたこと?あれはただ単にぼくの不注意だし、気にすることないのに」
「それと同じ」
そのことばに、ぼくは驚いてフェイトさんを見る。
「あれだってなのはの不注意。気にすることないよ」
「……状況が違うじゃんか」
「原因は同じだよ。少なくとも、なのははそう言ってる」
「――そう、なんだ」
ぼくは無理矢理自分を納得させ、そう応えた。
ぼくのことばにフェイトさんは頷いたが、この人だってぼくが本心で納得していないのはわかっているはずだ。
ぼくの件と姉さんの件は、まったく状況が違うんだ。
なのに、姉さんはなぜ、大したこと無いように振る舞えるのか。
姉さんほど強くないぼくは、いまだにそれが納得できていなかった。