学校でHRが終わり、先生が職員室に戻ると、やけに教室がざわついているのに気付いた。
普段も放課後はわいのわいのと騒がしいのだが、今日はざわざわと、どこか声を潜めている感じだ。
3年になり、クラスも変わったばかりだが、どうやらこのクラスでのぼくの『目立たない奴』という評価は、この日、この一瞬で覆されることになった。
『あれって……5年の人だよな』
『うん。「あの」グループの人だね』
『なんで3年のこのクラスに?』
その言葉に興味を持ち、ぼくはちらりと廊下を見、唖然とした。
そこには、ぼくの姉さんが来ていたのだ。普段一緒に帰るときは、決まって校門で待ち合わせている筈なのに。
ぼくと目が合うと、姉さんは小さく手を振ってくる。
その手を振った先であるぼくの方に向かって、みんなの視線が集中する。
自分に手を振ってきたと勘違いしたらしい、ぼくの隣の少年が顔を赤くしているのを見て哀れみを覚えながら、ぼくは諦めて溜め息をつく。
みんなの視線を受け続けながら、教科書を仕舞っておいた鞄を肩に背負って立ち上がる。
立つ瞬間、常にぼくの身体に魔力負荷を掛ける養成ギプスのような感覚に顔をしかめながら、クラスメイトの間を突っ切り、姉さんに笑い掛ける。
「どうしたの? わざわざこっちまで来るなんて」
「特に理由は無いかな。ただの気まぐれ」
「その気まぐれで狂わされるぼくの学校生活にも気を配ってよ」
「学校生活?」
姉さんは首をかしげ、
「私、なにかしちゃったかな?」
「なにかした、と言えば、したんじゃないかな。姉さんのお陰で、ぼくは今クラス中の注目を集めているんだよ」
そう言うと、静まっていたクラスがまたざわめきだす。
『なんであんなに親しげなんだ?』
『なんなんだ、あいつ?』
『なんて名前だっけな。知らね?』
『俺の後ろだったな。どれ――高町、か。……って』
『『『高町ぃ!?』』』
ほらね、とぼくが姉さんを見ると、姉さんも困ったように笑った。
「姉さんは学校中の人気者なんだから」
「あはは……」
~~~~~
案の定、と言うべきか。翌日登校したぼくは、クラスメイトに囲まれた。
「なあ、高町」
『高町』。
ぼくの姓だ。それを呼ぶ奴は、少なくとも昨日まではこのクラスには居なかった。
「なんだ?」
「お前、『高町なのは』の弟なのか?」
「昨日の、見ただろ。『高町なのは』は、ぼくの姉さんだ」
その言葉に、クラスは騒然とした。純粋な驚愕や、よくわからないがおそらく嫉妬、その他色々な叫びだ。
まったく、なんだっていうんだ。ただ『弟』だ、っていうだけで、ここまで騒げるというのは、才能的なまでに気が違っている。
そもそも、その有名な「高町」という姓に今まで気付かなかったことが驚きだ。
「じゃあ、もしかして、『フェイト・テスタロッサ』とも?」
今はテスタロッサ・ハラオウンなのだが、それをわざわざ言う必要も無いだろう。
ぼくは黙って頷くと、またもや騒ぎだす。
「じゃあさ、じゃあさ!」
「月村とバニングス、八神の人達とも知り合いだ」
ぼくはうんざりしながら「あのグループ」に含まれる人達の名前を出し、そう言い放つ。
これ以上下らない話に付き合ってられない。
人垣を押し退けて自分の席に座ろうと椅子を引くと、画鋲が置いてあったので窓から捨てる。
別に気取ってる訳じゃないが、こんな低レベルな嫌がらせをよくも懲りずに続けられるものだ。
嫌がらせの大半は、仕掛けた本人にそっくり返すというのに。
現に、今クラスメイトが悲鳴をあげたのは、ぼくが彼の机の中に仕込んでおいたムカデを見付けたからだろう。
~~~~~
いじめられているか、と聞かれれば、答えはNOだろう。
いじめ、と言えるほど面白いものでもないし、それがぼくにとって堪えているわけでもないので、微妙なところだ。
そもそも、ちょっかいを出される理由がわからない。
勉強はできるし、運動だってトップクラスだ(魔法は養成ギプス以外は使っていない)。
顔だって、別に悪くは無いが、年相応に幼く感じる。
じゃあ、性格だろうか。
大人びている、と言えば聞こえはいいが、まわりから見れば気取ってる様に見えるんだろう。
「そんなつもりは無いんだがな」
別に、友人とわいわいやりたい、とまではいかないが、ごく普通に学校に居たいものだ。
飛んできた消しゴムの欠片を弾き、そちらを睨むと、バカ共は知らんぷりを決め込んだように不自然に顔を逸らす。
ぼくは溜め息をついた。決して、ぼくが目立つ行動を起こさないのは後々が面倒だからであって、苛つかない訳じゃない。
いっそのこと、実力行使の方が連中にはよくわかるんだろうか。
~~~~~
そういうわけで、ぼくは職員室に呼ばれた。
目の前で困った顔をしている、ぼくを担いで連行した男の担任が、なんでこんなことしたんだ、と聞いてくる。
大したことじゃありません、一々つっかかってくるので苛ついただけです、とぼくは答える。
今頃、ぼくが前歯をへし折った少年や、目の辺りを青く腫らした少年達は、保健室でべそかいていることだろう。
「今回きりにしとけよ。お前が暴れたって、なにか解決するとは限らないんだからな」
「わかりました」
ぼくは切ってしまった手の甲に押し当てられる、消毒液を含ませた綿に顔をしかめ、それだけ答える。
さっさとこの堅苦しい職員室から出たかった。まったく、なんだってぼくがこんな目に合わなくちゃならないんだ。馬鹿げてる。
「あ、それと。お前の姉さんに伝えてもらうぞ。お前だけじゃ親にちゃんと言うかわからんからな。放送いれたから、すぐ来るはずだ」
その言葉に、ぼくは背筋が冷たくなるのを感じた。
まさか、そんな馬鹿な。こんな事で、迷惑を掛けない様にと思っていた姉さんにばれてしまう。
「失礼します」
その聞き覚えのある声に、ぼくは諦めに俯いた。
「おお、高町姉。ちょっと」
「はい――あれ、一騎?」
その言葉に、ぼくは諦めを覚える。
「どうしたの、その手」
「クラスメイトと大喧嘩したんだ。四人に怪我させた」
「ええっ!?」
姉さんが驚いている横で、ぼくは乾いた笑いを浮かべた。