「それで、どのような御用件でしょうか、フォレスタ二佐」
はやてさんがそう言いながら僅かに冷や汗を流すのを見て、珍しいと思うと同時に、やっぱりそうなるだろうな、とも思った。
はやてさんはいつも明るく振る舞っているが、基本的には戦略家気質な人だ。自分の内面を隠しながら相手に意見を示し、確実な方法で勝とうとする。
議論や交渉などはかなり得意な筈だ。この『機動六課』を半ば無理矢理に設立したことからも、それはわかる。
だが、そんなはやてさんの手腕でも、フォレスタ二佐には敵わないだろう。
「さっき高町弟にも伝えたがな。お手伝いだよ。六課の」
フォレスタ二佐はにこやかな笑みを浮かべてそう答える。
相変わらず、この人は読めない。
ぼくは――
人間の肉体で必ず起こりうる『反射』を見逃さず、それが嘘であることを見抜く。
言葉の上擦り、逸らされる目線、緩み固くなる口許、乾いた唇を舐める舌、指先を擦る仕草、靴の中で落ち着かず動く爪先、僅かに肩を上下して荒くなる息。
ほとんどの人間はそれらを無意識に動かす。そう、無意識だからこそ、それは確実に変化を見せる。
基本、これらの『反射』は訓練により、ある程度まで反応しないようにすることができ、当然ぼくらもそれを受けている。そのせいで、最近は姉さん達に「ちょっと無愛想になったね」などと言われるようになってしまった。
だが、フォレスタ二佐のそれは、ぼくらとはレベルが違う。
なにもかもが、全てがなんの変化も起こさない。どれほど鋭く切り込んでも、誘導して話させようとしても。フォレスタ二佐にはその『反射』が無い。今喋っているそれが嘘か真実か、まったくわからないのだ。
それをはやてさんもわかっている。だからこそ、はやてさんは警戒しているのだ。
「お手伝い、ですか」
「ああ。機動六課のお仕事を手伝うために来た」
はやてさんは黙ってフォレスタ二佐を見る。その眼は鋭く、睨むと言ってもいい。
おそらく、はやてさんは『新手の査察方法か』と考えているのだろう。本局所属で、その手のエキスパートである『強行偵察課』が航行艦ごと来たことに焦っている。
そのはやてさんの睨みを見て、後ろに立っているアンソニー達が目を細めた。課長に対する無礼に対し、不快そうな雰囲気を隠そうともしない。
しかし、フォレスタ二佐は飄々とした笑みを浮かべたままだ。
「『俺らも全面的に協力する』。そう言ったろ?」
「……ええ、そうですね」
そう言いながらも、はやてさんの視線は未だに鋭い。
らちがあかないな、とぼくは思った。腹の探り合いほど意味の無いものはない。
フォレスタ二佐は絶対にぼろを出さないし、このまま続ければはやてさんが不利になっていくだけだ。
「では、お言葉に甘えましょう」
ぼくがそう割り込むと、はやてさんが弾かれたようにこちらを見る。
ぼくはちらりとはやてさんを見て、
「別に人員不足というわけでは無いですが、人手はあって困るものでもありませんし」
それに、腕は確かですし。
ぼくが続けて言うと、はやてさんは少しの間黙り込み、渋々を装って頷いた。
~~~~~
「まったく、ただでさえ問題が山積みや、いうのに」
フォレスタ二佐達が部隊長室を出ていくと、はやてさんは苛立ったように呟き、額に手を当てて背もたれに寄り掛かる。
「さっきも言ったけど、フォレスタ二佐達と手を組んで困るものでもないでしょう。逆に利用価値は高いと思いますけど」
「それはそうやけど、あの人なに考えてるかわからんやろ。なにもかもが予想通り、みたいな顔して。正直ちょっと不気味やな」
「みんなそう思ってますよ。たぶん、あの人を知ってる局員全員が」
むう、とはやてさんは唸る。
「本当に本局からの査察だったら、どないしよ……」
「まあ諦めるしかないですね。けど……なんとなく、ですけど」
ぼくは彼らが出ていった部隊長室の扉の方を向きながら、
「少なくとも、あの人はあの人なりの道理に従って動いてます。当然、その中には善悪の基準もあります」
「……つまり?」
「あの人、たぶんはやてさんを好いてますよ」
ぼくは素直にそう思った。あの人ははやてさんを評価しているように思えた。『お手伝い』も、きっと言葉通りだろう。だから、きっとはやてさんの不利になるようなことはしない、という意味を込めて言ったつもりだった。
が、はやてさんはおっさんに好かれてしまった、というショックに固まっていた。
~~~~~
そして、ぼくの目の前に出現したモニターには、慌てた様子のキャロが映っている。
モニターの隅に小さく書かれている数字の羅列は、緊急用の全体通信だということを示している。
『こちらライトニング4! 緊急事態につき、現場状況を報告します!』
どうやら、路地裏のマンホールから女の子が出てきたらしい。
「ティルク! ジープ出せ!」
ぼくはそれを聞き、そう通信に叫びながら走り出す。
途中で潤と合流し、隊舎を出たところで足を止める。
駐機場の方からジープが飛び出してきて、ぼくらの前で横滑りしながら止まる。
「ナイスタイミング」
潤が口笛を吹きながら助手席に乗り込み、ぼくは荷台に飛び乗る。
ティルクがアクセルを踏み込み、街への道路を高速で走る。
『リーコン、聞こえる?』
「よーく聞こえてますよ」
モニターに表示されたはやてさんに、潤が笑って応える。
『三人は何時ものようにフォワードの援護。ライトニング4の座標には、少女の保護のためスターズ1とシャマル医務官が向かうから、三人は街で広域警戒をお願い』
「了解!」
少し移動すると、目的地に到着するのでジープを停め、ぼくらはモニターを出して操作する。
「さて――警戒開始だ」
~~~~~
暫くすると、高町のイノセントハートが魔力反応を検知する。
「魔力――これは……」
「アグスタの時と同じ反応だな」
「――行くぞ!」
アグスタと同じ、という言葉を聞き、俺は飛行魔法を使って高速で飛ぶ。
おそらく、召喚師の少女がいる。
そして、その少女がいるのなら、あの虫もいるはずだ。
「借りを返してやる――」
俺は腰に収まっている分厚い鞘から剣を抜く。
ギザギザとした刃を見て笑い、魔力を流す。
刃がチェーンソーのように高速で回転を始め、その振動が俺の腕に伝わってくる。
そして、少女とその隣で紫の羽を生やしている、
振動を無理矢理抑え込むように剣を振りかぶり、虫に向かって加速する。
「うおおおおおおおおお!!」
俺の叫びに虫が反応し、寸前でステップをするように移動して避けられる。
俺は振り下ろした剣を左から斬り上げる。
虫は腕から生やした刃で俺の剣を受けるが、俺の鋸が火花を散らして刃を削り、半ばから断ち折る。
そこで俺の腹に蹴りが飛んできて、大きく吹き飛ばされながらも空中で体勢を立て直す。
俺は剣を握り直し、腕を震わせる振動を両手で抑え込んで脇に構え、突撃する。
召喚師の少女が飛ばしてきたダガーを剣で弾き、その勢いで回転して遠心力を利用し、少女に向かって加速する。
やはりと言うべきか、虫が無理矢理割り込んで拳を打ち出してくる。
「らぁッ!」
拳と剣がかち合い、弾かれる勢いで俺が左足で蹴りを繰り出すと、虫はそれを右手で受け、左手の未だ健在な刃を突き出してくる。
俺はそれを避けられずに右胸に食らう。
鎧が砕け、刃が半ばまで突き刺さり、血が伝う。
「ぐっ――おぉあああああああああ!!」
胸でずきずきとした痛みを主張する傷に歯軋りし、叫ぶ。
突き刺さったままの左腕を掴んで引き抜き、虫に無理矢理剣を叩きつけようとすると、剣の腹で爆発が起こり、大きく吹き飛ばされる。
「ッ――くそ、一匹増えていたか」
「
リインフォース空曹長と同じ位の大きさの、赤い髪が特徴的な、人形のような小さな影が召喚師の隣に浮かんでいる。
虫と少女だけならなんとかなったが、もう一人増えているとなると、少しばかり面倒だ。貫かれた右胸は信じられないほど痛み、あまりの出血に意識が朦朧としてくる。
召喚師の少女ともう一人増えていた赤髪が左右に分かれ、虫が突進してくる。
俺はどうにか盾を構え、虫の刃を防ぐ。
その力に歯を食い縛りながら耐えていると、連続で拳が叩き込まれる。
そのラッシュは斎藤並みの激しさで、少しずつ押されていく。
「まだだ――ッ!?」
その時、俺の左右で赤髪と少女がダガーと火炎弾を展開して撃ち出そうとしていることに気付くが、盾で虫の攻撃を耐えている俺にはどうすることもできない。
せめて騎士甲冑の出力を上げ、これ以上の致命傷だけは避けようとし――
『ったく、しょうがねえ後輩だな』
――そんな声が聞こえた。
同時に、俺の両隣に人が割り込んでくる。
左の人物は撃ち出されたダガーを双剣で全て斬り落とし、右の人物は身の丈程もある巨大な盾で火炎弾の爆発を防ぎきる。
そして、真上から虫に向かって砲撃が撃ち込まれる。
驚いていると、左の人物は俺に向き直り、笑った。
「
「お前がここまで熱くなるなんて、珍しいな」
「仮にも分隊長なら、このくらいの状況判断を誤るな」
その三人は、強行偵察課のハーヴェイ・ヴェルディ二尉と、アレクセイ・アブラモフ二尉、アンソニー・モルス一尉だった。
「――なぜ、ここに?」
「無茶ばかりする後輩を助けに来たのさ。さっさと引っ込んで治療を受けなきゃ死ぬぞ?」
「後は任せておけばいい」
「先行分隊――フォワードと言うのか、ここでは――も合流してきたことだしな」
アブラモフ二尉の言葉に振り向くと、俺達とは反対側から、ヴィータ副隊長と二人――ナカジマと、あの女性は誰だろうか――が空からこちらに向かってきている。
右の方にはランスターが射撃準備を完了しているし、ライトニングの二人も近くに居るはずだ。
「チェックメイト」
「さ、観念しろ。お嬢さん」
「抵抗するなら、容赦はしない」
その言葉で、少女の無表情に諦めが混じった。
~~~~~
「――了解、広域警戒を続けます」
そう言ってアンソニーからの通信を切る。
「後輩のピンチに駆け付ける先輩か。かっけぇな」
「『お手伝い』はしっかりやってるみたいだな」
ぼくらがティルクを追おうとしていたら、急にアンソニー達三人が通信で割り込んできて『任せろ』と一言だけ言って飛んでいった。
あの三人は揃えばぼくらより強いので、任せておいてもなんの問題もなかった。
「召喚師は確保。レリックも取り返してるし、これで終わりかな」
「んじゃ、俺もあの人達に挨拶してくるぜ」
潤がビルから飛び降りたのを見て呼び戻そうとしたが、既に地面に着地して走り出していたので放っておく。
「さてと、ぼくらも」
『警告。砲撃のチャージを確認。位置情報を出します』
マップに光点が表示される。
「砲撃だと……!?」
『サーチャーの映像です』
眼鏡を掛けた女と、巨大な大砲を持った一人の女が、膝立ちになってそれを構えている。
「向きからして狙いはヘリか! くそっ、間に合うか――」
『防御は任せろぉ!!』
~~~~~
砲撃が撃ち出される。
赤い砲撃が一直線にヘリに向かって飛んでいく。直撃コースだったが、そこに割り込む人影が数人。
着弾し、爆発が起こるが、規模はそれほどでもなく、未だヘリは悠々と空を飛んでいる。
「ふぅ、すげえ防御力だな」
「さっすがEシールド」
「荷電粒子砲さえ防ぐんだ。S+の砲撃なんて軽い軽い」
「シュナイダーのをひっぺがしやがって、後でちゃんとくっつけろよ」
そんな気の抜けるような会話を続けるリブレンド達を横目に、ぼくは魔力翼を羽ばたかせ、
「一騎、援護!」
「了解!」
姉さんの声に応え、全力で飛行を開始する。
ビルの屋上から二人の人影が飛び出す。
フェイトさんが直射弾でそれを追いたて、ぼくがその二人の前に躍り出て誘導弾を撃つ。
二人は横に飛び出して避けるが、それを予想していた姉さんは既にレイジングハートにチャージを完了させており、砲撃を撃つ。
直撃し、動きが鈍ったところにぼくとフェイトさんが魔力刃で斬り付ける。
「こちらもチェック、だな」
ぼくがブレードフォームのイノセントハートを突き付けると、二人はふらふらとしながらもぼくらを睨み――消えた。
一瞬移った人影を敵と判断し、イノセントハートに叫ぶ。
「消えた――イノセントハート!」
『
「――逃げられた、ね」
『こちらもだ』
ぼくの隣にモニターが表示され、アンソニーがばつの悪そうな顔で映っていた。
「追跡は」
『無理無理。敵さん、アスファルトから飛び出してきたんだぞ。さすがにビビったぜ。なんなんだありゃ?』
『移動系の魔法なら相応の反応があるはずだ。だが、それも無かった――不覚だ。俺達が気付けなかったとは』
『――報告に入ります。よろしいでしょうか』
『っと、ヴィータ三尉でしたか。お願いしても?』
『はい。ロングアーチ、こちらスターズ2――』
ぼくは大きく溜め息をつき、隣に降り立った姉さんとフェイトさんに向き直る。
「タイミングぴったりだったね」
「一騎、フォローありがと」
「結局逃げられたけどね」
ぼくが肩をすくめて言うと、姉さん達が苦笑する。
「とりあえず、ぼくらも戻ろうか」