「来ましたよ、っと――ッ!?」
レイナを肩車した潤が、頭をぶつけないように姿勢を低くしながら扉をくぐると、凄まじい音量の怒号――のようにも聞こえる悲鳴が襲いかかり、ぼくは思わず五歩分の距離をバックステップで飛び退いてしまうほどの衝撃を食らった。
「なんの騒ぎだ?」
「あの嬢ちゃん――ヴィヴィオ、って言ってたか。彼女の泣き声だぜ、これ」
「姉さん、無事?」
「……なんとか、ね」
姉さんは苦笑いを浮かべる。
姉さんの脚にすがり付き、大声で泣き続ける金髪の少女を見て、なるほど、とぼくは納得する。つまり、このヴィヴィオが姉さんにすっかり懐いてしまい、離れるのが嫌だと駄々をこね、今のように困ったことになっているらしい。
「たぶん、周りに知らない人ばかりだから、怖がってるんだろうね。姉さんが居なくなったら、それこそ一人ぼっちなんだから」
「だから、比較的若いフォワード達に相手をしてもらおうと思ってたんだけど――」
「――その手の経験がある子はいなかった、と」
ぼくがその言葉を引き継ぐと、フォワードの四人は項垂れた。
「じゃあ、同い歳くらいのレイナをけしかけてみれば、と考えたわけだね」
「同い歳の友達ができるのは、レイナちゃんにとってもいいと思って」
姉さんは――フェイトさん達もだが――一応、レイナの出生を知っている。
その言葉に込められた意味を汲み取り、ぼくは潤に視線を送る。
りょうかい、と軽い感じで頷いてレイナを降ろし、潤はしゃがみこむと、その両肩に手を乗せ、目を合わせる。
「レイナ、やれるな?」
「……?」
「さあ、行け」
行けじゃないだろう、とぼくは少し呆れたが、レイナは頷くと歩き出し、ぐずっているヴィヴィオの隣に来た。
ヴィヴィオは泣きじゃくったまま、レイナに視線を移す。
「え、っと……一緒に遊ぼう」
レイナはそれだけ言うと、ヴィヴィオに向かって手を差し出し、少し照れ臭そうに笑う。
ヴィヴィオは少し呆けるように、レイナを見て固まっている。
暫くその状態が続いたので、ぼくは助け船を出してやることにする。
「ヴィヴィオ。この子はきみと一緒に遊びたいんだ」
「一緒に……?」
「そう。きみと友達になりたいんだよ」
「おとも、だち……」
その言葉をゆっくりと呟き、反芻するようにもう一度呟く。
そして、意味を理解したように恐る恐ると目をレイナと合わせる。
レイナは頷き、ヴィヴィオの手を取った。
それを見て潤は満足気に頷くとレイナに手招きをし、ヴィヴィオを外へ連れ出させる。
「行こう。外で遊ぼう」
「……うん」
手を繋いだまま、二人は扉をくぐる。
少しして窓から外を覗くと、中庭のここから見える位置まで移動しているのが見えた。
潤と、潤が途中で巻き込んだのか、ウィルスとヴィンズを引き連れて窓の外で遊び始めたのを見て、ようやく安堵の溜め息をついた。
「やれやれ、だね」
「うん。ありがとね、一騎」
「礼ならいいよ。ヴィヴィオが素直に聞いてくれたのも大きいし――まあ、ぼくはこういうの苦手だから、後は潤に任せようと思うんだ」
「それはだめです。一騎はヴィヴィオをちゃんと見ててね」
「な、なんでさ?」
「普段やってないことや、慣れてないことをやるのは大事だよ」
「これはまったく状況が違うでしょ。潤も、ウィルス達も居るのに――ッ!?」
そこで隣の姉さんが急に顔を寄せてきた。
息が耳に掛かるほどの至近距離に迫り、ぼくは背筋がゾクっとすると同時に、一気に顔が熱くなるのを感じた。
「おねがいね♪」
そう囁くと、姉さんは顔を離し、部屋を出ていこうとする。
「~~~~ッ! 姉さん!」
ぼくはその背中にそう叫ぶことしかできなかった。
姉さんは一瞬立ち止まって意味ありげに笑うと、鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。
ぼくは顔に手を当て、緊張に軽く震えながら溜め息を吐くと、フォワード全員が先程の姉さんの行動に顔を赤くしてぼくを見ていることに気付き、慌てて部屋を飛び出す。
~~~~~
アルプス一万尺。繰り返していくうちにだんだんとスピードが上がっていくヴィヴィオとレイナのそれを感心しながら眺めていると、隣のストリートが微笑んでぼやく。
「懐かしいですね、アルプス一万尺」
「ミッドチルダ出身のお前らが、よく知ってたな」
「こういう童謡は遊びも交えてるし、子供達に大人気だ、ということで、管理外世界の文化だとしても積極的に取り入れるから、管理世界でも広まりやすいんですよ。オレも昔、子供の頃にやった記憶があります」
「オレはやったことないな。ミッド東部ではあまり知られていなかった」
既に手が霞むほどのスピードで繰り広げられ、一段と大きな手拍子が起こると、二人は大きく手を打ち合わせ、笑いあう。
「すっかり打ち解けたみたいだな」
「あ、姉御。来たんですか――ん?」
「あれ、姉御、どうした? 顔、赤いぞ」
「……うるさい」
一騎がぶっきらぼうに吐き捨て、隣の木に寄り掛かる。
あの赤くなった顔。ぶっきらぼうながら、少し柔らかい表情。
「なにか良いことでもあったのかい、相棒?」
「……ふん」
鼻を鳴らして顔を逸らす。
俺はそんな相棒にニヤニヤと笑い掛けると、レイナ達に気付く。
「お兄ちゃん達もやろう」
「やろー!」
レイナに続いてヴィヴィオが言った言葉に一瞬悩み、俺は一騎に目を向ける。
俺の視線に気付いた一騎は困惑したように眉をひそめ、
「――って、ぼくもかよ」
「さあさあ、いこうぜ。子供達がお待ちかねだ」
「……マジかよ」
ぼくは溜め息混じりにそちらへ向かい、
「それで、どうする?」
「鬼ごっこやろう」
「「えっ」」
ウィルスとヴィンズが愕然とした。
~~~~~
「モルガ、モルガ」
「こ、の、イモムシがぁ! ちょこまかと、いい気になるな!!」
「はーい隙ありー」
「んなぁ!?」
「
「ああ、援護は任せな」
「頼むぜ」
「デスザウラーで一網打尽よ」
「大型は使用禁止、つったろ。ファイブレードストームかますぞ」
「お前まだシュナイダーに乗ってんのかよ。時代遅れだな」
「うっせぇ空飛んでんじゃねぇよ!」
「――あんたら、訓練スペースでなにやってんの?」
「おや、ランスターのお嬢。乗るかい?」
「いや、遠慮しとくわ」
「これから訓練始まるんだけど……」
「っと、ナカジマ嬢、もうそんな時間? いや、すまんね。すぐにどくよ――野郎共! 引き揚げだ!」
「「「「「うーい」」」」」
~~~~~
「というわけで、訓練場使えなくなったから混ぜてくれ」
「お前らもう帰れよ」
「もしくは働け」
くたくたになって木陰で休憩していると、阿呆達がゾイドに乗ったまま中庭に来ており、それに対してウィルスとヴィンズが応えているのが見えた。
「いやー、疲れた疲れた。久しぶりの全力疾走はキツいな」
「子供の遊びで全力疾走したのかい」
「いやー、芝生は足を取られるからな。レイナも速いし、そのうち俺らよりも速くなるんじゃないかとヒヤヒヤするぜ」
潤はそう言って、膝を枕にして眠るレイナの頭を撫でる。
そのせいでレイナは少し唸って身動ぎし、潤は起こしたか、と少し慌てたようだが、また寝息が聞こえてくると、ほっとしたように息を吐く。
そして、その寝顔を見ながら静かに、
「将来、どうするんだろうな」
そう呟いた。
ぼくはレイナと、ぼくの膝で眠るヴィヴィオに視線を移す。
ヴィヴィオがぼくに少しばかり気を許しているのは、おそらく――まあ雰囲気程度だが――ぼくが姉さんと似ているからだろうか。
「報告にあった推測だけどな――ヴィヴィオも恐らく人造魔導師だとさ。レイナと同じく、な」
「ああ。ぼくもそれは読んだよ。確かに、信憑性のある話だ」
「そうやって、何人何十人も創られた人造魔導師は、どうなったんだろうな」
「どうなった、って?」
「どう生まれて、どう終わったんだろうな、って」
「場合による」
ぼくはそう返した。
ぼくら強行偵察課の特性上、人造魔導師も、それを創る過程も、いくらでも見てきた。
だから、潤なら知っている――知らなくても察しはついているはずだ。
それでも聞いてきたのは、恐らく、不安だからだろう。
「だけど、この子達は良い方に進むよ、きっと。ぼくは、そうであってほしい」
「――わかってるん、だけどな」
そこで通信が入り、姉さんが戻ってきた、ということで、ぼくらはお互いにこどもを起こして移動した。
出番がある≠台詞がある
幼女の動かしにくさに頭を抱えるこの頃。