「まだ来る、か」
俺は剣鋸を構え、刃を回す。
「――しつこい!」
大きく振り回すようにしてガジェットを切っていくが、無尽蔵に沸いてくるこいつらは勢いが衰えない。
(ん――?)
そして通信が入っているのに気付き、ガジェットに警戒を配りながら応える。
「こちらリーコン1」
『ティルク! 悪ぃが援護頼む!』
「っ、ヴィータ副隊長。今どちらに?」
『市街地! 敵の騎士と交戦中だが苦戦してる!』
「了解、すぐに向かいます」
俺は周りのガジェットを数機切り払うと、全力飛行を行う。
市街地上空に、光がぶつかり合っているのがうっすらと見え、スピードをあげて距離を縮める。
が、ようやく辿り着いた瞬間、副隊長が叩き落とされる。
「ヴィータ副隊長!」
俺は加速を緩めず、滑り込むようにしてビルに着地し、副隊長を受け止める。
「ば……バカっ、あたしのことは放っといてすぐに追え!」
「ですが、副隊長も負傷されて――」
「行けって!」
その剣幕と怒声に、俺は僅かに躊躇ってから頷き、先程の騎士を追う。
騎士が一人と、この前の任務で見かけた召喚士の少女と一緒にいた、人形サイズの赤髪の少女が見えた。
「止まれ! 暴行致傷の現行犯でお前を拘束する!」
俺は声を張り上げ、槍を持った騎士の背に斬りかかる。
騎士はそれを振り向かずに避け、俺の背中に柄で殴りかかる。
「ちっ!」
体を捻って盾で防ぎ、もう一度剣を振るう。
突き、斬り払い、斬り下ろし、左右に薙ぎ、鍔迫り合いに持ち込む。
「また騎士か――」
「こいつ、この前の!!」
騎士が呟き、赤髪の少女が苛立ったような、慌てたような声で叫ぶのを聞きながら、俺は剣に魔力を流し、鋸が回転を始める。
刃が互いに削り合い、火花を散らせるのを見ながら、俺は力を込めていく。
騎士は僅かに息を切らせているが、どうやら俺との戦闘によるものではなさそうだ。
そして、静かに口を動かす。
「だが、未熟だな」
「なんだと――」
反論しようとした瞬間、相手の力が抜ける。
俺の剣を、身体を斜め前に踏み込ませるようにして避け、俺の首に向けて槍を振るう。
俺は仰け反るように身体を回転させ、風圧に髪を揺らせながら避けると、盾を構えてバッシュを食らわせる。
「――っ」
「おおおおおっ!!」
そのまま全力で飛行魔法を発動し、急上昇しながらの斬り上げ、急下降しながらの斬り下ろしを連続で叩き込み、最後に振り切った勢いのまま回転し、遠心力と加速を乗せた斬撃をすれ違い様に叩き付ける。
加速を殺しつつ反転して騎士に向き直る。だが、かなりの斬撃だった筈のそれは、目の前の騎士になんのダメージも与えていないようだった。
騎士は槍を降ろして構えを解き、
「振りは鋭い。技術も充分。だが、足りん」
「――稽古を付けて貰う気は無い。貴方を拘束する」
「できるのなら、な」
そして、気が付くと俺の腹に槍が打ち込まれていた。
「がっ――!」
俺が痛みに喘いだ瞬間に、肩や腕に連撃を食らう。
「ここで捕まるわけにはいかないのでな」
そして脇腹を打ち砕くように薙ぎを叩き込まれ、俺は意識を失った。
~~~~~
「おあああああああっ!!」
俺は叫びながら、六課の隊舎に向かってビームを撃ち出したガジェットを粉砕する。
振り向き、右手に緑色の光を集めている戦闘機人に向かって炎を構える。
「エクスプロージョン!」
戦闘機人を炎砲撃で威嚇するが、それを貫いて砲撃が撃たれる。すんでのところで避け、はあ、と息を吐き出す。
「――もう、もたねぇか」
「弱音を吐くな」
「諦めちゃ、だめ!」
旦那とシャマル医務官が俺を叱咤する。
だが、振り向くと、六課の隊舎は火に包まれていて、今にも崩れ落ちそうなありさまだ。
「来るぞ!」
「っ!?」
目の前に迫った戦闘機人の女が構える双剣を、身体を逸らして避ける。
細い光刃。その鋭さは一騎と似ているが、アイツほどの速さはこいつからは感じられない。
「遅ぇ!」
振るわれる片方を弾くと、拳を打ち込む。
右、左と拳を叩き込み、回し蹴りを二回食らわせると、俺はバックステップで距離を取る。
そして、砲撃が俺に迫った。
「――っ!?」
「気を抜くな」
その砲撃は旦那がバリアを張ってかばってくれた。
俺は頷き返すと、深呼吸して拳を構える。
「けど、物量相手はどうも苦手でね」
「潤はできるだけガジェットを減らして。あの二人は――」
「我らが抑える」
「了解」
俺はもう一度大きく息を吸い込み、駆け出した。
~~~~~
「はっ……はあっ……!」
息が苦しい。
空気を取り込もうと必死に、喘ぐように呼吸を繰り返し、霞む視界を必死に巡らせる。
(居ない――逃がしたか?)
既に女がどこにいるかわからない。
ぼくが発狂している間に姿を隠したのか。それとも逃げられたんだろうか。
だとしたら、とんだお笑い草だ。
(なんせ、トラウマ抉られただけで逃がしたんだからな)
少しずつ楽になってくる呼吸を感じ、ぼくは立ち上がる。
『あら、お目覚め?』
また、あの声だ。聞いているだけで虫酸が走る、あのくそったれな甘い猫撫で声。
『じゃあ、もう一度見せてあげる』
「――どこで知った?」
ぼくはこの声に話しかける。
『答えると思う?』
「ああ、思うさ。答えろ」
『貴方は「弟」でしょう? 理由はそれだけよ』
舌打ちをする。
そして、ぼくの眼に映るのは病院のエントランス。
ストレッチャーで運ばれる、包帯だらけの姉さん。
それを、青ざめた顔で見つめているフェイトさん。
それを見て、泣き叫んでいるぼく。
「――ッ、くそったれ!!」
『クアットロ、やりすぎ』
『大丈夫よ。この「弟」君はタフだから』
『――っ』
あの砲撃手の女の、少し躊躇ったような吐息を聞いた気がした。
「もう、やめろ……」
『じゃあ、とっておきを見せておしまいね』
また、病室。
ベッドには、包帯が各部に残ったままの、泣いている姉さん。
そして、先と同じく、無表情の顔を俯かせて座っているぼく。
(ああ、これだ)
ぼくが今までずっと後悔していること。
姉さんは気にしていないだろう。
けれどぼくにとっては、これはぼくを苛ませる後悔の証だった。
だからぼくはなんども夢に見る。
なんどもぼくはこれを見て、胸を締め付けられるような苦しみを味わってきた。
割れるような頭の痛みを味わってきた。
(誰か――)
ぼくは思わず手を伸ばす。
届かない過去に向かって、必死に手を伸ばす。
(誰か、助けてくれ――)
そして、視界が暗転する。
~~~~~
「はあっ――りゃあぁぁあっ!!」
がむしゃらに叫び、拳を打ち出し、蹴り砕く。
既に鈍くなったその攻撃はガジェットにすら避けられ、ビームを撃ち出してくる。
それを転がるようにして避けると、なんとか後退して膝を付く。
「ゼェ――ゼェッ……」
肺が潰れてるんじゃないかと思うくらい、呼吸がままならない。
シャマル医務官は倒れ込みそうになりながらも俺に回復魔法を掛けてくれて、ザフィーラの旦那も大きく身体を上下に揺らしながら息を荒くしている。
「やるしかねぇんだよ――!!」
俺が自分を叱咤して膝に手を置き、立ち上がると、旦那は雄叫びをあげながら突進し、戦闘機人の一人に攻撃する。
が、それは防がれると同時にもう一人の光刃が背中に打ち込まれ、海に叩き落とされた。
「くそがっ!」
俺はだんだんと少なくなっていく魔力を感じながら、全身に身体強化を掛け、跳躍する。
「ファウスト!」
炎に包まれた拳を光刃の女に打ち込むが、交差されたそれに防がれ、俺はまた地面に落とされる。
(――ああくそ、なんでだよ)
こういうときは、本当に自分が『陸戦魔導師』だということを思い知らされ、そのことに吐き気を感じるほど嫌になる。
相手は飛べるのにこちらは飛べない。
たったそれだけのことが、俺には途方もない実力の差を思い知らされるようで、泣きたくなる程の無力感に苛まれる。
(――けど、諦められるかよ)
この後ろには、守らなきゃならない奴がいる。
ずっと一人だった俺の、初めての家族。初めての『妹』。
こんなろくでなしの俺を兄と慕って、懐いてくれた。
笑顔で俺を見てくれた。
(レイナ――ッ!)
俺がここで倒れたら、あいつまで危険になる。
腹の底から声にならない声を絞り出しながら立ち上がり、既に消えかけた炎を纏う。
「抵抗は無駄だ」
「おとなしくしていれば、命は取らない」
その言葉に、俺は舌打ちを返す。
「余裕だな――俺は、まだやれるぞ」
「なら――」
「――容赦はしない」
そして、俺の腹に光刃が突き刺さる。
「がッ――」
それが引き抜かれて血が流れ出すと同時に、ガジェットのビームが次々と俺の身体に撃ち込まれていく。
そして、左腕を光刃が叩き、骨が折れる音がする。
肩から袈裟懸けに斬られる。
だが、痛みは無い。
あの時も、こんなだったな。
訳もわからず殴られて。
ろくな抵抗もできず、ただ殴られ続けた。
殴られてるのに痛みは無くて。けど、このまま死んでしまうのか、と泣きながら考えた。嗚咽を漏らしながら、そんなのは嫌だと思った。
こんな俺なんかの人生に、意味なんて無いと思っていても、死ぬことは怖かった。
あの時、俺はなにもできなかった。
名前も知らないあの局員の人に助けて貰っていなかったら、俺はいまここに居なかっただろう。
けど、今は違う。
今の俺は戦える。
誰も助けには来ない。
なにもできなかった時とは違うんだ。
(血が出てるからなんだ? 左腕が折れたからってなんだ?)
痛みが無いってことは、怪我を気にせずやれるってことだ。
左腕が折れたってことは、
そんな馬鹿げた発想。けれど不思議なことに身体は動くし、痛みもあまり感じない。
だから、俺は。
――死ぬかもしれない。
「ぉおおおおおお――」
声を出した瞬間、戦闘機人の砲撃が俺を撃ち抜く。
肋骨が嫌な音をたてる。
俺の意思に反し、とうとう俺の脚は崩れ、膝立ちの状態になってしまう。
「潤――」
シャマル医務官が掠れた声で俺を呼んだ。
大丈夫、まだ生きてますよ。そんな心配しなくても――もうすぐ死ぬかもしれないけどさ。
俺がゆらりと空を仰ぐように顔を上げると、飛行型のガジェットに乗っている、召喚師の少女と人の形をした虫。
その腕に抱かれている、
レイナの、友達。
――オレの
そう、誰かが言った気がした。
それに反応するように、俺は吼える。
「おおぉおおおぉおおおあぁぁああぁあぁあああ!!」
あれを行かせたら、レイナが悲しむ。それを見たくはない。
でも、俺の身体は動かない。血と叫びを口から吐き出しながら、俺には何もできない。
結局、俺はなにも変わっていないのか。
結局、泣き叫ぶだけなのか。
なにもできることはないのか。
また、守れないのか。
――いや、
その瞬間、俺の中でなにかが走った。
なぜだかわからないが、
――やれるはずだ。方法はある筈だ
俺の腕を覆う、
その焔は次第に、竜の体を成していく。
――そんな理不尽があってたまるか
蛇のような長い躰に、一対の翼と、二本の前足。
俺に付き従うかのように、命令を待つかのように俺の隣に漂うそいつの名を、俺は叫んだ。
――聞いてるのか! 応えろ、イングヴァルト!
「――リンドヴルム!!」
焔の竜は応えるように咆哮をあげ、召喚師の少女達に向かって飛ぶ。
ガジェット群が竜にビームを撃つ。
だが、その弾幕を竜は螺旋状に回転しながら弾き、ガジェットを一瞬で引き裂く。
「な、に……あれ」
シャマル医務官が呆然と呟く。
俺だってわからない。
だが、
焔の竜はガジェットを打ち砕くと、余韻に浸るように咆哮をあげた後、召喚師の少女達に向かって飛んでいく。
(あれなら、行ける――取り返せ! 叩き潰せ! 後悔させてやれ!)
そう考えた瞬間、俺の目の前には戦闘機人の女がいて、その手の光刃は俺の身体を貫いている。
「がぁああっ!!」
痛みを味わった。今になって、今の攻撃が切っ掛けかのように、身体中の傷が燃えるような痛みを味わわせてきた。
光刃が尚も煌めく。
振りかぶった双剣を、俺の首元に同時に叩き付けた。
そして、そいつが離れると同時に、砲撃が俺を呑み込む。
(――くそがっ)
もう声も出なかった。
身体から力が抜けていく。
俺の制御が無くなったからか、視界の隅で、あの焔の竜が悲鳴を上げて消えていく。
(――ごめんな)
後悔か懺悔か、自分でもわからなかった。
(助けられなかった――)
だが、自分が泣いていたことは、しっかりとわかった。